第31話
第31話
聖歴504年7月。ルカたちが放っていた密偵の一人から情報が届く。3月1日に帝国軍10万が南方大陸に向けて出立したと。
ルカ
「帝都を3月1日に出発したという事は、ここへの来襲は最短でも10月以降か。」
ガスロー将軍
「はい。現実的に考えれば来年以降になるかと。」
ルカ
「うん、時間がある方が我らにはありがたい。しかし敵が10月に来ても迎撃できる体制は必要だ。現状はどうなっている?」
ガスロー将軍
「マロン半島郡、大陸北西郡、大陸南西郡の各郡には増員した兵の準備が整えば順次このルナ・ヤマダ市に送るように指示しております。」
ルカ
「うん、それで良い。決戦場所はやはりこの街の東側の平原になるかな?」
ガスロー将軍
「はい。他にないかと。」
ルカ
「防壁の建設にはどれくらいかかりそうかな?」
防壁。ルカはルナ・ヤマダ市の東側に防壁を築くように命令した。元々この街は守りやすい地形なのだ。街の南北には断崖絶壁の岩山がそびえており天然の防壁となっている。この岩山をつなぐように防壁を築けばこの街は要塞都市となる。元々そういう街だった。この利点があるゆえにこの地にかつての南方王国の都が置かれていた。
ガスロー将軍
「なにぶん大工事ですので数年はかかるかと思われます。少なくとも今回の戦いには間に合いません。」
ルカ
「了解した。兵の訓練をすすめておいて欲しい。」
兵の訓練。大抵の場合、雑兵は訓練を受けていない。領内から人数を徴兵して領主が常備している甲冑を着せて槍かボウガンを持たせる。それだけだ。彼らの多くは農家の次男や三男。戦闘においては素人だ。
通常は彼らが戦闘の訓練を受ける事はない。しかし、現在は時間がある。ただ敵の到来を待ち構えて待機させているだけというのももったいない。ゆえに兵士に訓練をさせている。
・・・・・
同月、予定しなかった来訪者がルカの元を訪れた。マリーだ。サラも一緒だ。そしてもう一名、見覚えのない顔の若者がいる。そしてなぜかダンケルも一緒だ。彼にはマローニャ市で任務を与えていたはずだが。
ルカ
「マリー、会いたかったよ! でも、どうしてここへ来たんだい? マローニャ市で待っているように伝えたはずなんだけど。」
そう、ルカは伝えていた。マロン市のサイトウにはもしマリーが来たら護衛をつけてマローニャ市へ向かわせるよう伝えておいた。マローニャ市に残したダンケルには、マリーが来たら街で待機させて僕に伝令を出すように伝えておいた。
ルカの質問にマリーがこたえるより早くダンケルが口を開いた。
ダンケル
「大将、ちょっと事情が事情なんで一緒に来てもらった。その方が良いかと思ってな。ここが危険ならすぐに馬車でマローニャ市まで引き返させるから。」
ルカ
「当面危険はないが、事情とは?」
ホセ
「私がご説明いたします。お初にお目にかかりますクロラント卿。ホセ・ラスターと申します。」
若者はそうルカに挨拶した。
ホセ
「この度、私は国王陛下からの使者として書状を預かってまいりました。まずはこちらを。」
ルカはホセから手渡された国王からの書状を読む。内容を読みルカの顔が青ざめる。ルカに与えられるのはマロン半島北部のみ。南部は王家の直轄領とする。それ以外に得た領地を勝手に分け与える事を許さない。そう書かれている。
ダンケル
「ヤベェだろ? 俺も内容はホセ殿から聞いて知ってる。」
ルカ
「ああ。これはまずい・・・」
どうしたら良いのか、とっさに考えが浮かばない。混乱するルカは別の疑問についてマリーに尋ねた。
ルカ
「この書状の内容は置いておいて、なぜ国王陛下からの使者とマリーが一緒にいるんだい?」
マリー
「実は、こちらのホセ・ラスター様はサラの婚約者ですの。ホセ様が国王陛下の使者として派遣される事となり、ご一緒させて頂いた次第です。」
国王からの書状による混乱が収まっておらず、まだイマイチ事情が飲み込めないルカ。
ホセ
