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第20話

第20話


 聖歴503年4月。南方大陸遠征軍の準備が整った。ルカは明日王都を出立する。出立の前の晩、ルカはマリーと食事をともにしていた。


ルカ

「明日の朝出発するよ。計画通りに行けば僕は200万石の大領主で君はその妻だ。」


 明るく話すルカ。しかしマリーの顔は暗い。


 マリーは彼に危険を冒して欲しくない。純粋な愛情面からもそう思うし、もう少し打算的な面からもそう思う。

 ルカは現状でも知行500石の男爵の地位にある。結婚すればマリーとともに家庭を築いて生活していける余裕は十分にある。大逆罪の者の娘、しかも子持ちのマリー。その再婚先としてはもう十分なのだ。もしルカが遠征先で死亡でもしてしまえばどうなるか。マリーの未来は闇である。


 戦争で死亡するような事がなくても、遠征先で誰か他の女にルカを奪われてしまうのではないか。そんな恐怖もある。3年前、ルカから求婚された時にはそれでも良いと思っていた。少年の恋は熱病のようなもの。いずれその熱は冷めるだろうと。ゆえに「5年後、まだ気持ちが変わらなければもういちど求婚しろ」などとマリーは言った。あの時は例え一時の気の迷いであっても少年の気持ちが嬉しかった。ゆえに彼の求婚を断らずマリーはそのような事を言った。


 3年経った。心情の変化はマリーの側に強くあらわれている。もうあの時と同じ気持ちではいられない。他の女にルカを奪われたくない。ルカからの愛情を失いたくない。


 最近のルカは遠征の準備のために忙しく動き回っていた。王都を離れることも多かった。彼はもうかつてのようにマリーだけをみつめる少年ではなくなっていた。ルカのその変化にマリーは不安になる。そして強く思うのだ。ルカの愛を失いたくないと。この時、彼女は自分が彼の事を本気で愛している事を自覚した。それは生活感のある打算を抜きにしてそう思うのだ。


 ルカが世界でマリーだけを見ていた時、彼女からのルカへの愛はまだ浅かった。しかしルカがいま世界に大きく羽ばたこうとしている時、彼女は自分の愛情で彼をしばりつけたくなった。彼が決してマリーの遠くへ行けないように。いつまでもマリーだけを見ていてくれるように。


それに、なぜかマリーにはこの若者がもう二度とこの地に戻っては来ないのではないかと、そんな予感がしてならないのだ。何の根拠もない女の勘ではあるが。


マリー

「もし私が行かないでと言ったら、ルカは南方大陸行きを断ってくれますか?」


 やや冗談めかして言う。しかし本音だ。気持ちを察して欲しい。


残念ながらルカには冗談としてしか受けとられない。


ルカ

「参ったなあ。僕が下っ端の士官の立場なら断っても良いのだけど総司令官だからね。」


 わかっていた答えだ。次いでもう少しだけ現実的なお願いをしてみる。


マリー

「それでは、私もルカと共に南方大陸に行く事はできませんか? その、心配でなりません。ルカの身の回りの御世話をするくらいの事はできると思うのだけど。」


 これは過去に例のない話ではない。王族や貴族のバカ息子が軍の総大将をつとめる時にその愛人をはべらせて出征した例はある。しかし良識のある人間はそのような行為を軽侮する。


 ゆえにルカがマリーを遠征に連れていく事はない。しかしそれでもマリーの言葉がルカには嬉しかった。自分とともに南方大陸に行きたいという。戦争をしに行くのだ。危険である。そんな事は重々承知のうえでの言葉だろう。


ルカ

「ありがとうマリー。でも戦争だから。君を連れて行く事はできないよ。マロン市を占領して安全を確保して、ちゃんと統治できる体制が整えばすぐに君を呼ぶよ。早ければ一年くらいで出来るんじゃないかな。」


 言うまでもないことだが、ルカはマリーの心情の変化になど気が付かない。そして変わりゆく自分にも気が付いていない。


 マリーはなおもルカと離れずに済む方法を考えて言葉にしようとしたが、やめた。そんな事をすればかえって彼の愛を失いかねない。少年は「大人の女」である自分に惚れたのだ。ゆえに大人の女を演じなければならない。これ以上のわがままは言わない。


