願うは神殿への道標
「はあ…はへぇ…もう…止めてぇ…♡おかしくなっちゃうよぉ…♡」
老木に拘束されたスザクは赤らみ甘く蕩けた顔を浮かべながらガックリと項垂れており、その足元には血や体液の水溜りを形成してどれほどの実験と言う名の拷問をされたか物語っていた。
「おかしいのはこっちの台詞よ。どれだけ再生するのかしら?私のお手製モンスターの方が音を上げちゃったわよ」
アルノは自分が手掛けて改造したモンスターが山となって横たわっている光景に引きつった笑顔をしていた。
「あなたの再生能力は無限なのかしら。クラスターバイトは計算上ではこの密林の三分の一の植物を食い荒らすはずなのにあなたの肉を思う存分に食べて満腹になってしまったわよ」
倒されたとかではなく元々食物を食い荒らすように改造されてほぼ無尽蔵な食欲を持つモンスターばかり揃えたのに、スザクの再生し蘇り続ける肉体を何度も何度も再生する度に貪り食い続けたが群れ全体の食欲を満たしたがために無害な存在になってしまっていた。
「これは益々興味が湧いたわ…いずれにしても次に必要なのはフェニックスの力を通常の人間に注ぎ込んで使えるかどうかね」
アルノを始めドラグングニル帝国がフェニックスの力を執拗に狙うのは不老不死の力を一般人に投与して得られるかが最大の目標だった。
「前の実験では血を投与したぐらいでは変化はなかったけど、どうしたものかしらね」
デザードライキャニオンでの実験ではスザクの血を投与したぐらいでは人間は不死身にはなれなかったため他にどのような方法を取れば目標を達成出来るかアルノは考えていた。
「アルノ様、よろしいでしょうか」
そこへ胸当てと脛当てと軽装の兵士、恐らくドラグングニル帝国でアルノに仕える兵士の一人が膝を付きながら訊ねてくる。
「トードナ様がそろそろ神殿に行くためにも軍と新しい奴隷を寄越せと騒いでいます」
「相変わらずの欲張りね。ちっとも変化がないくせして欲は膨らむばかりで面白みがないわ」
報告を聞いてアルノは嫌気が差しており、心底面倒くさいと言う様子だった。
「けれども戒めの神殿に行くには彼女の力が有効…」
しかしアルノの目的もトードナと同じ戒めの神殿であるため、今だけは彼女と手を組むべきだと考えているが同時にあることを思い付いたのだ。
「そうね、もしもの時は…彼女のことが使えそうね」
「あ…ああ…♡」
何を企んでいるかはアルノと神にしか分からないだろうが、彼女の視線は背後で老木の触手に絡み付かれ絶頂し紅潮しているスザクの姿があった。
▷▷▷
「それで儂らは戒めの神殿に向かっているのじゃが…道は分かっているのか?」
「何処を見ても森なのに目印とか標識とかあるのかよ?」
ユウキュウ達はセレスティア公認で戒めの神殿へ行くことを許可されたのだが、妖精族の集落を出発したものの道を教えてくれたり地図を貰った訳でもないため何処に向かえば良いか見当もつかなかった。
「セレスティア様は私が指針だとは言っていましたけど…」
「そりゃあそうだろうね。君は一度行ったことがあるからね」
ニナは番人と言う立場でありながら戒めの神殿にある『デーモンスピリット』に魅入られて、その力を行使したために追放処分にされたのだが、今となってはその経歴がルアーネ達の道案内に役立っていた。
「ですけども私はそこへどう言ったか記憶が曖昧で、役に立てるかどうか…」
その証拠にニナ本人もデーモンスピリットの力で獣人の姿を得られた。しかし一度はその恩恵を受けた身でありながら彼女はそれまでの起承転結を思い出せなかった。
「ねぇ、ニナお姉ちゃんはどうして皆のとこから追い出されたの?」
このメンバーの中では最年少であるリュクウが子供ゆえの好奇心でニナが追放された理由を質問として投げ掛ける。しかしリュクウでなくともニナの経歴は特殊であるため全員が彼女に視線を送っていた。
「私には…好きな人がいたんです」
