最凶の敵はルナセナ〜後編〜
「ほーほっほっ!よくやったわルナセナ!褒めて遣わすわよ!」
それまで願いの精杯を求めて多くの者が戒めの神殿に向かったが、誰一人として辿り着いて全容を垣間見ることは叶わなかったとされていた。見られるのはせいぜい代々管理をしてきた妖精族だけだが、今やトードナは精杯を目にして自分こそが第一発見者だと言わんばかりに高笑いしていた。
「んんっ…ぐぐっ…!」
「む〜!?む〜!?」
しかし既にメイナス達が先に精杯を見つけていたため少なくとも第一発見者ではなかった。だが今やルナセナの放った影によって手柄を横取りされるように拘束された上に、口も聞けないようにされて文句の一つも言えなくなっていた。
「この者達の始末は如何なさいますか」
「メイナスは私の婚約者だからそのままで良い。寧ろこれなら好き放題出来るしねぇ〜」
ヒキガエルでもまだ愛嬌のある顔つきをするが、トードナはそれとは似つかない吐き気を催すような顔付きで舌舐めずりしながらメイナスを見ていた。
「他は知らん。焼くなり煮るなり好きにするが良い」
「でしたら何人かは私が引き取っても?」
捨てる神あれば拾う神ありとあるが、ルナセナの背後から自分達のことを研究しようと因縁深いアルノが姿を現したことで、彼女にだけは絶対に拾われたくないと考えが満場一致するのだった
「まさかフェニックスの子達だけでなく、他の研究材料も手に入るなんて…嬉しいわ」
恍惚とした顔をしながら見つめてくるアルノにかつて実験材料にされたステラはもちろん、聞き捨てならない単語があったことに一同は喋れないながら身を捩らせて何か訴えようとしていた。
(まさかスザクはこいつが…だからずっと会わないのか…!?)
(それに達って…まさかアメジスちゃんも?)
これほどの騒ぎでスザクとアメジスの姿が見えないのは既にアルノの手に落ちてしまったからなのではと目を見合わせる。
「あら、もしかして会いたいの?おいで」
レイラとミエナが目配せをしているのを見たアルノは指を弾くと、十字架に触手が生えた奇妙なオブジェクトを呼び寄せる。
「あ…ああ…♡ううっ…ああ…♡」
案の定と言うべきか、十字架にはボロボロの布切れしか身に纏っていないが触手によって目元や手足はもちろん胸や股間などの局所を隠される形でスザクが磔にされおり、彼女はこちらの気も知らないで触手による快楽によって悦に入っていた。
(((スザク(ちゃん)!?)))
最後の希望だと思っていたスザクが目の前で蕩けた笑顔で捕まっている光景に、一同は望みは絶たれたと既に口も聞けないのに絶句してしまう。
(やっぱりスザクとアメジスは彼女の手に落ちたか…けど、アメジスの姿は何処に…?)
