第3話
第3話
ハルウィ伯爵領を追われたマリーは王都へ向かった。結婚する前は王都の幼年学校で9年を過ごしていた。王都はマリーの人生のほぼ半分を過ごした場所でもある。
ともに旅をするのは娘サラと侍女のアン。侍女アンは幼少時からマリーに仕えている。マリーより9歳年上の女性。結婚はしていない。理由はわからないが「一生結婚しない」と言っている。何度か理由を聞いた事はあるのだか毎回はぐらかされるので聞かなくなった。
マリーが幼年学校に通っている時にもずっとアンはマリーに付き従っていた。幼年学校は全寮制ではあるが、寮といっても金額によりピンからキリまでグレードがわかれていた。寮と呼ぶにふさわしい共同のトイレや浴場に食堂をそなえたワンルームタイプの寮から2LDK~5LDKのマンションタイプに普通の邸宅まで。下級貴族の子弟は単独で前者に、上級貴族は後者に従者とともに住むことが多い。マリーは2LDKの部屋にアンと二人で9年間暮らした。
塀で囲まれた敷地があり、その中の建物がすべて寮と呼ばれる建物。生徒がその塀の外に出る時にはチェックを受ける。生徒は人質でもあるためだ。
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領地を追放されたマリーは王都を目指した。他に行くアテがなかったから。
王都に行ってどうするのか? 新ハルウィ伯ジークにもらった資金があるので当面の生活には困らないだろう。王都の銀行には学生時代からのマリー個人の銀行口座がある。ジークから渡された小切手をその銀行に持っていく必要がある。そうすれば口座にその金が入金される。だからとにかくまずは王都へ行かなければならない。
その後のことは? とりあえず一室を借りよう。そして学生時代の時と同じようにまたアンと暮らす。あの頃と違って今回はサラがいる。子育てをしながらの生活。
この子が6歳になれば幼年学校に入れたい。サラはもう伯爵家の娘ではない。だから幼年学校に入れる義務はない。しかし希望すれば入学はできる。貴族の子供であれば誰でも入学できるから。サラは先代ハルウィ伯の娘。入学基準を満たしている。
しかし、お金がかかるのだ。学費と寮費。いくらかかるのかわからない。ただ、結構高額なのは知っている。学費は名目上は無料なのだけど実際には何かと費用がかさむ。だから貴族の子供なら誰でも入れるけれど入学義務のない下級貴族の子供の入学者は少ないのだと聞いている。
でもサラを学校に入れたい。教育を受けさせて良家に嫁がせる。学校では男女の出会いもある。貴族の結婚は親同士が決める政略結婚が主流だが恋愛結婚も珍しいという程少なくはない。娘を良家に嫁がせて、そして自分も一緒についていく。
色々と今後の事を考えた結果、マリーにはこれが最良の人生プランに思われたのだ。
しかし、費用は足りるだろうか。ジークがくれたお金は大金だ。しかしサラを学校に入れて資金が持つかどうか。今後の生活にかかるお金も必要だ。
とりあえずサラの幼年学校の入学年齢まであと3年ある。その間に王都で今後について考えよう。とりあえず行ってみないとわからない。マリーはそう考えた。
マリーは不安だった。実家の庇護も婚家の庇護もない。一人で生きていかなければならない。サラとアンの運命も自分が握っている。これまでの人生は父に従い夫に従い、ただ流されるだけの人生だった。しかし、今後は自分の選択で自分の未来が変わるのだ。自分だけではない。サラとアンの未来もだ。責任重大だ。
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王都について3か月。マリーはラスター大公のサロンに居場所を得ていた。マリーはラスター大公の愛人という身分になっていた。
マリーには特に何の技能もない。学も幼年学校を卒業した程度。しかし彼女はひとつ一目でわかる取柄を持っていた。マリーは美人なのだ。絶世の美女というと少し言い過ぎになる。でも100人集まれば上から10番以内には入るレベルの美人。男の目を引くには十分なレベルの美人ともいえた。
