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第17話

第17話


リシュモン元帥

「貴公、本当にそれで良いのか?」


 元帥はルカに問いかける。


 改めて周りをみるとこの卒業式に参加した他の卒業生と参列者たちがルカたちを囲んで事態をみつめている。


リシュモン元帥

「ルカよ。人々の面前でこのように婚約者を愚弄されたのだぞ? 本当に剣をおさめて良いのか?」


マリー

「元帥閣下、おやめください。私は婚約者の危険をのぞみません!」


 愚弄された当人が止めに入る。しかしリシュモン元帥は言葉を返す。


リシュモン元帥

「お嬢さん。今日のことはすぐに噂になるでしょう。ここで引けばルカは生涯卑屈な臆病者と人々に侮られるのです。一人前の士官にはなれぬのです。兵は臆病者の命令など聞かぬもの。士官学校の校長としてはこの事態を看過できない。」


 一人前の士官? そんな事はどうでも良い。士官になどならなくてもルカは500石取の男爵だ。マリーとしてはそれで十分だ。もしルカが死んだら自分は路頭に迷いかねないのだ。


 しかしマリーは何も言い返せない。身分の差よりも人間としての風格、威厳。元帥はそのようなものを備えている。とても反論などできない。


ギャン

「閣下。もう事は納まるところでした。なにも火に油をさすような事を言われなくても。」


 ギャンも止めに入る。息子に何かあってはたまらない。


リシュモン元帥

「ギャン・クロフォード子爵。あなたが悪い。なぜこのような事態になるまで息子を止めなかった。このように人前で他人を愚弄すれば、剣を抜かずに事を納められようはずがあるまい。」


 ギャンもまたリシュモン元帥に言葉を返せない。人間としての格が違いすぎる。


 ダン・リシュモン。武の名門リシュモン公爵家当主にして王国軍元帥。王国を代表する3大貴族の一人。約20年前の「帝国軍大進撃」を打ち破った英雄。多くの戦場を経験した戦いの玄人だ。


 ギャンは王国一の大貴族クロフォード公爵家の嫡男であるとはいえ身分はいまだ子爵の身。爵位でいってもリシュモン公爵よりも下。年齢は40代のギャンに対してリシュモン公爵は60代。親子ほどの差がある。人間としての格も違う。相手にならない。


ルカ

「元帥閣下、いえ校長閣下。ありがとうございます。無論ここで退くことなど本意ではありません。私はギャレードに決闘を申し込みます。」


ギャン

「ギャレード、受ける必要はない。下賤の者の相手などするものではない。」


ギャレード

「恐れながら父上、そうは参りませぬ。このギャレード、堂々と受けて立ちましょう。」


リシュモン元帥

「よろしい。では私が立会人となろう。決闘は明日。この学校の剣技場で行う事とする。」


・・・・・


 リシュモン元帥はルカに決闘をけしかけた。


「このままではルカは一生臆病者と侮られて一人前の士官にはなれない。」


 元帥はそのようにマリーに説明した。これは事実だ。戦場で、特に死地においては臆病者の命令に従う兵士はいない。


 しかし元帥にしてみればそんな事はどうでも良い事だ。リシュモン元帥がルカに決闘をけしかけたのにはある理由がある。


 ルカ・クロラントという男がどのような人物なのかを見極めたい。前々から元帥はそう思っていた。


・・・・・


 リシュモン元帥がルカとはじめて会ったのは2年前。士官学校での授業の時だった。リシュモン元帥は士官学校の校長ではあるが数日に一度授業を受け持っている。


 生徒の基本情報を概ね事前に把握している。ルカについても同様だ。ラスター大公の歓心を買うためにその愛人を正妻にするのだという。弱小貴族には稀にある事だが実に卑屈な事だ。立場は理解できるが、そのように卑屈に媚びを売る者をリシュモン元帥は個人的に好まない。


 好まないのだが、しかしリシュモン元帥には少年のこの婚約に多少の責任を感じている。この婚約はクロラント家が家を守るためのものだ。そして実は昔、リシュモン元帥の娘の一人がルカの父ヘスと結婚をする予定だったのだ。


