劣等感は時として力になる
『魔神獣』。かつて聖戦により倒された魔神から分離したデーモンスピリットは各地の戒めの神殿に封じ込められた…のだが、類は友を呼ぶと言うべきかそれと同じ力を持つモンスターが引き寄せられ、眷属として見初められることがあるのだ。
その結果、そのモンスターはデーモンスピリットの力の片鱗により神格化し魔神の眷属たる獣…『魔神獣』と呼ばれるようになったのだ。
『ぎゃはははは!これがデーモンスピリットと魔神獣…そしてフェニックスの力か!どんどん力とマナミナが溢れてくるわあああぁぁぁ!!』
「ひうん…♡くうっ…♡」
喘ぎ声を漏らすスザクとアラクネにはドクンドクンと太い血管が脈打ち、吸い上げたものをトードナの身体に送り込むように流れ込んでいく。それにより想像を絶する多幸感に見舞われたトードナはヒステリック以上の叫び声を発する。
「元から醜悪じゃったが、これでより一層近寄りがたい化け物になったのう」
「それも最悪の魔神獣にね」
正しく身も心も化け物になったトードナにユウキュウだけでなく全員が嫌悪感を露わにしていた。
「伝説では別の魔神獣によって、巨大な国が手も足も出ずに…いや、それどころか存在に気付かないまま、永遠の眠りに就かされて滅び去ったと言うこともあるからね」
片鱗を受けて眷属になったのに時として一国を滅ぼすほどの力を持っているとすれば、メイナスの言う通り目の前のアラクネメシスはSSランクの相手に相応しいだろう。
『けっ、魔神獣だか蕁麻疹だか知らねぇが要は魔神様の死に損ないだろ!あたしの眼光で地獄に送ってやるわぁ!』
『むっ…げはあっ!?』
バジリスクに変身したステラは怪しく光る眼光で睨みつけ、高ぶる力に酔いしれていたアラクネメシスを一瞬の内に事切れさせる。
『何だ、大層な肩書きの割にはあっさり仕留められたな』
拍子抜けと言うべきかこんなにもあっさり倒せたことに鎌首を傾げながら呟くステラ。
「ふはあっ…♡ひぃああ…♡激しいぃ…♡」
『ぐふ…ぐふふふふ…』
骨の髄まで痺れるような快感にスザクが甘い喘ぎ声を漏らすと、止まっていた血管が再びドクンドクンと脈打ってポンプ動作のように彼女からマナミナを吸い上げ、青白くなっていたアラクネメシスに活力を取り戻させる。
「油断してはダメだ!生き返るぞ!?」
『ぎゃはははは!なんと言う快感!なんと言う生命力!さすがはフェニックスの力ねええぇぇ!!』
確かに事切れていたのに先程以上に力が溢れ出していると言わんばかりに力強く蜘蛛の脚で石造りの床を踏み、それと同時にスザクの味っている快感を共有するかのように多幸感と興奮を大声にして叫ぶアラクネメシス。
「やっぱりスザクを取り込んでいるから、死んでもすぐに再生してしまうようだ」
スザクを取り込み不老不死と死から蘇る再生能力を得たアラクネメシスの前ではバジリスクの即死スキルは相性が最悪であった。
「アンデッドセイリュウの時のようには行きませんか?」
ニナはコバルトラビリンスで同じSSランクであるアンデッドセイリュウもスザクを取り込んでいたお陰で撃退出来たため今回も何とかならないかと進言する。
「あれは元から死んでるアンデッドだから効いたんだよ。今回の相手は完全に生きている相手だから前の方法は通用しないよ」
しかしながらあの時攻撃が通用したのは、アンデッドの最大の特性である『既に死んでいる』状態を蘇生能力で無効化していたからだ。今回はトードナもアラクネも生きた状態でスザクを取り込んだため不可能だとルアーネは否定した。
『ならスザクの部分を引き千切れば良いだろ!』
理屈を聞いているよりも、一体化したスザクをもぎ取ろうとステラは長い体躯をくねらせてアラクネメシスのお腹の部分、つまりはスザクの部分に狙いを定めて身体を巻き付ける。
