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――貴方はわたくしの装飾品ですわ 彼女は確かにそう言った  作者: 星見蒼


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第9話 装飾品は森の宝石を持つ

 アルヴァはエリアス様の指示に従い、おかみさんから朝食を受け取り、エリアス様から離れた席に座った。 


(……なんだったんですの!?)


 アルヴァの心中は大騒ぎだ。

 包まれている外套から香るエリアス様の匂いが、余計にアルヴァを混乱させる。


(どうしましょう……頬が熱いままですわ)


 今までで一番エリアス様との距離が近かったような気がする。

 しかも、アルヴァの唇に触れようとしたのだ。

 あの指が。


(死ぬかと思いましたわ!!)


 触れられていたら完全に心臓は停止していた。

 天に召されて天国のお母様と再会していたかもしれない。


「お嬢さま、お食事が進んでいません」


 向かいからカリンの声がした。

 カリンがどこにいるのかも全然把握していなかった。

 何も見えてなかった。


「だ……だって……!!」

「いつまでその外套を被っているおつもりで?」

「こんな真っ赤な顔は見せられないわ」


 エリアス様を振り回す『嫌な女』が、顔を赤くしているなんて設定が破綻してしまう。


「……すでに手遅れだと思いますけど?」

「え? 何か言った?」


 カリンの小さな呟きを訊き返すも、彼女は首を振るだけ。


「出立まで時間もないですよ」


 そう指摘され、アルヴァはハッと我に返る。


「そうでしたわ! エリアス様にご迷惑かけるわけにはいきませんわ」


 朝食はパンとサラダと根菜の冷製スープ。

 それからブルーベリージャムとヨーグルト。


「カリン! ブルーベリージャムですわ」

「それが?」

「ここのブルーベリージャムは、とっても美味しいの。酸味と甘みのバランスが絶妙で。……おかみさんにお願いして買って帰ろうかしら」

「……そのジャムはどこで保管するおつもりですか?」

「え?……あ、そうね。侯爵家のお世話になるわけにはいかないから、そしたら商会に置いときましょうか」

「……お嬢さまは、もう奥様なのですから別に良いのでは?」

「ダメよ。わたくしは仮初めの妻……つ、つま!?」


 (な……なんて、破壊力のある言葉なの!?)


 今更ながら自分がエリアス様の『妻』という事実に、慄く。


「と、とにかく」

「……」


 目の前でパンを食べているカリンがジトーっとこちらを見ている。


「わたくしはいずれ離縁するのですから、物は増やしてはいけません」


 勘違いをしてはいけない。

 エリアス様が優しいのは、ずっと昔から。

 アルヴァは知っている。

 だから、大好きなのだ。


 アルヴァが『特別』だからではない。

 それがエリアス様という人なのだ。



* * *



 朝食の後、ブルーベリージャム二つを買い、おまけで新作のベリージャムを貰った。

 ベリージャムはブルーベリージャムより一回り小さな瓶に入っていた。

 イチゴ、ブルーベリー、ラズベリーの三種をブレンドしたジャムで、ようやくお客さんに提供できるレベルに仕上がったって、おかみさんが嬉しそうに教えてくれた。


「それは?」


 目敏いエリアス様がジャムの瓶が入った袋に気づいてしまう。


(う……)


「お買い物をしただけですわ」


 いつものようにツンとしてみた。

 すると、エリアス様の後ろで従者がくるりと背中を向けた。

 しかも『ぶふっ』と噴き出すような音まで聞こえた。


(……具合が悪いのかしら? そう言えば馬車酔いされるとも言ってたわ)


 気になってジッと従者の背中を見ていると、エリアス様が近づいてきた。


「な……なんですの? お買い物は自由ですわよね?」

「ああ。ところでミケルの何が気になって?」

「え?……お体の具合が悪いのかと思いまして」 


 エリアス様は一瞬だけ後ろを振り返った。


「大丈夫です。ミケルは体だけは丈夫です」

「……どういう意味ですか? エリアス様」


 不満そうな声が従者から上がったが、確かに体調に問題は無さそうである。


「それでしたら、良かったですわ」


 アルヴァは『嫌な女』の愛想のよい笑顔を浮かべてみた。


「……可愛らしい」

「は?」


 聞こえた声は幻かもしれない。

 パチパチと瞬きをすると、目の前のエリアス様は視線を少し泳がせてから。


「で、それは?」


 しつこいぐらいに買い物について訊いてくる。


(勝手に買ってはいけなかったのかしら? でもわたくしのお小遣いですし……あ! ここは散財の演技のしどころ?)


 ふふっとアルヴァは笑ってみせた。

 いつものように目を細めて、口角は嫌な感じに上がるようにして。


「お買い物ぐらい好きにさせていただけませんの?」

「……いや、もちろん構わないが」

「ええ、心配なさらないで。わたくしのお小遣いから出しますもの」

「で、何を買われたのですか?」


 アルヴァはそこでハタと気づく。

 偉そうに言ってはみても買ったのはジャムだ。

 

「……森の宝石ですわ」


 言い換えてみた。


「森の宝石とは?」


 エリアス様の追及の手が止まらない。


「な、なんでもよいではありませんか? 侯爵家のお金は使っていませんのよ」


 エリアス様は思案気に口元に指を当てている。


(う……そんな姿も素敵ですわ)


 呑気に眺めていられたのも、そこまでだった。


「しかし、侯爵家の馬車に乗せる以上、危険物でないか確認する必要があるのだが?」


 アルヴァは降参するしかなかった。


「……ぶ」

「ぶ?」

「ブルーベリージャムですわ。おまけでベリージャムもいただきました!!」


 悔しくて叫ぶように言ってしまった。 

 エリアス様の目は真ん丸で。

 従者からは、また『ぶふっ』と音がした。

 今度は肩が震えているのも見えたので、笑われていると気づいた。


(恥ずかしい!! 恥ずかしいですわ)


 どうして、ブルーベリージャムで偉そうな態度を取ってしまったのか。

 穴があったら入りたい。


 アルヴァも従者とは別の理由で、プルプルと震えてしまう。

 ぎゅっと手に力を入れたその時。


「持とう」


 エリアス様の手が、紙袋の持ち手に触れる。


「え?」

「すぐそこまでだが、俺が持つ」

「……あ、あのとても軽いのですけど?」

「紳士に荷物を持たせない気か?」


 近づいた距離と、エリアス様のまっすぐな瞳。

 淑女としての扱いにアルヴァの心臓はきゅんと鳴る。


「……そ、そうですわね」


 そっと手を離すと、エリアス様は紙袋を持って馬車へと向かう。


 アルヴァはその後ろ姿を、胸元で手を組んで眺めてしまった。

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