第11話
第11話
聖歴500年2月初頭。マリーの招待を受けたルカは招待された先を訪れた。ラスター大公の別邸であった。マリーと私的に会える事は嬉しい。が、ラスター大公の別邸というのがその気持ちを少し複雑にさせた。
マリーはラスター大公の愛人だ。わかっている。はじめから知っていることだ。しかしそれでも男として複雑な心境。マリーが他の男の影響下にある事は不快だ。なによりマリーがこの家で中年の大公とベッドをともにしている事を想像すると最悪な気分になる。
しかし、そんなマリーの現在や過去。そのすべてを受け入れる覚悟がすでに出来ている。いや、ルカがそう思っているだけで相手のマリーはルカのそんな気持ちを知るよしもないのだけど。
聖歴500年の祝い。今年は神聖王国初代国王たる聖王が大陸統一を成し遂げて500年の節目の年にあたる。貴族たちがパーティーを開くための口実の一つとして今年はこれが多く利用されると聞く。王国各地で祭りが開かれるともいう。そして各家庭においてもそれを口実として宴を開く家庭があるとも聞いていた。
特に何月とか何日とかいうことはない。今年のいずれかの日。主催者に都合の良い日に開かれる。
そんな宴を口実としてルカは招待された。
ルカが邸宅の前につくとドアが開かれた。マリーと娘のサラが出迎えてくれた。
マリー「ようこそお越しくださいました。」
サラ「ようこそおこしくださいました。」
ルカ「お招きに預かり光栄です。ハルウィ夫人。」
マリー「まあ、他人行儀ね。いつも通りマリーと呼んでください。クロラント卿(笑)」
ルカ「これはどうも。普段とは少し勝手が違い緊張してしまいました。それではいつも通り私の事もルカとお呼びください。マリー(笑)」
これまで貴族のパーティや大公のサロンでは何度も会ってきた。それらも名目的には私的な会合ではあるのだが、現実的には公の場という方が正しい。しかし今回は間違いなくプライベートな場なのである。ルカは本当に少し緊張している。それを誤魔化すためにこんな軽口を叩いた。
サラ「それでは私のこともサラとお呼びください。」
ニコっと笑いサラがそう言う。絶妙な間だ。
ルカ「お初にお目にかかります、サラ。お会いできて光栄です。母君に似て実に美しいお姫様だ。」
ルカはうやうやしくサラに挨拶をする。
マリー「まあ、お上手ですこと。さあ、どうぞお入りになって。」
マリーに案内され3人は邸内に入る。
・・・・・
他にも招待客がいるのかと思っていたが招かれたのはルカだけだったようだ。ルカは嬉しい。素直に嬉しい。
食卓を囲み他愛もない雑談が続く。そして自然に、ごく自然にルカの結婚の話が話題となった。むろんマリーが仕向けた話題だ。
マリー「8月には学校ご卒業でしょ? ご結婚や婚約のお話などは進んでいないのですか?」
マリーはストレートに聞いた。おかしな話題ではない。学校卒業のタイミングで結婚や婚約の話が進むというのは貴族の間ではごく一般的なことなのだ。
ルカ「まだ何も決まっていませんよ。できれば結婚相手は自分で決めたいと考えておりまして、父には僕の結婚相手を勝手に探さないよう伝えてあります。」
マリー「まあ、そうでしたの。」
ルカ「ただ、学校卒業は人生の節目ですので出来れば今年の内には婚約者を決めたいと思っています。」
ルカは会話のジャブを打つ。多少でもマリーは僕に気があるのか? わざわざこんなプライベートな宴に招待してくれるくらいだ。何の気持ちもないとは考えにくい。ルカはそう思いたい。ルカの希望的観測だ。
マリーの心境(つまりルカには心に秘めた人、婚約候補の女性がいるということ?)
マリー「あら、心に秘めた女性がいるのですか?」
マリーもジャブを返す。
ルカ「秘密です。」
マリーの瞳をみつめて笑顔で答えるルカ。会話のジャブの応酬が続く。
マリー「ルカはどのような女性がお好きなのかしら?」
ルカにとって思いもかけぬ会話の流れだ。今日この場で愛の告白などするつもりはなかった。しかし、この機会を逃す手はないのではないか?
ルカ「そうですね。例えば、あなたのような年上の美しい人・・・」
渾身の勇気を振り絞った。マリーの瞳をみつめながら強い一撃は放った。しかしマリーには通じない。ルカの意図に気が付かない。
これは気が付かないマリーも悪い。もし第三者がこの光景を見れば誰しもルカがマリーを口説いているのだとわかる場面である。ただし、色濃く幼さの残るルカと大人のマリー。やはり冗談にしか聞こえないだろうか。
マリーは気が付かない。サラとルカの婚約話を進める事にしか意識が向いていないためだ。なにより、自分がこの14歳の少年に口説かれるなんて想像だにしていない。男として見ていないのだ。
マリー(・・・つまり、ルカには年上の想い人がいるという事なの? それとも上手くはぐらかされた?)
