第13話
第13話
聖歴500年9月
ルカは前月に幼年学校を卒業した。同時に父から500石の知行を与えられ男爵の爵位を得た。
貴族の子弟は15歳になると知行を与えられる。15歳の誕生日に与えられる場合もあるし、幼年学校卒業のタイミングでそれがなされる事も多い。
今日、レストランの個室を予約している。そしてマリーを呼び出している。サラはいない。マリーと二人だけ。幼年学校の卒業を祝って欲しいという名目で呼んだのだ。マリーは快く了承してくれた。
今日ここで求婚する。その決意を固めている。その日は朝から落ち着かなかった。このレストランにも約束の30分前に到着してマリーを待っている。
・・・・・
幼年学校卒業を祝うという名目でマリーはルカを食事に招待するつもりだった。そこで正式にルカとサラとの婚約の話をする。なんとしても話をまとめる。その覚悟だった。
しかし、その機会は向こうから訪れた。ルカから招待された。学校卒業を祝って欲しいと。実に好都合。僥倖。神はマリーに味方している。そう思えた。
指定されたレストランに約束の時間に到着。ルカの名で予約された個室に入る。
マリー
「ご卒業おめでとう。ルカ。」
ルカ
「ありがとう。マリー。」
すでに部屋で待っていたルカは立ち上がり礼を述べる。そしてマリーに席に着くよううながす。
食事をしながらとりとめもない雑談をする。しかし今日のルカはどこか上の空。そしてそれはマリーも同様だった。
食事が終わり二人で食後酒を飲んでいる。二人ともなかなか本題に入れない。
意を決して先に本題を切り出したのはマリーだった。
マリー
「実は、本日は少し真面目なお話をしようと思いまして。」
ルカ
「真面目な話?」
真面目な話。それはこの後、もの凄く真面目な話を自分からする予定なのだが。
マリー
「よくご存知とは思いますがサラはとてもルカに懐いています。あなたと結婚したいとずって言っていますの。」
ルカ
「とても光栄です。僕もあんなに可愛いお嫁さんをもらえたらどんなに幸せでしょう。」
笑顔で答えるルカ。
マリーの顔も明るくなる。満面の笑みだ。
マリー
「まあ、良かった。本当に良かった。実は私、この話を大公に相談いたしましたの。」
ルカ
(ん? んーっ!? 何の話だ?)
ルカ
「えーと、大公とはどのようなお話を?」
マリー
「だから、サラとルカの結婚のお話ですよ。実に良い話ではないかと大公は仰せでした。是非その話を進めよと。」
ルカ
「へ?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。驚きのあまりそれに続く言葉がでない。
マリー
「大公はサラと養子縁組をしてラスター家の養女にしてくれると仰せです。」
ルカ
(ちょっと待て。何だその話は。なんでサラが大公の養女に?)
ルカは考える。しかし思考がおいつかない。
マリー
「つまり、この結婚話がまとまればルカはラスター家の縁者になるということですわ。」
ルカ
「なるほど・・・」
一応返事をする。しかし思考が追い付かない。
マリー
「ルカはずっと言っていたでしょう? クロラント家はクロフォード家との折り合いが悪くて立場が危ういと。だからラスター大公家と繋がりを持ちたいって。そのために少年の身で大公のサロンに通っているんだって。」
確かに言った。ルカはその話をよくしていた。ルカが足しげく大公のサロンに通う口実として。大公自身とも何度か話をしたが、その時にもこの話をした。
マリーに会いたいから来ています、なんて言えるわけがない。特に大公には。マリーは大公の愛人なのだから。
マリー
「私、常々考えていましたの。どうすればルカのお役に立てるかって。」
マリーは言葉を続ける。
マリー
「そこにこのお話です。こんなに良い話はないのではなくて? それにもしルカがサラと結婚したなら、ルカがクロラント伯爵家を継げるように取り計らってやろうとも大公は仰せです。」
ルカは言葉を失った。咄嗟に何を言って良いのかわからない。とりあえず考える。
ルカ
(良いことずくめじゃないか。でも、ちょっと僕に都合が良すぎるのではないか・・・)
ルカは恋にのぼせている。しかし、基本的に優秀な少年だ。そして貴族の子弟。こういう話にはウラがあることを知っている。大公が何をたくらんでいるのかを考える。
クロラント城塞。当家のこれが欲しいのではないか? クロフォード家の心臓部クロン市を守る要衝の一つ。ラスター大公はこれを押さえたいのかもしれない。そこでクロフォード家と折り合いの悪い我が家と縁戚関係になって近づきたい。それでサラを養女にして僕と結婚させるという策を思いついた?