皆からの視線と状況も相まって、もはや話さなくてはならない状況になり、ニナは重々しく始まりは自分の初恋からだったと話し始める。
▷▷▷
それはまだニナがシンフォニーフォレストの妖精族だった頃――
「ふふん♪ふふ〜ん♪今日は美味しい樹の実がたくさん実ってたです♪」
彼女は食糧調達のために樹の実採集に訪れていたが、いつの間にか森の外郭にまで来てしまったことに気が付かなかった。
「あれ、ここは何処なのでしょうか」
気が付くとニナは森の外に出ており、端から見ると開けた場所に見慣れない生き物がいるようにも見えるため、秘密を守る妖精族からすればこれだけでも非常事態だった。
「う〜ん…とにかく森に帰った方が…ひゃっ!?」
取り敢えず姿を隠そうとしたニナだが何処から現れた猫に襲われてしまう。
「おいおい、何だこれは?小鳥や虫にしては変な形をしてるな」
「う〜ん…何ですか…?」
襲われたニナはそのまま意識を失ってしまい、そのまま猫に咥えられて運ばれたのだが、聞き慣れない大きな声を耳にして目を覚まし始める。
「あれ…身体が動かない…きゃあ!?」
目を覚ますのだが、ふと身体の自由が効かないことに気が付くと同時にその原因を知って驚きの声を挙げた。
「な…何だ?今の声は?これが喋ったのか?」
と言うのも目の前には好青年と言うべき男性が猫に咥えられたニナを物珍しそうに見ていたのだ。しかも咄嗟に声を出してしまったために正体が露見しそうになってしまう。
「(こ…こう言う時は…)わ…私、ニナ!お友達になりましょう!」
だが姿をバッチリ見られた上に声も聞かれたが、ニナにはセレスティアから教えられた人間に見つかった時の対処法があり、敢えて言葉をロボットのように片言で話してみる。
「これ…最近子供の間で有名になっている『お喋り人形』かな」
特殊な魔道具を使って声を録音し、さも人間の友達のように会話が出来る玩具の人形があり、セレスティアはもしも人に見つかった場合はそのフリをして誤魔化すように教えていたのだ。
「何処から拾ってきたんだ?持ち主に返さないとダメだろ」
案の定、青年はニナを人形と認識し棚の上に置いて持ち主を探すために出かけてしまう。
「ほっ…良かったああああぁぁぁ!?」
正しくホッとしたのも束の間、早々に諦めてたまるかと棚の上に猫が登ってきてニナを再び襲い始める。
「ひゃあああぁぁぁ〜!?止めてぇ〜!?」
咥えては振り回したり、離したかと思えば猫パンチでニナを弄ぶ。
「いだだだだっ!?舌が痛いです〜!?」
今度はニナを抑え込んだかと思えば肉をこそぎ落とす仕組みになったザラザラの舌でニナを舐め回していく。
「君…やっぱり喋ってるよね?」
不意に猫の舌が止まり何かと思いニナは見上げてみると、先程の青年が飼い猫を抱きながら彼女を驚いた表情で見ながら語り掛けてきた。
「そ…その前に…何か代わりの布をください〜!?」
散々猫の舌で舐め回されたことでニナの服がボロボロの布切れみたいになってしまい、ほぼ半裸状態であるため彼女は恥ずかしくなって小さな体を更に縮めていた。
「そうか…僕の飼い猫が君をここへ連れて来てしまったのか」
彼からハンカチを貰ったニナはそれまでの経緯を話し、青年もまさか自分の飼い猫がおとぎ話で聞いた妖精族を連れて来るとは思わなかったため目を丸くしていた。
「あの…出来れば私や妖精族のことは秘密にしていてください。大精霊様からも口外は固く禁じられているので」
記憶を消すのも手の内だが相手の記憶や精神に干渉する魔法は高等である上に、相手の精神に異常をきたすためおいそれと扱えない。そのためニナは不安ながらも口約束を取り交わすことにしたのだ。
「構わないよ。それで君はどうするんだい、僕の猫のマーシャルは気まぐれで色々な所から物を集めてくるんだ。だから君を何処から連れて来たか分からないんだ」
