凶敵の名はルナセナ〜中編〜
「『瞬足』!」
先手必勝とレイラは瞬足スキルを使って加速し、双剣をルナセナに向かって斬りかかる。
「足を素早くしたぐらいで、私は撹乱されんぞ」
「ちっ!何だその武器は!何処から出した!」
ベテランの戦士でも武器を抜くモーションを省略することは出来ないのだが、ルナセナは両方の手の平から日本刀のような武器を手品のように展開して双剣の刃を最低限の動きで受け流していく。
「背中がガラ空きだぜ!」
「ガラ空きかな?」
サイケデリックワームのカマキリのような鎌でルナセナの背後から斬りかかるステラだが、彼女の背中に甲羅のように盾が手品のように出現して鎌を弾き返す。
「盾…!?しかも何処から出した!?」
「退いておれ!『投擲』!」
忍者などが使うクナイを手に取ったユウキュウは投擲スキルでルナセナに向けて投げる。
『『『キィキィキィ!』』』
「どわあっ!?何だ!?」
クナイが当たるとルナセナの身体はロウソクのように溶けたかと思えば、身体の破片が黒いコウモリとなって四方八方に飛び散る。
「幾らやっても無駄だ。大人しく捕まれ」
やがてコウモリの群れが一箇所に固まり、女性の姿を象ったかと思えばルナセナは何事もなかったように勧告してくる。
「冗談言うでない!」
「ここで引き下がる訳にはいきません!」
左右から挟み撃ちにするかのようにユウキュウとニナが一斉に駆け出すと、ルナセナも刀を手に草や地面を踏み締めながら肉薄してくる。
「効かぬと分かっておるが…『投擲』連続じゃわい!」
ダメ元でクナイを連続で投げられるが、ルナセナは当たった箇所に風穴が幾ら空こうとも足を止めない。
「遠距離ばかり。接近戦は嫌いか?」
「おのれ…近付くでない!」
切っ先をクナイで受け流すユウキュウは二重の意味で痛い所を突かれ、次第に武器を持つ手が痺れてきてグラグラし始める。
「しまった…!?」
「ユウキュウちゃん!」
遂に防ぎ切れずに丸腰になってしまったユウキュウに代わって猫の手グローブを身に着けたニナが四つん這いで地面を蹴ってルナセナに飛びかかるが、攻撃が当たる前にルナセナは再びロウソクのように溶けて地面に映る影の姿となって回避してしまう。
「逃がしません!」
猫の感覚の要であるヒゲを頬に生やし、影となったルナセナをネズミのように追跡し飛びかかろうとする。
「はぐっ!?」
しかし影は無数の触手に変化して、ニナの首と四肢にタコの足のように巻き付いてくる。
「そちらは囮だ。本体はお前の影の中だ」
肝心のルナセナはニナの背後を追うように伸びていた影の中から出てきながら得物の切っ先を向ける。
「動くな。こいつの命がどうなってもいいのか」
真っ先にトドメを刺すのではなく、仲間意識を利用してニナを人質に取る。
「それで勝った気かよ」
「戯言を」
口では強気な台詞を吐き捨てるが案の定ニナのことを気遣って動けないのではルナセナの思惑通りだった。
「…妙だな、先程より人数が足らないようだが」
惚けたことを呟きながらルナセナはニナの方へ視線を移すと、視界には風もないのに草が揺れている場所があった。
「闇魔法『ブラック』・ウェーブ」
呪文を唱えるとルナセナの影が墨のように液体状に変化し、辺り一面を黒く染め上げる。
「わぶっ!?ちょ…見えちゃう!?」
周囲の草が黒く染まるのだが、サイドテールと生まれたままの身体も真っ黒に染まってしまい、透明だった姿が浮き彫りになってしまったミエナが恥ずかしくなって身体を隠していた。
「無駄だ」
「はうあっ!?何これ…身体が固まって…!?」
右手を強く握り締めると身体に付着した墨のような影がコーティングするように固まっていき、隠したいのに身動きが取れなくなってしまう。
「これで二人目…だな!」
メイナスがスリンガーで薬品入りのビンを放つもルナセナは再び姿が溶けて影となり、周囲の木や岩の影から現れては避けつつも撹乱してくる。
「動きが読めない…いや、読まれているのか…!?」