最悪の事態になったと心の中で思うもメイナスは同じく捕らわれたはずのアメジスの姿が一向に見えないことに首を傾げる。
「もう少しあなた達が粘ってくれれば、私の研究は進んだかもしれないのに」
こんなにも多くの研究材料が手に入ったのに何処か不満そうにしていたため、何が気に入らないと言わんばかりにユウキュウとレイラが睨みつける中でたった一人だけ身体をモゾモゾさせながら彼女に寄り添う者がいた。
「んん!ん〜!」
「あら、リュクウ。私も会いたかったわよ」
デザードライキャニオンの研究所でリュクウと出会ったのだが、アルノはそこで研究対象としてかは不明だがリュクウの母親代わりをしていた。そのためリュクウはに取っては育ての親であるため再会を喜ぶように笑っており、アルノもアルノで結果的に奪われたリュクウを取り返せたことに嬉しくなり微笑み返すのだった。
(アンデッドのドラゴンにスザクと一緒に取り込んだくせに…)
しかしながらコバルトラビリンスでは知らなかったとは言え、アンデッドセイリュウに取り込んで一度は取り返せていた。そのくせしてリュクウが知らないのを良いことに何食わぬ顔で『会いたかった』と聞いてステラは虫唾が走るのだった。
「さて、願いの精杯よ!私の願いを叶えるのだ!」
アルノ達の会話を尻目にトードナは願いの精杯に向かって願いを叶えるように呼び掛ける。しかしながらベキベキと骨が鳴る音が何処からか響いてくる。
「むぐっ!んぐぐっ!!…そうはさせるかよぉ!!」
音はステラの身体から聞こえており、手足が体内に引っ込んでいくと同時に身体が長く太く白くなっていき、顔つきがより獰猛で凶暴な蛇の頭へと変わっていき身体に付着した影が振り払われる。
『ギシャアアア!』
「バ…バジリスクだと!?」
「何でこいつが…!?」
「しかも身体が白いぞ!?」
ステラの姿は『白い死神リッチ』の二つ名を持つ白いバジリスクへと変わりトードナの衛兵達を一瞥して萎縮させ、何処か魅入ってしまうような白く長い体躯は尚更彼らを恐怖させた。
『ギシャアアア!』
「いかん!?」
突然のステラの変身にトードナも願いを伝えるのも忘れて見入っていたが、彼女の目が見開かれたことに慌てて扇子を顔の前で広げて目を逸らす。その直後にバタバタと衛兵達がその場に横たわる。
「な…何だ、今のは!?」
「おい、どうしたんだ!」
「……死んでる…!?」
三分の一はトードナのマネをして目を逸らしたり、盾で目線を防いだが、何が起きたか分からず困惑していたが倒れた衛兵の仲間が皆ピクリとも動かずに亡くなっていることに絶句する。
「バジリスクには『デッドアイ』と言う即死のゴッドプレシャスを持っているのよ。下手に眼光を目にした瞬間に目から脳へ特殊なマナミナが伝わって先に脳が死に、やがてあらゆる心体機能が停止し死亡するのよ」
ちゃっかりアルノも眼光を防いでいた。と言うのもステラのことを頭の天辺から爪先まで研究し白い死神リッチの姿に変えた遠因でもあるから知ってて当然のはずだ。
「私は貴族なのよ!いきなり殺そうとするなんて!?こんな無礼を働いて許されると思っているのかしら!?」
『黙れ!今のあたしはバジリスクだ!人間の取り決めた上流階級も貴族も知ったことじゃねぇ!』
いきなり命を奪われそうになったためトードナはブヨブヨとした口からガラスを引っ掻くような耳障りなキーキー声を発してヒステリックを起こすが、ステラは先端が二股になった舌を出しながら鋭い口調で反論する。
(ステラちゃんは自力で抜け出した。私も何とかこのベタベタから抜けられないかな?)
自力で振り解いたのを見たミエナはベタベタで上手く扱えないがファントムハートで霊体化して抜けられないかどうか挑んでみる。しかしベタベタは相変わらずミエナの身体の輪郭にピタリと密着しており霊体化するにはこれを何とか振り解かないと不可能のようだ。
「ルナセナ!この蛇を黙らせなさい!」
屈辱を味わったかのようにトードナはキーキー声でルナセナにステラを倒すように仕向ける。
「承知。闇魔法『シャドウ』・スピア!」
『おっと!当たるかよ!』
足元の影が立体化してスピアのように細く鋭くなって伸びていくが、ステラは蛇特有の長い体躯をくねらせて全て回避する。
『今度はこっちからだ!』
「ほざけ」
カマキリの鎌を振り回すがルナセナはコウモリの群れになって攻撃を受け流し続けながら距離を取るように後退していく。
「何をしている役立たず!早く仕留めるのよ!」
先程までルナセナを褒め称えていたが、ステラを中々仕留められないことに一転して貶し始める。
(影…そう言えばこのベタベタはルナセナの影よね)
戦いを見ていたミエナは黒いベタベタが影から出来ていることを思い出し、同時にパズレインスクールで習った内容が脳裏を過る。
「エレメントの要素は全部で十種類あるわ。その中でも『光』と『闇』は特殊で、他の八つのエレメントとは違ってお互いに相反する力であるため『闇』は『光』に強く、『光』は『闇』に強いと言う特殊な相性をしているわ」
それは以前にエミリーからエレメントの授業を受けた際、『光』と『闇』のエレメントはお互いに有効的な相性だと言う内容だった。
(つまり光属性のエレメントならこれを振り払える…でも今は私のエレメントは…ん?)
