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第21話

第21話


 聖歴503年8月3日。運命の南方大陸上陸作戦の決行日。今ルカは洋上にいる。この日の早朝、第一陣の船五隻がマロン市に着岸。


 約一か月ぶりの交易船の着岸。クロン市での船のメンテナンスのために交易船の運航が一か月ほど停止する事はマロン市側に事前に知らされていた。これまでにも稀にそのような事はあったので特に怪しむ者はいなかった。その交易船が一か月ぶりに戻って来た。


 通常の交易船の到着と少し様子が違う事にマロン市側の港湾役人が気づく。洋上遠くに残りの五隻の船も浮かんでいるのが見える。全10隻の交易船が同時に同一海面上にいる事は珍しい。

 五隻はほぼ同時に着岸した。ただし同時といっても若干のタイムラグはある。最初に着岸した船から誰もおりてこない。まるで全ての船の着岸を待っているように。


 全ての船が着岸し終わると、同時に全ての船から武装した兵士が駆け出してきた。そして港の役人をみつけると駆け寄って斬り殺す。突然の事態。港にいた人達は事態を飲み込めず逃げ惑う。


・・・・・


 マロン市特別県。マロン市およびその周辺地域をその領域とする。通常、帝国の県は概ね20万石前後の領域を有しているのだが、この県は例外的に耕地を有していない。収入は主に交易による関税。マロン市は人口20万人を有する大都市だ。


 帝国の各県は概ね兵2000程度を動員可能である。ただし、あくまでも石高のうえでは動員可能というだけで平時にはそれだけの兵を有しているわけではない。

有事の際には動員をかけて兵を集める。この点は西方王国でも同じなのだが、南方大陸は特に戦乱と無縁である事から動員をかけられるような事は稀だ。


 東方帝国は隣接する神聖王国と国境紛争を繰り返しているが、わざわざ南方大陸から兵が送られる事はない。そもそも南方大陸は兵が弱い事で有名だ。


 兵が弱いのは仕方のない事だ。兵士個人の戦技や能力の問題ではない。戦意がないのだ。南方大陸では東方帝国本土出身の士官が現地人の兵を率いている。帝国本土出身の役人は上から下まで南方大陸では収奪にしか興味がない。そしていずれ帝国に帰る。そんな者たちのために兵が本気で戦うはずがない。


 帝国側も南方大陸の兵士を信用していない。兵士を多く集めれば、気が大きくなった兵士どもが謀叛を起こすかもしれないとすら考えている。ゆえに常備兵が少ない。


 マロン市における兵数はこの時わずかに500程度だった。これでも常備兵数としては他の県より多い。彼らは惰性的に行われている都市外周の見回りと、喧嘩や犯罪への対策として街中の見回りをしている。県令がすぐに動かせる兵は市庁舎の警備兵20名程度という有様だった。外敵に襲われるなど、夢想だにしていなかった。


・・・・・


 同日正午頃、予定通り第一陣の船五隻が港から離岸。夕刻、ルカたちを乗せた第二陣の五隻が入港、着岸。

 ルカは戦況が気になってしかたがない。上陸すると傭兵隊長ダンケルがルカを待ち受けていた。


ダンケル隊長

「総司令官閣下。お待ちしておりました。こちらを。」


 ダンケルは一つの生首を差し出す。


ダンケル隊長

「マロン市特別県県令、ヒデト・ヤマシタの首でございます。」


 得意満面のダンケル。対してルカはどうすれば良いのかわからない。なにぶんはじめての事なのだ。隣の副将ガスロー将軍の顔を見る。


ガスロー将軍

「うむ、見事である。この首が県令本人の首であるという確証はとれているのか?」


ダンケル隊長

「もちろんです。市庁舎の役人に確認しております。信用ならんという事であれば、少し落ち着いたら市庁舎の役人の誰かにお聞きください。何人か生きている者もおりましょう。」


