第7話
第7話
本当はもう少し先の予定だったのだが、マリーは思い切ってラスター大公に相談した。
マリーが紹介して大公のサロンの常連となりつつあるルカ・クロラント少年。大公が利用価値ありと語った人物だ。その彼を取り込むための策を思いついたといって相談してみよう。
マリー
「大公がルカ・クロラントを取り込みたいとお話されていましたので、ちょっと私なりに策のようなものを考えてみました。お聞きいただけませんか?」
ラスター大公
「策? ほう、マリーの策か。ちょっと興味ありますね。是非聞いてみたい。」
マリー
「まず私の娘サラを大公の養女にしていただきます。そのうえでサラをルカと婚約させるのです。」
こいつ一体なにを言い出すんだ・・・
そう思われても仕方のない話である。しかし大公の反応は悪くない。
ラスター大公
「マリー、君は策士だったんだね。見直したよ。ちょっと待ちなさい。少し考えてみよう。」
(ラスター大公の視点から)
一介の愛人、それも見せかけの愛人のマリー。大公がマリーの言うことなど聞いてやる理由はない。結構な金額の金を毎月与えている。それだけで十分だろう。
しかし秘密を共有する間柄だ。へそを曲げられても困る。話くらいは聞いてやってもよい。下手に機嫌を損ねて大公の秘密を暴露しないとも限らない。マリー自身の父親、ひいてはマリー自身の名誉と関係のあることゆえ秘密をもらす事はないはずではある。しかし機嫌を損ねておかしな事をしでかされても困る。例えば秘密の暴露をネタにして大公を脅迫するとか。まあ、仮にそのような事になれば暗殺してしまえば良いだけのことなのだけど。
マリーはまずまず優秀な女だ。当家のサロンや他家でのパーティで役割をそつなくこなしている。マリーの誘いから当家のサロンに参加する事となった貴族も数名いる。やはり美人というのは使える。役に立つ。
さて、今回のマリーの策。本人はどこまでこの策の面白さと危険性について理解しているのだろう?
ルカという少年。サロンで何度か話をしたが、なかなか感じの良い少年だ。見た目も良い。単純にあの少年を気に入ったマリーが娘と結婚させたいだけなのだろうか?
石高1万石の伯爵家の3男坊。せいぜい知行500石の男爵にしかなれんだろう。でも娘サラの嫁ぎ先としては悪くないだろう。反逆罪の罪人の娘が用意できる娘の嫁ぎ先としては上出来だ。
娘を貴族と結婚させたいから大公家の養女にしてくださいか? それだけであれば身勝手で厚かましい願いに過ぎない。クロラント家などたかだか石高1万石の伯爵家。本来ならどうでも良いこと。しかし、この策は面白いのだ。
先方からすればマリーの娘などと結婚してもメリットが何もない。しかしラスター大公家の娘となれば話は別。確かに私がサラを養女とすればルカとの婚約が成立する可能性は高い。いや、ほぼ確実だろう。クロラント伯爵家とラスター大公家との繋がりが明白となる。
クロラント伯爵家はクロフォード公爵家の分家。当主リチャードは確か65歳くらいだったか。70歳まで生きる人間は少ない。遠からず寿命を迎えることだろう。後を継いだ嫡男のギャンはどうする? 父親が分封したクロラント伯爵領。本来ならクロフォード公爵家の所領としてギャンのものになるはずだった領地。取り戻そうとするのではないか? たかだか1万石だが場所が場所だ。街道の要所と堅固な城。それがクロラントだ。
難癖をつけてクロラント伯爵家を取り潰して再び自家に取り込む。理由などどうにでもなることだ。しかし、そのクロラント家にラスター大公家の娘が嫁入りしていればどうなる? 仮に当主でも嫡男でもなく3男の妻であっても、家中にラスター大公家の娘がいる。
となれば、ラスター大公家が介入する口実になる。とりあえずクロラント領に当家の軍勢をいくらか送って膠着状態を作る。その間にクロフォード家を切り崩す。
