第34話
第34話
1月15日夕刻、会戦は膠着状態にて日暮れを迎えようとしている。両軍による左右両翼の戦いは決着がつかないまま終わり、両軍とも会戦開始時の地点まで戻る事となった。
帝国軍ヤノ大将は予備隊2万5千の指揮官カツラギに命令をだした。日が暮れ次第、軍勢をシマダ軍の南に動かし、翌朝に南翼の敵軍に側面攻撃をしかけよ。そう命令した。
カツラギ軍は予備隊としてシマダ軍の後方に配置されていた。今日は全く戦っていない。カツラギは命令通りに軍を動かす。その軍の指揮をとりながら彼はいま後悔している。
帝国の南方大陸中央郡太守カツラギ。数か月前、彼のもとに西方王国からの使者が訪れた。使者は帝国の元県令アンドウ。彼は西方王国に寝返れば大陸中央郡500万石をすべてそのまま自分にくれると言った。カツラギは迷う事なくそれを断った。もし王国側に寝返っても最終的には帝国本土から軍勢が差し向けられて簡単に撃破されてしまうと考えたからだ。負ける側になどつけない。
しかし現状はどうだ。後方にいたので直接は見ていないが、世界最強を誇るはずの帝国騎士隊は敵に敗れたという。そして前方のシマダ軍は敵に押されて戻って来た。ひょっとして帝国はこの戦に負けるのではないか・・・
カツラギはいま猛烈に後悔している。王国側に寝返っておけば良かったと。そうすれば役人としてではなく貴族・領主として子々孫々にいたるまで大陸中央郡500万石を得られたのだ。
カツラギは軍の移動を終えて兵士たちに遅めの夕食を摂らせている。彼は腹心のトネガワを呼んだ。彼は大陸中央郡第一県県令。今や領地を持たないゆえ太守カツラギ同様に彼の役職は実を伴わず今は名前だけである。
カツラギは他の人を遠ざけトネガワと二人で密談をする。
カツラギ
「正直なところ、西方王国からの内応を断った事を後悔している。」
トネガワ
「はい。まさかこのような事態になろうとは私とて思いもしませんでした。しかし今さらそれを言ってもどうにもなりますまい。」
カツラギ
「本当にそうか? もし、今我らが裏切って奴らの側につけばどうだ?」
トネガワ
「なんと!?」
カツラギ
「戦況は拮抗している。もし我らが側面からシマダ軍を攻撃すれば戦況は一気に決するのではないか?」
トネガワ
「確かに・・・」
トネガワはイエスマンである。カツラギの言う事を決して否定しない。それが彼の処世術だ。それにより県令まで出世し太守カツラギの信用も得ている。
カツラギ
「今から敵陣に使者を送り、明日寝返るから前の話の通り500万石が欲しいといえばどうであろう?」
エドガワは考える。それはさすがに虫が良すぎる。そんな話は通るまい。敵も切羽詰まっているのでこの条件でもイエスと言うかもしれない。しかし無茶な約束は守られない可能性が高い。
トネガワ
「閣下、さすがにそれは虫が良すぎるかと。あの時と違って我らはもう領地を持っていないのですから。」
イエスマンのトネガワが珍しくカツラギの意見を否定した。
カツラギ
「ではどれくらいなら話が通ると思うか?」
トネガワ
「左様ですな。100万石でどうでしょうか?」
トネガワは100万石と言った。しかしトネガワにとってもその数字に根拠などない。思い付きのあてずっぽうだ。しかしカツラギは同意する。
カツラギ
「そうだな。貴官の意見はもっともだ。100万石で交渉しよう。もし100万石が得られれば貴官ら県令たちにも1万石ずつくれてやろう。」
配下の県令は25人。つまり取り分はカツラギが75万石で県令たちが25万石。カツラギの取り分を50万石にして県令たちに2万石ずつくれても良いじゃないかとトネガワは思う。しかし口には出さない。もうそれでも良いとも思った。約束しても敵がそれを守ってくれる保証もないし、それよりも早くこの戦から逃げ出したい。思いはただそれだけだ。
トネガワ
「ありがとうございます。」
カツラギ
「よし、では私の名代として今から敵陣に行って敵の総大将とその条件で交渉してきてくれ。」
トネガワ
「私がですか?」
カツラギ
「そうだ。そのために相談したのではないか。」
それもそうかと思うエドガワ。そうでなければそんな企みを自分に話すはずもない。
カツラギ
「安心しろ。貴官だけを行かせるのではない。アイツを連れていけ。生かして置いて本当に良かったわい。」
