第33話
第33話
聖歴505年1月。ルカは敵を待ち構えている。斥候からの情報により間もなく敵軍が襲来する事を知っている。
このルナ・ヤマダ市を占領して以降、引き続き南方大陸の諸郡に調略の使者を送ったのだがいずれからも返事はなかった。帝国本国と近い南方大陸東部の調略は難しい事がわかった。
来るべき決戦のためにこの半年ずっと準備を重ねてきた。こちら側の兵力はウノ太守の兵4万、エトウ太守の兵4万、ルカ率いる本隊の兵6万。合計14万だ。
本隊の兵はマロン郡半島の兵4万、大陸中央郡から徴兵した兵1万3千、西方王国軍の雑兵5千と騎士2千。
騎士が少ない。これが一番不安だ。騎士は軍の中で最も強い。全身を甲冑で守り槍を持って突撃する。その威力は強く、騎士の突撃により敵の雑兵が総崩れになる事は多い。
帝国の兵は精強として知られている。雑兵はどこの国の兵も大差ないのだが、帝国の騎士は強い。重装弓騎兵。彼らは騎射戦術を用いる。馬の上で長弓を使用する。
帝国騎士は重装甲の甲冑をまとい敵に突撃し至近距離から矢を放つ。槍がギリギリ届かない距離からだ。その矢は強く甲冑を貫通する。
こちら側の騎士は重装槍騎兵。槍が届かない距離から敵が矢を放つためにこちら側が不利となる。騎士同士が戦えば帝国騎士に分がある。歩兵も槍が届かない距離から矢でうたれるため敵わない。唯一有効なのは雑兵にクロスボウを持たせて射撃させる事だ。騎士は的が大きいので狙いやすい。ただし帝国の騎士は例え馬がやられて落馬しても、太刀を抜刀して奇声をあげながら突撃してくる。それにおびえて逃げ出す雑兵も多い。
どの国でも騎士の比率は概ね軍勢の1割だ。ただし南方大陸の軍に騎士はいないため、おそらく帝国本国軍10万の一割、つまり帝国軍には一万騎の騎士が存在すると思われる。対してこちらは2千。
ルカ軍14万に対して帝国軍は18万。大陸北西郡の1万5千と大陸南西郡の軍勢1万5千。これを合わせ3万の軍として南西郡太守エドガワに指揮させる。以後エドガワ軍と呼称する。
ついで帝国本国軍10万。そして太守シマダ率いる大陸東郡の軍勢2万5千、以後シマダ軍と呼称する。最後に大陸中央郡太守カツラギ率いる2万5千。以後カツラギ軍と呼称する。
ヤノ大将は中央に本国軍10万を配置。その北側にエドガワ軍3万、南側にシマダ軍2万5千を配置し、そのシマダ軍の後方に予備隊としてカツラギ軍2万5千を配置した。予備隊とは将棋の持ち駒のようなもので、戦線の重要局面に投入される。この予備隊の動きが戦場の勝敗を決める事は多い。
これに対してルカは本隊6万を中央に配置し、そのうち騎士隊2千と王国本土軍5千を後方に予備隊として配置する。本軍の北側にウノ軍4万、南方にエトウ軍4万を配置。
全体の数でも劣っているが、騎士と予備隊の少なさは特に不安である。
・・・・・
聖歴505年1月15日。場所はルナ・ヤマダ市東側に広がる平原。午前中に両軍とも布陣を終えて睨み合っている。正午、戦闘が開始される。
帝国軍中央から敵騎士隊一万が突撃をかけるべく前進を開始。重装騎士隊による突撃。それは多くの戦場において決定打となる。重装騎士が突撃して敵の前線を突破、雑兵がそれに続いて敵軍を崩壊させる。この世界における最もポピュラーな戦術だ。もちろん防御側もそれに対抗する手段を持つ。クロスボウによる射撃で突進してくる敵の数を減らし、自軍の騎士を当てるか、もしくは槍兵に密集方陣を組ませて槍ぶすまで防ぐ。
帝国騎士の近接射撃は槍兵にとって分が悪い。ギリギリ槍の届かない至近距離から甲冑ごと射貫かれてしまう。この世界において帝国騎士が最強といわれる由縁である。