マリー

「そう、共に行けないのは残念です。早く呼んでくださいね。でも、それ以上に危険に身をさらさないでくださいませ。決して死んではなりません。危なければ逃げてください。船に乗ってしまえば、敵は海の上までは追いかけては来られないのでしょう?」


ルカ

「ははっ、戦う前から負けて逃げる時の事まで考えられないよ。でも、命を粗末にしない事は誓うよ。しかし、サラの事はどうしようか。」


マリー

「サラのこと?」


ルカ

「マロン市を平定すればマリーを呼び寄せるとして、サラはどうするのかという事だよ。」


 マリーの心配をよそにルカは遠征が成功した後にサラをどうするのかという話をする。もちろんマリーと共に来てほしい。サラを王都に残してマリーだけが南方大陸へ来いというのは筋が通らないだろう。


マリー

「ラスター大公はサラは人質だと申しておりました。サラを連れていくのは難しいかもしれません。」


ルカ

「人質?」


マリー

「はい、サラはラスター大公の手の届く所に置いておくとの事です。私が裏切らないように。」


ルカ

「なるほど。そうなると僕はラスター大公に逆らえないということか。卑劣な事だ。」


 それもある。内実としては男色の秘密を洩らさないようにという意味もあるのだが、そんな事をルカが知る由もない。

 当時のラスター大公としては今日のような事態など想像できようはずもない。しかし、ルカの大抜擢によりサラを人質にするという一手が生きようとしている。


ルカ

「幼年学校はラスター大公の管轄。そこに在籍している以上は密かにサラを連れ出す事は難しいか・・・」


マリー

「それに、サラを無理に連れ出せばルカの立場が悪くなりましょう。サラは幼年学校卒業の後に大公と養子縁組のうえ領内の貴族に嫁がせてくれるそうです。それならば無理に連れて行かなくても良いと思います。もちろん母親の身としては心配ではありますが・・・」


ルカ

「うーん・・・」


 ルカの心境は複雑だ。サラが人質にとられている。つまりルカはラスター大公の意向には逆らえないという事になる。むろんサラを見捨てればその限りではないが、マリーを愛するルカとしてはそんな事はできない。

 しかし、もしサラを無理に幼年学校から逃がして自領に匿えばルカと大公の仲は険悪になる。王国貴族としてそれは避けたい。ただでさえクロフォード家と仲が悪いのにラスター家まで敵に回す事はできない。


マリー

「その、それは遠征に成功した後の事なのですから今はまだ考える必要ないと思いますわ。」


ルカ

「そうだね。今は遠征を成功させる事だけ考えよう。」


マリー

「サラの事は私の方で考えておきます。最悪、置いていっても良いと考えています。大公とアンがいれば大丈夫だと思いますから。」


 侍女アン。マリーが最も信頼を寄せる人物。かつてマリーが幼年学校に入学した時から片時も離れずに世話を焼いてくれた侍女。今はサラとともに幼年学校の寮に住みこんでいる。かつて自分がそうであったのと同じように。


 最悪サラは置いていく。というか、そうせざるを得ないだろう。サラは人質だと言われた3年前からある程度は覚悟していた。ルカと結婚したらサラとは離れて暮らす事にならざるを得ないと。ただ、叶う事ならサラを連れて行きたい。親子なのだから離れ離れになどなりたいはずもない。


 これについてマリーには考えがある。もし本当にルカが遠征に成功したらラスター大公に相談してみようと思っている。なんとなくであるが、大公はサラを連れていっても良いとい言ってくれそうな気がする。それはもちろん優しさからではなく何かしらの打算からだ。

マリーは大公の性格を多少は知っているつもりだ。大公は深読みし過ぎる癖がある。その深読みを元に政治的な布石をうつ。そしてその多くは無駄になる。無駄になっても良いと思って本人も手をうっている。布石が無駄になっても別に損をしなければかまわないと。