今はエレメントが不安定であるため結局、無い物ねだりだったことにミエナはガックリと肩を落としてしまうが不意に髪が温かくなるのを感じ取る。
(私の…髪留め?)
温かくなっていたのはミエナの髪ではなく、サイドテールを留める金色のリングで、しかも温度に比例して金色の光を放っていた。
(いや、熱っ!?何これ!?熱い熱い!?)
リングは温かくなるどころか触れないほどに温度が高くなり、あまりの熱さにミエナはパニックになり釣り上げられた魚のように身体をビチビチさせながら藻掻き始める。
「むぐっ!?」
「んぐ!?」
拘束された状態で藻掻いたためにミエナは転んでルアーネとぶつかってしまう。
『『『キィキィキィ!』』』
『グ…ガア…クソがぁ…!?』
「あはははは!長い巨体が災いしたわね!このまま奴を干からびさせるのよ!」
そうこうしてる間に形成が覆っていた。ステラの蛇の身体にはルナセナの放ったコウモリが群がって噛みつき血やマナミナを吸い取っていた。一匹一匹は大したことはないがステラと比べると身体が小さいため、体格差を利用して後頭部や背中などの死角から集団で襲い掛かって確実にダメージを与えていた。
おまけにこのコウモリは倒しても影になるだけで、そこからすぐさまコウモリとなって再び襲い掛かるためステラでも全て捌くことは難しかった。
『調子に乗るな!あたしのデッドアイで…ギシャアアア!?』
眼光を光らせて即死させようとするが両目にコウモリが飛び込んで傷つけたために、ステラは悲痛な蛇の悲鳴を挙げながら鎌首を振り回す。
「くひひ…次はこうよ!」
『『『キィキィキィ!』』』
『がはっ!?クソ!?何処にいる!?』
今度はステラの鼻先に群がって集団で噛みつくコウモリ達。その直後にステラは目的を見失ったように鎌首をキョロキョロさせるが、その間にここぞとばかりにコウモリが大挙して押し寄せてマナミナと血を吸い取る。
(あそこは…蛇系モンスターが熱感知スキルを使用するための器官…何故知っているんだ)
蛇の鼻先にはピット器官と呼ばれる熱を感知する器官が備わっていて蛇系のモンスターはこれを兼ね備えている。もちろんステラが変身しているバジリスクも同様なのだが、何故そんなことを知っているのかとメイナスは疑問に思う。
(今のステラは目が見えないも同然だ。このままあのコウモリの群れに襲われ続けたら体力が保たない…それまでに何とか打開策を練らないと…)
ステラだけに戦わせる訳にはいかないし、いずれにしても力尽きるのも時間の問題のため、その間に何か反撃の手立てはないかと拘束を振り解こうとする。
「自然魔法『バンブー』・ラッシュ!」
『『『キィ!?』』』
その時、無数の竹が石造りの床を破ってコウモリ達を刺し貫いていく。
「はあ…はあ…ステラ、大丈夫かい」
自然由来のエレメントを使えるのはルアーネだけなのだが、いつの間にか彼女は影の拘束を振り解いていたのだ。
『お前…どうやって自由になったんだ』
「さあ、ミエナちゃんに聞いてよ」
ステラでも変身で体格を変えることで拘束を打ち破っていたが、先程まで悪戦苦闘していたルアーネにどうやったのかと聞くも彼女はミエナに聞いて欲しいと返す。
「それよりも今はすべきことがあるんじゃない?」
ようやくベタベタが取り除けたミエナは霊体化して姿が見えなくなっていたが、指摘通りどう拘束を脱したかよりも今ある窮地をどう脱するかが問題だった。
「ミエナちゃん、他の皆の拘束も解いて」
「させるか!」
『『『キィキィキィ!』』』
取り敢えずまだ拘束されている仲間達の解放を優先しようとするが、もう一度同じように拘束しようとルナセナはコウモリの群れを仕向けてくる。
「わわっ、どうしたら…あっ!」