ただ避けるのならまだしも、出現場所がスリンガーの射程範囲ギリギリの場所や双剣やクナイの刃が達することが出来ない中距離ばかりと撹乱の仕方が何処か自分達の行動を見透かしているようにも思えた。
「それだけではない。ミエナがニナに近付いていたのも奴は最初からそう動くことを知っていたようにも思えたぞ」
「…確かに変だよな。あたしでも『熱感知』を使わないと接近が分からないのによ」
更に不可解なのは初見ならまず分かるはずがないミエナの存在と位置を探り当てて、更に姿を露見させてから捕獲したことだった。
「相手は魔族なんだ。そんなの倒してから考えれば良いだけの話だろ!」
魔族は強力なマナミナであるディアマナミナを体内に宿しているため、身体能力も魔法も異種族の中ではトップクラスの実力を持つ。ゴッドプレシャスがあるからと言って必ずしも通用するとは限らないだろうし、レイラの言う通り相手が相手なだけに何故バレたかよりもどうやって倒すかが問題だった。
「自然魔法『グラス』・バインド!」
今度はルアーネが呪文を唱えると足元の草が伸びてルナセナの動きを制限しようと手足に絡みついていく。
「…無駄と言うのが分からないのか?」
一度は捕まり動けないことに視線を落とすも、同じことの繰り返しだと呆れるルナセナは手足が黒く染まり泥沼から引き抜くように伸びた草から脱出する。
「無駄じゃないさ。だってその間にも二人は離れられたからね!」
その台詞を聞いたルナセナは捕らえていたはずのニナとミエナの方を見てみると、ルアーネの意思が乗り移ったかのように動く木の枝によって包み込むように拾い上げられていたのだ。
「それにボクらの攻撃を避けてるつもりだろうけど、既に君は術中に嵌っているんだよ」
台詞を言い終えると目の前にいるはずのルアーネ達の姿がボンヤリと霧のように霞んでいき、やがて時間の経過と共にルナセナの目の前から煙のように姿を消してしまうのだった。最初は何が起こったか戸惑うも、周囲を見渡して戦闘の跡を確認すると面の下の目を細める。
「…幻覚か、小賢しい」
黒く染まったミエナの足跡や木の幹にニナとユウキュウの衣服の切れ端が黒い針と共に残されているのを見る限り、戦闘の途中で幻覚に惑わされて、その間に逃げられていたと察した。
「ぐう…何とか撒いたかな」
「辛いのによく頑張ったな」
ここに来て落ち着いていたルアーネだったが再び頭痛が酷くなったのか、レイラの背中で辛そうに頭を抱えていた。
「あんなのがいるのは想定外だったけど…一番の最悪の事態はデーモンスピリットを奪われること…」
「じゃから相手すると見せかけて幻覚で戦っているように見せたのじゃな」
思わぬ邪魔が入り時間を食ってしまったが、幸いにも
シンフォニーフォレストには音を奏でて幻覚を見せる木々が自生しているため、そこはイグドラシルの片鱗を持つルアーネのゴッドプレシャスの出番だった。
「けど…さすがにもう何度も使えないかも…森や木々の悲鳴が酷くなってくる…あいつらが遂に強攻策に出たのかも…」
しかし自然と直結しているためにシンフォニーフォレストでの異変がより苛烈になっていることもダイレクトに伝わり、まるで悲鳴を代弁するかのようにルアーネは高熱と頭痛に苛まされる。
「僕の幻覚を引き起こす薬も全部使ってしまったから…同じ方法は使えないと思って」
スリンガーで外したと思われた薬液は元々弱ったルアーネとシンフォニーフォレストの木々の補助のために放ったのだが、今度また同じ状況になったら切り抜けるのは難しいだろう。
「…!ちっ、あいつら遂にやりやがったな!この先でスゴい熱を感じる!」
『熱感知』で索敵しながら先頭を走っていたステラは不吉で異常な熱量を感知し苦虫を噛み潰したような顔をしながら勧告した。
▷▷▷
「ううっ…こんなの…酷いのです」
「木だけじゃない…生き物が焼け焦げる匂いがあちこちからする」
残念ながら敵の思惑通り足止めされたらしく、ステラが感知した場所は焼き畑でもしたかのように辺り一面が焼け野原になっていて、そこにいた植物はもちろん小さな虫から大型のモンスターまで全て炭化して原型が分からなくなり、生きたまま焼き殺されたことを訴えるかのような鼻を刺す強い匂いを放っていた。