それを踏まえて。この話は僕にとって凄く良い話なのでは?
ルカの思考は4割くらい正しい。大公はさらにクロラント家を軸にしてクロフォード家に内紛を起こしたいという所まで考えているのだが。
マリー
「いかがでしょう? サラは大好きなルカと結婚できるし、ルカは伯爵位につけるし、クロラント家はラスター大公家と縁戚になって安泰。そして私も大好きなルカと家族になれるし、全てが素晴らしい話だと思いませんか?」
ルカ
(大好きなルカと家族になれる、確かにマリーは今そう言った・・・)
一瞬、恋の酔いが覚めて現実的・政治的思考に陥りかけたルカ。でも、この一言でまた恋の狂戦士に戻る。
ルカ
(僕は何を考えているんだ。僕はマリーをお義母さまと呼びたいわけではない。ラスター大公に恩を売られに来たのでもない。大公からマリーを奪い自分のものにする。そのために今日、僕はここにいるんじゃないか!)
ルカは自分に言い聞かせた。
ルカは自分を鼓舞した。
思いもかけぬマリーの話に動揺してしまった。しかし、本来の目的を果たすのだ。
ルカ
「僕はサラとは結婚できません。」
ルカは断言した。
・・・・・
マリーは目の前が真っ暗になった。サラと結婚できないとルカは言った。
なぜ? こんなに良い話が他にある? これを断るなんてありえない。やっぱり他に想い人がいたという事なの?
一瞬の間を置いてルカは言葉を続けた。
ルカ
「あなたを愛しています。あなたを私の妻に迎えたい。僕と結婚して頂けませんか?」
マリー
「・・・」
予想外の出来事にマリーは固まった。自分はいま目の前の15歳の少年に求婚されている。
結婚歴があり子供がいて現在は貴族の愛人。そんなマリーと結婚したいとこの少年は言うのだ。
今度はマリーが言葉を失った。
かわりにルカが言葉を続ける。
ルカ
「僕は一介の男爵の身に過ぎません。しかし王国軍の士官となって手柄を立ててきっと大領を得てみせます。あなたに見合う男になる。必ずあなたにふさわしい男になります。」
マリー
「いえ、そういうことじゃなくて。その、私は反逆罪で処刑された者の娘ですのよ?」
ルカ
「知っています。」
マリー
「私、未亡人で子供がいますのよ?」
ルカ
「知っています。」
マリー
「私、大公の愛人ですのよ?」
ルカ
「知っています。」
マリー
「私、あなたより7つも年上ですのよ?」
ルカ
「知っています。」
マリー
「私は・・・」
それ以上言葉が続かなかった。
ルカ
「あなたの過去も現在も、その全て受け止めます。僕はあなたを愛しています。」
マリーの鼓動が早くなる。予想だにしなかった事態。娘の結婚相手にと思い、色々と画策をしてきた対象。男として見れようはずもない少年。まだ子供だ。しかし今その少年から熱烈な愛の告白を受けている。
本来なら心が動くはずがない。
しかし、胸が熱い。
父は処刑され、夫は不審な死を遂げ、夫の領地を追われ大貴族の偽りの愛人になって。過去をふりかえってみると、思えば自分はこれまで誰かに愛されたことがあったのだろうか。
この少年は私を愛しているという。
罪人の娘でも良いと。
子持ちの未亡人でも良いと。
生活のために愛人をしている自分で良いと。
7つ年上の自分で良いと。
この求婚を受けてしまえば私はこの先どうなるのだろう? 娘の将来はどうなるのだろう? 全く先が見えない。
でも、自分はこの少年の気持ちに応えたい。
いま自分がこの少年を一人の男として愛する事ができるのかと問われればそれを肯定するのは少し難しいかもしれない。このような事態は想像もしたことがない。男としてなど見たことがない。しかしここまで言ってくれた少年の気持ち。それを無下に断るのはマリーの女としての矜持が許さない。そんな事をすれば女が廃る。女としての誇りがそれを許さない。
女の誇り?
女の矜持?
女が廃る?
おかしな言葉だ。しかしマリーの今の気持ちを無理やり言葉にするならそんな言葉を使うほかないだろう。自分でも上手く言語化できない。
マリーは少し酒に酔っている。食事を終えてから本題を切り出すまで、二人は食後酒を飲みながら間を持たせていた。だから少し酔っている。
マリーは席を立ち、ルカの前に立った。少し身をかがめて席に座るルカの顔をのぞきこむ。そっと両手でルカの頬に触れる。そしてルカの唇に優しく口づけした。
いま自分は酒に酔っている。マリーはそう自分に言い訳した。




