大精霊セレスティアは憂鬱
昔々、この世界には強力無比な力と絶大なディアマナミナを持ち、あらゆるエレメントや魔法を使いこなし策略にも戦いにも長けた文武両道の魔王が君臨していました。
その魔王は時として力を誇示するように森を砂漠に変えたり、或いは氷の大地や火山を作り出して人間を始めとする多くの異種族を恐怖に陥れていました。
そして何よりも厄介なのは神にも匹敵する特殊能力『ゴッドプレシャス』と同等か或いはそれ以上の力を持つとされる『デーモンスピリット』でした。
デーモンスピリットは時として敵対関係の者達を同士討ちさせたり一瞬の内に永遠の眠りに就かせるなど特異的な物ばかりでしたが、何よりも恐ろしいのは時と場合によってはゴッドプレシャスをも無効化する効果を持っていることであり、魔王は瞬く間に『邪神』とも『魔神』とも呼ばれるようになりました。
しかしゴッドプレシャスを持った『勇者』の称号を持つ英雄達が魔神とその眷属達と戦い、多くの犠牲を出すものの死力を尽くして魔神と眷属達を討ち取ることに成功するのでした。
そして魔神の肉体は滅ぶものの『デーモンスピリット』は具現化して象徴たる遺物となって何処かに封印されたことでようやく魔王との長い戦いが終結し、勇者や英雄達も姿を消すものの彼らのゴッドプレシャスは何処かでひっそりと継承者が現れるのを待っているとか…。
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「その『デーモンスピリット』の一つがこのシンフォニーフォレストの何処かにある『戒めの神殿』に封印されており、私達妖精族が代々護っていたのです」
妖精族の集落で待っていたセレスティアから魔神とデーモンスピリット、そしてその内の一つを封印している戒めの神殿がシンフォニーフォレストにあり代々護ってきたと聞かされルアーネ達を唖然とさせる。
「デーモンスピリット…単なる伝説かと思っていたけど、実在していたんだね」
途方もない話に呆気に取られる一同を代表するかのようにルアーネは正しく都市伝説が事実だったと告げられたかのように信じられない顔をしていた。
「何だよ、賢者の書があるのに知らなかったのかよ」
学校では首席だったことはもちろん、『賢者の書』を継承し全知全能の知性を得たはずのルアーネがデーモンスピリットの存在に確信を得られていなかったことにレイラは意外だなと問い掛ける。
「ボクでも賢者の書の力の全てを引き出して把握出来る訳じゃないよ」
いきなり数学の博士ほどの知識を得ても、いきなりテストで百点を取れるかと言えば難しいだろう。ルアーネも元々は教養のない孤児だったし、まだまだ彼女でも学ぶべきことが多いのだろう。
「おまけに相手がゴッドプレシャスを無効化出来る魔神ならば尚更ね」
しかも調べる相手がゴッドプレシャスを打ち消すのならば賢者の書でも及ばないのも納得だろう。
「まだあなたは賢者の書の力を上手く引き出せていないのは仕方ないでしょう」
「…意外だね、ボクは確かに賢者の書でイグドラシルの力の一部を持っているけど人間なんだよ?それなのに割と友好的な雰囲気なんだね」
「そうじゃのう。聞いた話では妖精族は人間や他種族との関わりを持たないから、てっきり嫌悪感を示されるかと思ったがのう」
妖精族は人との関わりを極力避けているため、何らかの形で追放したニナと関わりのある自分達は歓迎されないだろうと思っていたが、堂々と自分達の集落に招き入れた上にルアーネにフォローまで入れるなんてここまで友好的とは思いもよらなかった。
「我々妖精族には精霊と呼ばれていた時代から人間達に搾取され続けた歴史があるのです。それはイグドラシルに見初められたあなたにも理解があるでしょう?」
「そうだよ。でも、どうしてボクらを招き入れたんですか」
自分から賢者の書やイグドラシルのことについては話をしたが、的確な話を持ち掛けられたことにルアーネは面食らうもののやはり聞く限りでは招き入れる理由やメリットが分からなかった。
「最初は当然拒絶しようとしました。ですがあなたには私達の幻覚が通用せず、イグドラシルの力の一端を感じました。それにニナを介してあなたはこのシンフォニーフォレストで起きている異常事態と密接な関係にあるため信用に値すると私が判断しました」
メリットはないだろうがルアーネだけは他の人間と違って幻覚に惑わされなかったし、ニナからもルアーネはシンフォニーフォレストでの異常事態とも強い結び付きがあることを知らされていたためセレスティアは取り敢えず信頼してここへ招いたのだ。
