第35話
第35話
明けて1月16日朝、明るくなって景色が見えるようになると帝国軍の布陣が前日と異なる事が見てとれた。
帝国軍本隊の南側のシマダ軍の、そのまた南側にもう一隊の軍勢が布陣している。カツラギ軍2万5千だ。前夜にエドガワから聞いていた通りだ。
ヤノ大将は全軍に前進の命令を下す。このまま前進を続ければ北側で敵のウノ軍と帝国エドガワ軍、中央でルカの本軍と帝国軍本隊、南側でエトウの軍と帝国シマダ軍がぶつかるはずだ。そしてカツラギの軍勢の正面には敵がいない。カツラギ軍は前進を続けて南の敵エトウ軍の側面に進む。そこでエトウ軍に側面攻撃をかけてこれを崩す。
ヤノは騎士隊を後方に下げている。前線に出したカツラギ隊のかわりとして予備隊に使うつもりだ。騎士は機動力があるためにどの戦線にも速やかに投入しやすい。
午前10時、ルカ軍と帝国軍が接触。全ての戦線において戦闘がはじまる。正面からぶつかり合う。
どの戦線も一進一退。戦場は拮抗する。唯一前面に敵が存在しないカツラギ軍。予定ならばそのまま前進してエトウ軍の南側側方に進むはずである。しかし、カツラギ軍はそこで前進を中止した。隣ではエトウ軍とシマダ軍が正面からぶつかりあっている。
ヤノ大将はこの異変に気が付いた。なぜカツラギ軍は前進を止めたのか。事情がわからない。しかし戦場においては不測の事態によって予定通りの行動がとれなくなる事は珍しくない。何か事情があるのだろう。もうしばらく待とう。ヤノはそう判断した。
ルカも異変に気が付いた。カツラギ軍は前進を止めてシマダ軍の隣で停止している。帝国シマダ軍はこちらのエトウ軍と正面からぶつかり合っている。今カツラギ軍がこちらに寝返って隣のシマダ軍に攻撃をしかければ一気にシマダ軍を崩せるはずだ。絶好の好機。しかしカツラギ軍が動かない。どうなっているのか。
午前11時。戦闘開始から1時間が経過した。戦況はじわじわと動いている。数で優勢な南北のルカ軍の両翼、ウノ軍とエトウ軍が少しずつ敵を押している。反対に数に劣るルカ軍本隊は少しずつ押されている。ルカ軍本隊の前に設置された落とし穴は歩兵には効果が薄い。ごく普通の落とし穴である。ゆっくり進めばすぐに敵に発見される。しかし発見されても空堀としての効果はある。その空堀をはさんで弓兵同士の射撃戦が繰り広げられている。
南北の両翼ではルカ軍がやや有利。中央では帝国軍がやや有利。もしルカ軍の南北両翼が敵を敗走させる事ができれば当初の予定通り敵本隊を包囲して攻撃する事ができる。反対に、南北の両翼が拮抗しているうちに帝国軍本隊がルカ軍本隊を敗走させてしまえばその時点でこの会戦の勝敗は決する。現状では後者の可能性の方がやや高そうに見える。数に勝る帝国軍弓兵がルカ軍本隊前面の兵を削ぎ減らしている。
もしこの段階でヤノが予備隊の騎士たちを前線に投入すればルカ軍の前線を崩す事ができたかもしれない。帝国の騎士は熟練の長弓兵だ。雑兵がクロスボウを2発撃つうちに帝国騎士は6発から10発の矢を敵に撃ち込める。しかしヤノはそれをしなかった。カツラギ軍が攻撃を開始すればそれで確実に勝利できると考えた。貴重な騎士を無駄使いしたくなかった。
状況は中央でやや帝国優勢。ここでさらに南側からカツラギが攻撃をしかければこの会戦の勝敗は決する。ゆえにヤノはこの段階で騎士隊を投入しなかった。
・・・・・
カツラギは悩んでいる。ルカ軍に寝返るという話はついている。しかし、状況を見るに帝国が有利だ。もしカツラギが敵エトウ軍を側面から攻撃すれば勝利は確実にも見える。
ただし懸念がある。トネガワの話によるとルカ軍は帝国軍を粉砕できるほどの後詰の大軍を用意しているという。それが後方のルナ・ヤマダ市内に控えていると。後詰の数によっては戦況がどう覆されるかわからない。
カツラギは態度を決めかねている。このまま帝国軍として戦うのか、それども寝返ってルカ軍につくのか。
・・・・・
午前11時30分、ルカの不安といら立ちは頂点に達していた。
ルカ
「一体どうなんているんだ! カツラギはなぜ動かない!」
ガスロー将軍
「カツラギ軍は寝返りもしませんがこちら側に攻撃をしかけてもきません。優柔不断にも日和見をしているのではないでしょうか。」
ルカ
「使者を出そう。催促の使者を出す!」
ガスロー将軍は一瞬思案し、そして一呼吸置いて言葉を発した。
ガスロー将軍
「その催促の使者、私に行かせてください。」
ルカ
「おお、貴官が自ら行ってくれるか!」
ガスロー将軍
「それと、私に騎士隊2千をお与えください。」
ルカ
「どういう事だ? なぜ使者に軍勢が必要なのか?」
ガスロー将軍
「圧力をかけてやらねば動かぬかと。」
ルカは考える。中部マロン平原での戦いの時にガスロー将軍に騎士2千を率いてサイトウとともに行かせた。その圧力で敵を脅して調略は成功した。しかし、あの時とは違う。あの時の敵は3千だった。精鋭2千の騎士は脅しになっただろう。しかしカツラギ軍は雑兵ばかりといっても2万5千。さすが2千の騎士隊では脅しにならないのではないか?
