懲戒審査
審査の日は、雲一つない朝で始まった。
ギルド大会議場は、立ち見が出るほど埋まっていた。公開審査の告示に加えて、昨日の瓦版が一面で書き立てたからだ。『勇者の剣の鑑定士、ギルドに裁かれる』。書いた本人は最前列に陣取り、丸眼鏡を光らせて速記帳を構えている。
「客入れは上々ですよ、先生。……約束の一面級、期待してますからね」
「ああ。今日ので払う」
壇上には審査委員が三人。その中央で、バルガス・クレインが如才ない笑みを浮かべていた。自分で訴え、自分で裁く。茶番にも程があるが、今日ばかりはその傲慢に感謝したい。
あんたが用意してくれたこの舞台、遠慮なく使わせてもらう。
「これより、鑑定士ロイド・ヴェスタの懲戒審査を開始する」
書記が事由を読み上げる。依頼権限を逸脱した記録閲覧の試み。預かり遺品の無断持ち出し。ギルド関係者への風説の流布。その間、バルガスは指を組み、憐れむような目でこちらを見下ろしていた。
「ヴェスタくん。君は勇者の件で少しばかり名を上げ、増長した。死者を静かに眠らせるのが鑑定士の本分だろうに、五年も前に決着した戦いをほじくり返し、亡者の汚名で商売を始めた。……違うかね」
「違います。ですが、口で言い合っても水掛け論だ」
俺は一歩前に出た。
「被審査人には弁明の権利があると、召喚状にありました。弁明のため、物件三点と証人一名の検分を求めます。……委員長。まさか公開の審査で、弁明の口を塞ぎはしませんよね」
傍聴席がざわめいた。バルガスの目が細くなる。断れば衆目の前で見苦しい。認めたところで、Fランクの小僧に何ができる――その計算が終わるまで、三秒。
「……許可する。手短にな」
勝負だ。
物件の一。ガルドと職員が二人がかりで、布を被せた大盾を運び込んだ。布を引く。低いどよめきが起きた。
「グレン・ドゥーガルの大盾。傷は全部で三百七十一。検分いただきたいのは、傷の位置です。――全て、正面。縁を回って裏へ抜けた傷は一つもない」
「それが何だと言うのかね」
「逃げる男は敵に背を向ける。背を向けた男の盾は、背中側が傷つく。この盾は三百七十一の攻撃を、最後の一枚まで正面から受けている。……ついでに、ギルド保管の戦没記録も添えます。北門に徴用された冒険者八人のうち、戦死者の遺体は全員、門の外の同じ場所で回収されている。逃げ散った隊の死に方じゃない。退がる仲間を守って、そこに立ち続けた者たちがいた証拠だ」
物件の二。五年前の戦況報告書、副本。
「報告者はバルガス・クレイン殿。ここに『撤退命令発令、亥の二刻』とある。立会の文書官殿、この行に横から光を当てて、見えたものを読み上げていただけますか」
白髪の文書官が羊皮紙を検め――眉を上げた。
「……削り跡がある。『亥の二刻』の箇所のみ、一度削り、上から書き直されておる」
どよめきが、今度は長かった。報告書の中で最も動かしてはならない数字に、削り直しの段差。バルガスの指が、机の上で一度だけ跳ねた。
「保管中の劣化だろう。だいたい、では本当の刻限は何時だったと言うのかね。死人に口はないぞ」
「ええ、死人に口はない。――ですが、生き残りには口がある」
物件の三は、人だ。会議場の扉が開き、義足の音が石の床を打った。
ドナン・ロッツ。元北門守備隊、槍兵。年かさの職員の何人かが、その顔を覚えていたらしい。息を呑む気配が波のように広がった。
「宣誓する。……あの夜、俺は第二波で脚をやられて、門の内へ後送された。詰め所の鐘が鳴ってた。戌の刻だ。その担架の上で、撤退命令の伝令を聞いた。命令は戌の刻にはもう出てたんだよ。その紙より、一刻以上も早くな」
「そして、命令から真っ先に門をくぐった者を、あなたは見ていますね」
「ああ、見たとも。隊旗も置き去りに、馬で駆け込んできなすった。――そこの委員長サマ、その人だよ」
会議場が、爆ぜた。
バルガスが立ち上がり、机を叩いた。偽証だ、恩給欲しさの世迷い言だ、北門の件を蒸し返すなら規律崩壊として再裁定させるぞ――と。
その言葉を、待っていた。
「皆さん、今の脅し文句を覚えておいてください。それが、生き残りたちが五年間黙っていた理由です。『騒げば北門は規律崩壊で再裁定、戦死者遺族の恩給は取り消し』。……死んだ仲間の女房子供を人質に取る。この男が五年間使い続けた枷だ」
俺は傍聴席を見渡して、はっきりと言った。
「だから、これだけは間違えないでほしい。撤退命令は出ていた。隊は命令通りに退いた。殿は命令違反ではなく、グレン・ドゥーガルの志願だ。規律の崩壊などどこにもない。誰の恩給にも、指一本触れさせない。――消えるのは、嘘で出世した男の椅子が一つ。それだけです」
傍聴席の奥で、年老いた男がゆっくり立ち上がった。儂も後送組だ、ドナンの言う通りだ、と。別の席からもう一人。また一人。
五年分の沈黙が、音を立てて崩れていく。
「黙れ……黙れ黙れ黙れェッ!」
絶叫と同時に、バルガスが壇を蹴った。腰の剣が鞘走り、白刃が真っ直ぐ俺へ振り下ろされる。元隊長の剣速は、伊達ではなかった。初太刀は、見えすらしなかった。頬のすぐ横を、風の刃が薙いでいく。
だが。
――借りるぞ、相棒。
胸の奥の重みに触れる。青白い燐光が背後に立ち上がり、世界がゆっくりになる。二の太刀は、もう視えていた。俺は半歩で斬撃の内側に入り、振り下ろされる腕を絡め取って、床へ。刃が石を噛んで火花を散らし、次の瞬間、巨体は仰向けに沈んでいた。
「公開の審査で、丸腰の被審査人に抜剣。……いい弁明の締めをありがとうございます、委員長」
剣を蹴って遠ざける。静まり返った会場のどこかで、誰かが呟いた。今の型――勇者様の、と。
ざわめきが戻るより早く、残る二人の審査委員が顔を見合わせ、年長の一人が立ち上がった。
「本審査の訴えは、全て棄却。バルガス・クレインの身柄を拘束し、職務を停止する。並びに、五年前の北門防衛戦の戦績について、ギルドの名で軍に再調査を要請する」
木槌が鳴った。
――でかい音が、鳴った。
会場を出たところで、ピナが追いすがってきた。見出しはもう決まっているという。走り書きの速記帳が、目の前に突きつけられる。
『「北門の臆病者」は英雄だった――戦績記録、公式訂正へ』
「一面級、これで払えてますか」
「お釣りが来ます!」
俺は笑って、北に向かって駆け出した。フィーネが隣に並ぶ。行き先は、言わなくても通じている。
音が鳴ったら、一番最初にあんたに報せる。
約束を破らない男の遺品を預かった俺が、約束を破るわけにはいかないのだ。




