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第19話(地図3南方大陸)


第19話


 王と3大貴族との会議。それが終了した後、クロフォード公爵はリシュモン公爵に作戦の詳細について少々話し合った。


 そして夕刻。


 クロフォード公リチャードは王都の自邸にてその嫡男ギャンと話をしている。今日の昼間に王城で行われた会議の話、すなわち南方大陸遠征軍の司令官を誰にするかという話だ。王はリチャードの孫の誰かにしろと言う。リチャードの孫はつまり王の従兄弟にあたる。


 リチャードの孫は多い。成人男子に限っても17名いる。誰にするべきか。といっても、リチャードの内心では候補はすでに2名に絞られている。すなわち嫡男ギャンの息子ギャレードか、もしくは末子ヘスの息子ルカかである。


 孫の中でこの二人のみが士官学校を卒業しているためだ。遠征軍の総大将を務めるのに別に士官学校を卒業していなければならないということはない。しょせんお飾りなのである。しかし対外的に説得力を持つ理由にはなる。それに、この2名を候補とする理由はリチャードにとっての政治的な思惑がある。


 ギャレードは嫡男ギャンの息子である。もしこの戦争に勝利するならばギャレードに総大将をやらせたい。それはすなわちクロフォード公爵家の手柄となる。ギャレードはギャンの長男ではないが、南方遠征が成功すれば功績によりギャンの嫡男に据える事もできるだろう。将来的にクロフォード家を継がせるという事も考えられる。その場合、南方遠征成功の手柄は大きい。クロフォード家の発言力を強めることだろう。


 反対に、南方遠征が失敗する場合はどうか。この場合はルカの方が良い。ルカの父親はすでに分家している。つまりクロフォード家の人間ではない。遠征に失敗したとしてもクロフォード家とは無関係だと言い張れる。しかし、実は心情としてはリチャードはルカに危険を冒させたくないという思いがある。かつて彼が唯一愛した女性の孫だから。それを知るものは少ない。


 リチャードの正妻も複数の愛人たちも政治的な理由によって結ばれた女性ばかりだった。唯一そのような政治的理由とは無関係に結ばれた女性がルカの祖母にあたるジャンヌであった。リチャードはジャンヌを深く愛した。しかし彼女はリチャードとの子を産んだ後に若くして亡くなった。


ギャン

「お話を伺う限り、これは相当に勝ち目の薄い遠征なのではないでしょうか?」


リチャード

「やはりお前もそう思うか。」


ギャン

「まず2500の兵で奇襲をかけてマロン市を占領するという所から無理があるように思います。いくら油断していて無防備であるといっても、急いで招集すれば3000は集まるでしょう。」


リチャード

「リシュモン元帥の言によればマロン市の動員可能兵力は最大でも2000なので勝てる公算は大きいというのだがな。」


ギャン

「しかし、その2500が無事に上陸できるとも限りません。それに隣接する領地からすぐに援軍が参りましょう。」


リチャード

「うむ。その通りだ。マロン半島の石高は合計500万石。つまりマロン半島太守の動員可能兵力は5万程度。これを集めて集結させるのに3か月といったところか。」


ギャン

「その間に我が軍2万を南方大陸に送って戦わせるとの事ですが、敵の半分以下ではないですか。」


リチャード

「敵が集結する前に半島の北半分を押さえるので、敵は半島南半分300万石の兵3万。砦を築いて防衛に専念すれば3倍程度の敵とは互角に戦えるとリシュモン元帥は言うのだがな。」


ギャン

「そもそもマロン半島太守の軍勢だけでは収まらぬでしょう。我が国が帝国の領地を占領しているとなれば、いずれ南方大陸4000万石の軍勢が集結して押し寄せるでしょう。そうなれば勝ち目はありません。」


リチャード

「まあ、それはそうだろう。しかしそれは随分先の事だ。マロン市から東方帝国の帝都まで早馬をとばしても半年はかかるゆえな。その後に南方大陸全土の軍勢を集結させるとなればそれだけで二年はかかるだろう。その間に帝国と外交交渉で事を納めるという方法もある。」


・・・・・


 ここで東方帝国の統治制度について触れておこう。


 南方大陸は東方帝国の植民地である。郡県制という制度によって統治されている。20万石規模の県を県令が治め、20から30の県を合わせて郡としている。南方大陸における郡の規模は概ね500万石。この郡を太守が治める。有事の際には県令は帝国軍少将、郡太守は帝国軍中将として軍勢を率いる。


 南方大陸には8つの郡がある。それぞれに独立していてこれを束ねる者はいない。帝国は南方大陸で謀叛が起こる事を極端に警戒している。突出して力を持つ者が現れないよう太守たちを全て同格とし、これを束ねる者を置かず相互監視させている。


 有事の際には帝国本土から帝国軍大将が派遣されて太守たちを束ねる事になっているが、南方大陸にこの郡県制が敷かれて以来一度もそれが実行された事はない。


 県令も太守も世襲ではない。4年の任期制である。帝国では官吏任用試験において全ての役人が登用される。役人として出世した者が県令や太守となる。


 かつて東方帝国は諸侯を全廃した。試験で選抜した優秀な役人に領地を経営させて国力を増大させた。しかし現在はこの制度が腐敗しきっている。


地図 南方大陸

挿絵(By みてみん)


