5 ネクタイピン
新年の夜会に向けてシュリとリュウが衣装の仕立ての相談をしたいと男爵に持ちかけてきた。
であれば、と男爵が紹介したのが今もルビオンの首都に店を構え、要人や貴族、世界各国に顧客を持つテイラー洋品店だ。
テイラー翁が本店を息子に任せて、帝国に支店を作った。
主な顧客は男爵のような帝国に居住するルビオンの要人やその家族だ。
男爵はルビオンにいるときからテイラー翁の良い顧客であったのだろうことがうかがえる。
テイラー翁について、「世界各地の珍しい布でネクタイピンの飾りを作りコレクションする尊敬するべき職人」と書かれていた。
世界各地の珍しい布で作ったネクタイピンの飾りは100を超えていた。
その素材はルビオン周辺国で作られた名工の手による繊細なレースから始まり、南に下ったところにある太陽の大陸の手織りの伝統的な布、海洋の小さな島でしか作られない植物の糸を紡いで織った布、ルビオン王国初期の海洋進出時に職人たちを殺したことで絶えた透けるほどに美しい綿布など例をあげればキリがない。
そこまで読んだときに、ジョンの背筋を何かが駆け上がってきた。
文化史が専攻のジョンだ。
これらの布は今も残っているのか…?
純粋な興味がわいた。
この200年の間に絶えるか、形を変えるかしていて当時の面影を残していないものもあるのではないか。
もし、残ったとしても担い手も高齢であり、後継がないと近い将来絶えるのが目に見えている。
テイラー翁はシュリが持ち込んだ布を見て目の色を変えた。
その姿にこの布が非常に希少なものであるということも男爵は理解した。
そもそも、シュリが普段身に着けている服は故郷の草布で編んだものであり、なんとか輸出許可をもらおうと男爵はあの手この手で掛け合っていたのだ。
にもかかわらず、それを上回る希少な布が目の前に現れた。
水を打ったような静けさと光の波紋をまとう布、テイラー翁は「水絹」だといった…。
その記述を読んだときジョンは息が止まるかと思った。
今まで何気なく読んでいたが、このシュリという女性が、皇帝の娘なのではないだろうか…
ごくりと喉を鳴らして、続きを読もうとしたときに、財団の職員に閉館の時間が来たと告げられた。
財団の外に出れば、短い夏が終わりかけていた。
オレンジ色の夕日が街を染めていて、心なしか吹いてきた風がひやりとする。
明日がまちきれない、そんな思いがジョンを満たした。