青年は性格的には約束は守ってくれそうだったが、問題はニナをどうやって住んでいた場所に帰すかだった。猫の徘徊ルートなんて把握してる訳がないし、性格が気まぐれなら尚のこと何処をどう通ってきたなんて分からないだろう。
「自分で帰ることは出来ますけど…さっき舐められたせいで翅が上手く動かせないので」
そう言うとニナは先程猫のマーシャルに舐められたことで唾液でベタベタになった上に穴が空いてボロボロになってしまった翅を見つめながら答える。
「それ…治るの?」
「自然治癒は可能です。けど、これだと帰れないので暫くの間はあなた以外に見つからない場所に置いて欲しいんですけど…」
普通の虫の翅なら破れた時点で絶望的だがそこはさすが妖精族と言うべきか、数日あれば回復するため暫くは青年の家に泊めて欲しいと懇願するニナ。
「僕の猫のせいだからね、良いよ。それに妖精族をこの目で見れたんだから文句はないよ」
ペットのしたこととは言え、飼い主である自分の責任であるためニナの申し出を了承した。おまけに生きている間に妖精族を見られたのは雷に打たれるぐらいの低確率であるため、ひょっとすると幸運が転がり込んで来るかもしれないと験を担ぐ。
「ほら、飴玉だよ」
「美味しいです〜♪」
それからニナと青年の生活が始まった。青年は空が飛べなくなったニナのために飴玉やお菓子などを与え、小動物のように頬にいっぱい食べる様に彼は癒されていた。
「この本では勇者が賢者と出会う物語なんだ」
「面白いですね」
夜寝る時は人間の歴史、主に勇者や魔神の物語などを記した文献や本をニナに読み聞かせる。更に青年はニナに人間の文字や読み方などを教えたことで、後にパズレインスクールに入学しても差し支えない知識を得たのだった。
「どうだい?これが海だよ、森の中じゃまず見れないでしょ」
「綺麗な夕日と海ですね」
何よりも一番印象に残ったのは家に閉じ籠もっては辛いだろうと考えた青年がニナをシンフォニーフォレストとは異なる外の世界の景色を見せたのだが、その中でも海の水平線に沈む夕日がとても印象に残っていた。
「海はともかく夕日も見たことがないのかい」
「基本的に森の中ですので海はもちろん、お日様がこんな風に綺麗な色になって海に沈んでいくのは…とても感動的です」
秘密を守るために自らを隔離していた妖精族に取って池の何万倍の大きさである海と、基本的に木々で遮られているために太陽が地平線や水平線に沈む所は初めて見るために、その美しさにニナはただただ感涙するばかりであった。
「良かったよ、これを見せれて」
最初は責任感や義務感からニナと共に暮らしていた青年だがまるで本当の家族のように思えて、こうやって喜んで貰えた上に感動してくれたのならその甲斐はあったと本人も嬉しそうだった。
「…はい、とても良かったです。あなたと逢えて」
喜んで貰えて嬉しいと思う青年の横顔は夕日に照らされて輝いており、ニナは彼のことを愛おしそうに見つめながら胸の高鳴りを感じると共に唇に指を当てて思い馳せていた。
――ずっと…ずっとこんな日が続けば良いのに…――
妖精族であるニナは人間である青年に恋をしたのだ。その恋はニナに取っても、妖精族に取っても禁じられた愛と言うのは彼女自身がよく理解していたが、そんな淡い想いをいつしか抱くようになっていた。
「あれ…ニナ?」
しかし翌朝、青年が目を覚ますとニナの姿が消えていたのだ。幾ら探しても見つからず、次第に彼はニナが故郷へ帰ったのだと理解し喜ぶべきだったのだが心にポッカリと穴が空いたような虚無感に襲われるのだった。
「ニナ…あなたはトンデモないことをしたのですよ」
「セレスティア様…ごめんなさい…」
そのニナは夜中の内に仲間の妖精族が青年の家に押し掛け、彼女の姿を確認するや否や問答無用でシンフォニーフォレストへと強制送還し、圧のある笑顔で見下ろしてくるセレスティアの前に連行されていたのだ。
「我々の存在は秘匿にすべきなのです。かつてのようにマナミナを搾取され続けることはもちろん、ここを守護する義務があるのですよ」