アイツと言われてすぐにわかった。元県令のアンドウだ。この陣には彼がいる。カツラギのもとに調略に訪れたアンドウ。カツラギは彼を反逆者として処刑するか生かしたまま帝都に送るかを迷った。しかしほどなく敵軍が襲来。彼を連れて逃げた。多少なりとも敵の内情を知る男だ。反逆者として殺したり帝都に送るのではなく、情報源としてこの戦役の間は自分の手元に置いておこうと決めた。そして今、彼はこの陣中にいる。
トネガワ
「わかりました。ではすぐにアンドウとともに敵陣に向かいます。」
カツラギ
「うむ。貴官に交渉の全権を与える。上手くやってきてくれ。我らの運命は貴官の手の中にある。」
トネガワは拘束していたアンドウ連れだす。そして馬に乗り夜陰に紛れて敵陣に走った。
・・・・・
同日夜。ルカは焦っていた。上手く敵の騎士の突撃は防いだ。そして両翼の我が軍は敵軍を押し返した。しかしそれだけだ。左右両翼の敵を撃破して三方向から敵本隊を包囲して叩くというルカたちの策は成功しなかった。事前に考えた策はもうない。これ以降は敵の出方を見ながら対処していくしかない。
もともと数の上で不利なのだ。策ももうないとあって気持ちは焦るばかりだ。不安で押しつぶされそうになる。本当はこの決戦までにあと3万から4万の兵を集める予定だった。しかし間に合わなかった。ゆえに数的劣勢のまま決戦に挑む事になってしまった。
夜半、敵陣から使者が訪れたと聞き驚いた。本陣の陣幕のなかにその使者を通してみてさらに驚く。アンドウだ。帝都に護送されたと聞いていたアンドウが敵からの使者として目の前にいる。そして隣には見覚えのない者がもう一人。
トネガワ
「お初にお目にかかります。大陸中央郡第一県県令トネガワと申します。太守カツラギの名代として参りました。」
大陸中央郡の県令。つまりルカ達が占領した大陸中央郡の元県令か。そしてカツラギは元太守。
ルカ
「ふむ。何の用で参られたのか?」
トネガワ
「短刀直入に申し上げます。この戦に勝利した暁には太守カツラギに100万石頂きたい。もしお約束頂ければ明日我らカツラギ軍2万5千は帝国を裏切り閣下にお味方いだします。」
ルカ
(!!)
ルカ
「うむ。重大な案件ゆえしばし待たれよ。」
ルカはアンドウとガスローを呼び寄せ陣幕の裏にまわる。
ルカ
「渡りに船とはまさにこの事だ。無論この話を受けるが、それで良いな?」
ガスロー将軍
「もちろんこの話は受けます。しかし、彼の前であまり喜んではなりません。もしこちらの内情が知られれば敵は寝返りを約束してもそれを反故にするかもしれません。それに、彼は我が軍の内情を知るために送り込まれたスパイという可能性もあります。」
ルカ
「敵のスパイか。なるほど、確かにその可能性もあるのだな。うかつだった。アンドウ少将、貴官はどう思う?」
アンドウ
「ずっと敵陣にて拘束されておりまして、今さっき拘束を解かれてエドガワに帯同するように言われて参った次第です。彼がどういう命令を受けているのかまではわかりません。」
素直にありのままをこたえるアンドウ。
ルカ
「うん、そうか。ご苦労だったね。」
ルカはアンドウをねぎらう。
ルカ
「まあ、どのみちこの話は受ける。他に手はないしね。」
ガスロー将軍
「異存ありません。」
アンドウ
「ところで、もしカツラギが寝返ったら本当に100万石やるんですか?」
ルカ
「ああ、100万石なら本当にあげても良い。一度約束を破ると味方の信用を失うしね。もしこれが500万石と言われていたら約束だけして後で反故にしたかもしれないけど、100万石ならやっても良いさ。僕の手元にはいま750万石の直轄領があるからね。」
アンドウ
「なるほど。」
ルカ
「君はもう向こうに戻る必要はない。戦に勝ったら手柄に対してちゃんと褒美をとらせる。期待してくれて良いよ。」
アンドウ
「ありがとうございます。」
・・・・・
ルカ
「待たせたね。」
ルカはトネガワの元に戻った。
ルカ
「協議の結果、カツラギ太守の寝返りを受け入れる事とした。勝利の暁には100万石を与える。明日すみやかに隣接する帝国軍に攻撃をしかけて欲しい。それに呼応して我らも全軍で攻撃をしかける。」
トネガワ
「ありがとうございます。」
ルカ
「明日は市内に待機させている後詰の軍勢を投入して帝国軍を粉砕する予定だったのだが、それを使わずに済みそうで良かった。」
トネガワが敵のスパイだった場合に備えてルカはそう語った。もちろん後詰の軍勢など存在しない。いま思いついたハッタリである。




