第25話
第25話
マロン半島郡太守ケンイチ・エンドウ。年齢は55歳。今年が定年の年齢である。あと半年で定年退職を迎える。40年にわたる役人生活。それももうじき終わる。エリート官僚として出世街道を歩んだ彼は大いに蓄財した。これだけの資産があれば孫の代まで生活には困らないだろう。
十分に稼いだ。後は帝都に帰って悠々自適の余生を送る予定だった。しかし、突然の凶報によりその予定は大きく狂わされた。
マロン市に敵軍が上陸。マロン市を占領。そんな耳を疑うような情報が早馬によりもたらされた。数日して半島北部の県令たちがわずかな手勢を引き連れて逃げてきた。数十万の敵軍が大挙して襲来したのだという。第一県と第二県の県令は姿を現さない。きっと敵に討たれたのだろう。
とりあえず兵を集めなければならない。動員できるのはせいぜい1万5千程度。半島北部かた逃げてきた県令たちの兵を加えても1万8千程度だろう。敵は数十万という。勝ち目はない。どこからどうやって来た軍勢なのかはわからないが、今はそれはいい。
もし戦わずに逃げればどうなるか。帝国の法によれば敵前逃亡は反逆罪に次ぐ重罪である。戦術的後退はこれにはあたらないため、郡の兵を率いて隣の郡に移動してそこの軍勢と合流するという手段も考えられなくはない。しかし一戦もせずに逃げるのは印象が良くない。隣の郡に逃げたとして、そこの太守にどのように帝都に報告されるかわかったものではない。
自分は妬まれている。マロン半島郡太守は交易利権によるうまみが多い。ゆえによその太守には妬まれている。死罪にまではならずとも、資産没収などの処分をくらってはシャレにならない。今まで何のために頑張って働いてきたのかわからない。
とりあえず、軍勢を集めて一戦する。必死で戦ったうえでの後退という事であれば重罪にはならないだろう。過去の例においても必死の抗戦の末に敵に敗れて撤退した将が罰せられないどころか賞された例もある。
聖歴503年10月1日、郡都マローニャ市に全軍を集結させた。総勢1万8千名。騎士はおらず全員が南方大陸で徴兵した雑兵だ。皆やる気がない。帝国本土の兵とは比べるべくもない弱卒。とても勝てる気がしない。
斥候による報告が入っている。敵はズドン関に防御陣地を築いているとの事。確かにあそこに籠られればこちらから突破するのは難しい。しかし、関に籠って出てこないならこちらにとっては好都合だ。関の向かい側に防御陣地を作って敵と向かい合って時間を稼げば良い。時間を稼げばよその郡からの援軍も来るだろうし、そもそもあと半年で自分は定年退職だ。後任の者に後を任せてしまえば良い。
エンドウ太守
「よし。それでは軍勢を3隊にわけて街道を進む。ズドン関手前の中部マロン平原にて合流する。」
ここから中部マロン平原までは街道の道幅が狭い。ゆえに1万8千の軍勢全てに同じ道を進ませるのは好ましくない。先頭が平原に到達しても最後尾はまだマローニャ市を出発できないというような事態となってしまうからだ。ゆえに道が3つある以上は軍を3つに分けざるを得ない。
一番太い街道である中央道を郡太守である自分が兵1万を率いて進む。北側道を北側道沿い5県の県令たちの軍勢5千を進ませる。南側道を南側道沿い3県の県令たちの軍勢3千で進ませる。そして中部マロン平原で合流してズドン関の向かいに防御陣地を作る。このように配下の県令たちに作戦を説明した。
なお誰にも言っていないことだが、もし敵の大軍が平原に攻め寄せたら一戦して逃げるつもりである。奮戦したうえでの撤退であるという言い訳を作るために一戦はするが、それ以上は戦わない。
