第30話
第30話
大陸中央郡の調略に向かったアンドウは翌月末になっても戻らなかった。そしてその翌月、2月末になっても戻らない。調略は失敗したと見るべきだろう。
3月1日、ルカは軍勢を率いてマローニャ市を出発。総勢2万7千。マロン半島郡から徴兵した2万5千に王国軍に騎士隊2千。王国から連れてきた傭兵隊5千と雑兵5千は予備隊としてマローニャ市に置いていく事とした。その軍勢をダンケルに任せてルカは副将ガスローを伴い出陣。
事前の打ち合わせにより大陸北西郡と大陸南西郡からも同日に出陣している。三方向から大陸中央郡の郡都ルナ。ヤマダ市を目指す。
ルナ・ヤマダ市は南北を断崖絶壁の岩山に挟まれている。そして街の東西は広大な平野が広がっている。南方大陸には広い耕地が少ない。岩山や荒れ地が多い。しかし、このルナ・ヤマダ市の東西に広がる平原は例外である。広大な耕地が広がる。
栽培されているのは穀物だけではない。特に綿花が多く栽培されている。この大陸中央郡はこの世界における綿花の一大生産地である。ここで収穫された綿花は綿織物に加工されて世界各地に流通している。クロン市とマロン市を結ぶ海上交易品の主要産品の一つでもある。
なお、この海上交易では他に鉱物資源の取引が多い。南方大陸は面積に比して耕地が少なく岩山と荒れ地が多い。鉱山が多い。金・銀・銅や鉄・錫・鉛などが多く採れる。
・・・・・
ルカ達がルナ・ヤマダ市に向けて出陣したのとちょうど同じ日、東方帝国の帝都から南方大陸に向けて10万の大軍が出陣した。
聖歴503年1月末、東方帝国帝都に急報が持たらされた。マロン市に正体不明の軍勢が現れてマロン市を占領したという。翌月、マローニャ市が陥落してマロン半島郡全域が占領されたとの報告が入る。この時点で敵が西方王国軍である事が判明した。
緊急会議が開かれている。参加者は帝国皇帝、帝国宰相、帝国軍元帥の3名。帝国首脳は悩んだ。軍勢を差し向けなければならない。しかし、どの程度の軍勢を差し向けるべきか。
敵軍の数は不明である。敵の数が不明である場合、可能な限りの大群を差し向けるというのが兵法の常道だ。
しかし、多く差し向けられない理由もある。帝国本土は石高4000万石、動員可能兵力は40万。帝国の隣には総石高9000万石の大国神聖王国が存在する。帝国と神聖王国は慢性的に国境紛争を繰り返している。もし帝国本土から南方大陸に向けて大軍を出したと知られれば、敵は好機とみて大規模侵攻をしかけてくるかもしれない。ゆえに、必要以上の軍を出したくない。
帝都からマロン市までは騎馬で半年、徒歩で一年かかる。つまり、本国からマロン半島に向けて軍勢を出せば、その軍勢は最低でも二年間は戻って来られないのだ。
皇帝
「で、結局どうするのだ?」
帝国宰相
「10万でいかがでしょう? 30万あれば神聖王国が侵攻をしかけてきても持ちこたえる事はできましょう。南方大陸に侵入した敵の数は不明なれど、本国軍10万に南方大陸諸郡の軍勢を合流させれば数十万の大軍となります。西方王国から派遣された軍勢と占領されたマロン半島郡からかき集めた軍勢よりも多くなる事は必定です。」
帝国軍元帥
「南方大陸の兵はあてになりませんが、精強たる本国軍10万を向ければ敵軍に負ける事はありますまい。むしろ本国の守りの方が気になります。神聖王国の動員可能兵力は90万。東方に向けて動かせるのは最大で60万といった所でしょうか。この場合、敵は我が方の2倍となります。」
皇帝
「なんとかならんのか?」
帝国宰相
「西方王国が海を渡り大軍を南方大陸に派遣したのならば、西方王国本国は手薄なのではないでしょうか? この情報を神聖王国に流して彼らに西を攻めさせるというのはいかがでしょうか?」
帝国元帥
「そう上手くいくのか?」
帝国宰相
