第4話
第4話
ラスター大公の邸宅では月に3度「サロン」と呼ばれる会合が開かれる。内容は他の貴族のパーティと変わらない。しかし毎回招待客を選んで招待状を送るのも手間だということで定例化された。毎月5日と15日と25日に開かれる。「信用ある者」からの紹介があれば誰が訪れても良いことになっていた。その「信用ある者」はラスター大公が取り決めた。概ね大公と親しい貴族のことだが、そこは大公の一存ともいえた。
サロンでは様々な事が語られた。王室や貴族同士のゴシップ、政治の談合、娘や息子の結婚相手探し、文学や芸術の話、その他もろもろ。
ここで語られている話には政治上の重要事項が多い。貴族同士の結婚の話というのはつまり政略結婚のことであり、貴族同士のつながり・同盟関係の話なのだ。どこそこ領主の所領を没収して誰それに与えようとか、そういう話もなされる。そしてここでまとまった話はラスター大公から王への進言としてなされ実行されことが多いる。時には国王自身がサロンを訪れることもある。
言うまでもなく、大公の政敵たるクロフォード公爵も同じようなサロンを開いている。サロンやパーティにどれだけの貴族を集められるかはその主催者の影響力の大きさを現わしている。
そんな貴族の集まりにおいてマリー含め貴族の愛人たちは「サロンの花」と呼ばれている。正妻が出席しない場合は愛人たちが客をもてなす。主催者が他の客と話をしている時には別の客と会話をして場をもたせる。美しいだけではなくそれなりの社交力が必要だ。マリーにはそれがある。
さらに、雑談から得た情報に重要そうなものがあれば大公に報告する。貴族のパーティというのは政治だけではなく情報収集の場でもあるのだ。これも貴族たちにとって重要な仕事といえる。ゆえに貴族たちはこのような場での会話が上手い。
正妻のかわりとして大公とともに他家でのパーティに赴く事もある。この場合は愛人のうち一人だけ。大公の正妻は大公と不仲で公の場に姿を見せることはない。表向きの理由は病弱のためということになっている。
(マリーの視点から)
大公に従って訪れたある貴族邸でのパーティでのこと。珍しく子供に出会った。紹介をかねて親と子が一緒にパーティに出席している事はさほど珍しくもないのだが、その子供は一人だった。
年齢は15歳に満たないくらいだろう。まだ幼年学校を卒業していないくらいに見える。一体なにをしているのか。そんな事を考えて少年を見ていたら目が合った。
少年はごく自然に近づき話しかけてきた。クロフォード公爵の孫にしてクロラント伯爵の息子であるとの事。特に用もないのだが招かれた以上は断ると失礼なので年少の身ながらパーティに出席しているのだとか。
なるほど。たとえ子供でもクロフォード公爵の孫となれば招かないわけにはいかないし、招かれれば用はなくとも出席せざるを得ない。父親の伯爵は領地にいるのだろうから少年が一人でパーティ会場にいるのも納得である。まだ幼いのに大変なことだ。
年齢は14歳で幼年学校の生徒とのこと。会話をした感じではとても感じの良い少年だ。よく見るとなかなかの美少年でかわいい。ちょっと緊張しているようだけど14歳でこのような場にいるのだから無理もない。
少年の緊張をほぐすために優しく優しく軽い会話を続けた。
来年はサラが幼年学校に入学するのだけど、残念ながらこの子とはちょうど入れ違いになってしまう。ちょっと残念。会話をしながらそんな事をとりとめもなく考えていた。
でも、クロフォード公爵の孫なのか。つまりこの少年の祖父はマリーの父親の死の原因を作った人。間接的にはサラの父親の死の原因を作った人でもある。世間は狭いとつくづく思う。いや、狭いのは世間ではなくて貴族社会なのだけど。
目の前にいるこのかわいい少年の祖父は父親と夫の仇。憎いと思うべきなのかもしれないけどそう思えない。祖父のクロフォード公爵を見ても私はそう思うのだろうか。