「国王陛下からの命令とは別に、我が叔父ラスター大公よりマリー様とサラを無事に閣下の元に送り届けるよう命令を受けております。ゆえにマリー様と離れるわけにはいかないと考えここまで同行頂いた次第です。」
ルカ
「ああ、そうだったのか。それはありがとう。」
マリーの護衛なのにマリーと離れるわけにはいかないから危険を承知でマリーをここまで連れて来たというのは理屈がおかしくないか? ルカは一瞬そう思ったが口にはしない。
マリー
「あの、私が無理を言って連れてきてもらったのです。」
ルカ
「ああ、そういうことか。」
ようやく腑に落ちたルカ。
ルカ
「重ね重ねありがとう、ラスター卿。」
ホセ
「恐縮です。国王陛下からの書状とは別に我が叔父ラスター大公とクロフォード公よりそれぞれ書状を預かっております。私の事について大公からの書状に書かれておりますのでご確認頂きたく思います。」
ふむ。そう言われてルカはまずラスター大公からの書状を読んだ。内容は以下の通り。
今回このような仕儀となり誠に申し訳ない。王をいさめたのだが聞き入れてもらえなかった。ホセは私の甥でラスター大公家嫡男の実弟だ。君がこれからどういう行動をとるのかは私の知る所ではないが、できれば彼は王国に返さずに君の下で働かせてやってほしい。当家と縁の深い人物なのできっと君の役に立つだろう。ホセはサラととても仲が良いので婚約させた。二人のためにもこの婚約が果たされる事を望む。何か私にできる事があれば何でも相談して欲しい。クロン市に手紙が届けばきっと私の手まで届くだろう。
ルカ
「なるほど。君の事はよくわかった。王国内での地位と同じく君には知行1000石を与える。当面はこれまで通りマリー達の護衛を頼みたい。僕はしばらく忙しくてマリーと一緒にはいられないと思うから。」
マリー
「一緒にはいられないのですか?」
ルカ
「うん。ここにはもうじき敵の大軍が攻めてくる。その迎撃の準備をしなければならないんだ。ここは危ない。君にはマローニャ市で待っていてもらう。きっと敵を撃破して君を迎えに行くよ。」
マリー
「危険は承知です。一緒にいさせてはもらえませんか?」
ルカ
「気持ちは嬉しい。でも君に危険な場所にはいてほしくないんだ。わかっておくれ。」
マリーの心境は複雑だ。かつて求婚された時とは完全に心理的立場が逆転していると言って良いだろう。
ルカが自分から遠く離れて行ってしまう事が怖くてしかたがない。それは心の距離と物理的距離の両方を指す。数か月の旅を経てようやくルカに再会できた。もう離れたくない。ずっと一緒にいたい。しかし・・・
マリー
「わかりました。きっと勝利して迎えにきてくださいね。」
ルカと離れたくはないが、わがままを言ってルカと心の距離が離れてしまう事の方が怖い。マリーは大人である。ルカがかつて私に惚れたのはきっと大人の女性である私を愛したのだ。ゆえにマリーは大人の女性として相応の振る舞いをする。1年前に出陣するルカを見送ったあの日と同じように。
マリーは感じている。ルカの変化はこの1年でさらに大きくなっている。ルカは確かに私を愛しているのだろう。しかし、ルカの心に占めるマリーの割合は今やあの頃のように大きなものではないのだと。
ルカにその自覚はない。変わらずマリーを愛しているつもりだ。しかし確かに彼はもう、かつてのマリーへの恋心に狂う少年ではなかった。
いまや彼には背負うものが多い。自分自身の命運は元より、自分を信じてついてきてくれる者たち、彼が征服した地に住まう全ての者達。彼はそれらの未来を背負う立場にいる。ルカの判断一つで彼らの未来を黒く塗りつぶす事になる。
重たい。とても重たい責任だ。もう恋に狂う少年ではいられない。一般にこの変化を「大人になった」というのだろう。マリーの知らない間に、マリーの知らない所でルカは少年から大人の男になっていた。上手く言葉には出来ないものの、マリーはその変化を強く感じている。それが少し寂しく思える。
(マリー)
ルカはきっと今も変わらず自分を愛してくれている。それはわかっている。わかっているのだけど・・・