「正否はやってみなければわかりませんが、やらぬという手はありません。それに、守りに徹すれば3倍の敵を防ぐ事も可能と聞きます。よもや2倍の神聖王国軍が攻め寄せれば防げぬと元帥は言われるのか?」
帝国元帥
「そのような事を言っているのではない! 万が一にも皇帝陛下のおわす帝都を危険にさらす事はできぬと思っての発言である。精強なる帝国軍を持ってすればこちらから討って出ても2倍程度の敵になど後れは取らぬ。」
会議は紛糾したが、最終的に皇帝が決をくだした。
皇帝
「ふむ、わかった。それでは帝国本国から10万の軍勢を差し向け南方大陸諸郡の軍勢と合流させて敵を粉砕せよ。神聖王国に対してはその注意を西方王国に向けさせるように。」
帝国宰相
「御意!」
帝国元帥
「御意!」
聖歴504年3月1日、帝国軍大将ケンゾウ・ヤノに率いられて帝国軍10万が帝都を出立した。この時点で南方大陸8郡のうち既に3郡が王国側に獲られている。しかし帝国側にその情報はまだもたらされていない。
・・・・・
聖歴504年6月1日。ルカたちはルナ・ヤマダ市西側の平原で合流した。大陸北西郡太守ウノ率いる2万5千、大陸南西郡太守エトウ率いる2万5千、ルカ率いる2万7千。合計7万7千。大軍である。
軍勢をまとめてルナ・ヤマダ市に近づくが敵軍は現れない。何の抵抗もないまま軍勢はルナ・ヤマダ市に入場。ルカたちは拍子抜けする。
これに先立ち、大陸中央郡太守は隣接する大陸東側の3郡に対して援軍を要請していた。しかし東側の3郡の太守は危機感に薄く対応に遅れた。東側3郡からの援軍よりも早くルカ達の軍勢がルナ・ヤマダ市に到着した。ゆえに太守は軍勢を率いて逃げた。これは逃亡にはあたらないと太守は判断した。あくまでも戦略的後退だ。そう言い張れる。そう確信して太守は軍勢を率いて東側に後退した。
大陸中央郡太守カツラギは大陸東郡に向かう街道を進んだ。後退するのにこの道を選んだのには理由がある。道幅が太いのだ。大軍を率いて逃げやすい。細い道では前がつかえてしまう。大陸東郡に向かうその途中で大陸東郡側からの太守シマダ率いる軍勢2万5千がやってきた。
合計5万。もし太守たちの戦意が高ければ十分にルカたちと戦えただろう。別の街道から大陸北東郡と大陸南東郡からも軍勢がルナ・ヤマダ市に向けて進軍中のはずだ。
しかし、太守たちの戦意は低い。街道で出会った二人の太守は大陸東郡の郡都に退却する事にした。
なお、大陸北東郡と大陸南東郡からの帝国軍もルナ・ヤマダ市陥落を知りそれぞれの郡都に退却した。
・・・・・
聖歴504年6月4日、ルカたちは大陸中央の要衝ルナ・ヤマダ市に無血入場を果たした。マロン市に上陸から10か月である。わずか10か月の間にルカは南方大陸の西半分2000万石を落とした事になる。歴史的快挙である。
しかし成された結果の大きさに対して、ここまで実際に彼が行った事は少ない。戦闘らしい戦闘は中部マロン平原での戦いのみである。
ルカと軍幹部は市内の郡庁舎に入る。この郡庁舎もマローニャ市のものとほぼ同じ作りをしている。建物は宮殿のようで無駄に豪華だ。エトウたちに聞くと郡庁舎はどこも似たような建物なのだという。
マローニャ市を占領した時と同じようにルカたちは郡庁舎の太守執務室に入った。今後の方針を話し合うためだ。顔ぶれは総大将ルカと副将ガスロー、大陸北西郡太守ウノ、大陸南西郡太守エトウ。計四名。
ルカ
「今後の方針を話し合いたい。我らはさらに南方大陸の征服を進めるべきだろうか?」
ガスロー将軍
「恐れながら、我が軍がマロン市に上陸したのが昨年8月のはじめ。マロン市から東方帝国の帝都まで馬で6か月と考えると2月初頭までには情報が帝都に伝わっているはずです。」
ルカ
「もし2月に帝都を軍勢が出発すればここにはいつ頃到着する?」
ウノ