確かギャンには7人の弟がいたはずだ。そのうちの一人がクロラント伯爵だが、他にも6人いる。もしギャンがクロラント伯爵家をつぶそうとすれば私はラスター大公家の娘がいる事を理由に介入する。そして、ギャンの弟の誰かとよしみを結び内通させる。ギャンとは面識があるが傲岸不遜な人物だ。兄弟全員と仲良しなどということはないはずだ。絶対に心よく思っていない弟はいる。
ギャンを廃位して他の者を公爵位につけて恩を売っても良いだろうし、ギャンを公爵位に据えたまま兄弟に領地を分割させるような結果を作る事ができるかもしれない。強大なクロフォード公爵領が分裂してくれるのは当家にとってありがたい。どういう形にせよクロフォード公爵家に内紛をおこせるかもしれない。あの家の力をそげればどんな形でも良いのだ。
まあ、一番可能性が高いのはラスター大公家と縁戚になったクロラント伯爵家に手を出さない可能性だ。ギャンが馬鹿でなければそうするだろう。そうすれば何も起こらない。何も起こらないのは私としては残念だが、別に損はしない。つまりサラを養女としてルカ・クロラントと結婚させるのは私にとって見返りがあるかもしれないが、見返りがなくても損はしない。ノーリスクだ。
ルカとサラの結婚。サラが大公家の養女であればルカの父クロラント伯爵ヘスは是非とも受けたい案件だろう。ルカ個人としてはどうか? ルカのサロン入会時に調べたところによると、クロラント家の家督継承順位一位のルカの長兄はすでに結婚している。妻は隣接領の伯爵家の娘だ。
もしルカが私の養女サラと結婚すればどうなる? 正妻の子による長子相続。これは慣習であって法ではない。相当の理由があればこれは覆る。珍しい事ではない。それを口実にした家督争いは珍しくない。そして、ルカの妻がラスター大公家の娘となれば、これは家督継承順位を覆す相当の理由となるだろう。ルカが伯爵領を継承する可能性がかなり高くなる。というか、私が圧力をかけてそうするのだが。クロフォード公爵領の隣接地に当家の縁者がいるというのは悪くない。しかもクロラント城だ。交通の要所にしてクロフォード家の領都の防衛を担う一角。石高よりはるかに価値が高い。
私の養女と自分の孫が婚約したらリチャードのやつは一体どんな顔をするんだろう。それを想像すると面白くてしかたがない。しかし馬鹿な事をしたものだ。怜悧冷徹の策士リチャード・クロフォードが娼婦に入れ込んでその息子におかしな相続をした結果がこれだ。いやはや、恋は盲目ということか。面白過ぎて笑いがこらえられないよ。
ただまあ、ギャンが予想以上に優秀だった場合はちょっと事情が変わる。もし自分がギャンの立場なら速攻でクロラント伯爵領に攻め込んで一族を皆殺しにするだろう。もちろん私は抗議するが、全て終わった後ではもう遅い。何もできない。
さてさて、マリーはどこまで考えたうえでこの「面白い策」を私に献策したのだろう。
・・・・・
ラスター大公ジャンは策謀家である。大公に限らず貴族は全員策謀家だ。策謀なくして生き残れない。
ジャンは特に用意周到な男だ。10の策謀を用意して一つでも策がなれば上出来だと考えている。策が成ればめでたい。しかし成らなくても損をしなければそれで良い。手間が無駄になるのは仕方がない。それくらいの気持ちで策謀をめぐらせている。
思えばマリーの父が処刑された事件。あれも大公の姉である国王の後妻が第二王子を生んだ頃にはもう考えはじめていた。
国王が王位継承について兄弟のどちらに継がせるかを悩んでいると聞いて動きを本格化させた。といっても、あくまでも「第二王子派」という派閥を作るという動き。それ自体は王にとって憂慮すべきものではあっても反逆ではない。王位継承自体は何年先になるかわからないが、その時のための多数派工作にすぎない。
しかし第一王子の後ろ盾クロフォード公爵にとっては脅威だ。大公の派閥づくりの動きを逆手にとって「第一王子暗殺未遂」という事件をでっちあげた。大公の派閥づくり動きがその状況証拠として王に知らされて信憑性を増した。そして無能な王は信じた。