 大公ならサラを南方大陸へ連れて行くという事になんらかの意味を見出すかもしれない。そこに賭けてみようと思っている。


・・・・・


 翌朝、王都の王城前に軍勢が揃う。国王と王国軍元帥リシュモン公爵の姿も見える。これから出陣式が執り行われるからだ。


 王国軍は総勢1万5千の軍勢。予定より少ない。2万の軍勢が揃う予定だった。


 今回の遠征にあたり諸侯には石高一万石につき兵4名の供出が求められた。諸侯は所定の数の兵を出すか、かわりに資金を供出する。中小の領主は兵を出し、大領主は兵のかわりに資金を出す傾向が強い。

供出された資金を元に王国軍は傭兵を雇う。傭兵の価格は相場によって決まる。今回は想定していた相場よりも傭兵の代金が高くついた。ゆえに軍勢の数が予定よりも少ない。


 軍勢の内訳は、傭兵5千、騎士2千、雑兵8千である。雑兵の多くは農家の次男や三男だ。雑兵には長槍かクロスボウを持たせる。傭兵の装備は雑多で、各個人が得意な武器を持っている。騎士は全て槍騎兵。東方帝国には弓騎兵というものが存在するのだが西方王国の騎士は全て槍騎兵だ。

 これらの軍勢の他に20名の王国軍士官が帯同する。士官は数百から千名程度を指揮する。状況によっては数千を超える別動隊の将軍をやらせる場合もある


 居並ぶ軍勢の前に立つルカにリシュモン公爵が声をかける。


リシュモン公爵

「ルカ・クロラント将軍。士官学校で私が教えた事を覚えているか?」


ルカ

「はい。戦の勝敗は士気で決まる、ですね。」


リシュモン公爵

「左様。戦に勝つには敵兵の心を折ることだ。そして味方の心を鼓舞する事。兵は将棋の駒ではない。」


ルカ

「よく心得ております。」


リシュモン公爵

「戦は数ではなく士気だ。くどいようだが改めて言っておく。」


 予定よりも兵の数が少ない事を気にしてか、リシュモン元帥はそのように言葉をかけた。


 ほどなくして王が前方に設置された壇上に立ち言葉を発した。


ガスパル王

「よく集まった。我が精鋭たちよ。必ずや勝利せよ!」


ルカ

「は!」


 出陣式は王の短い言葉とルカの返事だけで終わる。


 王都を出立した軍勢は港町クロン市を目指す。しかし真っ直ぐには進まない。王都からクロン市へは通常であれば東クロン街道を進む。徒歩でも2か月で到着する距離だ。しかしその道を通らず迂回して西クロン街道からクロン市へ入る。これは偽装のためだ。


 クロン市に軍勢が集結しているという情報が入ればマロン市側は警戒するだろう。ひょっとして船に兵をのせて軍を差し向けるのではないかと。ゆえに偽情報を流す。東クロン街道の要衝クロラント城城主ヘス・クロラントに謀叛の疑いありと。


 クロラント城は鉄壁の城塞である。簡単に落とす事はできない。ゆえに南北から挟撃する。まず西クロン街道経由でクロン市に兵を集結させ南側からクロラント城に向かう。北側からはさらに大軍をもってクロラント城に向かう。大軍で包囲して戦わずして城を明け渡させる。そういう作戦だと情報を流す。


 偽装情報としては少々嘘くさくもあるのだが、クロン市に兵が集結していることについてのそれらしい理由さえ整っていればマロン市側としては船に軍をのせて攻めてくるなどとは考えないだろう。


 なお、兵たちもこの情報を信じている。まさか自分達が船に乗って南方大陸へ攻め込むなどと考えてはいない。知っているのは王国軍士官と傭兵隊の隊長だけだ。事情が事情だけに料金を吹っ掛けられてしまい、予定の数の半分しか傭兵を集める事ができなかった。


・・・・・


 聖歴503年6月。軍勢はクロン市に入った。クロフォード家の領都だ。今回の事態に対応するために当主たるクロフォード公爵もクロン市に滞在している。普段は王都にいるためにクロン市に滞在する事は少ない。


