第29話
第29話
時間は少し遡る。聖歴503年11月。マローニャ市の郡庁舎を本拠地とさだめてルカはここで必要各所に指示を出している。貯まっている事務処理をしなければならない。
ルカは王都に手紙を送った。一つは王城に。これまでの経過と現状の報告。そして今後の予定とこちらからの要望を書いて送った。
もう一通はマリーへの手紙。早くここに来て欲しいと書いた。サラはどうだろう。確かサラはラスター大公の人質なのだと以前マリーが話していた。一体どうなるのか。上手く大公を説得してサラを連れて来られるのだろうか。こればかりはルカが考えてもわからない。
手紙が王都につくのにかかる日数は2~3か月程度か。そこからマリーが馬車でここまで来るのに3~4か月。早ければ来年の5月頃にはマリーはこの街へやって来るだろうか。
本当に来てくれるのか。それだけが心配だ。しかし、今はその事についてばかり考えていられない。考えてもどうにもならない事でもある。
先日、隣接する帝国領の3郡に調略の使者を送った。大陸北西郡と大陸南西郡には馬で片道1か月、大陸中央郡には1か月半ほどだ。早ければ来月のうちにも調略の結果がわかるかもしれない。
方策はあらかじめ決めている。いずれか一つの郡でも調略が叶えば他の二つの郡に軍勢を差し向けて占領する。
もしすべての調略に失敗した場合はマロン半島郡の南半分を捨ててズドン関まで退く。せっかく獲った領地である。できれば失いたくない。調略の成功を祈るばかりだ。
・・・・・
翌月の末、大陸北西郡と大陸南西郡からの調略の使者が戻った。スズキとアベ、偶然であるが二人が戻ったのは同日だった。二人は調略に成功。そしてそれぞれの郡太守を伴っていた。大陸北西郡太守タロウ・ウノ。大陸南西郡太守シュン・エトウ。
ルカ
「ウノ太守、エトウ太守。よくぞご決断された。この遠征軍総司令官ルカ・クロラント、心よりお礼申し上げる。」
ウノとエトウは品定めをするようにルカを見る。若い。本当にこんな若造が数十万の軍勢の総司令官だというのか?
ウノ
「お初にお目にかかります。聞けば西方王国軍10万を率いて船で渡ってこられたとのこと。前代未聞の事にて驚いております。」
西方王国軍10万。スズキは随分と数を盛ったようだ。彼らは既にルカたちの実情を知っている。
エトウ
「大陸南西郡太守のエトウです。私は閣下が20万の軍勢を率いて来られたと伺ったのですが、どうも聞いている数字が合わぬようですな。」
アベはもっと数字を盛ったようだ。
ルカ
「既にマロン半島に上陸させた兵が10万、これから渡海させる兵が10万。合計で20万になる予定だ。」
エトウ
「なるほど、そういうことでありましたか。納得です。」
本当に納得したのかは怪しいが、ルカとしてはこの話題をこれ以上続けたくない。
ルカ
「条件は使者から聞かれたと思うが、貴官らにはこれまで通りの領地を保障する。帝国とは異なり、任期を設けることなく子々孫々にいたるまでその領地を郡太守と県令に与える事を約束する。ただし、西方王国国王の臣下としてしっかり働いてもらう。この遠征軍においては私が王の名代である。異存ないな?」
立場上、わざとやや居丈高に言葉を発するルカ。
ウノ・エトウ
「御意!」
ルカ
「帝国の制度に合わせてこの戦役中は両名を王国軍中将に任ずる。いま大陸中央郡にも使者を出している。早ければ来月末にも戻るだろう。しかし、もし使者が戻らぬ場合はここにいる我らの軍勢で攻める事となる。2月末までに使者が戻らぬ場合は兵をあげて我ら三郡より3方向から攻め寄せる。そのつもりで軍勢の準備を整えておいてほしい。」
ウノ・エトウ
「御意!」
二人は殊勝に応える。
ルカ
「準備できる兵の数は?」
ウノ
「2月末までにという事であれば最大で2万5千程度になるかと。」
エトウ
「こちらも同じく。」
ルカ
「わかった、では2万5千の軍勢を出陣できるよう用意しておくように。今はその数で良いが、早ければ1年後には帝国本土から軍勢が押し寄せるだろう。それまでにそれぞれ兵5万を用意できるように準備しておいてほしい。本来ならは石高一万石あたり兵100人を用意できるはずなのだから。」
エトウ
「1年後であれば5万揃える事も可能かと存じます。今から武具を作らせて用意させます。」
ウノ
「同じく、こちらもそういたします。」
ルカ
「ああ、よろしく頼む。一応伝えておくが、我が方の手の者によって既に貴官らがこちらに寝返った事は帝国に知らせている。くれぐれも我々を裏切る事のないように。もう帝国には戻れぬからな。」
エトウ
「わかっております。どのみち我らが答えを出す前にもう帝国にそう伝わるように手配しておられたのでしょう? 帝国本国が疑心暗鬼になって我らを罷免するのも時間の問題だと思ったゆえ閣下に寝返った次第です。もう裏切るに裏切れませぬゆえ、ご安心ください。」
ウノ
「同じく。閣下の調略手腕の勝ちでございます。我らはもう故郷には帰れません。必ず勝ちましょう。」
そう、彼らはいくら偉くても一介の役人に過ぎない。帝国本国に疑われれば書状一枚で罷免されてしまう身だ。そこを上手く突いてスズキとアベが調略した。
ルカ
「ありがとう。今晩は宴の用意をしているので大いに歓談しよう。そして、明日には領地に戻って戦の支度をして欲しい。あと、我が国には太守とか県令という役職はないのだが当面はこの役職名で貴官らを呼ぶ事とする。」
二郡の調略に成功した。あとはアンドウが上手く大陸中央郡を調略してくれれば言う事はないのだが、結果はどうなるだろうか。距離的な都合で彼が成功したとしても戻って来るのは早くても1月末。もし2月末までに戻らなければ軍勢を差し向ける。それはいま太守たちに語った通りだ。