王都に到着した3か月前のこと。マリーは思案した。ハルウィ領で聞いた話によるとマリーの父サザール侯爵が処刑された理由はラスター大公のせいだという。ラスター大公の罪を被り処刑されたのだと。それが本当なのであればラスター大公は父に借りがあるといえる。サラはそのサザール侯爵の孫。大貴族ラスター大公ならサラの学費くらい出してくれるのではないだろうか。自分達の生活費も出してくれるのではないだろうか。
そう思い立ったマリーはラスター大公の邸宅を訪ねた。大貴族である。急にどこの誰だかわからない娘が訪ねて会えるはずもない。名前と要件をつたえてその日は帰宅した。
数日待っても何の連絡もない。落ち着いてよく考えてみれば大公がサザール侯爵の娘と会う理由などない。むしろ会いたくないだろう。父の死について責められるだけだ。しかし数日後ラスター大公家から知らせがきた。当主ジャンが面会するとのこと。なかば面会をあきらめかけていたので少し意外だった。
当日、マリーはラスター大公家を訪ね応接室に通された。当主ジャン・ラスターの年齢は40代くらいだろうか。
マリーは貴族としての社交的な会話からはじめた。ストレートに「あなたのせいで父も夫も失ったのだから私に金を払え」とは言えない。しかし言いたいのはそれだ。雑談をしながら慎重に言葉を選ぶ。
マリー
「父は反逆の罪で処刑されたと聞いています。しかし私にはどうしてもそれが信じられないのです。父がそのような大それたことを企てるなど。本当にそのような事があったのでしょうか?」
マリーは会話のジャブを打つ。
ラスター大公
「まことにお気の毒な事でした。なるほど。あの事件の真相を知るために当家にいらしたというわけですね。わかりました。私が知る限りの事をお話しましょう。」
金の無心をしに来たのではなくマリーは父の死の真相を知るために訪れたのだと誤解してくれた。まずは狙い通りだ。
正直なところ事件の真相などどうでも良い。結果として父も夫も死亡したがマリーは夫と同様に父のこともあまり愛してはいなかった。
マリーは愛人の子である。父は侯爵なので全く珍しいことではない。そしてマリーの母はマリーが幼い頃に亡くなったためあまり記憶がない。
マリーには兄弟姉妹が多い。父には正妻と複数の愛人に産ませたたくさんの子供がいた。父は子供を政治の道具としてしか見ていないようなフシがあった。真実はわからない。ただ子供心にそう感じられただけのことなのだが。
母が住んでいた家で召使と6歳まで暮らし、6歳から15歳まで幼年学校の寮にアンと二人で住んだ。そして15歳で結婚したのだから父と暮らしたことはない。幼年学校の休日に呼び出されて王都のサザール侯爵の邸宅で何度か会って話をした程度の記憶しかないのだ。
父は決してマリーをぞんざいに扱ったりはしなかった。表面的には優しかった。そして来客に「娘のマリーです」と紹介する。サザール侯爵家のパーティでよその家の貴族に紹介するために呼ばれたのだ。要はそれだけ。そして政略結婚の道具として使われた。はじめからそのためだけに生ませた子供だったのだろうと思われてならない。
そもそも、6歳の娘の世話を当時15歳のアン一人に任せて寮に放り込んだのだ。親としての愛情があればちょっと考え難い。アンが有能かつ愛情あふれる素晴らしい人物であったため何の問題もおこらなかったのだが、それは結果論だ。
父は「卑屈な野心家」だったのだと思う。数少ない接触の機会に毎度それを感じた。上のものに媚びて自分を売り込み、下の者にも媚びて懐柔して自分の味方につけようとする。そんな感じの人だった。
ラスター大公
「お父上の罪は第一王子殺害の未遂であるとされています。しかし私の知る限りサザール侯がそのような企てをなされたとは到底思えません。私は御父上とは親しい間柄でしたので御父上の人となりをよく知っているつもりです。」
マリー
「では、なぜそのような濡れ衣を着せられたのでしょう? 誰かのうらみを買っていたとか?」
ラスター大公
