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第6話

第6話


(マリーの視点から)


 ルカ・クロラントという少年に連絡先を渡した。もし望むならラスター大公のサロンへの紹介状を渡すと伝えて。


 それを行ったことにさしたる理由はない。基本的に大公のサロンへの参加者を増やしたかっただけだ。ラスター大公のサロンへの参加者は政敵クロフォード公爵のそれよりも参加者が少ない。


 貴族のサロンやパーティへの出席者の数はそのまま主催者の勢力の大きさを現わしている。数は多いほど良い。他家のパーティに参加した際には会話した相手を大公家のサロンに誘うことはマリーの役目の一つでもある。


 しかし、さすがにクロフォード公爵の孫を招待するというのは無謀だったか。


 そう思っていると2日後にはそのルカから手紙が来た。紹介状が欲しいとのことだ。ルカの血筋が血筋だけにラスター大公に相談のうえ許可を求めた。


ラスター大公

「構わないよ。招待状を送っておきなさい。」


マリー

「私が誘っておいて何なのですが、よろしいのですか? クロフォード公爵の孫なのでしょう?」


ラスター大公

「彼や彼の父親はクロフォード公爵家では微妙な立場なんだよ。」


マリー

「微妙な立場?」


ラスター大公

「そのルカという子の父ヘス・クロラント伯爵はクロフォード公リチャードの8男で愛人の子なんだが、その愛人というのが娼婦だったそうだ。」


「公爵の正妻や他の愛人たちはヘスを蔑んだ。そもそも本当にリチャードの子なのかも怪しいと。やがてヘスの兄たちも同様に蔑むようになったわけだ。」


「さらに良くないことに、リチャードはヘスにだけ1万石の領地を与えて分家し独立させた。他の兄弟たちはみな9000石の子爵なのにね。」


「きっとヘスがクロフォード家の中では生きていけないと思ったんだろうね、リチャードは。だから分家させたのだと思う。」


「実際のところ、9000石の子爵と1万石の伯爵だと9000石の子爵の方が遥かに裕福なんだ。領主から俸給をもらうだけで何の義務も責務もないしね。1万石になると領主として領地を経営するための費用がかかる。王国への奉公義務も生じるようになる。領主は大変なんだよ。3000石の子爵よりも取り分は少ないんじゃないかな。」


「しかし、それでも伯爵の方が爵位は上だ。7人の兄たちは面白くない。一番面白くないのは長兄の嫡男ギャンだ。将来自分が公爵家を継いでも分封した領地は戻ってこないからね。」


マリー

「なるほど。そんな事情があったのですね。」


ラスター大公

「クロラント伯爵家としては将来クロフォード家に難癖つけてつぶされないように当家とよしみを持っておきたいと思うのも自然なことだろう。リチャードが当主の間は大丈夫だろうが、その後はどうなるかわからない。リチャードももう60代だからね。」


マリー

「反対にクロフォード公爵の密偵である可能性は? 将来のことはともかく、現当主リチャードとクロラント家の中は悪くないのではありませんか?」


ラスター大公

「可能性としては否定できないよ。でも低いと思う。それならわざわざ自分の孫なんて使わないよ。もっと目立たない人物をよこすさ。クロラント家単体ではとるにたらない弱小領主だ。でも上手くすればクロフォード家に内紛をもたらす火種になり得るかもしれない。先々のことはわからないけど、その可能性はある。彼には優しくしてあげてくれ。是非取り込みたい人物だ。」


マリー

「わかりました。ルカと親しくなれるよう出来るだけ会話の機会を増やしてみます。でも、リチャード・クロフォードはなぜそのような家中の火種になるような、そんなややこしい事をしたのでしょう。それほど愚かな人物だったのでしょうか?」


ラスター大公

「リチャードは愚かじゃないと思うよ。頭が切れすぎて怖いくらいさ。でも、そうだね。こんな馬鹿な事をした理由はなんとなく察しがつくかな。」


マリー

「つまり?」


ラスター大公

「リチャードはヘスの母親のことを、その娼婦の事を愛していたんじゃないかな?」


・・・・・


(マリーの視点から)

 ルカはサロンにやってきた。私は歓待する。それがサロンの花たる愛人の仕事である。大公から「優しくして、親しくなって、取り込んで欲しい」と希望されている。できるだけ大公の期待に応えなければならない。大公の愛人としてお金をもらっている身なのだから。


 大公とは男女の関係にはない。男色なのだから当然だ。だからそういう意味で気に入られる事はない。ゆえに大公に気に入られるにはこのようなサロンでの政治的な仕事で有能さを示さなければならない。


 大公がどの程度マリーにその役割を期待しているのかはわからないが、とりあえず役に立つに越したことはない。娘が幼年学校に入学して卒業するまで10年。10年後サラは15歳。早ければ結婚の年齢だ。少なくともそれまで大公に捨てられないよう努めなければならない。


