第32話
第32話
聖歴504年5月。帝国軍10万を率いるケンゾウ・ヤノ大将は南方大陸アラム郡の郡都に入った。東方帝国と南方大陸をつなぐアラム地峡。この細い地峡が北側の神聖大陸と南側の南方大陸をつないでいる。この地峡は狭い所では幅が数十メートルしかない。このアラム地峡の北側に北アラム要塞、南側には南アラム要塞が築かれている。
この二つの要塞の歴史は古い。かつて神聖大陸聖王が大陸を統一する以前から存在しており、改修を繰り返されて現在に至っている。
この二つの要塞は地形的な理由から難攻不落を誇った。南からの侵入に対しては北アラム城塞が鉄壁、北側から侵攻には南アラム城塞が鉄壁。
かつて神聖大陸を統一した聖王ですら南アラム城塞を突破して南方大陸に侵攻する事はできなかった。歴史上、この城塞を落としたのはかつて東方大帝に仕えた名将ヤマダ元帥ただ一人である。
南方大陸アラム郡はそのアラム地峡の南側に位置する。南方大陸のなかで最も帝国本土に近い。その郡都からは西の大陸北東郡に向かう街道と、南下して大陸東郡に向かう街道がのびる。大陸東郡からは大陸南東郡にむかう街道と大陸中央郡にむかう街道がのびる。
ヤノ大将はここから西に進み大陸北東郡に向かうか、南下して大陸東郡に進むかをやや迷った。最短で大陸中央郡をへてマロン半島へ向かうならば大陸北東郡へ向かう道だ。しかし大陸東郡に進み、そこで南方大陸東側の四郡の兵を一度一か所に集結させるという手も考えられる。
ヤノ大将は最短ルートを進まず大陸東郡に進んだ。そこで一度大陸東部の兵を集結させる事とした。敵がマロン半島郡を落としたという情報を2か月前に受けている。それ以降は敵軍の情報がない。
敵は去年8月上旬にマロン市を占領し、10月末までにマローニャ市を落としたという。その進撃速度を考えると、最悪の場合、帝国軍の到着よりも早く大陸中央郡ルナ・ヤマダ市まで落とされてしまっている可能性がある。
ゆえに、彼は南方大陸の各郡にこのアラム郡から伝令を出した。大陸東部の四郡は動員可能なすべての兵を率いて大陸東郡郡都に集結せよと。
なお、大陸西側の諸郡にも伝令を出した。大陸西側の諸郡および大陸中央郡は兵をルナ・ヤマダ市に集結せよと。結果的にこの伝令は届かないのだが、この時点でヤノ大将がそれを知るべくもない。
聖歴504年8月。ヤノ大将は大陸東郡の郡都に到着。到着した時点でここの太守は不在だった。ルナ・ヤマダ市に敵軍接近の報をうけて軍勢を率いて出立したとのことだった。
ヤノもルナ・ヤマダ市に急行すべく兵を出立させようとしたのだが、まもなくヤノはルナ・ヤマダ市陥落を知る。大陸中央郡にのびる街道から大陸中央郡太守カツラギと大陸東郡太守シマダが戻ってきたからだ。聞けば既に大陸西側の諸郡はすべて敵の手に落ちたという。大陸中央郡太守は東部諸郡に援軍を求めたが先に敵の大軍が現れたために兵を率いて撤退してきたのだという。
(ヤノ大将の視点から)
郡太守の要職にありながら一戦も交えずに逃げて来たカツラギには若干の怒りを覚える。しかし中央郡の兵2万5千を失わずに得た事は不幸中の幸いだ。彼には戦場で名誉を挽回する機会を与えよう。とにもかくにも、大陸中央郡2万5千、大陸東郡2万5千、本国軍10万。合わせて15万の軍勢となった。
カツラギの話によれば敵軍の総数は不明なれどルナ・ヤマダ市に襲来した敵兵の数は10万には満たなかったという。今すぐにこの軍勢をもって進むか、それとも大陸北東郡と大陸南東郡の兵を集結させてから戦うか。
敵は強い。これまでの情報を合わせると、マロン市占領から大陸西側諸郡とルナ・ヤマダ市占領まで10か月。すさまじい速さだ。その進行速度は歴史で学んだヤマダ元帥のそれに匹敵する。
ヤノは大陸北東郡と大陸北西郡にむけて伝令を走らせた。それぞれ兵一万を郡に残して街道に防御陣地を構築させるように命じた。南方大陸は岩山が多い。その岩山の間を縫うように街道が通っている。街道には岩山に挟まれ防御陣地を構築するのに向いた地が多い。これまで帝国の方針によって一切の防御施設の建設が禁止されてきたためにそういうものは一切存在しないのだが。
ヤノの率いる軍勢と出会わずに敵軍が別の街道を東に進む可能性もある。その際には各郡の兵に防御陣地で戦って時間を稼いでもらう必要がある。敵が大軍といっても街道の細い部分に本格的な防御陣地を築けば簡単には突破できないはずだ。そこで時間を稼ぐことができればルナ・ヤマダ市側から帝国軍本隊を差し向けて敵を挟撃する事も可能かもしれない。
ヤノは続いて大陸東郡からルナ・ヤマダ市に延びる街道にも先遣隊1万を派遣する。その軍勢に同じく街道に防御陣地を構築させる。もし街道上で敵と遭遇した場合への備えだ。
10月、大陸東郡に兵の集結が完了した。総数18万。ヤノ大将はこの軍勢の先頭に立って進む。この大陸東郡から大陸中央郡にまっすぐ延びる街道はこの南方大陸で最も道幅が広い。ヤノがこの大陸東郡に軍勢を集結させた理由でもある。この道であれば10万を超える大軍であっても兵を分けずにルナ・ヤマダ市まで進ませる事ができる。順調に進めば年明け1月にルナ・ヤマダ市に到着するはずだ。敵軍がもし他の街道を東に進んでいなければルナ・ヤマダ市近郊で決戦となるだろう。
歴史上名高いルナ・ヤマダ市近郊会戦がまもなく始まろうとしている。