「それはきっと私と親しかったためでしょう。私を嫌う者、私を失脚させたい者がいるのです。」
マリー
「それは・・・?」
ラスター大公
「私の調べによれば国王に第一王子暗殺の企てありと報告したのはクロフォード公爵だとのことです。クロフォード公爵はご存知ですか?」
マリー
「お名前くらいは。王国第一位の大貴族にして王国宰相。第一王子の母方の祖父。」
ラスター大公
「そして私は第二王子の叔父。私、彼に嫌われそうでしょう?」
少し笑うラスター大公。マリーにも話が見えてきた。つまり第一王子の王位継承を確実にするために第二王子の後ろ盾のラスター大公を失脚させたい。クロフォード公爵はそう考えた。だから第一王子暗殺未遂という事件をでっちあげた。
ラスター大公
「しかし国王は私を処罰しなかった。クロフォード公爵はがっかりしたでしょうね。王妃の弟である私を罰するのは気が引けたのでしょう。さりとて誰も処罰しないわけにはいかない。だからみせしめに私と親しかった侯爵クラスの貴族数人をかわりに処断した。それが事件の真相だと私は考えています。私と親しくしていたばかりに御父上がこのような事になり、お詫びの言葉もありません。」
ラスター大公の言葉は真実とは微妙に異なる。第二王子暗殺未遂は濡れ衣だが、第二王子擁立の可能性を感じたラスター大公は第二王子擁立に向けた派閥づくりに動いていた。そしてマリーの父サザール侯爵はラスター大公に気に入られるためにかなり積極的にこの企てのために動き回っていた。マリーの結婚自体がその一環なのだから。
しかしマリーがそんな事を知るはずもないし、真実などどうでも良い。この会話の流れで「私と親しくしていたばかりに御父上がこのような事になり、お詫びの言葉もありません。」という大公の言葉をとった。これは大きい。良い流れだ。要件を切り出すのはこのタイミングしかない。
マリー
「私は困っております。私には幼い娘がおります。できることなら幼年学校に入れてやりたいのです。ちゃんと教育を受け、良家に嫁げるようにしてやりたい。でも夫は亡くなり反逆者の娘として夫の領地を追われた身の上。父と親しくされていた大公殿下の御援助を頂けないものかとお慈悲にすがりに参った次第です。」
ラスター大公
「そうでしたか。それはお困りでしょう。他ならぬサザール侯爵の孫娘の学費とあらば援助は惜しみません。そう、御父上と私はとても親しくしていたのですから・・・」
マリーは心の中でガッツポーズを作った。これで目的は達成した。しかし大公の言葉はなおも続いた。
ラスター大公
「ただ、そのかわりと言っては何なのですが少しあなたにお願いがあるのです。聞いて頂けますか?」
・・・・・
現在、マリーの立場はラスター大公の愛人。そういう事になっている。しかし男女の関係にはない。
マリーがはじめてラスター大公の邸宅を訪れた日、大公からある秘密を打ち明けられた。到底初対面の人間に打ち明けるような内容の話ではなかった。しかし大公がマリーにその話を打ち明けたのは、大公が親しくしていたサザール侯爵の娘だったからだ。事情を全て知った後にマリーはそう得心した。
ラスター大公は同性愛者だったのだ。内容が内容だけにマリーは驚いた。男色はこの世界ではタブーなのである。それが知られることは社会的な死を意味する。そして、ラスター大公とサザール侯爵が親しかったというのはつまりそういう意味もあったのだ。
ゆえにマリーはこの秘密を洩らせない。自分の父親の名誉に、ひいては自分の名誉にも関わる事ゆえに。
ラスター大公には子がない。すでに自分の甥を養子にとっている。きっと生粋の男色なのだろう。しかしサザール侯爵には多くの子供がいる。愛人も多い。もちろん全員が女性だ。むしろかなりの女好きだ。男も好きだったのだろうか? それとも大公に気に入られるために身体まで差し出すような男だったのだろうか?
気持ち悪い。
考えていると気持ち悪くなった。それに最早それを知る術はない。
男色の秘密をカモフラージュするために大公は複数の愛人を囲っていた。その愛人の一人になる事を要請され、マリーはそれを受けた。




