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第22話(地図4 マロン半島)

第22話


 同日夜。ルカとダンケルとガスローは市庁舎の県令室にいる。床の絨毯には大量の血がついている。今日の日中に討ち取った県令のものだろうか。ルカは尋ねないしダンケルも何も言わない。


 外では第一陣の傭兵たちの略奪が続いている。ルカとしては気が重たい。しかしグズグズしてはいられない。早急に今後の行動を取り決めなければならない。


ルカ

「当初の予定通り、速やかにマロン半島北側の各県の攻略に移る。」


ダンケル隊長

「今日のマロン市の様子を見る限り、よその県もみんな同じような感じかもしれませんな。速攻で攻めればすぐに落とせるかもしれません。」


ガスロー将軍

「マロン市陥落の報はすぐに各県に届くでしょう。報が届けば県令は兵を集めて戦の準備を整えます。しかし、兵を集結させるには数日はかかるはず。その前に一つでも多くの県を落とす事が肝要と考えます。」


 マロン半島北部。マロン市から半島つけ根の郡都マローニャ市に向かい一本の太い街道が延びている。マロン街道という。

 マロン街道は半島を南北にわけるズドン関までは一本道で大きな分岐はない。ただし途中で小道にわかれて街道沿いの各県につながっている。街道北側に5つの県、南側にも5つの県がある。マロン市側から順にマロン郡第一県、第二県、といった風に番号による名前がつけられている。マロン市のみがマロン市特別県という名前が冠せられている。それだけこの街が特別である事を意味する。


ルカ

「明日早朝、第二陣の傭兵たちを僕が率いて街道北側の各県を順に攻略していく。ダンケル隊長は第一陣の兵2500に休息をとらせ、明後日早朝からすみやかに街道南側の各県を攻略せよ。」


ダンケル隊長

「了解であります!」


ルカ

「ガスロー将軍はマロン市で第三陣の船の到着を待ち軍をまとめておいて欲しい。一応兵200を君のために置いていく。この兵で市内から兵糧を徴収できそうであれば集めておいてくれ。あと、徴兵が可能なようであれば兵も集めて欲しい。」


ガスロー将軍

「了解です。しかし、総司令官閣下、私が側にいなくても大丈夫ですか?」


ルカ

「本音を言うと少々不安だよ。でもそうも言っていられないしね。第三陣が到着したら後は他の士官に任せて君は軍を率いてズドン関に直行して防御陣地を築いて欲しい。」


ガスロー将軍

「は!」


ルカ

「ダンケル隊長。まず戦うより先に降伏勧告をして欲しい。ただし、すぐに返答がなければ速攻で攻めてくれ。敵に時間稼ぎをさせてはいけない。」


ダンケル隊長

「どんな条件で降伏勧告を出しますか?」


ルカ

「降伏すれば県令には10万石の領地を与え王国侯爵に任ずる。また住民の生命財産を保障する。ただし兵と兵糧を供出せよ。以上だ。」


ダンケル隊長

「県令に10万石もやるんですか? 県の半分じゃないですか。あいつら4年の任期でたまたまここに赴任してきてるだけの小役人ですぜ?」


ルカ

「ああ、太っ腹にもなるさ。早く半島の北半分を落とさないと郡太守の軍勢がやってくるからね。いくらかでも戦わずに降伏させられれば良いのだけど。」


 今回の遠征においてルカは「切り取り自由」の許しを得ている。占領地のすべてルカの領地にして良いという許可である。ゆえにその土地を誰にどれだけ与えるのかの権限を持っている。ただし、爵位までは与えられない。叙爵の権限は王にある。ゆえに降伏した県令に爵位を与える事はできないのだが、10万石以上の領地を持てば自動的に侯爵に奉じられる事になっているので問題はないはずだ。


ダンケル隊長

「今日の感じだと戦っても余裕で勝てそうですが、まあ我々としても戦わずに勝てる方が良いですわ。給金は同じですからな。降伏しない県はまた略奪しても構いませんか?」


ルカ

「ダメだ。占領地での略奪および暴行は禁止する。兵糧は徴収して欲しいが料金は支払う。今すぐには払えないから後の支払いを約束する証書を住民に渡して欲しい。」


ダンケル隊長

「へいへい。残念。」


ルカ

「もし敵が降伏したら県令を連れて次の県に向かってほしい。」


ダンケル隊長

「はーい、了解です。」


ルカ

「作戦は以上だ。よろしく頼む。」


・・・・・

地図 マロン半島

挿絵(By みてみん)