嗅覚が鋭くなくても酷い匂いと見るに耐えられないほどに変わり果てた動植物を前に誰もがショックを受ける。特にニナは生まれ故郷でもあるため尚更ショックだったらしく固まったミエナを背負いながら泣き崩れてしまう。
「…ニナ、酷いことを言うけど、今は急がないと。このまま森をこんな風にした奴らを野放しにしてるともっと最悪の事態を招くかもしれない」
「それに幸か不幸か、見たところ妖精の仲間やセレスティアの姿はないようだよ」
生まれ故郷が震災などで見る影もないほどに破壊されたら誰だってすぐには立ち直れないだろうが、このままだともっとそれ以上の不幸が起きるのは間違いないし仲間の妖精族は取り敢えず無事と言われ、ニナは返事はしなかったものの小さく頷きながら立ち上がる。
「しかしこれだけの騒ぎなのにスザクとアメジスを見ないのは変だぞ」
ここまでの騒ぎなら二人も気付いてこちらと合流してもおかしくないのに、ステラは影も形もないことに違和感を覚えていたがメイナスは「今はそれよりも大事なことがある」と言った様子だった。
「あの二人なら簡単には死なないさ。とにかく僕らはまずデーモンスピリットの『願いの精杯』を先に奪取し、その願いを叶える力でトードナ達をシンフォニーフォレストから退けないと。二人のことは悪いけど後回しだ」
フェニックスのスザクに吸血鬼とのハーフであるアメジスなら大抵のことは問題ない。だから一番の問題であるデーモンスピリットを中心に事を進めなければとメイナスは割り切っていた。
「やはりリーダーにはお主が必要不可欠じゃな。知識と判断力もじゃが時として合理的にそして冷厳に物事を割り切ることも大事じゃからな。あんな身も心も腐り切った女の婿なぞ勿体ないぐらいじゃ」
大局を見て仲間の命を犠牲にするなんて早々出来るものではない。スザクとアメジスが不死身なこともあるが、それでも仲間の安否を後回しにしてでも重大な決断をするメイナスにユウキュウは賞賛を贈るのだった。
「仲間のことを犠牲にするなんて褒めらたことじゃないよ。願いの精杯を手に入れてトードナを退けたら、すぐさまスザクとアメジスを探そう」
しかしその賞賛すら自分には相応しくないとキッパリ告げ、先を急ごうと足を動かす速度が自然と速くなる。
「爆破の跡を追いかければ神殿への道案内になるとは思ってたけど…」
幸いにもトードナ達の通り道は爆破されて焼け野原になっていたため木々や罠などの遮蔽物が一切失くなっておりとても走りやすくなっていたが…。
「さあ、邪魔な木々は全て焼き払うのよ〜!」
「酷いです!?あんなに森の木々をめちゃくちゃにしてます!?」
現在進行系でトードナ達は投石機のような物で導火線に点火した樽を森に向けて飛ばしており、やがて雷も顔負けな不気味な光と鼓膜が破れんばかりの爆音が生じ、木々が炭になる前に土と共に正しく根こそぎ吹き飛ばされていくのを目の当たりにしたニナは小さな胸を抉られるかのように涙を流す。
「あいつら好き放題にやり過ぎじゃ。どうするのじゃ」
鬱蒼とはしていたが自然特有の美しさを持つシンフォニーフォレストが死の森に成り果てることに我慢出来ず、ユウキュウは今すぐにでも焼きを入れてやらんばかりに歯を食いしばりながらもメイナスに判断を委ねる。
「計画は変わらないよ。このまま戒めの神殿へ向かい、願いの精杯であいつらをシンフォニーフォレストから追い出すんだ」
許せないのは誰もが同じだが、やはりメイナスだけは自分達がすべきことは変わらないとキッパリと告げたことで仲間達も沈黙か静かに頷いて同意を表すのだった。
「ニナ、神殿はもうすぐかい?」
「ここまで来たらフワフワですが、道のりが分かるような気がします」
紆余曲折あったもののここからが正念場だった。爆破で道を切り開くトードナが先か、あやふやながら道を思い出し始めたニナ達が先かのスピード勝負だった。