 ルカの祖父リチャードは一族から疎まれているヘスを分家してクロラント城を与えた。領都クロン市防衛の要地である。ここにリシュモン家の娘をヘスの妻として迎える。そうなれば一族の者は手を出せない。武の名門リシュモン家を敵に回す事となるのだから。そしてこれはクロフォード公爵家のためにもなると考えた。


 クロラント城は領都クロン市と王都およびラスター大公領をつなぐ街道の結節点に存在する。仮にクロフォード家がラスター大公や国王と争う事となった際にはクロラント城が防衛の要となる。王家やラスター家とはやや距離のあるリシュモン家とよしみを結び、その娘をクロラント城に置けば軍事衝突の抑止力になる。リシュモン家からの援軍も期待できる。だからこれはヘスのためだけではなくクロフォード公爵家全体のためにもなる。リチャードはそう考えたのだ。お互いの利害が一致してギャンたち兄弟とヘスが争う事もなくなるだろうと期待した。


 ダン・リシュモンの娘とヘスを結婚させる。そういう予定だった。婚約も済んでいた。しかし、嫁入り直前にその娘が行方不明になった。なんと想い人と駆け落ちをしたのだという。


 もしリシュモン元帥の娘とヘスが結婚していればルカは生まれていないのだから、ルカの結婚にリシュモン元帥は関係ない。しかし、自分の娘のしでかした不始末の結果でクロラント家がややこしい事になってしまった事には多少の責任を感じている。


・・・・・


 リシュモン元帥の視点で話を続ける。


 ルカを見て一つの事に気が付いた。この少年は自分と同じく東方刀を身に着けているではないか。


 不快に思った。


 かつて帝国軍の大進撃を撃破した際に部下が一振りの東方刀を献上してくれた。討ち取った敵将のものであるという。以来、それを誇りとしてずっと身に着けている。


 自分の腰の東方刀を見て、真似をする貴族が大勢現れた。いずれも卑屈な者たちだった。英雄として帰還した私に媚びを売ろうという者たちだ。私がそれらの者どもを嫌ったため、それは一過性の流行として終わった。


 もう20年以上前のことだ。今ではすっかり東方刀を吊る貴族などいなくなった。しかしこの少年は東方刀を腰にしている。校長である私に媚びるためだろうか。若いため、私が東方刀を吊る貴族たちを嫌ったという事を知らないのだろう。この少年が生まれるよりも前のことなので無理もない。


 授業が終わったあと、リシュモン元帥はルカを呼び止めた。そして尋ねた。君はなぜ東方刀を吊っているのかと。もし「リシュモン元帥に憧れて」などと言おうものなら軽侮する所だったのだが、それは全く違う理由だった。


「初見殺しのため」

 彼はそうこたえた。


 この王国で東方刀を身に着ける者は稀であり、この剣を使う剣術を知るものもあまりいない。ゆえに剣での殺し合いの際に有利であると。自分は敵の出方がわかっていて、敵には自分の出方がわからない。それが有利なのだと。


 子供の頃に傭兵くずれのような者から聞いた話であり、修練は続けているが実際に剣での殺し合いは経験した事がないとも言っていた。


 戦場以外で殺し合いなど滅多に起こることではないのでそれ自体は当たり前のことだ。しかし、少年から聞いた話には理がある。恥ずかしながら、自分はずっと東方刀を腰に吊っているのにそのような事について考えた事がなかった。


 傭兵などでは稀に東方刀を身に着けている者がいる事は知っていた。しかしそれも自分に憧れてのものだろうと思っていた。ひどく自意識過剰な勘違いだった。本当に恥ずかしい。


 この話を聞いて以来、リシュモン元帥はルカに興味を持っていた。


 この少年は本当にただの卑屈な者なのかどうか。それを見極めたい。元帥はずっとそう思っていた。そしてその機会が訪れたのだ。


・・・・・


 翌日、決闘の日。


 正式な決闘は公正な立会人の元で行われる。一方が死亡するか、戦闘不能と立会人が判定するか、一方が剣を捨てて降伏するか。これらにより勝敗が決められる。


 決闘で一方が死んでも、もちろん罪には問われない。


 当初は屋内の剣技場で行うつもりであったが、観客が多いため屋外の運動場に決闘場所が移された。


 リシュモン元帥が中央に立ち、距離をとってルカとギャレードが向かい合う。後方には見届人としてギャンとマリーがいる。それ以外にも見物人が多い。ルカの希望だ。リシュモン元帥に頼み、「決闘 見物自由」と士官学校の門前に立札を立ててもらった。ギャレード側もこれを了承。双方ともに自分が負けるとは思っていない。当然であろう。