厄介さは身を持って知っているため何とかしようと辺りを見回していたミエナは妙案を思い付く。
「願いの精杯さん!お願い!コウモリ達を退けて!」
「おっと!願い事、聞き届けたよ!ウィッシュ・ボーン!」
正しく願ってもいないタイミングでお願いされたことに願いの妖精は周囲にいた者達もあっと驚く間もなく、願いの力を行使してルナセナのコウモリの群れを煙のように掻き消してしまう。
「皆!」
「おのれ…!?私の願いを横取りしおって!?」
願い事を先に言われたためにトードナはワナワナと拳を握り締めながら精杯を乱暴に掴む。
「精杯よ!あの女に災いを与えるのよ!」
「どんな災いでも良いの?」
「いいからやれって言ってんのよ!」
仕返しにトードナはミエナに不幸が訪れるよう願うも、不幸の詳細を妖精から聞かれて邪魔立てするなと言わんばかりにまくし立てる辺りはもはや命令に近いだろう。
「ウィッシュ・ボーン!」
呪文が唱えられると神殿が大きく揺れ始め、天井や壁の石材がボロボロと落ちてくる。
「おっとっと、地震!?」
「ぎゃあああ!?トードナ様ー!?」
「助けぐわあああ!?」
『おい、お前の仲間まで巻き添えになってるぞ!』
神殿が壊れるほどの地震によって神殿の脆くなった部分が崩落し、落ちてきた瓦礫によってトードナの衛兵達が次々と下敷きになっていく。幾ら何でもこんなことを願ったのかとステラは敵でありながら問いかけてしまう。
「何をしている!他の奴らならともかく私まで殺す気なの!?」
しかしステラが問いかける前に願ったトードナにまで瓦礫が落ちてくるため、彼女はでっぷりした体格に似合わず機敏に避けながら願いの妖精にいちゃもんをつけていた。
「だから『どんな災いでも良いのか』って聞いたのよ。あたしは願いを叶えただけよ」
どんな方法でミエナに災いをもたらすかは言っていなかったため、例え全体的に被害が出る地震だろうが台風だろうがトードナの願った通りにはなったと願いの妖精はあっけからんと返答した。
「ひいっ!?ふざけるでない!今すぐに止めなさいよ!?」
「ウィッシュ・ボーン!」
目の前に大きな瓦礫が降ってきたことに恐怖したトードナは命令口調で願いの妖精に揺れを止めさせるのだった。
「皆、大丈夫だった?」
「ルアーネが植物の盾を作ってくれたからね」
「しかし滑稽じゃのう。ミエナは霊体化していて揺れや崩落は意に介さず、逆に奴らは願ったために自滅するとはのう」
感情に任せて願ったもののミエナを仕留めることは出来ずにユウキュウ達を解放させてしまい、自分達は願いの巻き添えによって兵力を失うとは皮肉な話だった。
「おのれ…よくも!?」
「うわ…責任転嫁してやがる」
先程までは衛兵が下敷きになっても自分だけ助かろうとしたくせに、自陣が壊滅状態になったのはレイラ達のせいだと言わんばかりに睨みつけるため、あまりの身勝手さに呆れ果ててしまうのだった。
「こうなれば…願いの妖精よ!メイナスを私の虜にするのよ!」
「はあ!?」
いきなり何を言い出すのかと思えばここに来てトードナはメイナスの心を自分の物にしろと願ったのだ。
「ウィッシュ・ボーン!」
「ちょっ、待っ…!?」
メイナスが止めるのも聞かず、願いの妖精は願い事とあればと力を行使した。
「うっ…ああ…トードナ…様」
次第にメイナスの頬が赤く紅潮し動悸が早くなって息が荒くなっていく。どうやら願いの力で無理やりトードナを好きにさせているようだ。
「おおう…そうよ、メイナスよ。私に全てを捧げるのよぉ」
「げぇ…気色悪…」
ヒキガエルが厚化粧したような顔でハァハァ言いながらウィンクする様子は一瞬、精神攻撃でもしているのだろうかと思えるほどに気色悪く全員が嫌悪感に見舞われる。
「くっ…ううっ…僕は…あなたのことが…」
