第26話
第26話
マロン半島郡太守エンドウは帝国軍主力1万を率いて本街道を進んでいる。中央街道沿い6県およびマローニャ市特別県、合わせて計7県の兵に半島北側から逃れてきた県令たちの兵である。
斥候からの報告により敵軍約1万が中部マロン平原に布陣している事が知らされた。また、敵が西方王国軍である事が判明した。
エンドウ
(ズドン関から出てきたのか・・・)
しかし、1万であれば数的にかなりこちらの方が有利だ。こちらは1万8千。いくら南方大陸の兵が弱いといってもこれだけ兵力差があれば負けはしないだろう。戦は士気だ。数が多いという事は自信により士気が上がりやすいという事だ。反対に敵よりも数が少ないとなると兵は怖気づき士気が下がる。戦の勝敗は必ずしも数によって決まるものではないが、それでも数の多さが持つアドバンテージは大きい。
中部マロン平原で会戦をするとなると、北側道軍・南側道軍の到着と日にちを合わせる必要がある。両側道軍は普通に進めば中央道軍よりも5日到着が遅れるはずである。それに合わせて10月20日に到着するように進む事にする。
やがて斥候からの報告が入らなくなった。敵の警戒が厳しく斥候が近づけなくなったのだ。
10月20日、中部マロン平原に到着。北側道軍も南側道軍もまだ到着していないようだ。今どこにいるのか、あとどれくらいで到着するのか。伝令を出して確認したい所だが街道の平原側出口に敵軍が布陣しているために伝令を出せない。帝国軍が平原に出るのを阻むように王国軍が布陣している。
・・・・・
敵軍出現の報を受け、ルカは中央街道の平原側出口に軍を布陣した。手持ちの兵力はダンケルの傭兵隊5千と王国軍の雑兵5千。雑兵たちは5人の士官を千人隊長として指揮させる。傭兵隊はおなじく数人の傭兵幹部が兵を指揮する。
ガスロー将軍がいないため、相談相手は傭兵隊長ダンケルしかいない。
ルカ
「街道の出口は押さえた。ここで正面から戦う。これで問題ないか?」
ダンケル隊長。
「そりゃあ、他に手がありませんからなあ。」
ルカは報告を受けている。南側道軍は調略に成功。しかし北側道軍は調略に失敗しこちらに向かっている。おそらく明日にはその北側道軍が到着する。今日中に敵本隊を撃破しないと1.5倍の敵と戦う事になってしまう。
同日昼前、両軍の戦闘がはじまる。ほぼ同数の軍勢がお互いに正面からぶつかる。
戦いは一進一退。南方大陸の兵は弱いと聞いていたが、ルカが見る限りそんなに弱いようには見えなかった。
お互いに決めてに欠く状態での戦闘が続く。といっても、前方の兵士数百同士が小競り合いをしている程度だ。ルカはガスロー将軍の騎士隊の到着を待っている。彼らが到着すれば勝てる。敵は歩兵しかいない。重装騎兵で突撃して突破口を開けば勝てるのではないかとそう思える。この世界におけるきわめて一般的な戦術だ。
伝令からの報告では会戦までに平原に到着するとの事であったが未だに姿を見せない。一体どうなっているのか。
もし騎士隊よりも先に敵の北側道軍5千が到着してしまえば負ける事になってしまう。
・・・・・
郡太守エンドウは流れ矢の届かない後方から戦況を眺めている。ほぼ一進一退である。思いのほか我が軍は善戦している。不利になれば逃げようと思ってもいたのだが、このまま時間が経過すればいずれ北と南の側道から我が軍が到着してこの膠着状態を崩してくれるだろう。
戦闘開始から3時間ほど経過した時に異変が起こる。
自軍の後方、つまり街道のマローニャ市側から突如として騎士の一群が現れたのだ。軍の後方にいたエンドウからはその姿がよく見える。
先頭に見覚えのある顔が見える。第一県県令のサイトウ、第22県県令アベ、第23県県令アンドウ。
サイトウ
「おーい、聞こえるかぁ!? 北側道の軍も南側道の軍も王国軍に寝返ったぞー!」
エンドウ
(!!)
サイトウ
「マローニャ市はもう占領したぞー!」
エンドウ
(!! 本当か? 信じがたいが向こうに県令たちがいるという事は嘘ではないのか? というか、サイトウ生きていたのか。まさか敵に寝返っていたとは!)