「うぐっ…♡ギュウギュウ…♡キツく…締め付けて…息が出来なくいぃ…気持ち良いぃ…♡」
『力が抜けるから変な声出すな!』
端から見ると絶体絶命な状況なのに相変わらずスザクはステラの蛇の身体に柔らかい胸やくびれのある胴体をこれでもかと絞られる苦痛に快感を覚え声を漏らしてしまう。
『とにかく…捩じ切ってやる!パイソンスクリュー!』
胴体をスザクに巻き付けてホールドするとコルク栓を抜くかのよう高速回転する。
「ひいああああ♡あたしの身体…めちゃくちゃに…されちゃうううぅぅぅ♡」
筋肉の塊同然である蛇の胴体によって締め上げられていたのに、回転力が加わったことでスザクの肉はブチブチと潰され骨は粉砕骨折が当てはまるほどに粉々になっていき、彼女に快感を絞り出すかのような絶頂を生み出させる。
『ぐぎゃあああ!?』
そして快感を共有していたこともあって、身体の一部でもあるスザクを捩じ切られる痛みからか或いは快感だけでなく痛みも共有しているのかアラクネメシスは悲鳴を挙げていた。
『よし、このまま…うおっ?!』
このままアラクネメシスの背中ごとスザクを引き千切ろうとしたが、ブレーキでも掛けられたかのようにビタリと技が止まってしまう。
『な…舐めるなあああぁぁぁ!?』
苦痛に悶えながらもアラクネメシスがヒステリックな叫びとハープの音色を響かせると引き千切れそうになっていたスザクが磁石のように背中に引き戻されようとする。
『な…何だ、この力は…!?引きずり戻される…!?』
先程までは雑草を取る勢いでスザクを取り返せると思っていたが、突然巨木でも引いているかのような重みがズシンと来て引っ張れなくなるどころか、底無し沼に引きずり込まれるかのように身体が後退し始めたことにステラは目を疑う。
『妬ましい…妬ましい…!その力は私にはないもの!折角手に入れたのに奪おうだなんて…妬ましい!?』
トードナはスザクが奪われることにヒステリックを起こしており、その度に血管が激しく脈打ってスザクを自身の身体に取り戻そうとする力が強くなる。
『何しやがったババァ!……!?』
『ババァ!?おのれ若々しい見た目だからと調子に乗ってんじゃないわよおおおぉぉぉ!?』
今度は気に食わない台詞にヒステリックを起こすトードナだったが、ハープの音色と共にでっぷりしたヒキガエルのような身体の贅肉が煙と共に引き締まっていき、出るとこは出て引っ込むところは引っ込み始めたのだ。それだけでなく脂がのり過ぎた体表も次第に絹のような滑らかになっていく。
『ぎゃはははは!どうだ!これでもう『ババァ』とは言わせないわよぉ!』
煙が治まるとトードナの見た目が厚化粧したヒキガエルではなく妖艶な若い女性の姿になったのだ。
「おいおい、どうなってんだありゃ…」
「もしかして…変身したの?」
「あの…トードナさんは一体どうしたんですか」
「最初はスザクちゃんを奪われることに対して引き戻す力が増強され、その次は『ババァ』と言われてあの姿になった…そうか!」
不可解なことに誰もが唖然としていたが、ルアーネはこれまで起こった内容を思い返して何が起きたのか察して、賢者の書の力を使って目の前の出来事に関する情報を脳内に網羅して確認する。
「やっぱり…『嫉妬』のデーモンスピリットは使用者の劣等感によって真価を発揮するんだ」
『羨ましい』や『妬ましい』と言った感情は時として相手との力量の差や相手より劣っていることを痛感して負の思いを抱くことがあるだろう。トードナの持つ『嫉妬』のデーモンスピリットはその劣等感が鍵となっているようだ。
「相手よりも何かが劣っていること…最初はステラちゃんよりも力が劣り、その上でようやく手に入れたスザクちゃんの力を奪われることに対して引き戻す力が強くなり、その次は若さに対する劣等感で姿が若々しくなったんだ」