事故とはいえ自分達の存在やデーモンスピリットのことを知られたのではないかと危惧しておりセレスティアからはそのことを説教され、ほぼ全て妖精族の仲間から冷たい視線を向けられてしまうニナ。
「場合によっては例の青年の記憶を消すしかありませんね」
「そんな!アスラさんは私達のことは黙ってくれると仰っていました!何も記憶まで消さなくても…」
最初の内は記憶消去も考えていたがニナ本人にはその類いの魔法を扱えなかった上に、青年アスラと過ごす内にその記憶は掛け替えのない思い出となったため今更そんな残酷なことは出来なかった。
「…あなた、まさか人間に恋をしたのですか」
圧のある笑顔だったセレスティアは記憶消去を拒むニナの様子を見て曇り顔になりながら追及し、それを聞いた他の妖精族は一斉に騒ぎ立てる。
「妖精は人間と恋することは出来ません。あなたはそれをよく知っているはずです」
異種族の間で恋愛が叶わない場合の多くが種族間同士での対立の歴史や体格差などの物理的問題がある。特に妖精族は他種族の中でも手のひらサイズであるためそれ以外の種族とは基本的に恋愛は出来ないのだ。
「あなたは妖精族の存在を危ぶませた上に人間に恋をするなど言語道断です。やはりその人間の記憶を消した方があなたのためになりそうですね」
このままだとニナは人間との叶わぬ恋によって深く傷つき、最悪アスラや他の人間が彼女の恋心を利用して更なる情報漏洩を招くと考えたセレスティアは残酷とも言える決断を下した。
「そんな…止めてください!?アスラさんから私の記憶を失くさないでください!?」
アスラと過ごした思い出はニナの大切な記憶だ。自分が忘れる訳ではないが、例え片思いだったとしてもアスラが自分のことを忘れてしまうなんて死ぬのと同じであるためニナは何とか思い留まって欲しいと食い下がる。
「…暫くあなたは反省なさい」
「そんな…ううっ…!?」
しかし妖精の衛兵達に投網で抑え込まれてしまい、そのまま木の中に設けられた牢屋に収監されたニナはもはやどうにもならないと嘆くのだった。
「どうして私が妖精だとアスラさんと結ばれないの…どうしてアスラさんが人間だと私と結ばれないの…」
それからニナは牢屋の中で泣き喚き、夜が更けてもまるで壊れた人形のようにブツブツと人間と妖精とが結ばれない事実を受け入れられないと呟き続けていた。
「叶えて欲しい願いがあるの?その願いを私が叶えてあげようか?」
ここは木の中に設けられた牢屋であるため基本的にはニナしかいないのだが、何処からともなく誘うような囁き声が聞こえてきた。
「叶わないですよ…私は妖精、そしてアスラさんは人間…だから恋をしても結ばれることはないんですよ」
絶望感でいっぱいだと言わんばかりに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったニナは顔を上げ、相手の姿が見えないのにも関わらず開き直ったような返事をする。
「…つまりあなたが妖精でなければ、好きな人と結ばれるんじゃない?」
今回の悲恋は種族間の違いによるもので早い話がどちらかが異種族でなければ結ばれていたかもしれないと謎の声の主はそう質問する。
「そんなこと逆立ちしたって無理ですよ。もう」
それが出来たら一番苦労しないのはニナ本人であり、到底不可能なことを囁くなんてバカにしてるのかと多少ムッとする。
「じゃあさ、騙されたと思って『牢屋から出たい』って強く願ってみてよ。そうしたらあたしの言ってることを信じてくれる?」
囁き声はニナの神経を逆撫でにしながらも不躾に願い事を強要するような言い方をする。
「…この牢屋から出たいです」
半信半疑ではあったニナだが収監されているために他にすることがないし、牢屋から出られてアスラの元に行けるならダメ元でもそうなるよう願ってみる。
「……はっ!?ここは…外?」