 ルカと、その副将ヘルマン・ガスロー将軍、傭兵隊長ダンケルはクロフォード公爵邸を訪れた。作戦会議のためだ。


 副将ヘルマン・ガスローは年齢40代。かつて10代の頃にリシュモン元帥につき従い帝国軍の大進撃を経験した。元帥を英雄にしたペタンコブルク市近郊会戦においても元帥の副官・従卒として傍らにいた。

 その後も各領主家の家督相続争いに伴う軍事衝突や、神聖王国軍との国境紛争に王国軍士官として従軍している。身分は騎士であり爵位を持たない。彼が副将に選ばれたのは、豊富な現場経験の他に、ルカよりも身分が下の者の方がやりやすいだろうというリシュモン元帥の配慮による。


 傭兵隊長ダンケル。彼は平民であるため姓がない。彼も家督争いによる軍事衝突や国境紛争その他に従軍しきたベテランの傭兵だ。若い頃に仲間数人と傭兵隊を結成。紛争のたびに雇い主と交渉して金を集め、その金で傭兵を集めるのが傭兵隊長の仕事だ。戦場ではそのまま傭兵隊の指揮官となる。

今回は南方大陸遠征という仕事内容に尻込みする傭兵隊が多いなか、通常の二倍の料金をふっかけて応じたケレン味のある人物だ。


 そのヘルマン・ガスローとダンケルを従えてルカはクロフォード公爵と面会する。


 クロフォード家は代々南方大陸と交易をしてきた関係で、最も南方大陸に詳しい。情報も集まる。南方大陸側に情報を秘匿しようという意図が皆無であるために情報は筒抜けで伝わってくる。詳細な地図もあるし、現状などもある程度伝わってくる。


 南方大陸はルカ達が居住する神聖大陸の8割から9割くらいの面積を有する大陸だ。南方大陸の石高は約4千万石。神聖大陸の総石高は1億8千万石であるから、面積に対してかなり収穫量が少ない。

 これは南方大陸には耕作に適した平地が少ない事によるものだ。特に岩山が多い。その岩山を縫うように街道が通っている。


 南方大陸には城塞をはじめ防御施設が存在しない。これは東方帝国の方針によるものだ。反乱が起こった際に鎮圧しやすくするための措置だ。神聖大陸では主要な街は城壁で囲まれており、交通の要衝には兵が籠れる城塞が立てられている。南方大陸にはこれらが一切存在しない。


 また、兵は弱くその士気は極めて低いとされる。南方大陸の諸地域は県令と郡太守によって統治されている。彼らは全員東方帝国本土の人間で任期は4年。その任期の間にできるだけ多くの富を収奪する事のみを考えていて領地を発展させる意思がない。


 郡太守や県令はかつては試験に合格して役人となった者から、成果主義により特に能力に優れているものが充てられていた。しかし、その制度はすでに形骸化している。中央の高官に贈る賄賂の額によって県令や郡太守が任命されているのが現状だ。


 これらの基本情報はすでに基礎知識としてルカ達幹部に共有されている。


・・・・・


 応接室に通されたルカ達。すでにクロフォード公爵は座っている。テーブルには南方大陸の地図が広げられている。


ルカ

「ご無沙汰をしております。お爺様。」


クロフォード公爵

「うむ、挨拶は良い。本題に入ろう。大事なことゆえな。南方大陸の現状については既に承知しているな?」


ルカ

「はい。概ね理解しているつもりです。」


クロフォード公爵

「今回の作戦の骨子だが、まず兵2500で奇襲をかけてマロン市を占領するという事で間違いないな?」


ルカ

「はい。」


クロフォード公爵

「マロン市特別県の動員可能兵力は数字の上では2000という事になっている。しかし、平時の常備兵数は500程度らしい。」


ルカ

「わずか500ですか?」


クロフォード公爵

「左様。兵を常備するのは金がかかるゆえな。平時であればその程度というのも事実なのかもしれない。南方大陸はもう200年近く戦争を経験していないから平和ボケしているのだろう。」