目の前の少年、ルカ・クロラント。伯爵家の末っ子とのことなので卒業後に男爵として父親の領地で領地経営を手伝うのだろう。14歳。娘のサラは5歳。10年後なら24歳と15歳。悪くない年齢だ。サラの結婚相手候補として縁を持っておくのも悪くない。できればもう少し爵位が高い方が良いのだけど。とにかく先の事はわからないのだから候補は多いほど良いだろう。
マリー
「私はいまラスター大公のもとでお世話になっております。よろしければ大公のサロンにもお越しください。必要でしたら私が紹介状を用意いたします。」
マリーはニコっと微笑んで自分の連絡先の住所を手渡した。
・・・・・
ルカは寮のベッドで寝ころびながらずっと考えていた。マリーの事が頭から離れない。
「私はいまラスター大公のもとでお世話になっています」
マリーはそう言った。
どういう意味なのか。通常、このような言い方は「ラスター大公の愛人だ」という意味としてとらえられる。というか、それ以外に考えられない。
雑談の中で聞きだした会話もすべてそれを肯定している。マリーは未亡人。生活に困った未亡人が貴族の愛人になって養われる。なんてありふれた安っぽいストーリーなんだ。
ラスター大公。顔は知っている。当たり前だ。今日のパーティにも出席していたし、マリーはその付き添いでやってきたのだから。
ラスター大公。40代くらいの中年親父。祖父クロフォード公爵の一番の政敵。確かお爺様が2~3年前に一度スキャンダルで叩き潰そうとしたらしい。でも失敗してラスター大公の下の侯爵数人が処断されただけで終わったとか。お爺様、ちゃんと叩き潰しておいて欲しかった・・・
だめだ。マリーの事が頭から離れない。もう一度会いたい。とりあえずもう一度会って話をしたい。そして、それは可能なのだ。
マリーから手渡された連絡先。これがマリーの居宅の住所なのか、それとも別の連絡先なのはわからない。しかしここに手紙を送ればラスター大公のサロンの紹介状をマリーが用意してくれるだろう。
しかし、ラスター大公のサロンに僕が行けるか? 僕はクロフォード公爵の孫だぞ?
僕がサロンでの会話を盗み聞きしてお爺様に報告すると思うのではないか? クロフォード家のスパイだと思われるのではないか?
でも、きっと入れるんだろうな。断ればラスター大公のメンツにキズがつく。器の小さい男にみられる。それにクロフォード家のスパイとして送り込むなら普通はもっと怪しまれない人物を選ぶだろう。きっと大公だってそう考える。
むしろ父上やお爺様の反応の方が気になる。もし僕がラスター大公のサロンに出入りしていると知れたらどう思われるだろうか。
ラスター大公のサロンの様子を偵察しておきたかったといえば信じてもらえるだろうか? それともラスター大公との内通が疑われるだろうか? 父上はじめクロラント家の人間はクロフォード一族の人達から嫌われている。クロラント家がラスター大公に取り入ろうとしていると勘繰られるだろうか。
たぶん内通を疑われる。クロフォード家の一族は我々クロラント家の人間を信用していない。蔑んでいる。お爺様はどう思っているのだろう。お爺様だけは父上と僕たちを嫌ってはいないと思いたいのだけど、接点がなさすぎてわからない。お爺様と言葉を交わしたのはこれまでの人生で一度か2度くらいだろうか。それくらいしか記憶にない。
しかし、それでも行くしかない。はじめから結論は出ているのだ。もう一度マリーに会いたい。理由はただそれだけ。マリーに手紙を書こう。サロンの紹介状が欲しいと。
渡された住所、ここに行けばマリーに会えるのかな。ひょっとして自宅の住所なのかな?行ってみようかな。でも、それはさすがにちょっとヤバいよな。ストーカーだと思われるかもしれない。というか、ストーカーそのものだし。
でも、ちょっと行って覗いてみるだけなら問題ないよな。そもそもバレなければ良いだけだし。というか、これたぶんラスター大公家の事務所か何かの住所だよな。うん、きっとそうだ。手紙を渡すために直接事務所へ行く。ただそれだけのことだ。なにもおかしくない!
ルカは強引に自分に言い聞かせた。