一瞬時間が止まる。少しの沈黙。その間にマリーは考える。
マリー(それとなくサラとの婚約の話に持っていきたかったのだけど、ちょっと流れが良くないかしら・・・)
数秒の沈黙。そこに思わぬ横やりが入りまた時間が動き出す。
サラ「まあ、それはいけませんわ。女は若いほうがよろしくてよ?」
思わぬ発言。ルカとマリーは思わずサラを見つめる。
サラ「私が将来あなたのお嫁さんになってさしあげますわ。」
マリーは何もサラに話していない。今日くる男性とサラを将来結婚させたいとか、そんな話はしていない。今日の客人に好かれるよう上手く振る舞いなさいとか、そんな話もしていない。
ルカ「これは嬉しい。サラは今いくつだったかな?」
サラ「5歳。来月6歳になりますの。ルカはおいくつ?」
ルカ「奇遇だなあ。僕も実は来月が誕生日でもうじき15歳になるんだ。」
もちろんルカは知っている。マリーの周辺情報は事前に出来得る限り収集していた。サラの年齢はもちろんサラの誕生日だって知っている。ついでにいうとマリーの誕生日も来月だ。偶然だが3人は全員3月生まれだ。それを口実に来月もなにか今回のようなイベントを開けないかと思案もしている。
サラ「じゃあ私が15歳になったらルカは、ええと・・・」
ルカ「24歳だね。」
サラ「24歳と15歳。とてもよろしいのではなくて?」
ルカ「光栄だなあ。随分年が離れているけど良いのかい?」
サラ「あら、そんな事はありませんわ。お母が結婚された時のお父様の年齢は、、、」
マリー「確か28歳でしたわね。」
サラ「ほら。」
ルカ「そうだね。確かに問題なさそうだ。」
ルカとサラは9歳差。今でこそ大人と子供だが確かに10年後であれば結婚に不自然な年齢ではない。なにより、マリーはルカより7歳年上。「年の差があるから難しいね」みたいな方向に話をもっていくのはよくない。
ルカ「僕は年上の女性が好きだったんだけど、今日から歳下の女性も好きになったよ。こんなに可愛いレディが僕のお嫁さんになってくれると言うんだからね。」
サラ「まあ、お上手ですこと。」
サラは上機嫌だ。
・・・・・
その後も他愛のない雑談が続きその日の宴はお開きとなった。
ルカが帰った後、マリーはサラに尋ねた。
マリー「サラはルカのお嫁さんになりたいの?」
サラ「まあ、お母さまったら。社交辞令に決まってますわ。」
マリーは絶句した。
サラ「でも、悪い相手じゃないわね。ルカが望むなら結婚してあげても良いわ。」
マリー「そうなの? ずいぶん年上よ?」
サラ「だってお母さま、今日すごく楽しそうだったじゃない。いつも疲れた顔してるのに。毎日こんなに楽しいなら、私とルカが結婚してお母さまと一緒に3人で暮らして、そういうの悪くないと思うの。」
マリー「まあ、この娘ったら。」
マリー(今まで毎日が必死であまり気が付かなかったけど、この娘は幼いなりに私のことを心配してくれていたのね・・・) マリーは少し申し訳ない気持ちになった。
サラ「それに、ルカって結構ハンサムだったし優しかったし。なんか本当に結婚しても良いかなって思えてきたわ。また会いたいな。」
マリー「そうなのね。じゃあ、もし本当にサラとルカの結婚の話が進むとしたらどうする?」
サラ「進めて欲しい!」
マリー(サラはルカのことを気にいった。本当に良かった。今日は大成功ね。さすがにルカは今日のサラとの結婚の話を本気にしたりはしていないでしょうけど。サラを幸せにしたい。母親としての願いはそれだけ。)
・・・・・
元々は感じの良い貴族の少年ルカを娘の結婚相手候補の一人としてキープしておきたいだけだった。しかし、サラをラスター大公の養女にしてルカを結婚させてはどうかという案が大公に受け入れられた。マリーとしては、もはやこの機会を逃す事はできない。
今日のルカの話では父親が勝手にルカの結婚相手を決めるという事はないらしい。しかし、ルカには想いを寄せる人がいるような口ぶりでもあった。万が一にもルカがその女性と婚約する事になってはならない。
ルカは今年中に婚約相手を決めたいと言っていた。
行動は早いほうが良い。ルカの幼年学校卒業のタイミング。ここで正式に伝えよう。ルカとサラの婚約の話を。そして、なんとしてもこの話をまとめる。
そう決意するマリーだった。




