第6話 装飾品は所有者の素顔を見る
製錬所での彼女には、エリアスの説明など不要だった。
所長と直接話をし、銀の含有量や、製錬後の純度、品質の安定性などを確認していく。
炉や各設備の状態も細かく尋ね、保管方法や盗難防止策についてまで訊いていた。
踏み込んだ質問も多く、所長が何度かエリアスに視線を寄こす。
どこまで話していいのか不安なのだろう。
エリアスはその度に、頷き返していた。
「素晴らしいですわ」
彼女の頬が赤く上気している。
興奮しているのが傍目からも分かる。
「ああ。品質には自信がある」
「ええ、とても。供給も安定していますし、いますぐ商会に戻ってみんなと相談したいわ」
「……お嬢さま、落ち着いてください」
「分かってるわ。でも、ほらこの間の……」
「お嬢さま」
「……はい」
侍女に諫められている。
あの高慢な彼女の姿はどこにもない。
今日一日で彼女への印象がガラリと変わる。
鉱夫たちには『アル』と可愛がられ、所長相手にはガンガン質問をし、侍女には注意を受ける。
素直で、とても可愛らしいとさえ思う。
一体どれが本当の彼女なのか。
もし、今日見た彼女が本当の姿であるなら、エリアスが見ていた彼女はなんだったのか?
(分からない……)
製錬所の所員の中にも『アル』を知る者がいた。
彼らは鉱夫たちとは違い、彼女を『お嬢さん』と呼んでいたが、それでもとても親しげだった。
「エリアス様」
「……ん?」
彼女のことを考えすぎて、気安く返事をしてしまった。
慌てて彼女を見ると、目を丸くしたまま、固まっている。
「何かありましたか?」
エリアスは辺りを見渡すも、特に変わった様子はなさそうである。
彼女へと視線を戻せば、何故か俯いていた。
「……なんでもありません」
「そうですか?」
とてもそうは思えないのだが、追及するほどのことでもない。
「それでは、これで視察を終えても?」
「はい。問題ありません。色々ありがとうございます」
彼女は気づいていないかもしれないが。
エリアスに対する口調も、以前と違ってやわらかくなっている。
(……本当に分からない)
* * *
視察を終え、侯爵邸に戻るはずが、エリアスたちは思わぬ足止めを食らった。
「申し訳ありません。このまま走らせるのは危険だと思われます」
馬車の車輪の状況を確認していた御者の二人が、エリアスに頭を下げた。
「謝る必要は無い。お前たちの機転のおかげで誰一人、怪我をせずにすんだ」
鉱山町を出て間もなく、鹿が道に飛び出してきたのだ。
御者は咄嗟に手綱を引き、馬車の進路を変えて衝突を避けたが、その拍子に車輪が路肩の岩にぶつかった。
そのせいで車輪に亀裂が入ってしまったらしい。
「代わりの車輪を用意するにしても、時間が時間だな」
「はい、夜道を走るのは危険かと思われます」
今から車輪を調達し付け替えて、となると、出立は夕時になる。
とくに急ぎの予定もないのだから、無理する必要はない。
「鉱山町での車輪の調達は私がする。お前たちはここで待っていてくれ」
「……ありがとうございます」
「車輪の付け替えが終わったら、お前たちも鉱山町に戻るように」
「はい」
エリアスは御者に命じると、アルヴァたちの元へと行く。
彼女は先ほどからウロウロと歩き、こちらを窺っている。
「エリアス様」
「車輪に傷があるので、走らせることはできません」
「それより、御者の方は大丈夫ですの?」
「……ああ、怪我一つしていない」
「そうですの。良かったですわ」
ほっと胸を撫で下ろす様子と、吊り上がった目が合っておらず、なんだかおかしくなってくる。
「……エリアス様?」
「いや……その、失礼いたしました」
「どうして笑ってますの?」
ムッとしているのが分かる。
可愛いという言葉が口をついて出そうになる。
(ダメだ。調子が狂う)
「とにかく」
「……」
「今日は鉱山町に泊まることになります」
「え?」
彼女の吊り上がった目が、丸くなった。
さすがに文句を言われてもしょうがない。
鉱山町には貴族の令嬢が泊まるような、豪華なホテルなどない。
「……ということは、酒場の上でしょうか?」
以前に来たということがあってか、鉱山町の状況にも詳しい。
「そうなります」
「まぁ! では、酒場のご飯が食べられますのね? カリン、とっても美味しいのですよ?」
とても喜ばれてエリアスはなんとも言えない感情になる。
男装姿で侍女と楽しそうに話す。
鉱山町の酒場のとうもろこしのスープがとても美味しいと力説している。
これを可愛いと言わずになんと表現すればいいのか、エリアスには分からなかった。
* * *
「……え? 体調が悪い?」
「ものすごく悪いわけではないのですが、すぐれないので、部屋で食事をとりたいと」
鉱山町まで三十分ほど歩き、酒場へと着いた。
店長とおかみさんも『アル』を知っていて、とても歓迎していた。
そして、部屋を割り当てられ、一時間。
夕食時ということもあって、客が増え、店内は賑やかになる。
しかし、肝心のアルヴァが降りてこない。
心配していると、侍女が現れて状況を教えてくれたのだが。
「大丈夫なのか?」
「ええ。すこし体調を崩しただけなので、大丈夫です」
「……歩かせすぎたか?」
「いえ……あの程度は、いつも歩いていますから大丈夫です」
大丈夫を繰り返す侍女だが、アルヴァは酒場の料理を楽しみにしていたのだ。
それなのに降りてこれないというのなら、大丈夫とは言えないのではないだろうか?