幸いなことに王には王妃の実家ラスター大公家を処罰する勇気がなかった。大公の手下の侯爵数人を処罰してお茶を濁した。クロフォード公にとってはラスター大公を処断できなかったのは残念だが第二王子擁立の動きをひとまず封じられたので良し。大公としては派閥づくりが頓挫し腹心の貴族数名が処断されたのは痛かったが大きな損失とまでは言えない。策が無駄になって残念。その程度だ。
今回のマリーの策も大公とすれば同じ感覚。準備した策は無駄になる可能性の方が高い。しかし大した損にさえならなければそれはそれで構わない。その程度の考えだ。
ラスター大公は他の者もみな自分と同じような物の考え方をすると思っている。例えばルカが大公のサロンにやってきた理由。それはクロラント伯爵の立場によるものであると確信している。ルカの父クロラント伯ヘスはクロフォード家の現当主リチャードが健在なうちにクロラント家の生き残りの方策を用意しておかなければならない。そうしないと父の死後に兄につぶされてしまうかもしれない。その為の奇策としてリチャードの政敵にして国内第二位の大貴族ラスター大公に近づく事を考えた。自身は領地を離れられないため14歳の息子を使ってそれを実行した。いや、目立たないようわざと自分は動いていないのかもしれない。
少年は優秀で、大公の愛人マリーを通じて大公家のサロンのメンバーとなることに成功。さらにそのマリーをそそのかして大公の養女を妻に得ようと画策している。そしてその策は成ろうとしている。
この策はマリーの思い付きではなくてルカ少年の、いやルカの父ヘスの策なのかもしれない。状況的にはそうとしか考えられない。このヘスという男、あまり注目してこなかったが父リチャードに似てなかなか切れ者なのかもしれない。
ルカ少年の立場としてもラスター大公家の養女を妻とすれば家督相続の可能性が非常に高くなるわけで、父ヘスが上手く息子の鼻先にニンジンをぶら下げて頑張らせているという見方もできる。ヘス切れ者だ。味方につけておく方が良い。
ラスター大公ジャンはこのように考えた。しかし真相は全く異なる。
ヘスは大公が思うほどの切れ者ではない。家の事は父親リチャードがなんとかしてくれるだろうとしか考えていない。そうでなければ長男の妻を迎える時にもっと色々と政略をめぐらせたことだろう。
そして、ルカ。いうまでもなく彼はラスター大公家との繋がりをつくるためにサロンのメンバーになったわけではない。そのような考えはルカ本人にも父親ヘスにもない。マリーに会いたかった。ただそれだけなのだ。そういう意味では彼は祖父リチャードに似ている。彼もまた恋に盲目なのだ。
・・・・・
ラスター大公
「・・・ 少し思案してみたのだけど確かにとても面白い策だね、マリー。私としても是非この話を進めたい。本当に名案だね。」
マリー
「まあ、本当ですか! ありがとうございます!」
マリーは素直に喜び心の中でガッツポーズを作った。正直なところ大公に真意を見透かされて嫌われるのではないかと思っていた。「娘を貴族と結婚させたいから大公の養女にしてください」という話なのだ。そこに取ってつけたような「大公のための理由」を付け足した。
そんな下心を見透かされて、下手をすれば大公の機嫌を損ねるのではないかと思っていた。しかし、大公は思いのほか上機嫌だ。とても嬉しそうに見える。
ラスター大公
「ところで、この名案はマリーが思いついた策なのかい?」
マリー
「はい、もちろんですわ。」
ラスター大公
「うん、そうか。それならそれで良い。」
大公はそれ以上詮索しない。
マリー
「話を進めるにあたり、一度ルカとサラを引き合わせてみたいと考えておりますの。」
ラスター大公
「うん、そうだね。サロンで紹介するよりももっとプライベートな場で、マリーとサラとルカの三人でゆっくり話せる場が良いだろう。当家の別邸を貸すので食事にでも誘ってみてはどうかな?」
マリー
「まあ、それは素晴らしいご提案ですわ。是非お言葉に甘えさせて頂きます。」
ルカはルカで一度マリーと私的に会いたいと思っていたのだが、それはルカの意図とは無関係に実現しようとしていた。