 マロン郡第一県。マロン市と隣接するこの県はマロン街道北側に位置する。県令ジロウ・サイトウ45歳。彼はごく一般的な帝国の役人だ。

 彼は帝都に生まれ、役人志望の多くの子供達と同様に塾と道場に通った。帝国では科挙という官吏任用試験が行われている。学科試験と実技試験が行われる。学科は古今の歴史や計算、測量その他領地経営や政治運営に有益なこと全般。実技は剣術・馬術・槍術・弓術など。


 西方王国では学校教育が充実しているが、東方帝国ではかわりに私塾や個人経営の道場が栄えている。科挙試験に合格させるために親は子供を塾と道場に通わせる。


 学科・実技ともに優秀なものが選ばれて役人になる。役人は等級10級の下級役人からはじまり優秀であれば1級まで昇る事ができる。1級というのは帝国宰相や帝国元帥など帝国に数人しかいない。


 現在、科挙試験の合格にも役人の等級を上げるにも全て賄賂が必要だ。ゆえに、まず貧しい家庭の子供は優秀でも役人にはなれない。しかし、優秀であれば少ない額の賄賂でも試験に合格しやすい。無論、相当な無能者でも賄賂の額によっては合格可能ではあるのだが、優秀であれば賄賂の額は少なくて済むのだ。


 ジロウ・サイトウは帝都の中流家庭に生まれた。塾と道場に通い学業も実技も平均よりはかなり優秀な成績をあげていた。親は無理をして賄賂を支払いサイトウは無事に科挙試験に合格した。

 15歳で10級役人に任官してから30年、彼は真面目にコツコツ働いた。町では小犯罪を見逃すかわりに民から金をゆすり取り、徴税業務の際には少し多めの金額を徴収して懐にいれ、上司に引き立ててもらうために贈賄を欠かさなかった。

 

 真面目に贈収賄を繰り返しながら数十年働き、2年前についに県令に任命された。県令は等級4級の役人。ここまで出世できる者は役人の中でも一握りだ。

どの上役に取り入るのかを間違えず、賄賂をたくさん贈って上司に気に入られ、さらにかなりの幸運に恵まれなければここまでの出世はできない。


 3級以下の役人の定年は55歳。おそらくサイトウは郡太守への出世は難しいだろう。本人もそこまでは望まない。県令で十分だ。県令というのは美味しい役職である。領地から集めた税を誤魔化してたくさん懐に入れる事ができる。しかし県令の任期は4年で終わってしまう。できれば次も違う県の県令として赴任したい。役人としての残りの期間をずっとこの南方大陸で県令として過ごしたい。そして老後は帝都に帰ってゆるりと暮らしたい。それがジロウ・サイトウの夢だ。


 彼は領地から多くの税を徴収する。通常、神聖王国や西方王国であれば農民の税率は4割である。しかしジロウ・サイトウはその領地から7割の税を徴収した。国の定める税が4割、上役である郡太守への賄賂として2割、そして自分の懐に1割。郡太守にしっかり賄賂を送っておけば次も郡内のどこかの県令になれる可能性が高くなる。


 このような腐敗が帝国全土をむしばんでいる。ただし、帝国本土の各郡県は帝都から近い事もあって中央の監視が厳しい。ゆえに領内からあまり無茶な収奪はできない。しかし南方大陸は違う。本国からの目が届きにくいために7割から8割という無茶な税率の収奪も珍しくない。帝国本国も黙認している。郡太守を通じて帝国宰相にもその賄賂が流れているからだ。

 このような収奪が永続的に行われているために南方大陸の農民はとても貧しい。そして彼らは帝国の役人を憎んでいる。


・・・・・


 聖歴503年8月3日夕刻、マロン郡第一県県令ジロウ・サイトウの元に恐るべき報告がもたらされた。マロン市からの早馬である。

 同日早朝、船から敵軍数万が上陸。県令を討ち取りマロン市を占領。市内全域で暴行略奪を行っているという。


 敵? 敵とは何者なのだ? 船で数万の軍勢? 