ガスロー将軍

「まず2500で奇襲をかけてマロン市庁舎を落として県令の首をとる。」


 副将のガスローが誰にともなく発言する。


クロフォード公爵

「マロン市から南東に伸びる街道。これが途中で3つに分岐する。その分岐点の手前にズドン関という場所がある。ここを押さえて砦を築く。」


ルカ

「ズドン関というと、関所があるのですか?」


クロフォード公爵

「今はない。東方帝国は防御施設の建設を禁止しているし、それ以前に存在した南方王国もそれを禁止していた。しかし、その南方王国が成立する以前には大陸各所に城塞が建設されていたそうだ。ズドン関にはその遺跡がある。関があったのはもう1000年近く前のことだというが、地名としてそこは今でもズドン関と呼ばれている。きっと防衛に適した土地なのだろう。それに、、、」


ルカ

「このズドン関はマロン半島を南北にわける中間地点にあるわけですね。」


クロフォード公爵

「左様。半島突端のマロン市から街道沿いに10の県がある。それらを速やかに平定してズドン関に至り、そこに砦を築かなければならない。時間との戦いになる。」


ルカ

「遅れれば、敵軍が集結して押し寄せると。」


クロフォード公爵

「マロン半島の付け根に郡都マローニャ市がある。マロン市襲撃の報告を受ければ郡太守は急いで軍勢をこの地に集結させて北上しようとするだろう。マロン半島は全域で石高500万石。つまり動員可能兵力は約5万。」


ルカ

「敵が動き出す前に、もしズドン関までの県を先に攻略できれば半島の北半分200万石を押さえる事ができる。よって敵軍は3万しか動員できなくなると。」


クロフォード公爵

「そうだ。しかしそれでも我が方1万5千に対して敵軍3万。」


ルカ

「城塞に籠って防衛に徹すれば数倍の敵を押さえる事ができるというのがリシュモン元帥の考えとの事ですが。」


クロフォード公爵

「まあ、定石でいえばそうだろう。しかし、無傷でマロン半島北半分を手に入れる事はできまい。」


ルカ

「・・・」


クロフォード公爵

「兵が足りなければ占領地で徴兵して兵を増やす他ないが、士気の低い兵ゆえ使い物になるかどうかわからん。」


ルカ

「お爺様は、この遠征の勝算は低いとお考えで?」


クロフォード公爵

「これから出陣するお前たちには言い難い事だが、私にはそう思える。」


ルカ

「なに、それゆえ私などが総司令官に選ばれたという事は承知しております。現場でなんとかしてみせます。」


クロフォード公爵

「もし危うくなれば、お前たちだけでも逃げて帰って来い。とても上に立つ者として言える言葉ではないのだがな・・・」


ルカ

「参りましたね。総司令官として頷いて良いものやら。」


 祖父の苦しそうな顔を見ながらわざと明るくふるまうルカ。


クロフォード公爵

「それとな。県令や郡太守たちに調略をしかけてみよ。彼らは我が国の貴族をうらやんでいる。」


ルカ

「調略ですか? どのように?」


クロフォード公爵

「我が国に寝返るならば領地を与え世襲を許すとな。彼らは領地を自分のものにする事ができない。4年たてばとりあげられる。帝国の県令や太守たちは領地を得て自分のものとしたいそうだ。ルカよ。お前は国王陛下より切り取り自由の許しを得ている。お前の裁量で県令たちに領地を与える事が可能だという事だ。寝返る者もいるやもしれん。」


・・・・・


 クロフォード公爵邸を後にした3人は遠征軍の宿舎の一室で会議を開いている。勝算は少ないだろうと言うクロフォード公爵の言葉を聞いた後である。場の空気は若干重たい。


ルカ

「この遠征の勝算についてなどはじめからわかっていた事だ。我々は当初の予定に従って作戦を実施するのみだ。」


ガスロー将軍

「無論です。兵2500で奇襲をかけてマロン市を落とす。次いで敵が兵を集める前にマロン半島北半分を攻略。その後すみやかにズドン関に砦を築き防御に徹する。」


ダンケル隊長

「一番大事な仕事は、最初の兵2500での奇襲ですな。誰にやらせるんです?」


ルカ

「うむ。やはり精鋭を当てるべきだろう。騎士2000と、残りは傭兵か・・・」


ガスロー将軍

「しかし、騎士は騎乗してこその騎士。このような使い方をするのはもったいないと申しますか。それに彼らの誇りを傷つけるやもしれません。」


 王国軍の内訳は、傭兵5千、騎士2千、雑兵8千。騎士が最も精鋭と言えるだろう。騎士による騎馬突撃は多くの戦場でその勝敗を決する。騎士の多くは志願兵だ。士気は高い。手柄を立てて貴族になりたいという者が多い。