帝国軍大将ヤノは戦場経験が豊富である。名将とまではいわないが腐敗した帝国官僚の中ではかなりマシな部類に入る人物であることは間違いない。帝都の上流家庭に生まれたヤノは15歳で科挙試験に合格。その優秀さと実家からの豊富な賄賂と父親の持つ人脈により彼は順調に昇進を果たした。
特に軍事畑を進み神聖王国との国境紛争で多くの実戦経験を積んだ。39歳で帝国大将に就任。帝国大将は役人等級2級。その等級は国務大臣と同等である。帝国大将は帝国全土で8人しか存在しない。そのうちの一人がこのケンゾウ・ヤノである。現在42歳。
ヤノは開戦へき頭に手持ちの騎士全て、その数1万をもって敵軍中央に突撃をかける決断をする。中央突破による速やかな戦闘勝利を目指す。敵の数はこちらより少ない。であれば、正攻法で攻めるべきである。騎士隊を突撃させて敵中央の前線を突破。騎士隊が開けた突破口に雑兵隊を突入させて敵本軍を崩壊させる。戦術の定石だ。
帝国の誇る重装騎士一万が勇躍して突進する。ルカはクロスボウによる弓兵隊により迎撃する。ルカたちは本軍に敵騎士隊が突撃する事を予想し、本軍は槍兵よりも弓兵の比率をかなり多めにしている。
しかし一万の騎士隊の突撃を止めるには至らない。それには弓兵の数がたりない。まさにあと数秒で前線の兵士が敵騎士の弓の射程に入ろうかという瞬間、敵騎士の足元が崩れる。落とし穴だ。
落とし穴に落ちた帝国騎士に対してルカ軍の弓兵隊は至近距離から容赦なく矢を浴びせる。馬は急には止まれない。後続の数騎も穴に落ちる。そしてまた上から矢で射られる。同様の光景がルカ軍本隊の前面で繰り広げられた。
落とし穴。極めて原始的な罠だ。しかし有効である。ルカたちはこの平原が来る帝国軍との決戦の場になる事を想定して数か月の間準備をしていた。本格的な防御陣地は作れない。地形的な理由からだ。この広い平原では防御陣地を築いても迂回されてしまうだろう。この平原すべてに有効な防御陣地を築くには時間も労力も足りない。ゆえに落とし穴という結論に至った。
事前に長大な落とし穴を掘り、その後方に布陣。敵を落とし穴に誘導した。落とし穴は自軍の前線のすぐ手前に堀のように長く設置しているが、やや離れた場所にも点々と掘っている。自軍と敵軍の中間地点くらいにも無数の落とし穴が存在する。そこにも敵騎士が落ちていくのが見える。落とし穴の中には鉄のスパイクが埋められている。串刺しになった敵騎士も少なくないだろう。
この平原が決戦の地になったのは戦略的には必然である。両軍が展開できる場所はここしかない。ルカたちはルナ・ヤマダ市を守らなければならないし、敵はそこを落とさなければならない。そうなると決戦はこの平原しかない。
しかし、この広い平原の中で両軍がいまこの場に陣を敷いている事は偶然ではない。ルカ達が誘導してここが戦場になるように指定したと言える。
落とし穴に落ちる帝国騎士。後続はさらに前進して突撃をかけようとする。士気が高い。さすが世界最強と言われるだけの事はある。
しかし本陣から後退の信号が上がり敵騎士は後退して本陣に戻る。ヤノは落とし穴に落ちる自軍の騎士たちを見て速やか後退を決断した。
布陣図1
ルカ
「どれくらい減らせたかな?」
ガスロー将軍
「200から300といったところでしょう。」
ルカ
「そうか。もう少し減らしたかったな。」
ガスロー将軍
「敵も馬鹿ではありませんな。」
ルカ
「そうだね。ちょっと前線の味方に檄を飛ばしてくるよ。」
ルカは死亡した帝国騎士の首をひとつ持って来させた。それを持ち前線の兵士たちの前に立つ。
ルカ
「見ろ! 最強という帝国騎士などこの程度だ! 穴に落ちて串刺しになるしか能のない馬鹿どもだ!」
「おー!!」
ルカの叫び声に味方が呼応する。士気が上がる。