「確かにルアーネだけは幻覚に惑わされておらんかったし、イグドラシルの一部である賢者の書の継承者でもあるからのう。しかして今までの風習を捨ててまで儂らを招き入れたと言うことはそれほどの理由があるのじゃろうな」
だが、信頼したからと言って昨日今日の付き合いで長らく避けていた人間や余所者を集落に招くなんて、金庫の暗証番号を知り合いに教えるようなもので、ユウキュウは何か裏があるようにも思えた。
「…恥ずかしながらその通りです。このシンフォニーフォレストの異常事態はほんの始まりでしかなく、それを食い止めるにはイグドラシルの力を持つあなた達の力が必要になってくるでしょう」
正解だと言わんばかりにセレスティアは俯きながら同じ余所者でも、まだ信頼出来るルアーネやその仲間達の力が必要だと答えた。
「ここに来るまで色々な異常事態を見てきた。けど、妖精族や大精霊であるあなた達が風習や因縁を捨ててまで余所者であるボクらの力が必要なほどに追い詰められているのは見たことがないよ」
最初はエレメントの不安定から始まり、コカトリスもどきや人を襲う野菜など通常では考えられない異常事態が連続多発していることは自分達も周知していたが妖精族が余所者に助けを求めるなんて前代未聞だろう。
「この異常事態の全てはシンフォニーフォレストの違法伐採だけが原因じゃない…さっき話していたあなた達が管理している戒めの神殿のデーモンスピリットと何か関係があるんですね」
単なる違法伐採だけならこれまでのことと辻褄が合うだろうが、わざわざ余所者に助けを求めると言うことは最初に話してくれたデーモンスピリットが関係していて妖精族だけでは荷が重いのではと考える。
「単刀直入に言いましょう。この異常事態を起こしている不届き者達は確実に戒めの神殿に向かい、デーモンスピリットを狙っています」
違法伐採を行っている連中の本当の狙いは樹木や妖精族ではなくデーモンスピリットであり、封印されている戒めの神殿に向けて照準を合わせているとセレスティアが重々しげに告げたためにルアーネ達を驚かせる。
「しかもその不届き者達はどう言う訳かデーモンスピリットらしき力を持っている可能性が高く、この二つが揃うと世界に混沌を巻き起こすことでしょう」
更に悪いことに相手もデーモンスピリットを持っているらしく、ただでさえ一つでも世界に混沌を招くとされているのに、封印が解かれて両方手に入れられたら妖精族だけではとても手に負えない――いや、これは全世界に置いても大問題とも言えるだろう。
「だからあたしらの力が必要なのかよ。そもそもそれならニナを攫う必要があったのか?」
イグドラシルの力を持つルアーネを頼りにする動機として妖精族だけではどうにもならないと分かったが、まだニナを攫った動機が明確ではなかったためセレスティアを問い詰めるレイラ。
「それはその…元はと言えば私が一族の掟に背いてしまったからなのです」
セレスティアを問い詰めたはずだが、攫われた被害者であるニナもニナなりに遠因があるのか落ち込んでしまう。
「攫った動機としては妖精族の長である大精霊のいる集落を特定されたくなかったか、或いは違法伐採されて危機的状況にあるのは追放者であるニナが秘密を漏らしたかもしれないと言う容疑が掛けられたからか…最初はそう思ったけど」
攫った理由は秘密主義が強いだけにシンフォニーフォレストを脅かす不届き者にこれ以上の情報を渡さないと同時に秘密漏洩を犯した疑いのあるニナを隔離するためと考えていたルアーネだが今は違うと言った表情をしていた。
「違法伐採をしている連中の狙いはデーモンスピリット。なら、狙っているのはシンフォニーフォレストの木々や大精霊でも妖精族でもないだろう。つまり…もしかしてニナ、掟に背いて追放されたのって…」
ルアーネはこれまでの情報を統合するに、シンフォニーフォレストで起きている異常事態は全てこの森の何処かにある戒めの神殿に封じられたデーモンスピリットを狙ってのことであり、妖精族が追放者であるニナを攫った理由と照らし合わせた彼女はニナが何か鍵を握っているのではと追放された理由を訊ねる。
「私は…その戒めの神殿に行ったことがあって、そこでデーモンスピリットの恩恵を受けたことがあるんです」
ニナが犯した掟破り。それは本来ならば番人となるはずの妖精の一人がデーモンスピリットに魅入られてしまったことだと明かしルアーネ達を再び驚かせる。
「は?ちょっと待てよ、つまり今までの猫の獣人の姿はデーモンスピリットのお陰だって言うのかよ」