 そんな事情を抜きにしてもルカと話すのは楽しい。本当にかわいい。素直で快活で優雅。でも、大公の話からすればこの子もきっと苦労をしてきたに違いない。現に今もこの幼さで祖父の政敵のサロンに入り込みラスター大公とのよしみを結ぼうと努めている。


 上手くやって欲しい。そして、出来ることなら将来サラと結婚して欲しい。私は反逆者の娘だ。しかしサラは違う。サラの父は領内の事情から領主の座を降りてすぐに亡くなっただけ。そして現ハルウィ伯の姪。血筋としては悪くない。もし現ハルウィ伯ジークがサラの嫁ぎ先を探してくれれば相応の相手は難なくみつかるだろう。


 しかしそれは期待できない。領地を追放されてから一度も連絡をくれたことがない。こちらから連絡しても同じ事だろう。追放された時には結構な金額のお金をくれた。でも、いわばそれは手切れ金。縁を切ったという事なのだろう。


 サラの結婚相手を探すことにハルウィ伯爵家の協力は期待できない。つまり、サラが自分でみつけるか、私がみつける必要がある。


 その手段の一つが幼年学校だ。生徒同士が恋人になり卒業後に結婚するという事はある。もちろん双方の両親が認めればだが。生徒同士で告白して恋人として交際して、というのはさほど珍しくはない。しかし卒業と同時にわかれる事の方が多い。しょせん子供の恋愛。そして恋愛と結婚は別物。貴族なのだから。それでも幼年学校での出会いからはじまる恋愛結婚がそこそこ多いのも事実だ。


 マリーも学生時代は何度か男子から愛の告白を受け交際を希望された事がある。ただ、マリーはすべてそれを断った。だからそういう経験はない。思えばマリー自身は恋愛をしたことがない。


 もう一つ現実的な方法としては、このサロンでマリーが良い相手を探す事。このような場では情報が集まりやすい。娘の結婚相手を探す場としては最適なのである。しかし、娘はハルウィ家当主の姪といっても絶縁状態。政治的にサラと結婚して得る利益はない。


 そこでマリーは一つの考えを秘めている。マリーはラスター大公と親しくやれている。少なくともマリーはそう感じている。


 マリーの策。サラをラスター大公の養女にしてもらい、それで結婚相手を探す。ラスター大公に相手を探してもらっても良いだろう。


 ひどくマリーに都合の良い思惑だ。ラスター大公がそんな手間をマリーとサラにかけてくれるのか? 弱小貴族の姪などを名門ラスター家の養女にしてくれるのか? 


 それはわからない。サラがもう少し大きくなったら相談してみようと思っている。しかし、それにはとにかくマリーが大公に気に入られなければならない。男色の大公に。そのためには政治的な意味で自分が役に立つ人間である事を示さなければならない。


 そんな理由もあってルカへの対応にも力が入る。力んでいるわけではない。本気だという意味だ。ルカは目下サラの結婚相手としての有力候補だ。


 ルカはとても良い少年だ。人格的にも将来を考えても。伯爵家の子だから最低でも男爵になれるのは間違いない。3男だと聞いたが正妻の子らしい。他の兄弟のことはまだわからないが、上手くすると伯爵家を相続する可能性もある。この縁は大事にしたい。


 理屈がどうこうというよりもマリーはルカ少年のことが生理的に好きなのだ。もちろん男女としてどうこうということではない。母親目線として好ましいという意味だ。ぜひ娘と結婚して欲しいと思えるほどに。


 ルカのクロラント家はラスター大公とよしみを結びたいという話だ。であれば、サラをラスター大公の養女にしてルカと結婚させるというのは悪くない方法に思える。大公の希望にも沿うだろう。先のことはわからないが、サラの結婚相手の有力候補としてルカを確保しておきたい。


 マリーはルカと雑談をしながら情報を聞き出している。とりあえずまだ婚約者はいないらしい。一安心だ。そして、私に娘がいる事を伝えてみた。少し驚いた風ではあったが、それ以上話は広がらなかった。当然だろう。ルカにはどうでも良い話だし、まさか私がその子とルカをくっつけようとしているなんて思うはずもない。でも、機会があれば一度サラとルカを合わせてみても良いのかなと思えてきた。


 14歳と5歳。大人と子供だ。でも、かえってそれが良いかもしれない。お互いに変に意識して相手を見ないし、それにサラは甘えるのが上手い。ルカに気に入られるかもしれない。なんとかして機会を作りたい。


 結婚はまだ10年先の話だが、婚約だけであれば今すぐにだって出来るのだ。


 バーティやサロンではなくて、プライベートでルカと時間を作るための方法が何かないだろうか・・・


・・・・・


 マリーはサラをラスター大公の養女にしたいと考えている。最近世間ズレしてきたとはいえ元は箱入り娘のマリー。微妙に世間の常識がない。伯爵程度の血縁者をラスター大公家の養女にするなど通常であれば考えもしない。身分の差を考えればあり得ない事なのだ。しかし、マリーのその常識のなさがこの話を前に進める事となるのだった。


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