メイナスは込み上げる偽の恋心に抗いながらも足がトードナに向かって一歩一歩進んでいく。
「今ここであなたを私の物にすればぁ…ミスティーユは私の物になったも同然よぉ」
「そうか、目的はメイナスさんと婚姻してミスティーユと繋がりを持つためか」
既に不正を働いてミスティーユの領主となったトードナだが、そこに住まう人間と婚姻し繋がりを持つことで後で不正がバレてもトードナの旦那と言うことで間接的に支配出来るのだ。
「そうなればあんたらの居場所なんて幾らでも潰せるし、大切なものも全て私が掌握したも同然よぉ!」
「じゃあ、結局愛はないってことか。あるのは支配欲とあたしらへの復讐心だけってか」
「身も心も腐り切った女と言うことじゃな」
突然の婚姻に最初は困惑していたが全ては彼女のドス黒い欲望が絡んでいたと知り益々嫌悪感が募るのだった。
「ミスティーユもだけどぉ…あなたは他のあたしのコレクションと同じ美形の少年…何としてもミスティーユと共に手に入れたいわぁ…!!」
「そう言えば屋敷にもやたら男の子がいたけど…まさかあの子達も?」
屋敷に潜入していたミエナはそこで踊り子をしていた男の子の姿を確認していたが、もし話が本当ならばあの男の子達もメイナスと同じ境遇なのではと考えが行き着く。
「事実確認よりも今はメイナスを何とかしなくてはならんぞ。さもなくばお茶の間にはとても見せられない光景が広がるぞ」
その男の子達との婚約の話が嘘か誠かは不明だが、このままだと女装が似合いそうなほどに整った顔立ちをしたメイナスが、身も心も醜い化粧をしたヒキガエルのような中年女性と交わると言う自主規制なシーンが繰り広げられることにユウキュウは恐れていた。
「願いの力でメイナスさんの心を射止めようって言うなら…その逆も出来るはずだ」
「そうか!願いの妖精さん!メイナスさんがトードナさんを嫌いになりますように!」
「オッケー!ウィッシュ・ボーン!」
願いの力で人の恋心を操作出来ることを逆手に取り、今度はトードナを嫌いになるようミエナが願うのだった。
「はっ!?僕は何を…!?」
ハッとなったメイナスは目の前に分厚い唇を突き出すトードナがいたために、思わず生理的に受け付けないような顔をして慌てて後退りをする。
「おのれ!さっさと死ななかった上に私の恋まで邪魔するとは!?願いの妖精よ!あの女に酷い死をもたらしなさい!?そうね、身体をバラバラにするのよ!?」
「ひいっ!?ヤラれ……てない?あれ?」
今度は先程の失敗はしないとミエナを指差しながら詳細を述べる形で願ったのだが、ミエナはバラバラになるどころか五体満足のままで願いが叶えられたようには見えなかったためにお互いに唖然となる。
「何してるのよ!今度はちゃんと願ったわよ!?」
「…悪いんだけど、あんたの願いを叶えられる上限は達したのよ」
聞こえなかったのかと精杯に向かってキーキー声で叫ぶも、願いの妖精はその声が耳障りなのか嫌そうな口調でもう願いは叶えられないと呟いたのだ。
「どう言うことよ!上限に達したって!?」
最初はどう言うことかと思っていたが、先程ニナにも話していた願いの上限のことだとミエナ達はすぐに理解した。
「あんたは一つ目に『災いを起こせ』と願い、二つ目に『災いを止めろ』と願い、そして三つ目で『メイナスを惚れさせろ』と願った。あたしは一人につき三つまでしか願いを叶えられないのよ」
「な…何でそれを先に言わないのよ!?それに願いの精杯は願えば願うほどに力を増すのにどうして…!?」
「この戒めの鎖では願いの力でも制約されるのよ。まあ、お陰で鎖がまた一本断ち切れたけど」
「あ…!まさかそのために敢えて説明しなかったのね!?」