帝国軍の兵はにわかに動揺しはじめた。そこに後方から王国軍騎士隊が突撃をはじめた。後方から突撃をうけては兵は前に逃げるしかない。エンドウも逃げる。しかし、前方では王国軍の先鋒と帝国軍の先鋒が戦っている。
後方の混乱を受けてこれまで拮抗していた前線の形成が一気に傾く。前方の帝国軍の戦線は崩れて後方へ潰走。しかし後方からも潰走した兵が走ってくる。中央で行き場を失った兵が右往左往する。もはや軍として機能していない。壊乱状態であった。
勝手に兵士たちが武器を捨てて降伏しはじめた。もうどうにもならない。太守エンドウはじめ県令たちも降伏。中部マロン平原の戦いは王国軍の圧勝に終わった。王国軍側の損害は死者3百、負傷者7百。帝国軍側は死者7百、負傷者1千5百。
・・・・・
ガスロー将軍
「遅くなりまして申し訳ございません。」
ルカ
「良い。結果が全てだ。よくやってくれた。しかしなぜ帝国軍の後方から現れたんだ?」
そこの事情がよく呑み込めないルカ。
ガスロー将軍
「思いのほか早く南側道軍が調略できましたので、そのまま街道を進みマローニャ市に至り、そこから中央街道を引き返してここに至った次第です。」
ルカ
「それは凄い。よく間に合わせてくれた。」
ガスロー将軍
「強行軍をおこなえばギリギリ間に合うかと思いましたが、本当にギリギリになってしまいました。申し訳ございません。」
ルカ
「いや、繰り返すけど結果が全てだよ。おかげで敵を壊滅させられたからね。マローニャ市ももう落とせたのかい?」
ガスロー将軍
「わかりません。寝返った南側道軍にそのように命じましたが、まだ確認できていません。」
ルカ
「了解した。斥候を出して確認させよう。あと、北側道軍の調略は失敗した。明日にもその敵軍5千がここに現れると思う。」
ガスロー将軍
「左様でしたか。まだ戦いは終わっていないのですね。」
ルカ達の話を捕縛されたエンドウが隣で聞いていた。
エンドウ
「なんと、北側道軍は寝返ってはいなかったのか・・・」
あと半日粘れば勝てたかもしれない。そう思うと若干の口惜しさがにじむ。しかし後方から騎士隊が現れた時点でもう完全に兵たちの心が折れていた。結局どうする事もできなかっただろう。
ルカ
「エンドウ太守。我々としても無益な戦闘はしたくない。勝敗はもう決した。明日帝国の北側道軍が現れたら貴官に投降を呼び掛けてもらいたい。そうすれば太守も県令も兵たちも、全員の命を保障する。」
エンドウ
「かくなるうえは仕方がない。そのようにしよう。」
翌朝、平原に現れた帝国北側道軍に対してエンドウが降伏を命じる。逆らう者はなく全員が捕虜となる。太守と県令は捕虜として王都に送る事とし、兵たちは全員解放した。
・・・・・
数日後、ルカ達は軍を率いてマローニャ市に到着。郡庁舎に入った。マローニャ市はスズキ県令率いる南側道軍によりすでに占領を終えていた。
郡庁舎は無駄に大きくて豪華だ。規模は西方王国王都の王城と同程度だ。王都の王城は防御施設としての性格も持っているがこの郡庁舎にはそれがない。純粋な宮殿だ。謁見の間には玉座のような座が設けられている。おそらく王宮を模して作られているのだろう。500万石の郡太守には少々不相応に思える。南方大陸の富を搾取して作られたのだろう。
郡庁舎に入るとスズキが出迎えた。無駄に広い謁見の間ではなく、郡太守の執務室に入りルカはそこでスズキから報告を受ける。
スズキ
「占領なんていっても大した事はしていませんよ。我らは西方王国軍につくこととなったので以後は西方王国の管轄となる。太守の代わりに当面の間このスズキがその役職を代行する、と命令を発しただけですので。」
ルカ
「それで誰も従わない者はいなかったのか?」
スズキ
「誰も逆らいませんよ。南方大陸の住民は支配者が誰かなんて気にしないでしょうし、帝国の役人たちも給料がもらえるなら何も言わんでしょう。願わくは、帝国の役人たちをこのまま役人として王国で雇っていただけませんか? その方が統治もスムーズにいきましょうし、彼らにも生活がありますので。」
ルカ
「うん、よろしい。帝国の役人にはそのままこれまでの職務の遂行を命じる。従う者には相応の知行と身分を与える。ただし帝国本土に帰りたい者は帰ってもかまわない。」
どうも帝国からの投降組にはピンと来にくい。彼らの常識としては役人は仕事と等級に見合った給与をもらうというものだ。しかし、反対にルカにはそれがピンとこない。与えられた家職と知行は子孫に受け継がれるものだという認識がある。
・・・・・
郡庁舎の郡太守執務室。今この場には幹部が全員集まっている。すなわち、副将ガスロー、傭兵隊長ダンケル、そして帝国からの寝返り組の元第一県県令サイトウ、第22県県令アベ、第23県県令アンドウ、第24県県令スズキ。
ルカ
「まだ内示しかできないけど、今ここに主だった者たちが集まっているので内々に論功行賞を行いたいと思う。」
論功行賞と聞き一同が静まる。
ルカ