「あたしと同じくキメラとかじゃなくてか?」
世界を混沌に陥れた魔神が実在していただけでも信じられないのに、またしても途方もない話にレイラとステラは頭を抱えてしまう。
人間が妖精になったり、獣人が人魚になったりなど一部や特例を除いて異種族は複数の姿を得たり他の異種族に変化することは基本的に不可能とされている。特例としてドラグングニル帝国の手でキメラに改造されたダークエルフのステラや、ドラゴンと人魚のハーフであるリュクウが挙げられる。
余り気にしてはいなかったがニナの場合も特例だったらしく、その内容は途方もない存在である魔神の力によって獣人の姿を得られたと言うのだから、まるで『宇宙人に拉致されて改造された』と話を聞かされたのと同じでとても信じられなかった。
「でもニナが獣人の姿と妖精の姿の両方を持っているのは事実だ。それがデーモンスピリット由来の力で得たのならば辻褄が合うよ」
信じられないが二つの姿を会得したニナ本人からの口で、ゴッドプレシャスすらも無効化する魔神の力が関係するのならば逆にこの事実を否定するのは難しいだろう。
「あなた達がニナを攫った理由…それはつまり違法伐採をしている連中から戒めの神殿へ行ったことのあるニナを渡さないためだったんですね」
腑に落ちた表情でルアーネはセレスティアに自分の考えを述べると彼女は静かに頷くのだった。
「ニナを守るんじゃなくてか?」
「追放者をわざわざ守るほどこやつらもお人好しではなかろう」
ルアーネの台詞はまるでセレスティア達がニナ本人を守るためではなく、秘密を守るような発言をしたためステラは疑問に思うも、ユウキュウの言うように掟破りを行った追放者をご丁寧に守るとは思えなかった。
「…なら何でわざわざ追放なんかしたんだ。自分達の首を絞めるようなものだろ」
内容が内容なだけにそこまで秘密を守るのならば、追放するなんてわざわざ墓穴を掘るのと同じではないのかと悪態をつくようにステラは吐き捨てる。
「デーモンスピリットに一度魅入られると再び魅入られてしまい、やがて抗えなくなり深淵に引きずり込まれ最後には依代になってしまうのです」
人は身の丈を超えた力を得ると人が変わってしまう。デーモンスピリットも人を魅了するほどの絶大な力があり、一度でも手を触れればいずれ虜になってしまい、気が付くと身も心も完全に呑み込まれてしまうと言うのだ。
「本来は魔神の力と言えどもそれは単なる物質、使う意思が無ければ無力も同然です。しかし…」
「なるほど…デーモンスピリットの依代が出来ると封印が完全に解けてしまう。それを防ぐためにニナを追放したのか」
金庫のお金も使う人間がいなければ意味を成さないのと同じでデーモンスピリットは戒めの神殿に封印され続けていれば何の脅威もないが…もしも虜になってデーモンスピリットをその身に宿せば封印を跳ね除けてしまう恐れがあるため一度魅了され依代になる危険があるニナは追放する他ならなかったのだ。
「それでこの騒ぎが起きたからニナが何かボロを出したと思って攫ったのか」
「その通りです。ですが彼女から情報が漏れたり何かしらの過失があったと言う訳ではなさそうですし…」
セレスティアは連れて来られたニナを鷲掴みにし、鬼も悪魔も裸足で逃げ出すほどの笑顔で差し迫って詰問したが、バレたのはニナが妖精族であることぐらいでそれ以外は情報が漏れてないと裏が取れていた。
「ボク達も戒めの神殿のことやニナの今の姿の経緯も今初めて知ったし、魔神のことも伝説としてか知らなかったしね」
「どうやら今回の場合は私達の勘違いのようでした…申し訳ありません」
とどのつまり秘密を守るためとは言えニナを攫ったのは妖精族の勘違いだったらしく、セレスティアは代表して頭を下げるのだった。
「そんなあなた達に図々しくも恥を忍んで頼みがあります…どうか、神殿はもちろん私達の故郷を救っては頂けないでしょうか」
謝罪すると同時に改めて助けを求めるセレスティア。勘違いとは言えニナを連れ去った相手を助けることになり、しかも行く行くは自分達も無視出来ない状況に陥っていることに複雑な心境になったルアーネ達は互いに顔を見合わせる。
「あの…私からもお願いします。ここは追放されたとは言え私の生まれ故郷なんです。その故郷が徐々に消えつつあるのを見ているなんて…耐えられないんです」
デーモンスピリットのことはもちろんだが、このまま自分の生まれ故郷が勝手な理由で荒らされるのは見てられないとニナは小さな身体を震わせながら内なる怒りを露わにしていた。