といって、このまま騎士隊を残しておいても宝の持ち腐れ。ここはガスロー将軍に任せよう。ルカはそう決めた。
ルカ
「了解した。任せる。」
・・・・・
ガスローは本隊後方の騎士隊を率いてカツラギの陣を目指した。南のエトウ軍の後方を抜け、その後カツラギ軍に向けて馬を走らせる。この時、ガスローは多少の小細工をした。
騎士隊を横一列に並べた。槍の柄の先についている石突。これで地面をこすりながら騎士たちに馬を駆けさせた。
冬の乾燥した地面。これを槍の柄先でこすりながら馬を駆けさせる。するとどうなるか。砂煙が舞い上がる。騎馬2千に横陣を組ませてカツラギ軍の方に向けて疾走する。
遠目のカツラギ軍からは先頭の騎士と砂煙しか見えない、、、かもしれない。まるで大軍が迫り来るように見える、、、かもしれない。
小細工だ。これがどの程度の意味をなすのかはわからない。しかし、ガスローとしてはその程度の小細工をすることくらいしか思い浮かばなかった。小細工ではあるが、切羽詰まっているので何かやらないわけにはいかなかったとも言える。
結果としてこの小細工はカツラギの決断を促した。聞いていたルナ・ヤマダ市に用意させているという軍勢。それはこの騎士の大軍のことだったのだ。カツラギはそう理解した。
寝返りを約束しているにも関わらず動かない我ら。それに怒ったルカが騎士の大軍に突撃をかけさせたのだ。カツラギはそう判断した。あの騎馬隊が我々に接触する前に動かなければならない。
カツラギ
「敵は隣のシマダ軍だ! シマダ軍に攻撃をかけよ!」
配下の県令たちには事前に意を説明してある。命令通りに兵を動かす。兵士たちは多少の混乱をきたすが彼らは命令に従って行動する。
布陣図 終局
側面から予想外の攻撃を受けてシマダ軍が一気に崩れる。今まで正面のエトウ軍4万の攻撃をよく支えていた。しかし均衡が一気に崩れた。総崩れである。シマダ軍は潰走。兵たちは一番近い大陸南東郡へ延びる街道に向かって走り出す。
この異変にすぐにヤノ大将が気づく。伝令の報告によりカツラギ軍が裏切った事を知る。予想外の事態だ。領地を奪われたカツラギに名誉挽回のチャンスを与えてやらねばと重要な役割を与えたというのに、まさか敵に寝返るとは。
シマダ軍を打ち崩したカツラギ軍はすぐにこちらに迫るだろう。側面から攻撃されては本軍も総崩れになりかねない。隣のシマダ軍の潰走を見て本軍の兵も浮足立ちはじめている。まずい。
ヤノの決断は早かった。兵を撤退させる。北側で奮戦しているエドガワ軍にもそれを伝える。
エドガワ軍は後退を開始。しかし前面に敵からの攻撃を受けながらの後退は至難の業だ。均衡が崩れて間もなく潰走状態となる。一番近い大陸北東郡に延びる街道に向かってエドガワ軍の兵たちは必至に走る。逃げ遅れた兵は追撃してくるウノ軍の兵に次々と殺されていく。最終的に兵の約半数を失って北東郡に撤退した。
中央の帝国軍本隊も後退をはじめる。正面からルカの本軍が追撃をかける。側面からカツラギ軍も来るかと思ったが彼らはこちらに来なかった。エトウ軍とともに潰走した南のシマダ軍の追撃に入ったようだ。帝国軍本隊との戦闘を恐れたのであろう。
後退する帝国軍本隊の前線の兵たち。しかし追撃にうつったルカ軍本隊の兵に討たれていく。ここでヤノは殿として予備隊の騎士を投入。騎士たちは前線から逃げてくる雑兵たちの中に分け入り横隊を組んで矢を放つ。一本矢を放っては数十歩後退して距離をとりまた矢を放つ。これを繰り返しながら後退。逃げる味方に逆行して進むというのは簡単なことではない。士気と名誉と責任感。それが帝国騎士の歩を前に進める。
追撃軍は帝国騎士隊に阻まれてなかなか進めない。帝国軍本隊が無事に大陸東郡への街道に到達した事を確認して帝国騎士隊は撤退。騎士隊の活躍により帝国本軍は残存兵の8割を無事に逃がす事ができた。
勝ちに乗じてルカ軍はそれぞれの街道まで追撃をかけた。しかし帝国側はあらかじめ街道の要所に防御陣地を敷いて兵を置いていた。これに阻まれて追撃を断念。
同日14時、ルカはこの戦いに勝利した事を宣言した。
ルカ軍の損害は死傷者数2万、これに対して帝国軍は死傷者数5万5千。さらに2万5千が敵に寝返った。ルカたちの大勝利である。




