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第16話

第2章 出征編


 ここから当面軍記物になっていきます。


第16話


 聖歴502年夏。ルカは士官学校の卒業を迎えようとしていた。卒業するのは25名。


 この士官学校に限った話ではないのだが、上級貴族の子弟で高等学校に進学する者は多くない。その必要がないからだ。


 高等学校は王国の官僚、つまり役人になるために進学する学校である。上級貴族の子は王国の官僚になどならなくても困らない。親に十分な知行を与えられて相応の爵位を得るからだ。例えば伯爵の子であれば最低でも知行500石と男爵の爵位を得るのが通例だ。


 また、必要であれば上級貴族はコネやツテで王国の役職に就くことができる。高等学校卒業はそれができない者のための道なのである。

 そして下級貴族の子は高等学校へ進学するのは難しい。まず幼年学校を卒業しなければならない。伯爵以上の領主階級の子は全員幼年学校に入る義務を負っている。王にとって大事な人質だからだ。しかし子爵以下の下級貴族の子にはその義務はない。伯爵以上の貴族の子、つまり領主階級の子は人質なので王都の外に出る事ができないが、下級貴族の子は幼年学校の生徒であっても移動も自由だ。


 幼年学校の学費は建て前としては無料である。しかしながら現実としては様々な理由で費用がかかる。負担は大きい。ゆえに下級貴族の子で幼年学校に入学する者は少ない。その先の高等学校に進む者はさらに少なくなる。金貸しその他の副業で稼ぎの多い下級貴族や騎士の親が進学させる程度だ。

 よって、高等学校の生徒数はどこも少ない。士官学校の今年の卒業生は25名だが、これでも多い方だ。王国側としても、役人の必要数はさほど多くはないため必要十分といえた。


 ルカは知行500石の男爵。この知行500石というのは貴族としては最低ランクではあるが、それでも貴族である。自分一代であればこれで十分豊かに生きていける。ただし、どん詰まりでもある。結婚して複数の男子が産まれた場合どうするか。長子に知行の全てを相続させて貴族として家名を残すか、兄弟に知行を分割相続して貴族としての家名を失うかのどちらかである。多くの場合は前者が選ばれる。よって、高等学校の生徒は男爵クラスの下級貴族や、その次男以下の子弟が多い。


 しかし、上級貴族の子でもたまに高等学校へ進学するものもいる。経歴に箔がつくためだ。ルカの同期にもそのような者が一名いる。クロフォード公爵家の嫡男ギャンの三男ギャレード。ルカの従兄弟にあたる。


・・・・・


 聖歴502年8月末日。士官学校の卒業式。卒業式の式典には卒業生の関係者の参列が許される。


式典といっても校長である公爵リシュモン元帥の祝辞があって、その後に参列者全員で乾杯をして終わる。それだけの簡単なものだ。誰も関係者が参列しない卒業生も多い。


 ルカの従兄弟ギャレードの関係者として父親のギャンの姿が見える。クロフォード公爵家の嫡男であり傲岸不遜な人物。

 

 ルカの関係者としては婚約者マリーと娘のサラが参列している。父親は領地から離れる事ができないため不在だ。


 2年前の婚約の後、ルカは機会がある度に婚約者としてマリーを紹介した。直接紹介された者は少ないが、このような情報はすぐに貴族達には知れ渡る。貴族達がパーティやサロンに頻繁に参加するのはそのような情報を集めるためでもあるためだ。もちろんマリーがどのような経歴の女性なのかも知れ渡る。


 同時に、この婚約を祝福してラスター大公がマリーの娘サラを養女にするという話も広まった。それはサラの幼年学校卒業のタイミングでなされるという。


 これらの情報を得た貴族たちの多くは以下のように推察した。ラスター大公が飽きた愛人の厄介払いとしてクロラント伯爵家に押し付けたのだろう。クロラント伯爵は大公に媚びてマリーを息子の正妻として迎えた。その見返りとして大公はマリーの連れ子を自分の養女にした。これで名目上はラスター大公家とクロラント伯爵家が縁戚関係になった事になる。


 クロラント伯爵ヘスとクロフォード公爵家嫡男ギャンは兄弟不仲。これもよく知られている。ギャンが公爵位を継承すればクロラント家は取りつぶされるかもしれない。しかしラスター大公家の縁戚となるとギャンも簡単には手を出せない。


 弱小貴族が生き残るための手段としては珍しいものではないが、それでも他人の愛人を息子の正妻にするなど実に卑屈なことだ。


 多少知恵のある貴族たちはこのように考えた。


 内実としては、元々はそのような政略的な意図など全くなかった。しかし、ラスター大公がそう見えるように工作した。当事者の一人とも言えるルカの父ヘスですら、それが事実であると信じた。ヘスは媚びてでもラスター大公の縁者になる事を望んだ。そしてルカは父にこの婚約を納得させるためにそれを否定しなかった。


・・・・・


 卒業式の式典を終えて皆が講堂から出ていく。講堂を出たところでルカは折り悪くギャンとギャレード親子に対面する形になってしまった。親族である。何か言わないわけにもいかない。