ガスロー将軍
「お見事です、閣下。」
ルカ
「こちらの方が数が少ないから、せめて士気だけはね。」
・・・・・
中央突破をあきらめたヤノ大将は左右の両翼の軍勢に前進を命じる。北側のエドガワ軍3万と南側のシマダ軍2万5千。これが前進。落とし穴がないか確認しながら慎重に進ませる。
これに対してルカは本軍の北側に配置したウノ軍4万と南側に配置したエトウ軍4万を当てる。ウノとエトウの軍勢は対する敵軍よりも数が多い。
ルカは両翼のウノとエトウの軍勢に兵を多く配置した。中央の本隊は落とし穴と弓兵隊の防御射撃により敵軍本隊の攻撃をしのぐ。その間に左右両翼のウノ軍とエトウ軍が敵の両翼の軍勢を敗走させる。そして南北両側から敵本隊を攻撃、それに呼応してルカの本隊も攻勢に転じる。そういう策を立てていた。ゆえに両翼の軍勢の間には落とし穴はない。
ルカの見込みは外れた。左右両翼の軍勢は敵軍を押し返してはいる。やや優勢だ。しかし敗走させるには至らない。やや押し返して拮抗している。
南方兵の士気を上げるためにルカは彼らの税率を4割に引き下げさせた。負ければまた帝国に支配されて税率が戻る。そう思えば士気も上がる。ルカ達はそのように考えたのだが、正直なところ期待したほどの効果はなかった。大事なのは明日の税率よりも今日の命ということか。
むしろ敵軍の南方兵の奮戦の方が目立つ。帝国軍のヤノ大将は南方兵は世界最弱であると信じている。彼はそんな南方兵を真面目に戦わせるために「懲罰弓兵隊」という一隊を各軍に設けた。勝手に前線から逃げる兵を後ろから撃つのが彼らの任務だ。これが効いた。ルカの減税というアメよりも帝国のムチの方がよく効いているといって良いだろう。現実は厳しい。
さらに、敵中央の帝国軍本隊が動かない。前進してこない。これでは仮に両翼の軍勢が正面の敵を敗走させても敵本隊を包囲できない。
ルカは唇を噛む。策が上手くいかない。
不安といら立ちからルカは爪を噛み貧乏ゆすりをはじめる。それを副将ガスローが咎める。
ガスロー将軍
「閣下、兵が見ております。」
そう言われてルカは己の行動に気づき自分を恥じた。
焦るルカに対してヤノは落ち着いている。それは経験の差でもあり年齢の差でもあるのだろう。
敵は両翼の軍勢をやや多めに配置している。敢えてこれに対して数が少ない帝国軍の両翼を当てる。適当な所で両翼の軍を後退させて敵の両翼を前方に突出させる。敵軍を上手くつり出すことが出来れば帝国軍本隊と予備隊のカツラギ軍で半包囲して敵軍を崩す。そういう策を立てて左右両翼を動かした。
しかしヤノの策も上手くいかなかった。左右両翼の軍勢は敵より少ないながらも戦況は拮抗している。適当な所で後退させるよう命令していたのだが、それは不可能だった。拮抗している状況で兵を退かせるというのは容易な事ではない。一歩間違えれば壊乱・敗走に繋がってしまうからだ。ゆえに後退できない。
策を立てたヤノの責任ともいえるが仕方のない部分もある。ヤノとてこのように大軍を率いて大会戦を戦うのははじめての事なのだ。
10万を超える軍勢がぶつかる大会戦など滅多に起こり得ない。今から25年前に発生したペタンコブルク市近郊会戦よりこのかた、10万を超える軍勢がぶつかり合う戦いなどこの世界では一度もなかった。ヤノ大将は実戦経験豊富だが、あくまでも国境紛争程度の戦闘しか経験していない。
策が上手くいかない。騎士による中央突破は失敗し、左右両翼の軍勢による敵軍の釣り出しも失敗。しかしヤノは落ち着いている。少なくとも周りの兵たちにはそう見える。ヤノの演技である。内心は策が上手くいかずにやや焦っているのだが、ヤノはそれを見せない。