「よし!まずは何処から行けば…ぎゃあああ!?」
「あ、そこは悪臭を放つアクレシアが…!?」
いきなり幸先不安と言うか、文字取り滑り出しが悪いと言うべきか走り出したレイラは樹上から狙い澄ましていた花から放たれる悪臭にひっくり返ってしまう。
「ううっ…すみません…まだ色々と思い出せなくて…」
「慌てないで。急ぐけど焦らないで行こう」
ああでもない、こうでもないと頭を抱え焦るニナの肩をメイナスは優しく叩きながら励ます。
「ううん…確かこっちは右に…」
「右かの?」
記憶の断片を辿り口にすると、取り敢えず方向は決まったとユウキュウは右に曲がる。
「…タイホウセンカが自生してます」
曲がった瞬間に爆発する種子が花から撃ち込まれ、「ぬおおおお!?」と言う悲鳴を挙げながらユウキュウの小柄な身体が宙を舞っていた。
「えっとえっと…思い出しました…右はダメだから、そこの木の幹を三回叩くんですよ」
焦りながらも対処法を思い出したニナは叩くべき木を指差す。
「…おい、大丈夫なんだろうな」
ステラはワイバーンの鱗を全身に生やして防御体勢を取りながら木の幹を叩く。ワイバーンはドラゴンの中でも弱い部類ではあるが並大抵の攻撃ではビクともしないため防御力に関しては取り敢えず問題ないだろう。
「…ネバネバナのベタベタ液が全身にまんべんなく当たります」
「クソがぁ!?ネバネバなのかベタベタなのかどっちなんだよ!」
言い終わる前に琥珀色の液体が木の幹に釘付けにし、これでは防御しても意味がないためステラは奇天烈なことを叫んでしまう。
「…次は?」
「えっと…えっと…確か…あ」
固唾を呑んで見守っていたメイナスは次は自分の番だと恐る恐る訊ねるもニナ本人はあることを思い出したようにハッとなった表情を浮かべた。
「…地上からの道や罠はカモフラージュで、本当の道は地下にあるんでした」
ガパッと近くの地面に手を掛けると床下の収納スペースのように開いて地下へ続く穴が空けられていたのだ。
「「「おい」」」
「す…すみません〜…!?」
道は開けたのに三人は釈然としない引きつった笑みでより縮こまるニナを睨みつける。
「まあまあ…スザクがいればこれぐらい何ともなかったのにね」
仲裁をしながらも無い物ねだりをするかのように皮肉を零しながら穴の中に入って行くのだった。
▷▷▷
「しかし、なるほどな。神殿への道のりは地上ではなく地下にあるってことか」
「まさかこんな所に正規のルートがあるとはお天道様でも気付くまいのう」
「どうりで罠みたいな植物がたくさんあるはずだ。あそこが本当の道なら妖精族の連中も危険になるだろうからな」
当時のニナが罠を掻い潜って精杯の元へ行けたのも、正しく抜け穴とも言える場所に本当の道があり、それ以外は全て罠やカモフラージュでしかなかったからだ。
「隠し方としては脱帽するけど…んっ…くっ…何でこんなに狭いんだい?」
ただでさえ頭が痛いルアーネは先程から天井にその頭が当たり、痛いだけでなく押しくらまんじゅうされるような狭苦しい思いをしながら匍匐前進をしていた。
「すみません…ここは妖精族が万が一の時に避難するための通路なんですよ」
人間にはうつ伏せにならないと通れない狭い場所でも、手の平サイズの妖精族からすれば横一列になって空も飛べるほどの広さだった。そして行き着く先は良くも悪くもシンフォニーフォレストでは防衛力が一番高い、戒めの神殿であるため本来は彼らの避難経路となっているのだ。
「あの…スカートの中を見ないでくださいね」
「もう縞々模様を嫌と言うほど見ておるがのう」
「おい、息がくすぐったいぞ」
「ううっ…このベタベタ、中々取れない〜…」
この中では唯一の男子であるメイナスが当然と言うべきか彼女らの先頭を這って進み、他はスカートの中が見えたり近づき過ぎたりしないか気に掛けたりしていたが、ルナセナの攻撃で黒いベタベタがまだ身体に付着しているミエナは最後尾で動きづらそうにしていた。
「行き止まり…ここが終点か?」
