第7話 装飾品に気遣われる
(い……今、可愛いって言いませんでした?)
アルヴァは混乱していた。
目の前にはお盆を持ったままのエリアス様。
その視線に素顔が晒されていることに気づいてはいても、アルヴァの体は硬直したまま動かない。
カリンがエリアス様からお盆を回収した。
すると、エリアス様がこちらに近づいてくる。
ベッドの奥へと後ずさるも、とん、と壁にぶつかった。
「どうしても下には行きたくない?」
「え……ええ?」
自分でもよく分からない。
一番見られたくないはずのエリアス様に、化粧を落とした顔を見られてしまったのだ。正直、その他大勢などどうでもいいと言えなくもない。
ただ、淑女としてそれは如何なものなのか。
「あ、あの。女性は……化粧を落とした顔を見られたくありませんの」
エリアス様が目を丸くしたかと思うと、すっと後ろを向かれた。
(紳士!!)
「申し訳なかった。知らなかったとはいえ、不躾に見てしまった」
「いえ……その……」
(エリアス様に見られるならいい!?)
見られたくないはずなのに、エリアス様ならいいって、矛盾しているのでは? とようやく脳が働き始めた。
「下に行きますわ。皆様に心配を掛けるのも違いますから」
「無理をしなくていい」
「でも……」
「店の主人も、おかみさんも、君のことを気に掛けていたが」
「それなら」
「無理して、顔を見せる必要はない」
「別に無理なんて……」
「君の素顔を見せる必要はない」
エリアス様にしては強い断定に、アルヴァは驚いた。
その広い背中を見つめつつ、ふと気づく。
(……『君』って言われたわ……あれ? そう言えば先ほどは『俺』って言いませんでした?)
アルヴァの心臓が大きく跳ねる。
(どうしましょう。ドキドキしますわ)
体調不良も嘘ではなくなってきた。
「わ、わたくし、部屋でゆっくりします」
「ん。無理はするな」
そう言って背中を向けたまま、エリアス様は部屋を出て行った。
* * *
エリアス様の姿がドアの向こうに消えた。
アルヴァはベッドへと倒れ込んだ。
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないじゃないの!! なんで、エリアス様を止めてくれなかったの!!」
「とても心配されていましたので」
「う……!!」
嘘をついていた手前、それを言われると弱い。
カリンが食事の乗ったお盆を、備え付けの小さな机の上に置いた。
「カリン、貴女は下で食べてきなさい」
「はい」
カリンはアルヴァの指示に従い、部屋を出た。
一人残された部屋に、料理の美味しそうな匂いが漂う。
机へと向かい、椅子に座る。
湯気がふわりとアルヴァの鼻を掠めた。
アルヴァの好きなとうもろこしのスープだ。
スプーンですくって、口へと運ぶ。
「美味しい」
(……みんなに悪いことをしてしまったわ)
おかみさんだって心配しているはずだ。
アルヴァと久しぶりに会って喜んでくれたのに。
素顔を見られたくないだけで、体調不良って嘘をついて。
素直に言えば良かったのに。
顔を見られたくないだけだって言えば、誰も心配はしない。
エリアス様が部屋まで訪れることはなかったはずだ。
(う……うう)
心臓が痛い。
(可愛いって言われたわ)
反省していたはずなのに、どうしても心が浮つく。
エリアス様は優しいから、きっと社交辞令だ。
それでも。
(死んじゃうわ)
嬉しすぎる。
アルヴァは夕食をとりながら、ひとり悶えていた。
* * *
翌朝。
おかみさんが化粧道具を貸してくれた。
「領主さまに貸してやってくれって言われてね」
「……え?」
おかみさんがにんまりと笑った。
「まぁわたしの化粧道具じゃ、あんま意味がないかもしれんけど、アルは元がいいから心配ないね」
「……あ、ありがとうございます」
エリアス様の配慮だと知って、勝手に顔が赤くなる。
「可愛いね~」
冷やかすようなおかみさんの言葉に、アルヴァは何も言い返せなかった。