急に力がステラ以上に強くなったのも、若々しい姿になったのも、全ては自身にはないものを妬むからこそ『嫉妬』のデーモンスピリットはトードナに力と若々しい姿を与えたのだ。
『ぎゃははは!その通り!お陰で私は美しい姿と魔神獣…そして永遠の若さと生命を手に入れた!これでもう怖い物無しよおおぉぉ!!』
その言葉通りダメージはスザクのフェニックスの力で無効化されるし、相手が強ければ強いと言う劣等感によって力が増し、その上で若々しい姿と魔神獣の肉体を手に入れたとなれば一筋縄では倒せないことは確かだった。
「どうせなら心も入れ替えれば良いのによぉ!メイナス、まだあの野郎を倒せると思うか」
確かにピュアな心を持つニナとアメジスの二人に劣等感を抱いてくれれば心を変えてくれるかもしれない…そんなこと有り得ないと分かってるからこそメイナスはレイラの言葉に何か打開策はないかと考え込む。
「まずは奴の回復手段を絶たないと。スザクに張り巡らされた血管を切り裂くんだ」
ドクンドクンと脈打つ度にスザクから傷やダメージを回復するためのマナミナを吸収しているため、それを断ち切れば回復する手立てを失うと聞いてレイラとニナが時間差で走り出す。
「これでどうだ!」
「あっ…♡」
「スザクちゃんを離してください!」
「ふあぁ…♡」
双剣が脚に貼り付く血管を裂き、猫の手グローブは胸を覆い隠すように脈打つ血管を輪切りにする度に、スザクの色っぽい身体に快感が走りビクンビクンと身体を捩らせる。
「って、おわああ!?」
「熱いです!?」
ところが切断した血管から出てきたのは吸い上げられたマナミナや血などではなく、スザクが快感と共にいつも放出しているフェニックスの再生の炎で断面から間欠泉のように噴き出てきたのだ。
「ひああ…♡あああっ…いっぱい…ビュクビュク…出てるぅ…♡」
未練がましく身体から尚も吸い上げようと血管の片割れが魚のようにビチビチと跳ね回り、脈打つ度に断面から吸い上げられた炎や血がチョロチョロと流れ出てているのだが、スザクからすればくすぐっさを伴う吸引力と相まった放出する快感に酔いしれていた。
「ふふふっ、そんなので回復手段を断てると思ったかしら?」
そんなことしても無駄だと断面同士が意思を持つかのように動いてくっついたり、或いは根っこのように枝分かれしたり、バラバラになった側から再生して血管の数が増えてスザクの魅惑的な身体を蹂躙するように根を張っていく。
「きああああっ♡ひいいいいっ♡くひゃあああ♡さっきよりもキツく…激しく…吸われぇ…♡」
喉の渇きを癒すように無駄にした分を取り戻さん勢いで血管は激しく脈打つ。毛細血管のように複数箇所に細かく、それでいて身体の深くに張り巡らされたことでマナミナや血を正しく根こそぎ吸い上げていき、先程よりも勢いが強くなったことで絶頂すらも無理やり引き出させているかのようだった。
「何じゃあれは…あんな気色の悪い再生は初めて見たぞ」
「再生と言うよりも増殖に近いね。一体何をしたらあんな風になるんだ」
これまでにもスザクが肉体を欠損する度に快感と共に炎で再生するのは見ていたが、それと比べるとアラクネメシスの血管の再生の仕方はグロテスクでお世辞にも同じとは言えなかった。
『それで終わりか?今度はこちらから行くぞぉ!』
トードナの指先からキラキラとした糸が勢いよく発射され、咄嗟に回避すると立っていた場所や後ろにあった石の壁や柱に刀傷のような跡が付けられる。
「蜘蛛の糸なのに何て斬れ味してやがる!」
『まずはメイナスに纏わりつく悪い虫退治よ!細切れになりな!』
指先から先程の糸が放たれたのを見たレイラは咄嗟に双剣で受け流そうとするが、やはり見た目とは異なりガチンガチンと言う金属音が鳴り響き、腕には鉄の塊のような重量感がのしかかる。