ただでさえ狭い通路で一本道しかないはずなのに、それ以上は前に進めない上に頭上から僅かに光が射し込んでおり、見上げてみると天井が蓋のような形をしていたのだ。
「ここが…戒めの神殿」
「何だここは…異様な雰囲気で気に食わねぇ」
蓋を押し上げて穴から這い出ると案の定、そこは捕食者や強者に睨まれているかのようなプレッシャーを感じる石造りの神殿の中だった。
「さて本題は願いの精杯だよ。早く見つけて願いを叶えて貰わないと」
「えっと…次は確か…」
ここまで来れたのもニナの案内のお陰であり、目的地までもうすぐだと道のりを思い出そうとするニナに全員の視線が集まる。
「あんた達の願いは何だい?」
ところがその視線は聞き慣れない声が耳に息が掛かるほど近くで囁かれたようでゾワッとなってしまい四方八方に散る。
「今の何?誰の声なの?」
「誰だ!」
「熱を感知出来ないだと…」
誰の声かと辺りを見回すも部屋には殺風景な空気しかなかった。
「何だか久しぶりに見る顔もいるじゃないの」
「また聞こえたぞ。何じゃこれは」
「私じゃないわよ。このベタベタのせいで霊体化できないのよ」
誰もいないはずなのに再び聞き慣れない声を耳にする。ミエナならイタズラで霊体化することも可能だろうが、今は黒いベタベタで身体が汚れているため不可能だった。
「これは『テレパシー』だ。僕らの頭や心に直接話し掛けてくるんだ。でも誰が…」
「この声は…願いの妖精さんですか!」
声の正体はテレパシーではあったが、唐突過ぎるし誰が発しているのかと警戒していたがニナだけはそのテレパシーには一番心当たりがあった。
「もしかしてニナの話していた例の?」
「はいです!お久しぶりですね」
「また来てくれるとは思わなかったわよ」
「…一応はお前の人生を狂わせた相手じゃねぇのか」
再会にニナもテレパシーの声も嬉しそうにしていたが、相手は願いの力で曲がりなりにも彼女の人生を大幅に変えてしまったため、これが喜ばしいかどうかは不明だった。
「願いの妖精さん!あなたにもう一度お願いがあって来ました!力を貸してください!」
それもこれも今はのっぴきならない事態であるため、浅はかならぬ因縁はこの際置いておいて願いの妖精にもう一度願いを叶えて貰おうと呼び掛けるニナ。
「…あたしにもう一度会いたいなら願ってみなよ」
「お願い?願いの妖精さんに会いたいとか?」
「ウィッシュ・ボーン!」
願いの妖精と言うだけあって、お願いすれば道案内以前にそこへ移動させるなんて訳ないらしく、願った瞬間に呪文が唱えられ一同の姿が一瞬にしてその場から消え去る。
「マジかよ…テレポートしやがった」
「単なる移動ならまだしも、転移や大幅な座標移動となると簡単に出来る技じゃないからね」
幾ら魔法やスキルがあると言っても任意の場所や一定の場所に、移動と言うタスクや目の前の道のりを省いてしまう行程はかなり難しい…と言うよりもそもそも許可なくテレポートを行うことは禁じられているのだ。
もし単体で簡単に行えるならばシンフォニーフォレストへの移動はもちろん、金庫に侵入して強盗したりストーカーをしたりとやりたい放題になるため、行うには大きな国にあるポータルステーションと言う転移スポットを利用するか、特殊な許可を持つテレポーター師と言うジョブズの人間が数人の許可を得て行う必要がある。
またテレポートの悪用を防ぐために転移魔法や転移魔道具の無許可の開発や研究は原則として禁止されており、現在利用出来るのは役員か国の騎士団や物流を担う組織ぐらいだ。
「こんな禁じられた芸当を願うだけでいとも容易く出来る君は…やっぱりデーモンスピリットの願いの精杯の妖精ってだけはあるね」
目の前の出来事に頭痛を上回るほど興味を惹かれたためルアーネは少し落ち着いた表情で、目の前の台座に鎖で雁字搦めにされた精杯に話し掛ける。
「随分と大勢引き連れてきたわね。皆揃って願いを叶えに来たの?そもそもあのお節介な妖精女王がよくこんなに大勢通すのを許可したわね」