 これに対して雑兵は農家の次男や三男で領主に無理やり駆り出された者が多い。


 傭兵は強い。特に有利な時はとても強い。反面、不利になるとすぐに逃げる。また規律に緩い。金と命を天秤にかけているような連中だ。


ダンケル隊長

「ふむ、条件次第ですが傭兵隊からその2500を出しても良いですよ。なんなら私が先陣を切りましょう。」


ルカ

「条件とは?」


 ややもったい付けたような言い方でダンケルは話す。


ダンケル隊長

「大将、出陣式の時にリシュモン元帥に言われておりましたな。戦は士気だと。」


ルカ

「うむ。何が言いたい?」


ダンケル隊長

「略奪自由。乱暴狼藉も一切自由。我が傭兵隊にこの権利を与えて頂きたい。さすれば士気は百倍。勝利間違いなしでしょう。」


 略奪自由・乱暴狼藉自由。ルカの知る限り戦争においてこのような許可の前例を知らない。隣の副将ガスロー将軍の顔を見る。ガスローも答えに困っているような顔だ。


ガスロー将軍

「略奪自由とは、聞かぬ言葉ですな。前例も知りません。」


 戦争の際には略奪の類はつきものだ。しかし、戦争において基本的に住民への略奪や乱暴行為は禁止される。王国においてその多くが誰かの領地の家督争いとか領地の帰属争いなどだからだ。

 そのような土地で略奪を行えば勝った側の領主も困る。どちらが勝っても困るのだ。ゆえに双方とも略奪を禁止する。ただし、傭兵は規律が緩いために略奪をする事がある。婦女暴行や虐殺の類もだ。ある程度は仕方のないことであるため特に罰せられたりはしない。傭兵隊長の機嫌を損ねて契約を反故にされたり敵方に寝返られても困るからだ。


 ただし、あくまでも多少の略奪は黙認するというものであって、それを全面的に許可するという事は通常はあり得ない。争う双方ともに占領地が荒れる事を嫌うためだ。ゆえに、略奪自由などという先例はない。少なくともガスロー将軍とルカはその例を知らない。


ダンケル隊長

「そりゃあ知らないでしょう。そんな前例私だって知りません。私の思い付きです。」


ルカ

「その、略奪自由を認めればそんなに傭兵の士気は上がるのか?」


ダンケル隊長

「上がりますよ。マロン市といえばこのクロン市と並んで世界でも有数の富の集積地ですから。それを奪い放題とあれば、奮い立たぬものなどおりませんよ。私だって奮い立ちます。」


 笑顔で得意げに語るダンケル隊長。


ガスロー将軍

「しかし、略奪に気をとられて戦わぬというような事にはならぬのか?」


ダンケル隊長

「そりゃ、命あってのものですからね。敵がいる最中に略奪なんてやりませんよ。敵がいなくなって安全になってからの話です。」


 ルカは考えた。前例はないが兵の士気が上がるのであればそれも良い手段かもしれないと。


ルカ

「よかろう。それでは見事県令を討ち取りマロン市を占領すれば24時間の間は略奪自由とする。」


ダンケル隊長

「おお、さすがは総司令官閣下。御英断ですな。」


ガスロー将軍

「それでは第一陣を傭兵隊2500という事でよろしいのですな。」


ルカ

「うむ。先陣はダンケル隊長率いる傭兵2500名。次の船で残りの傭兵2500と我々が渡る。この第二陣はいつ上陸できる?」


ガスロー将軍

「第一陣の船五隻が早朝にマロン市に着岸。速やかに兵を上陸させて正午までに離岸できれば、第二陣の五隻はその日の夕刻には着岸できましょう。それ以降は船をクロン市に戻してクロン市で兵を積んでまたマロン市にという流れになります。ゆえに第三陣の到着には第一陣の上陸から最低でも6日以上はかかるでしょう。当面の兵糧、騎士の馬、予備の矢を運ぶにもまた時間がかかりますので、10隻の船で合計4往復。海が荒れなければ30日以内に全ての輸送が完了するかと思われます。」