ルカがマリーを愛する気持ち。マリーがルカを愛する気持ち。今やお互いのその気持ちの強さは逆転してしまっているのかもしれない。そう思うマリー。
ルカ
「かわらず、ずっと愛してるよマリー。」
不意にそう言われた。ただの別れ際の挨拶だったのかもしれない。でもマリーは自分の心をルカに見透かされた気がした。涙ぐみそうになるがそんな顔をルカには見せない。自分は大人の女なのだから。
マリーは一礼してその場を下がりサラを連れて退室した。
・・・・・
ルカは次にクロフォード公からの書状を読む。内容は以下の通り。
ルカよ。このような事態となり申し訳ない。今後ルカがどのような行動に出るのかはわからないが、叶うなら早めに交易を再開させて欲しい。仮にルカが王国と敵対する事となっても交易は可能だ。自分が必ずなんとかする。交易の利益はルカにとっても領土統治のために重要だろう。よろしく頼む。
なるほど。ラスター大公もクロフォード公も王の書状を見てルカが王国を裏切ると思っている。そして、その場合への対処としてそれぞれ書状を送ったということのようだ。
交易。確かにクロフォード家にとって大事な事だ。クロフォード家はクロン市にもたらされる交易品に関税をかける事で代々大きな収益を得ている。これはマロン市側も同じだ。さらに、交易船は全てクロフォード家の所有だ。この船賃による収入も大きい。
敵対しても交易は可能だという。確かにそうかもしれない。西方王国と神聖王国は慢性的に国境紛争を繰り返しているが商人の往来は盛んだ。これは東方帝国と神聖王国の間でも同じこと。きっと海上交易でも同じなのだろう。仮に西方王国と敵対してもクロフォード公爵家が交易を望めばおそらく王家は禁止できない。西方のクロフォード家と東方の神聖王国の両方と敵対する事はできないからだ。それに、クリフォード公リチャードは現国王ガスパルの祖父であり、クロフォード家はガスパルの後ろ盾だ。
しかし、本当に敵対するしかないのか。自分は王国にとって謀叛人になるしかないのか?
・・・・・
狭い部屋の中。ルカとダンケルとガスローの三人が密談をしている。人に漏れると不都合な話だ。
ルカは改めて王からの書状をダンケルとガスローに読ませる。
ルカ
「さて、どうするか・・・」
ダンケル
「どうもこうもないだろ? ウノとエトウに領地やらないなんて今さら言えないだろ? あいつらに裏切られたら俺たちお終いだぜ?」
そう。いまルカ達が保有している兵力の半数以上はウノとエトウの兵なのだ。彼らに領地をやれないとは言えない。
そう言いながら、ダンケルは自分に与えられた領地が取り上げられるのも恐れている。それは言葉を発しないガスローも同じ思いだ。
ダンケル
「大将。あんたはもう南方2000万石を押さえてる。もう諸侯なんて枠には収まらねぇよ。あんたが王だ。もう西方王国に従うのはやめようぜ。な?」
ルカ
「・・・・・」
ダンケルの言う通りだ。もう独立して王を名乗るしかないのではないか? しかし王国にいる父や兄はどうなるのだろうか。そう思うと謀叛人となるのはあまり良い気分ではない。
ルカ
「ガスロー将軍はどう思うか?」
ガスロー将軍
「・・・ダンケル隊長と同意見です。」
自分の欲に素直なダンケルと違い、筋目正しい騎士ガスローも同意見だ。もう他に道はないらしい。
ルカ
「わかった。しかしこの事はしばらく伏せておこう。混乱が広がるといけないから。帝国本国から派遣された軍勢を撃破したのちに独立を宣言する。どのみち勝たなければ我々には未来がないのだから。」
ダンケルとガスローが無言で頷く。
ルカ
「ダンケル隊長。傭兵隊5千を率いてマロン市に向かって欲しい。王国が僕らへの討伐軍を差し向けるかもしれない。僕らがやった事と同じ事をされないよう警戒して欲しい。」
ダンケル
「了解」
ルカ
「ガスロー将軍は引き続きこの街で帝国軍の来襲に備えてくれ。」
ガスロー
「了解です」
ルカ
「言うまでもないが、この事はくれぐれも内密に。」
ガスローとダンケルは無言でうなずいた。