願いの妖精からすれば禁忌を犯したニナが仲間らしき人物と共にここへ辿り着いたことも驚きだが、代々封印されてきた自分の番人であるはずのセレスティアがいながらよく通れたなと、表情は見えないが声色と台詞から相当驚いているようにも思えた。
「外の騒ぎ…聞こえていますか?この森は今あなたを狙っている人達が荒らし回っているんですよ。私達はあの人達を追い払って欲しくてここまで来たんですよ」
「お願い、願いの妖精さん。この森を壊してる嫌な人達を追い出して!」
遂にここまで来たと満を持してニナとリュクウはトードナ達を追い出すようにと願いの精杯に向かって心からの願いを伝える。
「嫌よ」
「良かった、これでシンフォニーフォレストは……ええっ!?今なんて言いました!?」
これまで道のりを教えてくれたり、種族を変えてくれたりと様々な願いを叶えてくれたため今回も二つ返事で了承してくれたかと思えば、まさかの願いを断われたことにニナは遅れて反応し聞き返してしまう。
「おい、何で願いを叶えねぇんだよ」
「あたしは『強欲』のデーモンスピリットなんだよ。あんたらと比べて外の連中の方が欲が深そうだからね」
まるで幾つも種類や分類があるような言い方をするために願いの妖精にどう言うことか質問するとこう言うことだ。
デーモンスピリットはかつての魔神から分離した力の一部でその数は大きく分けて七種類あると言うのだ。その中で願いの精杯は『強欲』の名を冠するデーモンスピリットで欲が深ければ深いほどに真価を発揮すると言うのだ。
「だからあんたらの欲の深さと外の連中の欲の深さじゃ断然負けてるから叶えるに値しないのよ」
今トードナ達は願いの精杯に向かって強引に森を爆破しながら押し進んでいるため欲深いのは確かだ。それに対して自分達は確かに心からの願いではあるが、比較するとその差は歴然としているため願いの妖精が叶えたがらないのも納得だった。
「それにねぇ、欲深さを差し引いてもあんたの願いはもう叶えられないのよ」
「はい?それはどう言うことですか」
「差し引いてもって、欲深さ以外にも必要な条件があるのかよ」
欲の深さが必要条件とは知らなかったが、話からすれば当時は無償で叶えてくれたのに、今回に至っては欲深くても叶えられないとキッパリ断られる理由が分からなかった。
「それはこの戒めの鎖のせいよ。幾ら欲深くても同じ相手に叶えられる願いは三つまでなのよ」
原因は精杯を雁字搦めにしている鎖のせいであり、叶えられる願いは一人三つまでと言う条件にニナは「そう言えば」と表情を変えて当時のことを思い出そうとする。
「脱出に道のり…それと猫になる願いで三つ叶えて貰いました」
「そうか…叶えられる回数を使い切っていたのか」
回数制限があるとは知らなかったが、あの時はちょうど願いの妖精が言う回数分の願いを全て叶えて貰っていたため、今になってニナの心からの願いは突っぱねられたのだ。
「だったらリュクウが…むがっ!?」
「ふむぐっ!?」
「何じゃ…ぐっ!?」
要はニナは願いを叶えられないが他は願いを叶えられる権利があるため、早速叶えて貰おうとするがミエナの黒いベタベタが意思があるかのように動いて口を塞いでくる。
「ここまで案内をご苦労」
「むぐぐっ!?んぐっ〜!?」
肝心のミエナも口を塞がれており必死に何かを伝えていたが、その内容は彼女の身体のベタベタからルナセナがゾンビのように這い出るように現れていたことだろう。
「私の影の力を侮っていたようだな。この者の身体に付着したのは私の影、即ち身体の一部であるため影を介して瞬間移動は可能だ」
ずっとミエナの身体に固着しているとは思っていたが魔族と言うだけあって単なるベタベタではなかったらしく、そのお陰で秘密裏にここまで来れて優位に立てたと思っていたが裏目に出てしまったようだ。
「色々聞けたぞ。願いの精杯よ、トードナ様達をここへ導け!」
「…ウィッシュ・ボーン!」
口を塞がれて悔しさに声を張り上げることも叫ぶことも叶わなかったが、ルナセナが最悪な願いを伝えたために形成を最悪な形で覆されてしまったのは言うまでもなかった。