「おのれ、いい加減にせんか!」
『それは貴様らだろうがぁ!』
攻撃がレイラに集中している間に背後から回り込んだユウキュウが飛び掛かるが、蜘蛛のお尻から黄緑色の霧吹きが吹き掛けら不発に終わってしまう。
「ぐぬう…身体が痛くて…思うように動かぬ…!?」
脈打つ度に身体を針で刺されるような痛みが走り、満足に動けなくなるユウキュウ。
「毒液か!待ってて、解毒薬を」
『そうれ!踊れ踊れぇ!!』
今度はアラクネメシスの脚とお尻がクイックイッと細かく動き出す。それを見たメイナスは何が来るかと警戒するも何も起きなかった。
「メイナスさん!?逃げてくださいー!?」
しかしメイナスに影響はなくともニナにはあったらしく、猫の手グローブをアラクネメシスではなくメイナスに向かって振り回し始めたのだ。
「ニナ!?何をするんだ!?」
「身体が痛くなったと思ったら…急に言う事を聞かなくなって…!?」
身体の苦痛か、或いは仲間を自分の意思に逆らうように攻撃してしまっているからか、ニナは涙を流し首を横に振りながら猫の手グローブを振り回し続ける。
『良いぞ良いぞ!もっと私を楽しませなさい!』
「メイナス…お願いです…逃げて…それか倒してください…!?」
十中八九トードナが何かしたのは間違いないがユウキュウが毒にヤラれ、ニナは自分の意思と関係なく攻撃させられる状況に徐々に追い詰められていく。
「そこだよ!」
頭上をミエナのデスサイズが通り抜け際にピアノ線のような物を切り裂き、糸が切れた人形のようにへたり込むニナ。
「た…助かりました…!?」
「あいつが蜘蛛の糸で操ってたんだよ。本当に悪趣味!」
どうやら本当に糸でニナを操り人形にして仲間割れをさせようとしたようだ。
『ルナセナよ!何をしている!貴様も戦いなさい!』
「おっと!そうはさせないよ!」
思い出したようにルナセナことアメジスを仕向けさせようとするが、その前にミエナは彼女に抱き着いて動きを封じ込める。
「ほらほら〜!アメジスちゃん〜!頬擦りしちゃうよぉ〜」
「ぐぬう…振り解けん…!?」
金色に光る髪留めが当たるように抱き着くと冷徹な雰囲気は何処へやらアメジスは露骨に嫌がっていた。
「吸血鬼だから、ミエナのあの光を嫌がっているのか……にしてもアメジスは何であの姿に?」
吸血鬼と夢魔のハーフであるため夜でないとあの姿になれないのだが、思えば敵として立ち塞がった時も最初からあの姿で現れたのは日中に星空が見えるぐらい有り得ない話だった。
「そのことなんですけど、アメジスちゃんのあの頭のキノコ、何だか普通のキノコとは思えないのです。シンフォニーフォレストでもたくさん見ましたけど、変な感じが伝わってきて気分が悪くなりそうなんです」
ニナはシンフォニーフォレストに連行された時に、アメジスの頭に生えているキノコと同じものが自生しているのを目撃したが、近寄ると乗り物酔いしたかのように感覚が狂わされたと言うのだ。
「そうか…きっと、キノコの力を利用してアメジスちゃんを操っているんだな」
キノコは植物のように見えるが、菌類と言う生物種の仲間であり、種類によっては虫に寄生して住みやすい場所に移動させるよう動かすものもある。ルアーネはあの頭のキノコがアメジスを意のままに操っているのではと考えた。
「キノコで操れるなら…アメジスのことは何とか出来るかもしれない」
「本当ですか」
「うん、だから今はアラクネメシスを何とかしないと」
メイナスが何か方法を思い付いたらしく、徐々に希望が見えてきたことにニナは顔が明るくなるがそれを許さない者がいた。
『そうはさせるか!もう一度仲間割れの喜劇を私のために見せなさい!』