10月1日朝、エンドウは軍を出立させた。
・・・・・
ルカの元に続々と斥候からの報告が入っている。マローニャ市近郊に集結している軍の数はおよそ1万8千。軍勢に騎兵はなく全て歩兵。敵軍は10月1日にマローニャ市を出発。中央道を本体1万、北側道を5千、南側道を3千の兵が進撃。
サイトウ少将
「すなおに敵がやってくるなら、敵本体の到着は10月15日、北と南の分隊は10月20日頃の到着となりますな。」
ルカ
「もし敵本隊1万が先に到着するなら我ら1万2千で正面から当たれば良いだけかもしれないな。」
ガスロー将軍
「はい。しかし我らが平原に布陣していると知れば本隊は到着を遅らせて南北の分隊と到着日を合わせるはずです。」
ルカ
「そうか。そりゃそうだな。」
ガスロー将軍
「予定通り南北の敵分隊に調略の使者を送りましょう。サイトウ少将とカトウ少将がよろしいでしょう。」
サイトウとカトウはチラっとお互いの顔を見る。まあ、こうなる事ははじめから予想していた。
サイトウ少将
「それでは私が南側を受け持ちましょう。」
機先を制してサイトウが発言する。北側と南側の軍勢。どちらが調略しやすいかはわからない。しかし、北側の敵軍は県令が5人、南側は3人。数が少ない方が説得しやすそうな気がする。あくまでもサイトウの勘であるが。
カトウ少将
「・・・それでは私が北側を。」
サイトウに機先を制され若干嫌な予感がするカトウ。カトウとしてはどちらでも大差ないとは思うのだが。
サイトウ少将
「恐れながら、司令官閣下にお願いがございます。王国軍の精鋭たる騎士2000を私にお貸しください。」
ルカ
「ん、騎士隊で脅して調略を促すということか?」
サイトウ少将
「左様でございます閣下。もし調略が失敗すればそのまま騎士隊により南側道軍を撃破すればよろしいかと考えます。敵は3000なれどすべて雑兵です。重騎兵の突撃を受ければ一撃で粉砕可能です。」
どうしたものかとルカはガスローの顔を見る。
ガスロー将軍
「悪くない策かと存じます。騎馬隊だけであれば移動速度が速いため南側道の敵を撃破してここに戻っても時間的にこの平原での会戦に間に合うかと。騎馬隊の指揮は私がとりましょう。」
さすがに騎士隊の指揮をサイトウの手に委ねることを危惧してガスローはそう発言する。
ルカ
「よし。ではそれでいこう。」
サイトウ少将
「ありがとうございます、閣下。」
カトウの顔を見てニヤっと笑うサイトウ。
ルカ
「カトウ少将、済まぬが北側にまでは兵を避けぬ。貴官の他はせいぜい護衛数名しかつけてやれぬ。」
カトウ少将
「御意。」
カトウとしてはサイトウに出し抜かれた気分だ。帝国の役人は出世争いが激しいために同僚に対してよくこういう事をする。カトウよりも年長のサイトウにはこのような腹芸には一日の長がある。
ルカ
「サイトウ少将、カトウ少将。もし調略に成功したらその軍を平原には向かわせずにマローニャ市に向かわせてくれ。彼らにマローニャ市を占領させて欲しい。」
カトウ少将
「平原で我が本軍と合流させたうえで敵本隊と戦わせる方が良いのでは? 数的にその方が利があるように思われますが。」
ルカ
「そうなのだが、もし調略した敵に平原でまた裏切られる事が怖い。」
カトウ少将
「御意・・・」
サイトウに出し抜かれたうえに自分の発言を司令官に否定されてしまい、どうにもバツが悪いカトウ。科挙試験に合格して県令まで出世した人物である。カトウは優秀な人物ではあるのだが、今日はどうも調子が出ない。
ルカ
「サイトウ少将、カトウ少将、そしてガスロー将軍。すぐに出立し作戦を進めて欲しい。」
は!