「アベ、アンドウ、スズキの三名には約束通りこれまで収めていた領地のうち10万石の領地と相応の爵位を与える。正式には後日国王陛下から改めて任命される事となる。またこの戦役が続く間は王国軍少将の官職を与える。」
「ありがたき幸せでございます。」と三名は述べる。
ルカ
「サイトウ少将。貴官には第二県令の調略および南側道軍調略の功績もある。約束の10万石に加えてさらにもう10万石を与える。元々の領地であるマロン半島郡第一県20万石すべてを貴公に与えるものとする。さらに加えて、マロン市特別県20万石相当、これも与える。今後はマロン市に居を構えて市長としてこれを統治せよ。」
サイトウ
「なんと! 望外の幸せにございます。今後とも閣下に忠誠をつくします!」
帝国の中流家庭に生まれた役人の自分が、まさか王国の貴族、しかも40万石格の領主になろうとは。人生先のことはわからないものだ。つくづくそう思う。
なお、マロン市特別県には耕地がない。交易による関税がその収入なのだが現在はその交易が止まっている。つまりマロン市の領主は名目上20万石格ではあるのだが現在はまったく利益を生まない。
それどころか大都市なので統治には相応の出費が伴う上にダンケル軍が街を荒らしたために復興費用もかかる。しかし大出世に喜ぶサイトウはまだその事には気が付いていない。
ルカ
「カトウ少将には確か息子がいたな?」
サイトウ
「はい、12歳の息子がいたはずですが。」
ルカ
「うむ、ではその子にカトウ少将の領地を相続させる事を認める。」
サイトウ
「子供に10万石の領地を与えるのですか?」
ルカ
「無論だ。彼は我が軍のために働いて戦死したのだ。なにもおかしな事ではないだろう。」
サイトウ他、帝国からの投降組は少し驚いた。12歳の子供に10万石の領地を与えるという。貴族として領地を得るというのはそういう事なのだと改めて認識する。
ルカ
「次いで、ガスロー将軍。これまで私の傍らでいたらぬ点をよく補ってくれた。そして先の戦いによる活躍は見事だった。これに報いるためにマロン半島南部の北側道沿い5県、計100万石の領地を与える。」
ガスロー将軍
「なんと! そのような大領を頂けるのですか!?」
ルカ
「そんなに驚くことではないさ。僕はもっと多くの領地を得たのだから。その代わり、領地経営は代官に任せて今後とも僕の傍らで補佐して欲しい。」
ガスロー将軍
「御意にございます!」
ガスロー将軍の身分は300石取りの騎士に過ぎない。もちろん従軍中はそれに追加して役職手当がつくが、身分としては貴族ですらなかった。それが100万石の大領主である。100万石の領主という事は公爵の爵位が与えられる。最上位の爵位である。
騎士身分のものが軍の士官になる場合、それは軍功を立てて出世するためだ。しかしほとんどの場合その夢は果たされない。ヘルマン・ガスローは最高の形でその夢を実現した。
横でキラキラした目でルカを見つめる者がいる。傭兵隊長ダンケルだ。
いや、しかし彼は傭兵隊長だ。傭兵隊への支払いは金でなされるもので、その支払いは事前に済んでいる。手柄を立てたから領地を与えられるというような事はない。良い働きをすれば契約外のボーナスが支払われる事は稀にあるのだが。
ルカ
「ダンケル隊長。この戦役の先陣を切ったのが君だ。その功績は特に大きい。よって、君が落としたマロン半島北部南岸つまり第6県から第10県までの計100万石の領地を与える。君には姓がないから、今後はサウスロードの姓を名乗ると良いだろう。」
ダンケル
「!!」
ガスロー
「!!」
ガスロー将軍
「恐れながら閣下、傭兵隊の隊長に領地を与えるなど前代未聞です。傭兵隊長の活躍には金によるボーナスを支払われるものです。」
ダンケル隊長
「あ!? お前喧嘩売ってんのか!? ブっ殺すぞ! 閣下がくれるって言ってるんだよ! 閣下に逆らう気かオメェ!?」
ルカ達の前では普段は無理をして丁寧な言葉を使うダンケルがブチ切れる。
ルカ
「前代未聞といえばこの遠征自体が前代未聞じゃないか。だからこれで良い。今後も頼むよダンケル隊長。いや、サウスロード公ダンケル殿。」
ダンケル
「へへ、今まで通りダンケル隊長でいいよw」
平民の出で姓すら持たぬ男が王国最上位の貴族たる公爵となる。前代未聞である。しかし、ルカのいう通りこの遠征自体が前代未聞なのだ。その先陣を切ったダンケルに前代未聞の栄誉が与えられても良いだろうとルカは考えた。
ルカ
「皆わかっているとは思うが、今の段階ではすべて内示だ。正式には後日改めて国王陛下から任命される事だから。」
マロン半島500万石、このうちガスローに100万石、ダンケルに100万石、サイトウに20万石、アベ・アンドウ・スズキに10万石ずつ与えられた。つまり、ルカはそれを除く計250万石の領地を得た事となる。
王国の大貴族筆頭たるクロフォード公の300万石には届かないが、第二位のラスター大公家250万石に並んだ事となる。