 ギャレードには自信があった。彼は剣術巧者だ。幼年学校の頃から剣術の授業ではルカに一度も負けた事がない。


リシュモン元帥

「はじめ!」


 ギャレードは右手に持った剣を前方に構える。それに対してルカは変わった構えをしている。


ギャレード

(なんだあの構えは・・・)


 ルカは東方刀を両手に持ち右頭上に大上段に構えている。


 ルカが身に着けている剣が東方刀である事はギャレードも知っていた。当然だ。見ればわかる。それは校長のリシュモン元帥に媚びているのだと思っていた。


(馬鹿なやつだ。校長はそうやって媚びを売るものが嫌いなのに)


 ルカが東方刀を身に着けている理由などその程度にしか考えていなかった。しかし、どうも違うのかもしれない。ルカは変わった剣術を使うのか? そのための東方刀だったのか?


 ギャレードは考えた。しかしそんな事を考える前に動くべきだった。


ルカ

「キイィィィエェェェェェェーー!!」


 ルカが獣のように絶叫しながら突進してくる。瞬時に双方の間が詰まる。ギャレードはひるんだ。直後にルカの剣が振り下ろされる。


 大上段からの高速の一撃がギャレードの左肩を打った。


 その一撃を受けてギャレードは尻もちをついた。


 へたり込むギャレード。そんな彼を目の前で見下ろすルカ。再び剣が大上段に構えられている。


ギャレード

「ひぃっ!」


 思わずギャレードは剣を捨てた。


リシュモン元帥

「それまで!」


 ルカの勝利。圧倒的勝利だ。


 ギャレードは左肩を斬られたように見えたが出血していない。ルカは斬撃の刹那に刀身を裏返した。ミネ打ちという。刃のついていない側で打ち込んだために斬られてはいない。しかしそれでも鉄の棒での一撃。ギャレードの肩の骨は砕けているだろう。


リシュモン元帥

「手加減をしたのか。余裕だな。なぜ斬らなかった?」


ルカ

「お爺様が悲しまれますゆえ。」


 ルカの祖父リチャードは当然ながらギャレードの祖父でもある。孫同士の殺し合いを喜ぶはずがない。


リシュモン元帥

「ふむ。」


 リシュモン元帥はこの決闘についてクロフォード公爵リチャードには知らせなかった。知れば止められると思った。しかし、ギャンあたりがリチャードに言って止めさせるかとも思ったのだが、それもなかった。おそらく負けるとは思っていなかったのだろう。


 しかし、ギャレードは情けない。


 へたり込んだまま動かないギャレードを見る。股間が濡れている。小便をもらしたか。


 左肩に一撃を受けて砕かれたとはいえ、剣を持っているのは右手。もし心が折れていなければルカが二撃目を打ち込むより先にその剣をルカに突き立てる事もできたのではないか? しかし心が折れて自ら剣を捨ててしまった。実に情けない。このような者に軍は任せられない。


マリー

「よかった。」


 心の底から安堵したようなマリー。


ルカ

「ありがとう。」


 笑顔で応えるルカ。


 見物客からの歓声。それを見てルカは考える。


ルカ

(これで少しは僕の評判もマシになるだろうか・・・)


 有力者に取り入るためにその飽きた愛人を妻にする男。そんな卑屈で浅ましい男。それがルカへの世間の評判だ。


 ルカは世間のこの評判を気にしている。ゆえにリシュモン元帥にこの決闘に見物人を入れる事を願った。堂々と勝利して少しでも良い評判に繋げたいと思ったのだ。


 ルカは内心ほっとしている。勝てて本当に良かったと。自信がないわけではなかったが、はじめての実戦。本当は怖かったのだ。



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