「分かってるよ。どっちにしてもボク達や世界に取っても悪い結末が待ち受けているだろうしね」
多少なり妖精族達の身勝手さに振り回されたものの、自分達だけでなく世界の危機となれば事情が事情なだけに話を無下にすることは出来なかった。
「ただ相手のことが分からないのが問題だ。何せボクらはここで違法伐採が行われているとしか知らないし、相手がデーモンスピリットのことを知っているとなると並大抵の相手ではないことは確かだよ」
自分達はニナを助けて、出来ることならエレメントの不安定さを招いている原因を取り除くことだった。それなのに世界の危機を招こうとしている連中を相手取ることになったため、違法伐採やデーモンスピリットのこと以外知らないまま戦うのはリスクが大きかった。
「それにあなた達は精霊と呼ばれていた一族なのにエレメントを復活させたり、それこそその連中を追い払えないんですか」
そもそも自分達でなくとも妖精族は自然の力であるエレメントの親和性が高いため自在に扱える上に、先程まで幻覚を見せて自分達を惑わせていたのに追い払うことも出来ないのかと質問する。
「無論そのつもりでした。ですが…違法伐採は我々自身にも強く影響を与え、敵のデーモンスピリットのこともあって力が制限されてしまうようです」
しかし親和性が高いだけにシンフォニーフォレストの違法伐採が妖精族にも強い悪影響を及ぼし、その上でデーモンスピリットの影響もあってか妖精族の戦う力が徐々に削がれていると言うのだ。
「我々はエレメントとは直接関係のない幻覚や罠などを駆使して一時的ながら足止めに徹していました。しかし相手も奴隷などを身代わりに使い、違法伐採や侵攻の手は止まる様子がありませんでした」
体格的に不利な妖精族は残された手段で一進一退の抵抗はするものの、相手は身代わりを使いつつも侵攻を続けるために勢いは留まることを知らず、徐々に自分達を追い詰めに来ていると言うのだ。
「恐らく相手はデーモンスピリットを手に入れるまで全ての森を切り払ってしまうでしょう」
「あなた達を追い詰めながらシンフォニーフォレストを切り払い、その上でデーモンスピリットまで手にしている…一体何者なんですか」
以上のことからセレスティア達は追い詰められてなす術がなく、このままだとシンフォニーフォレストも妖精族も壊滅してしまい、いずれ世界を大きく震撼させる大事件が起きることは間違いない。自分達は一体何と戦おうとしているのか知っているのなら教えて欲しいと本題に迫るルアーネ。
「詳しくは分かりません…ただ『ウィスパーデーモン』と名乗っていました」
「私もデザードライキャニオンに向かう列車で小耳に挟んだぐらいですが心当たりありますか先輩」
答えとして出されたのは聞いたことがない組織名であり、それを聞いたルアーネは賢者の書の力を使って調べ始める。
「魔王や魔神を崇拝するカルト組織のことだね。確かにその組織ならデーモンスピリットのことを知っててもおかしくないね」
只者ではないと思っていたがカルトとなると正気とは思えない輩が大勢在籍していそうに思え、このような事態を招いているのも納得だった。
「けどあたしらだけでどうにか出来るのか。そのウィスパー何とかってのはデーモンスピリットを見つけるまで暴れ続けるんだろ」
まだ相手の全容は判明していないが、少なくとも目的を果たすまで例え森を滅ぼしても止まらないことだけは確かで、しかも相手はセレスティア達を今現在追い詰めているカルトとなると戦力が落ちている自分達にどうにか出来るのかレイラでなくとも不安になってしまう。
「ここへニナを連れて来てしまったのは間違いかと思っていましたが…それは撤回しましょう」
何か考えがあるのか唐突にニナを攫ってしまったことは必ずしも失敗ではなかったと告げてくるセレスティア。
「ニナ、そして私の可愛い一族の者達よ。私はこれから一族の長でありながら掟を破ることにします」
更に何を言い出すのかまるで犯行声明に似たようなことを言うためにニナやルアーネ達はもちろん、彼女を慕う妖精族の仲間達も呆気に取られる中でセレスティア本人も気が滅入っているのか思い詰めた表情で更に驚きの命を発した。
「ニナよ、よく聞くのです。あなたはこれからあなたの仲間達と共に戒めの神殿へ向かい、その力を持ってしてシンフォニーフォレストを脅かすウィスパーデーモンを葬り去るのです」
それはニナとルアーネ達に代々妖精族が守護し、近付くことさえ禁忌としていたデーモンスピリットを使ってウィスパーデーモンを倒せと言う命令だったことに集落にどよめきが走る。