また誰かを文字通り掌握しようとピアノ線を放ってくるトードナだった。誰かは言ってないがメイナスの近くにいるニナに向かって飛んでいき、再び操り人形にすべく彼女が気が付く前に小柄な身体を絡め取るよう巻き付いていく。
「もう、皆さんを傷つけさせません!」
最初は何が何だか分からなかったが、ニナは手の平サイズの妖精になったことで操り糸から抜け出すのだった。
「さっきはよくも…許しません!」
『いだっ!?いだだっ!?止めなさい!?』
操るべくニナの姿が消えたと思ったら、そこかしこから声が聞こえたと思えばハチに刺されるような痛みが伝わってくる。
「えい!やあ!それ!皆さんをイジメる人は…お仕置きです!」
手の平サイズの妖精からすればアラクネメシスは怪獣サイズであり、ニナは対巨人のように身体から付かず離れずの距離をアクロバット飛行で飛び回り猫の手グローブで切り裂いていく。
『いだっ!?今度は耳!?よくも…あいだ!?背中!?』
対するトードナはハチに翻弄されるかのように暴れ周るも、体格差を利用されて的確にダメージを与えられてしまう。
『おのれ!虫けらの成り損ないの分際で!?』
「蜘蛛は妖精族の天敵ですが、こうしてみるとあなたは単なるノロマな的ですね!」
「よっぽど森を破壊されたことに腹を立てていたんだろうね。あんなに攻撃的なニナは初めてだ」
基本的に天真爛漫なイメージが強く相手を嫌って攻撃するようなタイプではないニナが、体格差を利用して一方的に攻撃してる様子に長い付き合いのルアーネも驚いてしまう。
「僕らも援護しよう。その間にアメジスを解放する」
「あたしでも苦戦したのに、そんな都合良くいくのか」
バジリスクの力でもどうにもならなかったアラクネメシスと吸血鬼モードのアメジスをどうにかすると言われても実現可能か懐疑的になってしまう。
「これが上手く通用すると良いんだけど」
「んあ?この独特な匂いがする物は薬だって分かるけど、もう片方のこれは…」
秘策はメイナスが取り出した二つの液体だった。片方からは薬品特有の匂いがするが、もう片方の液体からは何処かで嗅いだことのある香ばしい匂いがしていて明らかに薬ではなかった。
「おい、これコーヒーじゃないか!こんな時にブレイクタイムしてる場合か!」
それは薬でもなければ、何かしらの特別な液体でもない。寧ろ誰もが朝に飲むことが多いであろうただのコーヒーで、こんなのがどう役に立つのか分からなかった。
「…本当にやれると思う?」
「試してみる価値はあるよ」
しかしルアーネだけは何を考えているのか察して目配せをすると、メイナスは力強く頷いて作戦を実行に移そうとしていた。
「ニナ!これを奴の蜘蛛の部分に飲ませるんだ!」
「はい!」
一瞬の隙をついてメイナスは一度アラクネメシスから離れたニナにキーアイテムの一つを託す。
「私を…食べてみろです!」
ニナは翻弄するのを止めて特攻隊のように突っ込んでくるため、正しく飛んで火に入る夏の虫と言いたげにアラクネメシスは鋭い牙が並んだ口をこれでもかと開ける。
『ギシャアアア!』
「バカめ!自ら食われて死を選ぶとは…美しい私に恐れをなしたか!?ぎゃはははは!」
一方的に攻撃されて苛立っていた相手が自らアラクネメシスの口の中に消えたことにトードナも下品な笑いが止まらなかった。
「ミエナ!抑えてるんだ!」
「ぐっ!?何をする…止めろ…!?」
仲間が喰われたと言うのにメイナスはミエナが抑えているアメジスに向かって何かしらの液体を吹き掛けていた。
『ふん、何をしてるか分からないが…メイナス以外は纏めて糸で輪切りにしてやるわ!その後は…ぐへへ…』
斬れ味のある糸で邪魔者の息の根を止め、その後でメイナスの身体をじっくり味わおうと汚い下心を丸出しにし、折角の美人顔が見るに耐えられなくなるほどに崩れるのだが、同じぐらいにトードナの視界も焦点が定まらなくなったり物が二重や三重に見え始める。