ルカ

「大変ご無沙汰しております。叔父上。」


ギャン

「ふん。」


 この少年を不快に思うギャンはルカを相手にしない。この少年の婚約のせいでクロラント伯爵領をクロフォード家の元に取り戻すことが難しくなった。


ギャレード

「叔父上とは? 本当に血がつながっているのかな?」


 おどけた顔でギャレードが言う。幼年学校の頃から従兄弟たちにさんざん言われてきたことだ。


 ルカの父ヘスの母親ジャンヌは娼婦をしていた。そのため一族の者から蔑まれた。ヘスは祖父リチャードの子ではないのではないかと一族の者たちは言う。しかし公爵家現当主リチャードはヘスを自分の息子であると公認している。


ルカ

「そのような言葉はお爺様の名誉を傷つけると理解されているのかな?」


 ルカとしてはこのような言葉を返すほかない。幼年学校時代からの慣れたやりとりだ。


ギャレード

「お爺様の深い愛情を理解できぬとは。憐れなことよ。」


 子供の頃、つまり幼年学校の頃はギャレードがルカにこのような暴言を吐く事は珍しくなかった。しかし士官学校に入ってからの2年間はさすがにギャレードはこの種の暴言を吐かなかった。


 ギャレードも大人になったという事なのだろう。ルカはそう理解していた。しかしこの日のギャレードは饒舌だった。父親ギャンが隣にいたためだろう。ギャレードの言葉はギャンがよく言っている事だから。


ギャレード

「血は争えぬのかな? 君の婚約者はラスター大公の愛人だったそうではないか。事実か?」


 事実だと知ったうえでギャレードは尋ねる。


ルカ

「事実だ。それがどうした。」


ギャレード

「いやはや、他人から愛人をもらいうけて正妻にして、それを恥とも屈辱とも思わぬとは。やはり血の卑しさは争えぬのかな?」


 祖母の事は言われなれている。我慢もする。しかしマリーの事となれば話は変わる。なにより、後ろでマリーとサラがこの場を見ている。この話を聞いている。

 

気分良さげに、あざ笑うかのように話し続けるギャレード。


ギャレード

「しかもだ。その婚約者は第一王子暗殺を企み処刑された者の娘であるという噂を聞いたのだが、これは本当の事なのか?」


 もちろんそれが事実である事を知ったうえでギャレードは尋ねている。


ルカ

「・・・」


 ルカは言葉を返さない。怒りがこみ上げ言葉が出ない。


ギャレード

「いやはや、クロフォード家にとっても大事なクロラント城は一体どうなってしまうのだろう。例えば、もし君がクロラント伯の座に継いだらだよ? 君の妻の子が跡を継ぐとしたらね、その子はもう一体どこの家の血筋なのだかさっぱりわからなくなってしまうよ。ひょっとしたらラスター大公の子なのではないかと勘繰る者も出てくるのではないのかな?」


 ギャレードは一線を超えた。言ってはならない事を言った。


 ルカは3歩ほど下がってギャレードと距離をとる。そして腰の剣の柄に手をかける。


 そして大声でルカは叫んだ。


ルカ

「抜け。貴様は今言ってはならない事を言った! 剣を抜け! 私はお前に決闘を・・・」


 言い終わらぬうちにマリーが飛び出し、ルカとギャレードの間に立つ。


マリー

「すべて私のせいです。私が大罪人の娘であることも事実。大公の愛人であった事も事実。私がいたらぬために婚約者であるルカに嫌な思いをさせてしまったのです。」


ルカ

「マリー、どいてくれ。僕はね、祖母や父や自分が愚弄される事は耐える。今までも耐えてきた。しかし君が愚弄される事だけは決して許さない。」


マリー

「どきません。もしあなたが傷つけば私は耐えられません。そして、そのお方を斬ればご親族からあなたはどのような仕打ちを受けるでしょう。」


 必死のマリーにルカの気がそがれる。


 マリーとしても必死だ。自分のために危険な事などして欲しくない。求婚を受けた2年前とは状況が違う。今は彼を愛している。2年たつのにルカの気持ちは変わらない。ゆえに今のマリーは相応にルカを愛している。ただし、あくまでも「相応に」だ。

もっと現実的な問題がある。生活がかかっている。今のマリーはルカに生活費を出してもらっている。もしルカが大けがをしたり死亡したりでもすればどうなるか。マリーの未来もなくなる。気持ちとしてはそちら側の方が強い。


 剣の柄に手をかけるルカ。その前に立つ悲壮な顔をしたマリー。こうなればルカとしては退かざるを得ない。


ルカ

「わかったよマリー。君がそこまで言うのなら彼を斬るのはやめておきましょう。」


 そう言い放ち、事を終わらせようとするルカ。

 しかし空気を読まぬギャレードが言葉をかける。


ギャレード

「おいおい、剣で勝負して私に勝てると思っているのかい?」


ギャン

「やめよ。ギャレード。もう捨ておけ。」


 ここでギャレードの父親ギャンが声をかける。もし決闘などして息子に傷でもつけられればたまらない。こんな下賤の者の相手をしてだ。


ギャレード

「父上の仰せであれば。」


 やれやれ、という態度でギャレードも事をおさめようとする。


 しかし、ここで思わぬ横やりが入る。


「貴公、本当にそれで良いのか?」


 そうルカに問いかけたその声の主。それはこの士官学校の校長にして王国元帥のリシュモン公爵だった。



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