ボンッと小さな爆発音と辺りを包み込む煙が発生したかと思えば、気が付くとニナは牢屋の外に出ていたのだ。
「え…どうして?鍵は掛かってるのに…」
どんなにスゴい脱出マジックでもタネも仕掛けもあるのに、ある程度のことが出来る魔法も存在するのに、どうやって牢屋から出られたのかニナには皆目検討が付かなかった。
「どう?これがあたしの力よ」
「あなたは一体…」
悲しみに暮れていたニナはここで初めて謎の囁き声に興味が湧き何者かと正体を訊ねようとする。
「あなたの願い、叶えてあげるわ。そうね…今度は私のいる場所、『探している声のする方向に行けますように』って願ってみて」
「…どうか、この声の人の所に行けますように」
実際に願いが叶ったため、何者かは分からないがこれならばアスラとも本当に結ばれるのではと考えたニナは心の底から声の主と出会えるように願う。
「では、あなた達はこの薬を嗅がせて記憶を消すように…」
「セレスティア様!大変です!ニナが牢屋から脱走しました!?」
アスラの記憶消去の計画を妖精族の精鋭部隊と話していたセレスティアの元に、見回りをしていた妖精の衛兵が駆け込んで脱走を報告してきたことに場が騒然となる。
「一体どうやって牢屋を出たんだ」
「まさか彼女に手引きする者が…」
「脱走した要因よりもニナの行方だ!すぐさま連れ戻すんだ!」
「しかし何処へ行けば…」
「決まっている。例の人間の所だろう」
ここでニナがアスラと再会すればこちらの計画が筒抜けになってしまうからだ。それにもしもニナが人間側と内通していて、合流でもされたらこちら側に取っては大問題でもあるからだ。
衛兵だろうと精鋭部隊だろうと妖精族の集落はニナの脱走を許したことでザワめくも、すぐさま捕らえるべく動こうとしていた。
「…いいえ、精鋭部隊の皆さんはすぐさま戒めの神殿に向かってください」
「戒めの神殿?何故そこに……まさか!?」
目的地を変えるように伝えるセレスティアに精鋭部隊の隊長妖精は異を唱えるも瞬時にその意味に気付いて凍りつく。
「私の予想が正しければ…ニナは神殿にある『願いの精杯』に導かれたのかもしれません」
その言葉に集落はニナの脱走よりも騒然となり誰もが青ざめる。もしそれが本当ならば自分達が門外不出で守護してきた『デーモンスピリット』が彼女の手に渡りどんな最悪の未来を作り出すのか?例えるなら『テロで使われ爆発せずに残った爆弾を悪童が爆竹感覚で持ち出した』のと同じであるため想像するのも恐ろしくなってしまう。
「こんな所…初めて来ました」
謎の囁き声に導かれたニナは生まれてから見たことのないシンフォニーフォレストの奥地の遺跡へ来ていた。
「こんな大きくて植物に包まれた建物…初めて見たのです」
見た感じはもう何十世紀は人はおろか妖精族すら近寄っていない程に植物が石造りの遺跡に蔓延るように根を張っており、苔や蔦が群生していて大自然の神秘の象徴とも言えるような雰囲気にニナは息を呑む。
「ここは飛んで行く…ここは危ないからなるべく身体を低くして…」
遺跡の中は入り組んでいて地図や道案内がないとすぐ迷いそうだったが、ニナは願ったお陰なのか何処をどう行けば声の主のいる所に辿り着けるか順路はもちろん、罠の配置なども完全に周知しているかのようにどんどん奥へと進んで行く。
「…あなたが私を呼んだんですか」
やがて遺跡の最奥にはやたら重厚そうな扉があるものの、ニナは事前に願って置いたお陰で明け方も周知しており難なく中に入り声の主と対面した。
「よく来たわね。あなたの願い…叶えてあげるわよ」
最奥には台座の上に鎖のような物で雁字搦めに固定された豪華な装飾が施されたトロフィーの形をした聖杯が鎮座しており、そこからニナを導いた謎の囁き声が聞こえてくる。
そしてニナは知らなかった。これこそが自分達妖精族が代々守護している『デーモンスピリット』の『願いの精杯』であり、これから自身の身に起きる悲しくも切ない未来が待ち受けていることに…。