さすがは魔神の一部であるデーモンスピリットと言うべきか、自身を封印している鎖を断ち切るために敢えて願いの制約を説明せずに願いをドンドン言わせる辺りは一筋縄ではいかない性格をしているようだ。そのお陰で戒めの鎖がまた一本断ち切れていて、合計で残り八本になっていた。
「おのれ〜!?ならば…ルナセナ!お前が私の言う願いを言うのよ!」
しかし黙って指を咥える訳でもないらしく、トードナは忠実な下僕であるルナセナに願いを伝えて代わりに言って貰おうとしていた。これならば願いの制約には違反しないため叶えられるはずだ。
「では、こう言いなさい!そこの女を」
まだミエナの命を奪うことに固執しているらしく、ミエナを指差しながら願い事をルナセナに伝えようとする。
「願いの妖精さん!最後のお願い!トードナのお口をチャックにして!」
「…!へぇ〜、面白そう!ウィッシュ・ボーン!」
しかし前持って予測出来たためヤラれてたまるかとミエナは願いを伝えると、妖精の琴線に触れたらしくノリノリで願いの力を行使した。
「ふむぐ!?んぐぐぐ…!?」
「きゃははは!本当にお口にチャックになった!?」
冗談半分ではあったがトードナの口が本当にファスナーになったことで口が無理やり閉ざされてしまい、比喩が現実になったことにミエナはお腹を抱えて笑ってしまう。
「やったわ!戒めの鎖がまた断ち切れたわ!」
また鎖が一本断ち切れたことに願いの妖精は精杯の中で喜ぶのだった。
「むぐぐぐっ…!?」
「トードナ様。このままだとあなたは負けてしまいますよ。宜しいのですか?」
兵が倒れ、願いを伝える事も出来ない。残る戦力はルナセナとアルノだけだがこれで勝てるような相手かは分からない。ましてや負傷しているとは言え二つ名のバジリスクが健在ならば尚更だ。
「あれを使うしかないようですよ?」
「むぐっ……んんん!!」
どうやら彼女らにはまだ奥の手があるらしく、アルノからの進言にトードナは少し考え込むを意を決したらしく懐から楽器のハープを取り出した。
「何じゃ?身も心も腐り切った女がハープを奏でようと言うのかのう?」
「ちょっと待って…何だこの嫌な雰囲気は…!?」
ハープからは透き通った音がするものの音を奏でる度に深海に沈んでいくような不気味で不穏な空気が神殿内を支配していく。
「この懐かしい雰囲気…あんたまさかそれは…!」
願いの妖精は奏でるハープの音に懐かしさを感じており、一体何をしようとしているのか気が付いた瞬間にトードナの背後に魔法陣が出現し節のある長い脚が這うように八本出てくる。
『…!ギシャアアアアア!!』
「ひゃあ!?蜘蛛!?」
出てきたのは戦車すらも襲うコバルトブルーの巨体と命を付け狙わんとする暗闇を彷彿とさせる四つの目をしたタランチュラのようなモンスターだった。
「これは…Sランクモンスターの『アラクネ』か!?」
蜘蛛モンスターの中でも最も強大で凶暴性もトップクラスであり、場合によってはドラゴンを捕食する時もあるために人によっては蜘蛛のモンスターの中で最強種はと言われたら真っ先に思い浮かぶとされるのがこのアラクネであった。
「アラクネもだけどトードナが持っているあのハープは…『バンシーハープ』だ。あれは確か『嫉妬』のデーモンスピリットだよ」
「デーモンスピリット…!?じゃあ、もしかして話にあったデーモンスピリットはまさかあれのことですか!?」
トードナがデーモンスピリットを持っているのは話には聞いていたが、本当に所持していた上にまさかここで出してくるとは思わなかった。
「んぐ!んぐぐぐ〜!」
ハープを奏でながらチャックで塞がれながらも何か叫ぶトードナ。すると口のチャックがバキンと破壊され分厚い唇が再び日の目を見るのだった。
「おのれ!よくもやってくれたわね!?」
「どう言うこと?あのハープを演奏したらチャックが壊れるなんて」