三人は早々に陣をさりそれぞれに任を与えられた街道へ向かった。
・・・・・
マロン街道南側道。この道を騎士2千を率いるガスロー将軍とサイトウ少将が進む。歩兵がいないため移動速度が速い。数日で帝国の南側道軍と接触した。
南側道軍を率いるのは南側道沿いの3県の県令たち。3人は同格であるが、必要上いまだけは最年長の第24県県令ソウイチロウ・スズキが指揮官となっている。
街道上で両軍が対峙、一定の距離を保って両軍が向かい合う。予想外の接敵に帝国軍側はうろたえている。敵軍の中から一名の人物が進んでくる。軍使だろうか。
やって来る男の顔には見覚えがある。スズキたち県令のよく知る顔だ。その男は彼らの同僚である第一県県令サイトウ。
スズキ
「サイトウ県令。これはどういう事なのかな? 状況が読み込めないので説明して欲しい。」
サイトウ
「短刀直入に言います。この軍勢は西方王国軍の先遣隊です。私は王国に下りました。そして、皆さんにも王国に下るように勧めに参ったのです。」
スズキ
「西方王国軍だと? 船で渡ってきた数十万の軍勢というのは西方王国軍だったのか?」
サイトウ
(数十万の軍勢? そうか話が大きくなってこいつらには伝わっているのか。)
サイトウ
「左様。西方王国軍数十万が船により上陸してマロン市と半島北部を既に占領しております。南方大陸全土の占領が作戦目標との事です。」
サイトウはわざと話を大きくして嘘を並び立てる。
サイトウ
「すでに北側道の軍勢は調略のうえこちら側につきました。マローニャ市占領のために道を引き返しています。」
スズキ
「にわかには信じられぬが・・・」
サイトウ
「降伏の条件を聞けばスズキさんも信じるかもしれません。降伏すれば、なんと王国は我ら県令に10万石の領地をくれるというのです。」
スズキ
「10万石の領地だと?」
サイトウ
「そうです。県令としてではなく、貴族として。領主として10万石の領地をくれるというのです。4年だけではなく、子々孫々までその領地を与えるとの事です。」
一瞬県令たちが動揺する。子々孫々にまで受け継げる領地。帝国ではありえない事だ。信じがたい。
スズキ
「その約束が守られる保証はあるのか?」
サイトウ
「うーん、保証はあるのかと問われると困ります。私だって保証して欲しいと思っているのですから。」
スズキ
「うーん・・・」
サイトウ
「でも、領地の保証がどうとかではなくて皆さんこちら側に付くしかないのではないですか? あの軍勢と戦うつもりですか?」
サイトウは後ろに控える騎士隊を指して言う。
サイトウ
「西方王国の精鋭です。帝国本土の騎馬隊と同格の強さです。寄せ集めのこの軍勢なんて一撃で蹴散らされますよ?」
スズキもそれはよくわかっている。数こそこちら側の方が多いようだが重装騎士の突撃などを受ければこんな寄せ集めの南方大陸の弱兵など一発で逃げてしまうだろう。おそらく自分達の命もない。
スズキは他の二人の県令と少し話し合う。
スズキ
「わかった。我が軍は西方王国に付く。」
サイトウ
「御英断です。ではスズキさんは軍を率いて道を引き返してマローニャ市を占領してください。」
スズキ
「わかった。」
サイトウ
「しっかり働けばきっと王国軍は約束を守ってくれますよ。」
スズキ
「ああ、期待しよう。しかし俺たちは裏切り者だ。もう故郷には帰れんな。」
サイトウ
「お互いそれは仕方ありませんな。しかし、命あってこそですよ。」
スズキ
「違いない。」
スズキ達はマローニャ市へ向かい軍を引き返した。
・・・・・
カトウは護衛の騎士数人を連れて北側道軍と接触した。結論を先に言うとカトウは帝国軍の調略に失敗した。そして捕らえられて反逆者としてその場で処刑された。
10月8日早朝、カトウは敵軍と接触した。カトウの調略を受けて北側道軍の県令たちの意見はわかれた。県令たちの会議は夕方まで続いたが、最終的に調略は失敗。カトウは殺された。護衛の騎士たちは逃げ延びて報告のために本陣に向かって駆けた。
調略には失敗したものの、県令たちの長い話し合いのために丸一日の時間が消費された。後にこれが大きな意味を持つ事となるのだが、カトウはそれを知る事なく死亡した。