 サイトウは状況を飲み込めない。


 同日の夜にはマロン市からの避難民の一群がやってきた。彼らの言も先ほどの早馬による報告と一致する。何者かが攻めてきてマロン市を占領して荒らしまくっている。おそらく県令も本当に殺されたのだろう。


 状況はよくわからないが、とりあえず兵を集めなければなるまい。慌ててサイトウは部下に兵の招集を命じる。兵といっても大した数はいない。経費削減のためもあり日頃はさほどの兵を常備していない。経費の問題だけではない。そもそも民を徴兵して武器を持たせる事の方が危険にも思えるからだ。


 現状、県都の兵士は200人程度。治安維持のために市内の巡回をさせている。これも惰性的におこなわれているだけなのだが。

収穫の時期には徴税役人の護衛としてさらに300程度を招集するが今はその時期ではないために県全体で200しか兵はいない。

各県は有事の際には最低2000名の兵を動員できるように義務づけられている。しかし、それを守っている県令はサイトウの知る限りいない。人数だけなら2000は集められるだろうが、武具がない。サイトウの県では1000人分の武具しかない。サイトウが赴任した時からそうだったし、おそらくずっと前からそうだったのだろう。


 明けて8月4日朝。市内の兵200が県庁役所前に集められていた。昨晩のうちに県内の各村落に兵を供出するように早馬を送ったが、早く見積もってもその兵が到着するには10日はかかるだろう。


 県都にも県庁役場にも防御施設などは存在しない。南方大陸での防御施設の建設は帝国の法律によって禁止されている。帝国政府は南方大陸での謀叛や反乱を極端に恐れている。自分達がひどい収奪を行っている事、そして民から嫌われている事をよくわかっているのだ。


 同日昼前、ルカ率いる王国軍がマロン郡第一県県都に到着。敵兵の抵抗はないが街には入らず軍を止める。そして県令に使者を送る。


 敵軍からの使者がサイトウの元に送られてきた。使者は書状と一つの箱をもっていた。


サイトウは手渡された書状を読む。書状の文面は短い。


 書状の内容。降伏すれば県令に領地10万石を与え西方王国侯爵とする。住民の生命財産は保証する。ただし兵糧と兵を供出せよ。


 この書状を読み、はじめて敵が西方王国軍なのだとサイトウは知った。兵の数はどれくらいだろうか。昨日の伝令は数万と言っていたが、とりあえず今この街の前に布陣しているのは数千くらいだろうか。こちらは200。どのみち勝ち目はない。


 サイトウが書状を読み終えたのを見届け、使者は持ってきた箱のフタをあけて中身を見せる。


 サイトウはぞっとした。中身はマロン市特別県県令ヒデト・ヤマシタの生首であった。よく知った顔である。同期の出世頭であり次の郡太守かと噂されていた人物だ。その彼がいま頭部だけになり箱におさまっている。その首は腐らないように塩漬けにされているが、腐敗の兆候はなくまだ新しいように見える。

 

使者

「降伏か死か、選ばれるがよろしい。返事がなければ1時間後に攻撃を開始する。」


サイトウ

「待たれよ。あまりに急なことゆえすぐには決め難い。せめて明日の朝まで待ってはもらえぬか?」


使者

「おそれながら、返事を引き延ばす事は許さぬと総司令官閣下から言付かっております。」


 急なことだ。サイトウは返事を引き延ばしたかった。とりあえず状況の理解が追い付かないのだ。そもそも今はじめて敵が西方王国軍である事を知ったのだから。さらに降伏すれば自分に10万石の領地をくれて王国の侯爵にしてくれるなどと言っている。本当だろうか。そんな都合の良い話があるだろうか。一介の役人の私をそこまで厚遇する理由は? 信用して良いのだろうか? 降伏して敵の元に赴いたらその場で殺されるのではないか。


 しかし、結局結論は決まっている。降伏だ。こちらは兵200。敵は数千。こちらの兵は戦いになればすぐに逃げだすだろう。戦えば必ず殺される。降伏すれば生存の可能性がある。