間違いなくハープが口のチャックを壊したのだろうが、その原理が全く分からなかった。
「ぐあっ!?くっ…おのれ、貴様らのせいで奥の手を使う羽目になるとはねぇ…!?」
するとハープは宙に浮いて指を触れてもいないのに弦が勝手に奏でられるのだが、その度に弦がトードナの身体を貫いたり巻き付いたりして苦悶の表情を作らせる。
『ギシャアアア…!』
蜘蛛は牙から流れ出る消化液で獲物を溶かして吸収するため、食べ物を咀嚼するための歯は基本的には存在しないのだが、アラクネの頭部には獰猛な獣のような鋭い牙が並んだ大きな口が恐ろしげに唾液を垂らしながら開いていく。
『ギシャアアア…!』
「願いを叶えられないのならば…この力を駆使して全てを物にしてくれるわ!」
ハープの弦によって身体が繭のようになっていくトードナは大きく口を開いたアラクネに喰われようとしており、彼女は拒んだり恐れるどころか自ら受け入れるかのように脚に抱えられ口に運ばれようとしていた。
「何をする気か知らないけど…これ以上の悪事は止めさせないと!?自然魔法『バンブー』・ラッシュ!」
ただ食べられるだけならば願ったり叶ったりなのだが、奥の手と言っていた以上はただの自滅ではないことは確かでありルアーネは竹を槍のように生やしてアラクネを攻撃しようとしたが間に割って入った者がいた。
「がはっ…!?」
「ルナセナ…っ!?」
どう言う主従関係かは不明だがトードナに忠義を尽くすルナセナは守るように竹槍をその身に受けたことにルアーネは驚くのだが、それ以上に驚くべきものを目の当たりにして言葉を失う。
「ええっ!?これはどう言うことですか…!?」
「分からぬ…しかしあれは…」
「ああ…どう見てもあれは…!?」
竹槍を受けて不気味な笑みを浮かべた面が割れて素顔が露わになるのだが、その正体にルアーネだけでなく誰もが驚愕する。
「「「アメジス…!?」」」
手強い魔族の用心棒だと思い、ずっと戦っていたルナセナの正体はヴァンパイアのような大人びた見た目とサキュバスの艶やかな雰囲気を兼ね備えているものの顔付きは間違いなくアメジスであった。
「アメジスちゃん…!?ボクはなんてことを…でも何をやってるんだい!?」
「さっきから何を言っている?私はルナセナだ…!」
思わず攻撃を当ててしまったことにルアーネは責任を感じるも、それならそれで何故ルナセナと言う用心棒になっているのか訊ねるも、ルナセナ改めアメジスは訳が分からないと嘲笑に似た笑みを零しながら竹槍を身体から引き抜く。
「ならほどのう…最初に出会った時に儂らの動きを見切っていたのも、ステラの熱感知の器官を把握していたのも全てアメジス本人にしか出来ないことじゃな」
「ちっ、影のコウモリもそう言うことかよ。けど、何であいつがこんなことを」
色々と腑に落ちることがあったが、やはりアメジスが自分達の敵になる動機が分からなかった。
「ん…角だと思っていたあれ、キノコか?」
正体がアメジスとは言え、見た目が随分と変わっていることにメイナスは注視していると、頭から生えているのは何処かで見覚えのある二本のキノコだった。
「ぎゃああああ!?」
『ギシャアアア…!』
「ひいっ!?あの…食べられてますよ!?あれも何かの作戦なんですか!?」
まさかのルナセナの正体に気を取られている間に、アラクネは繭になったトードナを爪先からバリバリと骨まで砕くように食べていたため見ていて凍りついてしまう。
「これで…これでお前らは終わりよおおおぉぉぉ…!?」
『ギシャ…』
遺言か捨て台詞か分からないがトードナの叫び声はアラクネの口の中へと消え去り聞こえなくなるのだった。
『ギシャア…!?グガアアア…!?』
「何じゃ?身も心も腐り切った女を喰ったから腹でも壊したか?」