『う…ぬう…?何だ…目の前がぁ…』
『ギシャア…アアア…!?』
顔と視界と同時に平行感覚も崩れたのか右に行ったり左に行ったりと蜘蛛なのに千鳥足になってしまう。
「おい、ニナに渡したのはコーヒーだろ?なのに何であいつはフラフラなんだ?」
ニナに渡したキーアイテムはコーヒーだった。しかしただのコーヒーのはずなのに攻撃が出来ないほどにフラフラしているなんて、どんな魔法を使ったのかステラでなくも気になるところだった。
「蜘蛛のモンスターはカフェインを摂取すると酩酊…人間で言うなら酔っ払うのと同じ状態になってしまうんだ」
実は蜘蛛からすればコーヒーに含まれるカフェインは人間のアルコールと同じ状態を引き起こす物質であるため、アラクネメシスはニナごとコーヒーを摂取したため酔ってしまったのだ。
「なるほどのう。いつぞやかスザクが毒を受けたら酔ってしまったことがあるが、あれと同じか」
解毒薬を飲んで身体が楽になったユウキュウはスザクにも似たようなことが起きたことを思い出し納得していた。
「あう…あれ、皆…?」
「アメジス、目が覚めたか!」
そうこうしてる間に何かしらの処置を施したルナセナは恐ろしい洗練されたボディを持つ魔族の戦士から、本来の姿である元の可憐で愛らしいボディをしたアメジスに戻っていた。
「キノコだから滅菌処理をすれば無力化出来るとは思ってたけど、こうも上手くいくとは思わなかったよ」
残された液体はキノコや菌類などを死滅させる除菌効果のある薬液だった。通用するかは賭けではあったがキノコは綺麗さっぱりに除去されて操られなくなり、それまで自分が何をしていたか分からず、しかも服がブカブカになっていることにアメジスは困惑していた。
「んっ…あっ…♡くはぁ…♡強過ぎぃ…♡」
「スザクちゃん!?え、何?どう言うことなの?」
目の前で親友が蜘蛛のモンスターの体の一部になり、しかも常人なら死んだ方がマシとも言える苦痛を嬉々として受け入れ絶頂しモジモジしている様子に更に困惑してしまう。
「簡潔に話すとトードナは悪い貴族だった。あんなグロテスクな化け物に成り下がるほどにね」
「…スザクちゃんは大丈夫だろうけど、どうやって助けよう?」
まだ完全には状況が呑み込めないし、ドMなスザクならば見たまんま大丈夫なのだが、少なくとも修羅場であることは確かで状況を好転させるためにも親友を助ける必要があると理解出来た。
「やるわね、キノコを利用しただけに滅菌処理で無力化させられるとはね」
確証がある訳ではないがマッドサイエンティストである彼女の台詞から、アメジスをルナセナに変えたのは間違いなくアルノであると察した。
「ママ!アメジスお姉ちゃんやメイナスお兄ちゃんに酷いことをしないで!」
アルノからすれば研究対象だったとは言え、リュクウからすれば一人の母親でもあるため、必死に呼び掛けて攻撃するのを止めて貰おうとする。
「あんな奴にそんなのが通用すんのかよ」
「有り得ないじゃろうな」
スザクやアメジスだけでなく、囚人を研究材料にしていたマッドサイエンティストのアルノに母性どころか血も涙もあるのか分からないためにレイラとユウキュウはそれぞれ吐き捨てる。
「……リュクウ、また会いましょう」
マッドサイエンティストからすれば好奇心が幾らあっても足りなぐらいの現状だろうが、その時のアルノの表情は何処か別れを惜しむような寂しげな表情をしていて、しかも素直にリュクウの言葉に応じるように魔法陣を展開して何処かへと転移したのだった。
「ママ…」
「……マジかよ」
「珍しいのう…まあ、あの気色悪い珍獣ほどではないがのう」