ルカ

「出立はいつにしようか? 早い方が良いと思うけど。」


ガスロー将軍

「既に準備は済んでおりますゆえ、明日にでも出航可能です。しかし、兵にはまだ南方大陸に渡る事を伝えておりません。」


ルカ

「南方大陸に渡ると発表すれば雑兵の中からは逃亡者も出るかもしれないね。」


ガスロー将軍

「はい。士官の半分と騎士たちをこちらに残して管理させましょう。傭兵隊の次に雑兵、最後に騎士を渡らせるという順番が良いかと存じます。」


ルカ

「そうだな。それでいこう。雑兵たちも南方大陸に渡ってしまえば逃げ場はないから必死で戦うしかないだろうしね。」


ガスロー将軍

「兵にはいつこの事を告げますか?」


ルカ

「明日出航であればもう時間がない。今から告げよう。兵を集めてくれ。」


・・・・・


 その日の夕刻、総司令官から訓示があるといわれて兵たちはクロン市近郊の宿営地の前に整列させられていた。兵たちの前に設置された壇上にルカが上がる。


ルカ

「諸君にはクロラント城の包囲に向かうと伝えていたが、あれは偽装のための偽情報である。我々はこれより船で南方大陸へ渡り、彼の地を征服する。」


 兵士たちに動揺が広がる。


ルカ

「船で軍を南に送り南方大陸を征服する。歴史上前例のない事である。この壮挙に参加できる事を諸君らは子々孫々にまで自慢できるであろう。」


 兵たちの動揺は収まらない。


 ルカが壇上から降りて、次いで傭兵隊長ダンケルが立つ。


ダンケル隊長

「いま総司令官閣下から話があった通りだ。先陣2500は我ら傭兵隊が行く事になった。この2500でマロン市を落とす。」


 傭兵隊に動揺が大きくなる。


ダンケル隊長

「そしてよく聞け。俺様が総司令官閣下と交渉してだな、略奪自由の許しを得た!乱暴狼藉も一切自由だ!」


 傭兵隊の動揺が鎮まり隊長の言葉に耳を傾ける。


ダンケル隊長

「マロン市を占領したら、何を奪っても良い。マロン市。このクロン市と並び世界の富が集まる街だ!」


 傭兵たちにまた動揺が広がる。さっきの動揺とは種類が違う。皆が壇上の隊長の次の言葉を待っている。


ダンケル隊長

「金銀財宝奪い放題! 女は犯し放題! むかつくやつはブっ殺し放題だ!」


「うおぉぉぉー!」

 傭兵たちから歓声があがる。


ダンケル隊長

「でもなあ、これに参加できるのは2500人だけなんだよなあ。俺たち傭兵隊は5000人いるだろ? 半分しかこれに参加させてやれねぇんだよなあ。もちろん俺は行くが、誰か一緒に行きたいやついる?」


「俺が!」

「俺が!」

「俺が!」


 我先にと傭兵たちが声を上げる。


ダンケル隊長

「なんだ全員行きたいのか。しかたねぇなあ。どうするかなあ、強いやつを連れて行きたいしなあ。よし、隣のヤツと腕相撲しろ。勝った方を連れてってやる。」


 そう言い終わると傭兵たちは全員その場で地面に寝そべって腕相撲大会をはじめだした。


 ダンケルは壇上からニヤっと笑ってルカを見る。ルカはあっけにとられてこの光景を眺めている。こんな士気の高め方があったのかと。ルカだけではない。現場経験豊富なガスロー将軍も驚きの目で見ているようだった。


 とりあえず、第一陣のマロン市攻略組は極めて士気の高い連中を揃える事ができそうだ。


 後にルカはこの略奪自由の許可を与えた事を少なからず後悔するのだが、それは少し先の話。



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