「いや…違うみたいだ。アラクネの身体に何か変異が起きてる」
完全にトードナを食べてしまったかと思えば殺虫剤でも吹きかけられたかのように悶え苦しむアラクネだが、身体の一部がボコボコと膨張したりメリメリと割れたりと変化し始め、決して死にかけているのではないとすぐに思い知ることになった。
「変態しているのか」
「変態って、確かにトードナはお前に対して色目使ってたけど」
「そうじゃなくてレイラ、変態って言うのは虫とかがサナギや成虫になる段階のことを変態って言うんだよ。恐らくアラクネも…」
恐らく自身を食べさせたのは変態するための触媒にするためであり、それが功を奏して新たなる姿へと変わろうとしているのがトードナの奥の手であった。
「まだよ、アラクネ!」
『…!ギシャア!』
呼ばれたアラクネはお尻から粘糸を射出してアルノが指名した場所にある物を絡め取る。
「ふあっ…♡」
十字架に括り付けられたスザクは粘糸のベタベタした感触が柔肌に触れた途端に甘い声を漏らす。
「しまった!?まさかスザクを!?」
「ステラ!ルアーネ!止めるのじゃ!」
この中では止められるだけの力を持つステラは戦闘のダメージが残っており、ルアーネはアメジスを攻撃してしまった自責の念もあって、何を考えているか察するも全ては手遅れだった。
『ギシャアアア!』
「はうああ…♡あたしの身体がぁ…♡足からぁ…バリバリ…貪られてるよぉ…♡」
対照的と言うべきか苦痛に苛まされ悲鳴を挙げながら食べられていたトードナと異なり、スザクはアラクネの牙に肉も骨も噛み砕かれる度に全身に甘美な快感が走り表情が蕩けてしまっていた。
「うっ…ああ…♡快…感…♡」
『ギシャア…!』
その蕩けた顔もアラクネの口の中へと消えてしまうが、スザクは最後まで心の底から気持ち良そうにしており正しく快楽に溺れんばかりだった。
「そんな…スザクちゃんまで…」
「スザクなら死ぬことはないけど…これは厄介なことになったぞ」
仲間が喰われたことに絶望的になるニナだが、メイナスはそれとは別の問題が起きたことに絶望的になりながら、スザクを捕食して蹲るように縮こまるアラクネを睨みつけていた。
『ギシャアアア!グギャアアアア!!』
途端に目覚めの時だと身体から炎が噴出し蜘蛛の頭部と腹部の背面からバリバリと何かが飛び出してくる。
「はうう…♡何これぇ…♡気持ち良い…♡」
腹部から出てきたのは十字架に磔にされたスザクだったのだが、アラクネの血管が彼女と彼女を磔にしている十字架に根を張るかのように張り巡らされ脈を打っていた。
『ぎゃははははは!成功したわ!遂にアラクネとフェニックスを我が物にしたわ!』
そして頭部からは服を纏っていないトードナの上半身が飛び出したのだ。彼女も血管のような物が張り巡らされていて丸出しではないが、見ていてかなり醜悪な見た目に変化していた。
「これ…どう言うことだよ。アラクネに喰われたと思ったら合体しちまったぞ!?」
「トードナの屋敷の古文書で見たんだ。アラクネは『嫉妬』のデーモンスピリットに見初められた、或いは使用した人間を取り込み進化すると言う伝承がね」
自滅覚悟で触媒になったかと思えば、これはもはやアラクネを自らの身体の一部にしたも同然であるため何が起きているのか分からなかったが、これまでのことは進化するための儀式に過ぎなかったのだ。
「その名は『嫉妬』の魔神獣…『アラクネメシス』!今やトードナだけでなく、フェニックスであるスザクまで取り込んだ…間違いなくアンデッドセイリュウと同じくSSランクの相手だよ!」
確かなのは目の前にいるのが古文書に遺されるほどの脅威的なモンスターで、スザクのフェニックスの力まで取り込んでしまいアンデッドセイリュウと互角かそれ以上の相手になってしまったことだ。