「帝都からルナ・ヤマダ市までは徒歩では7か月。理論上は9月に帝国本国軍が来てもおかしくはない計算にはなりますが、実際にはそこまで早く来る事はないでしょう。」
エトウ
「左様ですな。途中で南方大陸の軍勢を集結させて合流したり、情報を集めたりして、どんなに早くても12月中、現実的なところでは年明け以降になるかと考えます。」
ルカ
「そうか。しかし理論上最短で9月に来られるというのであれば9月に来ても迎撃できる体制を整えておくべきだろう。もう3か月しかない。」
ガスロー将軍
「お言葉の通りかと。これ以上軍勢を進ませるよりもこの地で迎撃の準備を整えさせるべきかと存じます。」
ルカ
「とりあえず今この街にいる兵7万7千で迎撃準備をさせ、各郡から順次兵をこの街に送らせてほしい。ウノ中将、エトウ中将。兵はどれくらい集められそうか?」
エトウ
「去年の末から武具の増産に務めさせておりますゆえ、年末までにあと2万は集められるかと。しかし、人口と兵糧の問題からそれ以上は厳しいかと。」
ウノ
「当方も同じく。」
ルカ
「この大陸中央郡での徴兵は可能か?」
ガスロー将軍
「太守が集められる兵をすべて連れて行ってしまいましたので、そう多くは望めぬかと。」
ルカ
「そうか、わかった。そういえばアンドウ少将はどうなったんだろう?」
ガスロー将軍
「庁舎に残っていた者の言によると反逆者として帝都に護送するために連行されたとの事です。」
ルカ
「そうか。それは残念だ。彼の命はないだろう。彼の領地は子に継がせ家族は厚く遇するように。」
ガスロー将軍
「御意。」
ルカは少し話題を変える。
ルカ
「ところでウノ中将、エトウ中将。南方大陸の兵士は弱いと聞くがこれは本当のことだろうか?」
ウノ
「はい、事実です。彼らは仕事をサボる事しか考えておりません。」
エトウ
「戦いとなれば南方兵はすぐに逃げ出します。過去に帝国本土に連れて行って神聖王国軍と戦わせた事もあるのですが、あやつらは不利になるとすぐに逃げだしてしまうのです。」
ルカ
「うむ。しかし兵士個人の体力など北方の民と比べてそうかわりはないはずだ。思うに南方兵の弱さは士気の低さによるものだと私は考えている。」
エトウ
「おっしゃる通りです。彼らは士気が低い。」
ルカ
「来るべき決戦に備えて南方兵の士気を上げる事は急務だと考えるが両将はどう思われる?」
エトウ
「間違いなき事にござります。しかし南方兵の士気を上げるとなるというのは難しい課題です。あれらは本当にやる気のない人間ですから。」
ルカ
「ときに、南方大陸においては税率が7割と聞いたのだが本当の事だろうか?」
エトウ
「はあ、公的には4割でございますが諸々の事情がありまして実質的には7割くらいになっておるのかと存じます。」
ルカ
「よし、ではそれを4割にしようではないか。そもそも7割は取り過ぎだ。それでは民も兵もやる気は出まい。来るべき戦に勝てば今後永久に税は4割以上取らぬと領内に布告を出してほしい。」
ウノ・エトウ
(!!)
ウノ
「閣下、恐れながら現地には現地の事情がございます。これまでの事を急に変えるのはいかがなものかと。」
ルカ
「しかし負ければお終いではないか。貴公らは裏切り者だ。今さら帝国に下ってももう許されまい。負ければ我らは海を超えて逃げるが貴公らに逃げ場はないぞ。」
ウノ・エトウ両名は言葉がない。事実だ。もう今さら帝国側にはつけない。仮に今からルカの首をとって帝国に下っても許される保証はない。反逆罪は死刑。そう決まっている。
ルカ
「減税をエサにして南方兵の士気を上げる。他に道はあるまい。」
エトウ
「はあ・・・」
ルカ
「これは命令だ。領内の税率を4割に引き下げよ。それ以上の徴収は許さぬ。貴公らは我々に忠誠を誓ったのだろう? まさか命令が聞けぬと?」
エトウ
「めっそうもごさいません。御意に従います。」
ウノ・エトウ両名は渋々ルカの命を受け入れた。




