第12話
第12話
マリーに招待された聖歴500年記念の宴。ルカとしては上手くいったと思っている。
会話の流れもあってマリーに愛の告白をしたつもりだったけど、それは上手く伝わらなかった。サラに横やりを入れられてそれ以上は続けられなかったのだが、むしろ助かった。冷静に考えれば子供のいる所で愛の告白などするものではない。それも告白対象の女性の実の娘の隣で。
あれから何度か私的に会っている。3月にはサラの誕生日祝いということで僕から食事に誘った。人生ではじめてレストランを予約した。翌月には湖畔でピクニックのような事もした。
サラとは随分なかよくなった。僕はサラにとても懐かれている。将来は僕と結婚するんだという話を会うたびにしてくれる。
そんなサラを見てマリーも嬉しそうだ。僕はマリーに好かれている。それは間違いない。ただ、それは男としてという意味ではない。サラの兄のような存在として好ましく思われている。そんな感じだ。
それは僕の望む関係ではない。
僕は女性としてマリーを愛している。マリーを恋人にしたい。マリーを妻にしたい。
マリーをラスター大公から奪い取る。解放する。
幼年学校を卒業したら愛の告白をする。求婚する。ずっと前から決めていた。その日はもう目前に迫っている。
・・・・・
マリーは事の進展をその都度ラスター大公に報告・相談している。ルカとサラを結婚させるという計画。これは大公がサラを養女にしてくれるという約束がちゃんと履行されないと成立しない。
サラを名門ラスター大公家の養女にしてくれるという。サラは石高8万石のハルウィ伯爵の姪。決して悪い血筋ではない。しかしラスター大公からみればハルウィ家など弱小領主の一つに過ぎない。しかもサラと現ハルウィ伯とは絶縁状態だ。
サラを嫁がせたい相手、ルカ・クロラント。現クロラント伯爵ヘスは現クロフォード公爵リチャードの実の子。その子ルカは第一王子の従兄弟でもある。しかしクロラント家の家領はわずか1万石。分家されているのでルカの父クロラント伯爵がクロフォード公爵家を継ぐ可能性はゼロだ。さらにルカはその家の嫡男ですらない。
以前、クロフォード家に内紛をおこすための火種に使えるかもしれないからルカを取り込みたいと大公は言っていた。しかし、なぜ大公はわざわざ自身の養女を与えてまでルカを取り込みたいのか? そのような価値のある人物なのか?
サラとルカの婚約の話を進められそうなので、マリーは改めてこれまで疑問に思っていた事を大公に尋ねてみた。
ラスター大公
「まず、私の養女を妻にすればルカはクロラント伯爵家を継げる。私が圧力をかけてそうするから。」
マリー
「まあ、そうですの? てっきり知行500石程度の男爵家への嫁入りだと思っていましたのに。」
ラスター大公
「継承順位一位のルカの兄。その妻は隣接する伯爵家の娘だからね。廃嫡させるのはたやすいだろう。」
マリー
「クロフォード家の内紛の火種になるかもと以前うかがいましたが、それはどういう意味なのでしょう?」
ラスター大公
「リチャードが死んで息子のギャンが公爵位を継げばどうなるか。ギャンは難癖をつけてクロラント伯爵領をつぶそうとするかもしれない。本来ならギャンの領地になるはずだった土地だからね。でも、もしそうなれば私はクロラント伯の妻の父としてそれに介入して邪魔する。そしてギャンの兄弟の誰かと内通してクロフォード家を分裂させる。そんな筋書きさ。」
マリー
「そんなに上手くいくものでしょうか? それにギャンが領地を取り戻そうとするのでしょうか? たかだか1万石なのでしょ? クロフォード家300万石からすれば手間をかけて取り戻すほどの価値があるのでしょうか?」
ラスター大公
「そうだね。そんなに上手くいかないかもしれないし、そもそも何も起こらないかもしれないね。まあ、それならそれで構わないんだよ。私は何も損しないからね。あとね、クロラント家はわずか1万石だけど領地の中を街道が通っているんだ。」
マリー
「街道?」
貴族の領地の大きさは石高で表される。わかりやすい指標ではあるのだが、必ずしもその家の勢力の大きさを現わさない。石高は穀物の取れ高で表すものだ。例えば茶や綿花などの商品作物が多く取れる地域は石高の数字よりもはるかに豊かだ。他にも領内に鉱山があるとか。クロフォード家は交易の利潤で潤っている。
クロラント家の領地には街道が通っているという。
港町クロン市。西方王国の西南端。クロン半島の先にある貿易港。クロフォード家の発祥の地にして富の源泉。クロン市からは北側に向かう2本の街道が延びている。半島の西を通る西クロン街道、半島の東を通る東クロン街道。
クロラント伯領には東クロン街道が通っている。東クロン街道を北にしばらく進むと道は二手に分岐する。東側のラスター大公領へむかう「東街道」と北東の王都へ向かう「北街道」にわかれるのだ。その分岐点にクロラント城塞が存在する。ここを守るのがクロラント伯なのだ。
マリー
「街道があると、儲かるのですか?」
ラスター大公
「まあ宿場町になるからね。宿に税をかければそこそこ儲かる。大した儲けにはならんだろうけど石高1万石のクロラント家にとっては大事な収入源だね。」
マリー
「クロフォード家はその宿代にかける税金を押さえたいと?」
ラスター大公
「そうじゃない。クロン市に向かう交易品、そしてクロン市から運び出される交易品の7割がその東クロン街道を通るのさ。クロフォード家としてはそこを塞がれるとすごく困るよね。だからギャンは取り返そうとするんじゃないかなと僕は思うんだ。」
マリー
「その東クロン街道を塞がれると交易ができなくなるから?」
ラスター大公
「遠回りすれば西クロン街道経由でも街道は王国全土とつながっているから交易ができなくなったりはしないよ。でも輸送に日にちが多くかかるようになるから儲けが少なくなるんだ。」
マリー
「あの、サラの嫁入りをクロフォード家の内紛の火種にしたいというお話なのですが、危険はないのですか?」
ラスター大公
「ああ、その点は大丈夫だよ。内紛というのはあくまでも政治的なやりとりの話だから。別に戦争になるって話じゃない。」
もし本当に内紛が起これば軍事衝突が起こる可能性は結構高いし、クロラント家が一族皆殺しにされる可能性もある。サラが暗殺されるという可能性もある。でも、大公はそんな話をマリーにはしない。未来のことなど誰にもわからないのだから。
ラスター大公
「この話がまとまればサラは伯爵家の夫人だ。上手くいくと良いね。」
マリー
「はい、なんとしても話をまとめてみせますわ!」
ラスター大公
(東クロン街道のクロラント城塞。西クロン街道のクロフォード城塞。領都クロン市防衛の要だ。なんでリチャードはそんな要所を分封したのだろう。きっと私の知らない事情があるのだろうけど・・・)
・・・・・
ルカは8月末に幼年学校を卒業して10月に士官学校に入学する。よってルカとサラの婚約の話を9月中にまとめる。マリーはそう考えている。運命の日は迫っている。