エリアスはおかみさんに声を掛け、アルヴァ用の食事を受け取った。
「……エリアス様?」
「私が無理をさせたのかもしれない。せめて食事は私が運ぶ」
侍女は何か言いたそうに口を開きかけ、閉じる。
それから、にっこりと笑った。
「はい。お願いします」
* * *
少し暗く狭い階段を、料理を載せたお盆を手に上がる。
侍女が先に部屋の前に立っていて、トントントンとノックをした。
「お嬢さま」
「……カリン?」
「お食事をお持ちしました」
「ごめんなさい。ありがとう」
侍女はエリアスがいることを伝えていない。
淑女のいる部屋に入るのだから、一言、声を掛けようとした。
しかし、それよりも早く侍女はドアを開け、さらにエリアスの背中を押したのだ。
「え?」
「……」
ベッドの上で足をブラブラさせて座っている彼女が、驚いたようにエリアスを見ている。
だが、驚いたのはエリアスの方だ。
(……確かに、顔が違う)
彼女は化粧を落としていたのか、吊り上がっていた目が下がっている。
ふつうに柔らかな顔立ちで、ダールベリ子爵とよく似ていた。
栗色の目は真ん丸に見開かれていて、なんだか小リスのようだと思った。
「調子はどうだ?」
「え?……え?」
彼女の視線がエリアスから逸れ、背後の侍女へと向けられる。
それからまたエリアスへと戻ってきた。
「……な、なんでエリアス様が?」
彼女はじりじりとベッドの上へと這い上がると、一気に布団を被った。
(元気そうにしか見えないのだが?)
エリアスは侍女を見ると、彼女はまたにこりと微笑んだ。
「お嬢さまの体調がすぐれないとお伝えしましたところ、無理をさせたとエリアス様が。ご自身で食事を運ばれると」
「平気です! どこも悪くありません!!」
布団の中から叫び声がした。
「それなら、下に降りて皆様と一緒にお食事をされるべきかと」
侍女が容赦なく彼女を責め立てていく。
「嫌よ!! 素顔を見られたくないわ」
「……お嬢さまが気を抜いて、顔を洗ってしまわれたのでしょう?」
「そうだけど! 恥ずかしいわ」
「……よく分からないのだが」
エリアスは白熱するアルヴァと侍女のやり取りに口を挟む。
室内がしんと静かになった。
「まず、体調は問題ないということで?」
「……はい。ごめんなさい」
彼女はまだ布団から顔を出さない。
くぐもった返事が聞こえるだけ。
「素顔の何を気にしているのか分からないが」
「……」
エリアスはそこで言葉を止めた。
(可愛いと俺に言われて嬉しいのか?)
考えてしまう。
「特に問題は無いと思うのだが?」
「……」
布団の丸まりが強くなった気がする。
「どうしても気になるというのなら」
「……」
「俺が、君の顔を見て、判断するが?」
「はい!?」
がばりと布団が持ち上がり、顔が出た。
布団の中で暴れたせいなのか、髪がぐしゃぐしゃだ。
それでも。
「……可愛いと思うが?」
他に彼女を納得させる手段が見つからず、エリアスは仕方なく素直な感想を言葉にした。