まさかのリュクウの訴えに応じたことに吐き捨てていたレイラは語彙力を失い、ユウキュウも言葉を失うがすぐに自分達が何をすべきか再認識するようにトードナを睨む。
「酔わせてフラフラなのは良いけどよ、あたしはさすがにヘロヘロだぜ…」
エレメントが不安定なこともあり、直接的な戦闘はほとんどステラにやって貰っていたが既に息が上がっており、アラクネメシスを倒すには戦力不足だった。
「ここはスザクだけ助けて逃げるかのう?」
「ダメですよ!このまま放置したらシンフォニーフォレストや妖精族の皆が死んでしまいます!?」
体勢を立て直すのもありだが、後には引けない状況にまで踏み込んでいるため、ここでアラクネメシスを仕留めなければ遅かれ早かれ大事なものが全て破滅することは間違いない。
「しかし加勢は見込めないのう、どうしたら……ん?何の音じゃ」
台詞の割には飄々とした様子で考え込んでいたユウキュウの右耳がピクンと動いて何かがこっちに迫ってくる騒々しい足音を聞きつけた。
『ガアアアアア!』
『ぬあああ!?何だぁ!?』
足音は近付くどころか神殿の壁を破ってアラクネメシスを瓦礫と共に押し潰す。
『ガオオオオオ!』
「『ベヒーモス』…いや、何だ?」
見た目は悪魔のような大型猫のようなSランクモンスター『ベヒーモス』かと思われたが、顔は立派なタテガミのあるライオンにスミロドンのような長く伸びた犬歯に雄牛の立派な角があり、身体はゴリラの上半身に狼の下半身をしており、他にも虎の縞模様の毛皮や背中にワシの翼に蛇の形をした尻尾にカマイタチの鉤爪…どれもこれも様々なモンスターの特徴があるものの統一性がなくめちゃくちゃだったためにルアーネも何なのかは分からなかった。
『ガオオオオオ!』
『ぎゃあああ!?おのれぇ!?関係ないくせにしゃしゃり出て邪魔をしてくれるなぁ!?』
インパクトある見た目と登場に呆気に取られていたが、そのモンスターは瓦礫を押し退けたアラクネメシスの脚や胴体を引き千切らんとばかりに噛み付いたり引っ掻いたりしていた。
「敵の敵は味方…得体が知れないけど、頼りになる戦力だね」
あの悪どい貴族のトードナだからモンスターから何かしらの恨みを買われたのだろう。
「僕らも何とか加勢出来ないだろうか」
「私も…今回はシンフォニーフォレストや妖精族の皆を守るためにも何かしたいです!」
好都合だったが全てをあのモンスターに任せる訳にはいかないし、シンフォニーフォレストやミスティーユなどの故郷はもちろん、妖精族や教会の家族など大切な人達を守るためにも自分達の手でアラクネメシスを倒す必要があった。そんな彼らの決意に応えるかのように不思議な温かい光が射し込み、何かと思い見てみると思いがけない人物が放っていた。
「あなた達の意思と決意…この森を介して伝わって来ました。ここからは私も最後の力を与えましょう」
「セレスティア様!どうしてここに…」
現れたのは妖精族の長でシンフォニーフォレストを統括するセレスティアだった。最初は売国奴の疑いを向けていたものの、疑いが晴れたことで森の異変を伝えると同時に助けを求め戒めの神殿へ行くよう命じられていたが、まさか当の本人がここへ来るとは夢にも思わなかった。
「それに最後の力とは…!?」
そもそもここへ来たのは代々封じ込めていたデーモンスピリットを使ってトードナを葬るよう言われていたからだが、その際にセレスティアは自らの長としての座を捨て去ると宣言していた。しかし今の彼女の言い方と雰囲気から、捨て去るのは妖精族の長の座だけではないだろう。
「ルアーネ…あなたはイグドラシルの力を持っているのなら、きっと私の大精霊としての力が奴を討ち取る鍵になるでしょう」
穏やかな微笑みだがその内面は覚悟を秘めており、セレスティアの真剣な顔と台詞を見てルアーネは息を呑んで話を聞く。




