6 水絹
翌日、財団に来る前に博物館によって、目録に目を通した。
男爵の記録にあった世界各地の数々の布、それはルビオン王国がこの世界に進出し3分の1を支配下に置いたという証でもある。
であれば、国立博物館に保管されていてもおかしくないはずだ。
検索項目を変えて調べてみたが、それらの布が収蔵されている様子はなかった。
「ジョン、どう?何かいいアイデア見つかりそう?」
声をかけてきた同じく国立博物館非常勤の女性。
背が高く、細身で金髪を無造作にポニーテールにしている。
顔中に散った濃いそばかすを気にしない明るく元気なのが特徴だ。
共に正規職員になるために今の非常勤にしがみついていないといけないいわゆるライバルだ。
同じく400年展の目玉となる展示物を探している。
「いやぁ…なかなか…そう言う自分はどうなの?リーザ」
「お互いそうだと思うけど、常設展の展示物って精鋭中の精鋭だよ。そんな目玉になるものが簡単に見つけ出せると思う?」
リーザの言うことももっともだ。
苦労しているのはジョンだけではないということだ。
ジョンはまだフォートナム財団へ簡単にアクセスできたからリーザよりは少しは優位な立場かもしれないのだ。
「…頑張るしかないよね」
「ほんとに。誰の案が選ばれてもおかしくないし、誰の案が選ばれないことだってあるんだから」
常勤・非常勤問わずそれぞれの分野での目玉を探しているという。
プレゼンまであとあまり時間はないのだ。
昨日と同じく、いや、今日は本当に息が止まるかと思った。
息がとまるだけならまだいい、心臓すらも止まってしまうのではないかと思った。
テイラー翁がシュリの肩掛けとリュウのクラバットを作った後の端切れを買い取り、ネクタイピンにすると書いてあったからだ。
そして、男爵も水絹のネクタイピンを1つ譲り受ける交渉をし、テイラー翁が承諾をしている。
ドクドクと心臓が激しく鳴り、汗が噴き出してきた。
この財団はフォートナム家に関わる史料を一切合切管理している。
男爵やそののちの世代がうっかり紛失していなければ、その水絹のネクタイピンはこの建物のどこかにあるのではないだろうか。
そう思い、ジョンはおもむろに立ち上がり、職員に詰め寄った。
職員はジョンに対して落ち着くように促した。
ジョンの説明を聞いて、うむ…と少し考えこんだ。
「確認してまいりますので、しばらくお待ちくださいませ」
そう言ってジョンを置いて書庫から出て行ったのであった。
職員が戻ってくるまでの間、太陽が地球を何周もしたのではないかと錯覚するほどに長く感じられた。
戻ってきた職員は一つの木箱を持っていて、そこには数字と文字で組み合わさった管理番号が書かれていた。
ジョンはおもむろに立ち上がった。
「管理番号によるとこちらがお探しのものです」
気の蓋を開けると中から密閉されたアクリルのケースが出てきた。
その中に、静かなたたずまいで、そうまるで水を打ったような静けさと湿地に住まう優美な水鳥の風格を兼ね備えた布の飾りを持つネクタイピンが台座に納められていた。
「…これが…」
「お探しの水絹のネクタイピンでございます。外気に触れると破損の危険性があるため、アクリルケース越しでの鑑賞のみが可能となっております」
なんということだ。
200年前に織られた布が、今でも生産地から外に出されることのない幻の布が財団に保管されていた。
アクリルケース越しでもそのもつ雰囲気とたたずまいは十分伝わってくる。
シュリの肩掛けやリュウのクラバットはどれほどの光と静けさをたたえたのだろうか。
そして、この布が今ここに在るのは、ひとえにシュリとマリー・アンが結んだ友情によるものだ。
ルビオン王国400年を迎える一方、大順帝国はすでに滅んでしまい、複数の国に分裂していた。
それでも、シュリとマリー・アンの当時の囁き声がこの小さなネクタイピンの飾りから聞こえてくるようではないか。
ジョンはそう思って、目元をパーカーの袖でぬぐい、その姿を焼き付けるように時間を忘れて見つめたのであった。




