第8話 装飾品は所有者の素顔を守る
トントントンと階段から聞こえる足音に、耳を澄ませてしまう。
彼女がいつ降りてくるのか気になってしょうがない。
(……おかみさんに化粧道具は頼んだから、大丈夫だ)
女性は素顔を見せないものだと知り、エリアスはおかみさんの仕事終わりに頼み込んでおいたのだ。
――領主さまは、乙女心が分かるね~
正直、乙女心などエリアスにはさっぱり分からない。
だからこそ、彼女に言われるまで気にせず、その素顔を見てしまった。
嫌がられなかっただろうか?
いや、彼女は布団を被って見られないようにしていたのだ。
それなのに……。
記憶から削除すべきだとは思うのだが、できそうにない。
栗色のつぶらな瞳。
あんぐりと開いた口。
恥ずかしかったのか薔薇色に染まった頬。
忘れたくないと思った。
エリアスはため息を吐く。
と、ちょうどそこへ。
「お、おはようございます」
おずおずと声がして振り返れば、彼女がいた。
「おや?」
エリアスの隣でミケルが声を上げた。
その声にミケルにも彼女の顔が見えているのだと気づき、椅子に掛けていた外套を掴んで、急ぎ彼女の元へと行く。
顔が隠れるように、外套で彼女を包んだ。
「化粧道具は?」
「え?」
驚いたような声がする。
なるべく見ないように、見せないようにとすると、彼女を抱き込むような態勢になってしまう。
「あ……あの?」
「どうして化粧をしていない?」
「え? していますけど?」
まさかの返答に、エリアスは彼女の顔を覗き込んでしまった。
目尻は下がったままだ。
いつもの吊り上がった目ではない。
「どこが?」
「……肌の色も違いますよね?」
「そうか?」
「口紅も塗っています」
「そうなのか?」
「頬紅も」
「……全然分からない」
本当に塗られているのか、指を彼女の口元へと近づける。
「エリアス様!!」
背後からぐいっと腕が引っ張られた。
ミケルが呆れたようにエリアスを見ていた。
「女性に何をする気なんですか?」
「いや……確かめようと」
「確かめようと?」
「触ったら分かるか……と」
「……エリアス様?」
ミケルに問われて、ようやく自分の行動が紳士らしくないことを悟る。
というか、変態だ。
「す、すまない」
エリアスは慌てて彼女へと向き直り、謝る。
ところが、彼女はまだエリアスの外套の中にいて、しかもその中に完全に納まった状態だ。
どうやら自ら合わせ目をくっつけて、顔も見えないようにしているらしい。
(なんだろう……こう、撫でたいというか……手が落ち着かない)
自分の行動が自分でも理解できない。
ただ、これ以上おかしな行動をとるわけにはいかないので、エリアスは彼女から距離を取ることにした。
外套は彼女に預けたままで問題ない。
「……朝食は用意されているから、おかみさんに言って受け取るといい」
外套が小さく動いた。
彼女が頷いたのだと理解し、エリアスは元の席へと戻った。