ルカ

「無用だ。ダンケル隊長の言を信じる。ご苦労だった。」


ダンケル隊長

「ありがとうございます。市庁舎に移りますか? 市庁舎は燃やさないよう命令してあるので無事だと思いますが。」


ルカ

「そうだな。その市庁舎を我が軍の司令部にしようか。」


ダンケル隊長

「ではご案内いたします。」


 ややわざとらしく、うやうやしく振る舞うダンケル。そして先頭に立って歩きだす。


港から市中央の市庁舎へ。道すがらルカがダンケルに問う。


ルカ

「街の占領はもう完了しているのか?」


ダンケル隊長

「敵兵はもういないようですから完了で良いんじゃないですかね。」


ルカ

「あちこちから怒号や悲鳴のような声が聞こえるが、あれは残敵を掃討をしているのか?」


ダンケル隊長

「まあ、残敵がいれば掃討しているんでしょうなあ。」


ルカ

「敵は強かったか?」


ダンケル隊長

「いや、それがほとんど敵兵がいなかったんですよ。まっすぐ市庁舎に行ったら県令がいたんでブっ殺しました。」


ルカ

「そうなのか? そんな事があるのか?」


 王国の諸侯は平時でもある程度の兵士を居城や領都の防衛に就かせている。そのような兵すら配置されていなかったというのか。


ダンケル隊長

「あの県令、泣いて命乞いしてきたんですよ。生け捕りにするかどうしようか迷ったんですけど、大将の命令が県令を討ち取れってことだったんで殺して首にしました。」


ルカ

「ああ・・・、確かに僕がそう言ったね。よくやってくれた。ただ、できれば次からは生け捕りにしてくれ。なにか利用価値があるかもしれないから。」


ダンケル隊長

「了解でありまーす!」


 嬉しそうにテンション高くおどけて応えるダンケル。


 ダンケルに先導されて市庁舎に向かい街を歩くルカ。道には死体が転がっている。戦争なのだから仕方がない。


 しかし、とても戦闘の結果とは思えない死体がたくさん転がっている。


ルカ

「この老婆の死体は腕が切断されているが、なぜだろう。」


ダンケル隊長

「あー、高そうな指輪か腕輪でもしていたんでしょう。」


ルカ

「あちこちに下半身だけ裸にされた女の死体があるが。」


ダンケル隊長

「そりゃあ、強姦したんでしょう。」


ルカ

「ではこの裸にされた子供の死体は?」


 裸にされた10歳くらいの女児の死体を見てルカは問う。


ダンケル隊長

「きっとうちの兵の中にロリコンがいるんでしょうな。」


ルカ

「この頭を割られた男児の死体は?」


ダンケル隊長

「うーん、なんとなくですかねえ。」


 つまらなさそうに答えるダンケル。


ルカ

(・・・気分が悪い。人生で最悪の気分だ。むろん僕も子供ではない。戦争が騎士道精神にあふれたものだなどとは思ってはいない。しかし本当に戦争とはこういうものなのだろうか。自分が甘いだけなのか。)


ルカ

「ガスロー将軍。僕はこれが初陣ゆえ戦争を知らない。だから教えて欲しい。これは戦場ではよくある光景なのですか?」


 副将ヘルマン・ガスローは沈鬱な表情でこたえる。


ガスロー将軍

「いえ、ここまでの惨状は見た事がありません。かつて前例のない略奪自由、乱暴狼藉自由という許可の結果であろうかと思われます。」


 感情を抑えて冷静に答えるガスロー。


ルカ

「あちこちで悲鳴が聞こえるが、これはまだ続くのか? やめさせる事はできないのか?」


ダンケル隊長

「えーと、昼前に県令の首を獲りまして、そこから24時間、明日の正午までは一切の略奪と乱暴狼藉を許可すると指示しました。街を落として県令の首をとったら24時間の略奪自由を許すという大将の御言葉でしたんで。」


 確かにルカはそう言った・・・


ルカ

「重ねて問うが、やめさせられないのか?」


 これまでおどけていたダンケルが真顔になり声を低くしてこたえる。


ダンケル隊長

「大将、それはできねぇよ。兵は命をかけてこの南方大陸に乗り込んだ。前例もなく、失敗すれば逃げ場もない。そんな危険な仕事だった。そしてこれは事前に約束したその対価だ。もし無理やりやめさせたら二度と兵の信用は戻らねぇ。」


ルカ

「しかし・・・」


ダンケル隊長

「大将、腹ぁくくれよ。これはアンタの出した指示の結果だ。この惨状はアンタの責任だ。でも、歴史上はじめて船で南方大陸に上陸してマロン市を占領した。快挙だよ。歴史に名前が残るんじゃねぇか? これもアンタの指示の結果だ。アンタの功績だ。」


ルカ

「いや、僕は何もしていない・・・」


ダンケル隊長

「おいおい、ふざけるなよ。部下が成功すれば大将の功績、部下がやらかしたら大将の責任だ。学校で習わなかったのか?」


 学校で習わなかったのかとダンケルは問うた。士官学校の教育内容などダンケルが知るはずもない。ただの嫌味だ。しかしダンケルの言葉は統率の基本を言い表している。士官学校でも習った事だ。


ダンケル隊長

「マロン市を落としたのは大将の功績だ、胸を張れ。でも今この街で起こっている事もアンタの責任だ。責任から逃げるな。ここでやめさせたら戦争続けられなくなるぜ? マロン半島北半分200万石獲って成り上がるんだろ? しっかりしろよ大将。」


ガスロー将軍

「おい、貴様少々言葉が過ぎるぞ。総司令官閣下に無礼であろう。」


 思わずガスロー将軍が言葉を発する。しかしダンケルの言葉が間違っていない事をこの将軍も理解はしている。


ルカ

「いや、いい。ダンケル隊長のいう事が正しい。なにぶん僕はこれが初陣だ。至らぬ点も多いだろう。今後も諫めてくれ。」


ダンケル隊長

「素直だな。俺はアンタのこと嫌いじゃないぜ。まあ、死んだら一緒に地獄へ落ちましょうや。」


 また、ややおどけて言うダンケル。


ルカ

「はは、そうだな。俺もお前も地獄行きだな。」


 ルカもわざと笑顔を作ろうとした。しかし笑えない。この惨状の責任者はお前なのだと言われて笑顔をつくれるほどには、ルカの心はまだ強くなかった。



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