第15話
第15話
ルカから求婚を受けた翌日、マリーは自宅で昨日の出来事を思い出している。あれで良かったのだろうか。
ルカとサラの婚約についての話を断られた。そして、ルカは私に愛の告白をした。私は彼に求婚された。
あまりに予想外のことだった。
思えば自分自身の再婚など考えた事もなかった。自分は大罪人の娘である。再婚相手などいるはずもない。そう思っていた。
ルカの求婚は素直に嬉しかった。でも、自分は大人。少年の恋心、それを永遠の愛だと信じられるほど純朴ではない。思春期の少年の恋心など熱病のようなものだ。きっとすぐにその熱は覚めてしまうだろう。それで良いのだ。こんな将来のない女に入れ込んで人生を無駄にしてはいけない。少年のためにならない。貴族の結婚は政治的利益のある相手とするものだ。
しかしそれでも、それでも5年後に彼がまだマリーを愛しているというのなら、喜んで妻にでも愛人にでもなろう。
愛人でも良いと言った。しかしよく考えてみれば500石取りの男爵に過ぎない彼が愛人を養う事は難しいだろう。彼の両親は私のような女との結婚を認めるはずがない。結局、どう転んでもこの話に先はないのだ。
思えばあの時のマリーは少し芝居がかっていた。普段であればマリーは例え少年にでもあんな風な上から目線の言い方などしない。あんな話し方もしない。まして、自分から口づけするなど。あの日のマリーは酒に酔っていたのだ。また自分にそう言い聞かせる。本当はちょっと自分に酔っていたのだけれど。
マリーはラスター大公の愛人としてまたサラの結婚相手候補を探さなければならない。一からやり直しだ。サラを良家に嫁がせてマリーもその婚家についていく。もしくはその婚家からの資金援助で生きて行く。
それがマリーの唯一の人生プランだ。
・・・・・
数日後、ルカから手紙がきた。クロラント伯領からの早馬による速達だった。
内容は要約すると以下の通りだ。
士官学校入校前にマリーとの結婚の許可を両親に得るべく急ぎ帰郷したとの事。そして両親の許可を得たとの事。今後はマリーを対外的にルカの婚約者として紹介していきたいとの事。よってラスター大公との愛人関係を解消して欲しいとの事。今後マリーとサラの生活費用は自分が賄うとの事。
マリーは驚いた。まずクロラント伯爵がルカとマリーの結婚を了承したことに驚いた。
あと、ラスター大公との愛人関係の解消について。マリーとしては「5年後にルカがまだマリーを愛していたなら大公の愛人をやめてルカのものになる」というつもりで話した。
しかし、理解の相違があったようだ。
ルカはマリーと5年後の結婚を約束したと理解していた。つまり婚約だ。
これはどうしたものか。大公に相談するより他にないだろう。
・・・・・
ラスター大公の邸宅にて。
ラスター大公
「今の話を聞く限り、ルカの理解の方が正しいね。」
マリー
「そうですか。改めて思い出してみると自分でもそう思えてきました。」
ラスター大公
「どうするの?」
マリー
「どうしましょう・・・」
ラスター大公
「私は構わないよ。君が彼と再婚したいというなら止めないよ。」
マリー
「よろしいのですか?」
ラスター大公
「君は役に立ってくれているからもちろん惜しい。しかし君の幸せには替えられないよ。君の父親の死は僕に責任がないとも言えないしね。」
マリー
「ありがとうございます。」
ラスター大公
「あとね、どのみちサラは私の養子にしてあげよう。ゆくゆくは我が領内の男爵家のどこかにでも嫁がせてあげるよ。」
マリー
「まあ、身に余る光栄ですが何故でしょう? 大公のお役に立つ事があるようには思えないのですが。」
嬉しい反面、不審に思ったマリーが尋ねる。
にやりと笑みを浮かべながら大公は言う。
ラスター大公
「なに、人質さ。君は私の秘密を知っているからね。事情が事情だけに漏らすとは思っていないけど。それでもサラは私の手の届く範囲に置いておく。」
マリー
「とても漏らせる話ではありません。自分に関わる事ですので。」
父とラスター大公の男色関係の秘密。漏らせるものではない。
ラスター大公
「そうだよね。あと、クロラント伯爵家に嫁ぐ君は将来なにかに使えるかもしれないしね。そういう意味でもサラは人質として私の手の届く所に置いておくよ。」
マリー
「私がルカに嫁いだ場合でもクロフォード公爵家の内紛の火種に使えるとお考えなのですか?」
ラスター大公
「うーん、どうだろう。本当は当初の君の計画通り養女にしたサラを送り込める方が良かったな。私の養女の母というのでは、ちょっとラスター家との関係性が薄いからね。それを口実に介入というのは無理がある。でも、まあ何かに使えるかもしれないし。」
ラスター大公の基本的な考え方だ。性分ともいえる。使えるか使えないかわからない場合、とりあえず手札として手元に置いておく。役に立たなくても損にならなければ構わない。結果として大公の手元には使わない手札が積みあがっているのだけど。
ラスター大公
「人質といっても君が私に忠実である限りサラに危害が及ぶ事はないし、サラは私の娘として良家に嫁げる。悪い話じゃないよね?」
マリー
「はい、もちろんです。」
大公の言う通り、マリーが大公に背かなければ何の問題もない。しかし娘が大公の人質なのだと思うとあまり良い気はしない。
ラスター大公
「あとね、クロラント家にとってもその方が良いと思うよ。」
マリー
「サラを大公の養女にする事がですか?」
ラスター大公
「そうそう。さて、もしルカが私の愛人と婚約したとなると世間はどう見るかな?」
マリー
「え?」
マリーはそんな事まで考えていなかった。
ラスター大公
「一つはルカが私の愛人を奪ったという見方。もう一つはルカが私から愛人をもらい受けて妻にしたという見方。前者なら敵対的に見える。後者なら良い関係に見える。」
マリー
「なるほど。」
ラスター大公
「ルカとマリーが婚約した後に、私がマリーの娘を養子にしたとなれば世間はどう見る? 後者だと思うよね。縁戚関係になるんだから。」
マリー
「はい。」
マリーは聞き入るしかない。
ラスター大公
「他人の愛人をもらい受けてそれを自分の正妻にして取り入ろうなんていうのはすごく卑屈なやり方だけど、そんなに珍しくない。つまりルカと君の結婚はクロラント家とラスター家がそういう関係になったように見えるってわけだ。」
マリー
「なるほど、なぜルカの父親が私のような女との結婚を許したのかわからなかったのですが、なんだか少し事情がわかってきました。」
ラスター大公
「ルカの父ヘスは、媚びてでもラスター家と縁を持てる事を良しとしたんだろうね。ルカがそう言って説得したのかな。」
マリー
「ルカはそういう見られ方をするのを好まないと思います。でも、御父上の説得のためにわざとそう誤解されるような説明をしたのかも・・・」
ラスター大公
「結果としては誤解にならないけどね。しかし、サラとの婚約の方がルカにとってもクロラント家にとってもずっと良い条件だったのに、もったいない。愛の力は偉大だね。面白いなあ。」
大公が笑う。
マリー
「少年の恋心など一過性の熱病のようなもの。すぐに熱が冷めてしまうのではないでしょうか?」
ラスター大公
「それは私にはわからないけど、これはクロラント家とラスター家が関わる事だからね。この婚約はもう覆せないと思うよ。とりあえず、婚約おめでとうマリー。」
・・・・・
受け入れるフリをして実際には断ったつもりでいたマリー。
しかしルカとマリーの婚約は正式に成立する運びとなった。