・・・・・


ギャン

「さりとて、やはり成功の可能性の低い遠征に思われてなりません。」


リチャード

「お前もそう思うか。まあ、儂も正直そう思う。」


ギャン

「ギャレードを遠征軍の総大将に出すことには反対いたします。ルカが良いでしょう。」


リチャード

「そうだな。ギャレードは怪我もしているからな。」


 ギャレードは先日のルカとの決闘で左肩の骨を砕かれている。一生障害が残るかもしれない。しかし決闘で命を奪われなかったとあれば文句は言えまい。リチャードとしては孫同士でいらぬ争いをして欲しくはないのだが。


・・・・・


 翌日、リチャードはルカを自邸に呼び出した。


ルカ

「大変ご無沙汰しております。お爺様。」


リチャード

「うむ。久しいな。今日は重大な用があり呼び出した。」


 リチャードはことのあらましをルカに語った。


ルカ

「私を南方大陸遠征軍の総司令官に!」


リチャード

「左様。しかし、いま話した通りとても危険な作戦となる。」


 確かに、聞けばかなり危険で難しそうな作戦に思える。しかし南方大陸遠征というのは壮挙である。胸が躍る。それに、危険ではあるが不可能な作戦とまでは思われない。聞けばこの作戦はリシュモン元帥の立案によるものであるという。希代の用兵家である元帥が立てた策であれば言わずもがなだ。


ルカ

「安全な戦争などありません。必ずやご期待に沿う働きをしてみせます。」


 満面の笑顔で応えるルカ。


リチャード

「うむ、期待している。しかし、そんなに喜ばれるとは思わなんだな。」


ルカ

「士官となり軍功を立てて大領を得るのが幼き頃からの夢でした。まさかその実現の好機がこんなに早く訪れるなんて、光栄の極みです。」


リチャード

「そうであったか。功を立てたなら必ずや良き領地が与えられるよう国王陛下に私から働きかけておく。その点は安心して働くがよいぞ。」


 これまでの人生においてルカとリチャードにはほとんど接点がない。もしリチャードがヘスの家族を贔屓にしているように見られれば一族の者たちから要らぬ勘繰りを受けるかもしれない。それを恐れてリチャードが意図的にそのようにしていたのである。


・・・・・


 数日後、王城。


ガスパル王

「ルカ・クロラント男爵。貴公を南方大陸遠征軍の総司令官に任命する。」


ルカ

「はっ! 必ずやご陛下のご威光を南方大陸に!」


 王はルカを総大将にするという人選を喜んだ。王の従兄弟ではあるもののクロフォード家から分家された家の者。わずか石高1万石の家の三男坊。この者の才覚を見出して王は南方大陸派遣軍の総司令官に任命した。ガスパル王にとってなかなか良い筋書きである。もちろん勝利すればであるが。


 ラスター大公もこの人選を喜んだ。大公はルカの婚約者マリーの娘を人質として手駒に持っている。もし彼が成功すれば何かしらの影響力を行使できそうだ。大公にはそう思えた。


 リシュモン公爵もこの人選を喜んだ。ギャレードが総大将になったら面倒だと思っていた。将帥としてのルカの才能は未知数。しかし先日の決闘の様子を見る限り少なくともギャレードよりはマシだろう。


ガスパル王

「うむ。期待している。ルカよ、今回の遠征においては切り取り自由とする。奪った地はすべてその方に与える。励めよ。」


クロフォード公爵

「!」

ラスター大公

「!」

リシュモン公爵

「!」


 この言葉には同席する三大貴族全員が驚いた。今回の作戦の目標はマロン市およびマロン半島北半分の占領である。マロン半島の石高は500万石。北半分でも200万石。もし計画が成功すればその石高200万石を得る事になる。つまり、ここにいる三大貴族に匹敵する大領主となる事を意味するのだ。


クロフォード公爵

「なんと、よろしいのですか?」


 声をあげたのはクロフォード公爵だった。彼は事前にルカが功をあげた時の恩賞について王に話をしていた。十分な領地をやって欲しいと。王は「任せよ」と言った。確かにそう言いはしたが、これは破格だ。ルカは領主ではないので自前の兵を持っていない。つまり、他人の軍隊を率いて戦争をするのだ。それなのに奪った地をすべてくれるという。


ガスパル王

「王に二言はない!」


 クロフォード公爵としては異存などあろうはずもない。成功すれば孫にそれだけの大領をくれるというのだから。


 ラスター大公としては、はじめから興味が薄い。この作戦が成功すると思っていないのだから。


 リシュモン公爵は、無能と評版のこの王を少し見直している。軍の士気を上げるうえでこの大盤振る舞いは効果的だ。ルカが現地で振るえる裁量も大きくなる。ルカの一存で占領地を部下に与える事ができるということだ。そもそも戦に勝たなければ果たされない約束なのである。


ルカ

「光栄の極み! 粉骨砕身、陛下のために尽くします!」


ガスパル王

「うむ、期待しておるぞ。」


 王は満足そうに鷹揚にそう言った。


 聖歴502年12月、ルカ・クロラント男爵は正式に南方大陸遠征軍総司令官に任命された。



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