サイトウ

「降伏いたします。総司令官閣下にそうお伝えください。」


使者

「よろしい。では私と共に参られよ。貴官から直接降伏の意思を閣下にお伝えするが良い。」


 行けば殺されるのではないか。そう考えたサイトウはできれば今ここで一緒に行きたくはなかった。使者を帰らせたあとに一人でこっそり馬で逃げ出せないかと考えていたのだ。しかし、一緒に来いという。半ば予想はしていたことだが逃げられない。


サイトウ

「わかりました・・・」


・・・・・


 使者に連れられてサイトウはルカの前に現れた。ルカを見てサイトウは驚いた。若い。まだ少年ではないか。この少年はまだ二十歳にもならないのではないか? それが軍の司令官だと?

 帝国では15歳で10級役人に任官してから順番に等級が上がっていく。飛び級はない。それぞれの等級に最低でも3年在籍しなければ次の等級に進めない。これには皇族以外には例外がない。ゆえに軍の司令官がこれほど若いという事に驚いた。


サイトウ

「随分お若く見えるが、閣下は王族であらせられますか?」


 素直に疑問をぶつけるサイトウ。


ルカ

「王族ではない。しかし国王陛下の母方の従兄弟にあたるため血縁者ではある。年齢は18歳だ。」


サイトウ

「国王陛下の従兄弟であらせられましたか。納得です。」


 王の従兄弟と聞きサイトウなりに納得する。他にも聞きたい事はたくさんある。なぜ西方王国の王の従兄弟がわざわざこんな所に攻め寄せたのか、とか。しかしそこは敢えて聞かない。自分は降伏に訪れた者なのだから余計な事は聞かない。


サイトウ

「マロン郡第一県県令ジロウ・サイトウ、謹んで閣下に降伏いたします。」


ルカ

「うむ、英断だ。約束通り貴官にマロン郡第一県のうち10万石を与える。我が国では10万石以上の領地を持つ者は侯爵に任じられるのだが、私は叙爵の権限を持たない。国王陛下に報告のうえ後日改めて陛下から爵位を賜ることになる。」


サイトウ

「ありがたき幸せ。その、王国の制度に詳しくないのですがその領地は4年に限らずずっと私のものになるのですか?」


ルカ

「無論だ。貴官の領地は子々孫々にいたるまで貴官の家のものである。」


 王国では貴族が領地を世襲する事をサイトウは知識としては知っていた。しかし今ここで改めて確認をした。もしこの約束が本当に守られるのであれば嬉しい。ただ、それを素直に信じられるほどサイトウは若くない。しかし、ここではそれ以上は言わない。とりあえず大事なのは今ここで殺されない事なのだ。


サイトウ

「私ごとき小役人に、望外の幸せでございます。」


ルカ

「貴官を何と呼ぼうか。もう県令でなはいし、まだ侯爵ではないし・・・」


サイトウ

「私などはサイトウとお呼び頂ければそれで構いませぬが、そうですね帝国では有事の際には県令は帝国軍少将として軍を率いる事となっておりますが、いかがでしょうか。」


ルカ

「うむ、この遠征軍の少将ということであれば私の権限において任命できる。貴官を今ここで王国軍少将に任命する。以後、我が命に従うように。」


サイトウ

「御意にございます。」


ルカ

「ではサイトウ少将に尋ねる。今すぐに用意できる兵は何名か?」


サイトウ

「そこに並ばせている200が全てでございます。あと10日あればもう300、一か月あればさらに500、合計1000名の兵を揃える事ができまする。」


ルカ

「急ぐゆえそこの200だけで良い。その200を率いて私とともに従軍せよ、サイトウ少将。」


サイトウ

「御意に。いつ出立されますか? とりあえず今晩は当家にて夕食などごちそうさせて頂ければと思うのですが。」


ルカ

「そのような暇はない。今すぐ出発する。できれば今日の夜までに隣の第二県に到着したい。ついて参れ。」


 ルカは馬に飛び乗るとさっさと進み始める。あわててサイトウも馬にのりルカの後を追う。


サイトウ

(とりあえず命は助かったようだ・・・)


 安堵するサイトウだった。


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