第5話 装飾品は密かに所有者をときめかせる
「あれ? アル?」
鉱山に到着し、エリアス様を先頭に坑内を歩いていると、鉱夫の一人がアルヴァに声を掛けてきた。
まさか気付かれるとは思わず、アルヴァの背中に冷や汗が流れる。
「アルだよな?」
「……わたくしは、モーネ・オ・ステルン商会の商会長です」
にこりと微笑んで、別人を装ったつもりだったが、完全に失敗だった。
「ほら、声がアルだ」
「えー、顔が全然違うじゃねぇか」
「っていうか、いつもの可愛い顔はどうした?」
「別嬪さんがもったいない。なんだそれは」
鉱夫たちの目はおかしいのだろうか?
アルヴァは完璧な化粧を施しているはずなのに、ほぼすっぴん姿の『アル』の方が別嬪だとか可愛いとかどうかしている。
(坑内は暗いから、よく見えないのかしら?)
そうとしか思えない。
「どういうことだ?」
鉱夫たちの騒ぎにエリアス様が気づいてしまった。
アルヴァは慌てる。バレるわけにはいかない。
首を左右に振って、鉱夫たちに『何も言うな』と合図を送っても、誰一人その意図に気づいてくれない。怪訝そうにするだけだ。
「領主さまはアルと知り合いだったんか?」
「……君たちは、彼女とどこで?」
「どこでって、酒場かなぁ」
「酒場?」
アルヴァは脱走を図りたかった。
だが、坑内は道が狭く人一人が通れる程度。
退路はミケルによって塞がれていた。
「ほら、鉱山町の酒場だよ」
「……いつ頃?」
「ん~、五年? それくらい前からだなぁっていうか、ここ数年は見かけなかったけど」
「久しぶりだな。あ~そうか、大人になったから色気づいてそんな可愛げのない化粧をしているのか。なるほど、なるほど」
「……ということは、お前たちは未成年だと知っていて、彼女と酒場で話をしていたのか?」
ピシリと周りの空気が固まる。
鉱夫たちは視線を泳がせた。
「ま、待ってください!!」
さすがに鉱夫たちに迷惑を掛けるわけにはいかない。
彼らは、未成年のアルヴァを最初から受け入れたわけではないのだ。
危ない、帰れと追い返していたのだが、それでもアルヴァが酒場へとやって来るので、仕方なく相手をしてくれたうえ、鉱山の基礎知識や、採掘方法などを教えてくれたのだ。もちろん、機密情報をアルヴァに伝えることはなかった。
「違うのです。わたくしが勝手に彼らにお願いして」
「……」
「何度も追い返されたんです。それでも粘って」
「……何のために?」
訊き返され、アルヴァは言葉に詰まる。
まさか正直に、『エリアス様のお役に立ちたかった』など言えるわけがない。
「それは……」
「あぁ、商会のためですね」
エリアス様は勝手に誤解してくれた。
アルヴァはそれに頭を縦に何度も振った。
「しかし、いくら商会のためとはいえ、酒場は安全とは限らない」
「ええ、ですから彼らが守ってくださいましたわ」
彼らの名誉のためにそう言えば、鉱夫たちも揃って頷く。
「……なるほど」
エリアス様は納得してくださった。
* * *
「こちらの設備も毎日点検を?」
「ああ。はじめと終わりに必ず点検するようにしている」
「まぁ、一日一回ではなく?」
「見落としがないように。何度点検してもやりすぎということはない。……鉱夫たちの負担にはなるが、彼らの安全を守るためにも必要なことだ」
(さすが、エリアス様ですわ!!)
淡々と説明するエリアス様の横顔に、アルヴァは密かに心ときめかせていた。
貴族の中には、鉱夫を同じ人間として扱わず、目先の利益だけを追求する者もいる。
安い賃金や、人員と設備の不足は、事故の原因となる。
安定供給には繋がらないし、大事故が起きてからでは、復旧に時間と費用のどちらも掛かる。長期的に見れば、損失が大きくなるのだ。
エリアス様はそういった点でも、きちんとされていた。
「他に気になることはありますか?」
「いえ。充分ですわ」
男装姿に扇子は合わないとカリンに言われ、今日は顔を隠すものがなにもない。
心許なくてしょうがない。
しかも場所が坑内ということもあって、エリアス様との距離が必然的に近くなる。
(心臓がバクバク言ってますわ)
アルヴァはなるべく照明の灯りが届かないところでエリアス様に話し掛け、顔が赤くなっているのを見られないようにしている。
しかし、エリアス様がその意図に気づくわけもなく、灯りの下で足を止められるのだ。それも彼の心遣いだとは思う。
でも。
(お願いですから、暗闇で!!)
アルヴァは心の中で叫んでいた。
* * *
鉱山から出て、太陽の下、広い場所に戻ってきた。
アルヴァはエリアス様から離れて、大きく深呼吸する。
(生きて帰って来れたわ)
商会長として、他の鉱山には何度か視察で訪れているが、こんなに生きた心地がしなかったのは初めてだ。
原因は全てエリアス様にある。
「このまま鉱山町に移動しますが、大丈夫ですか?」
解放感に浸っていたアルヴァの元に、エリアス様が来てしまった。
しかも体調を気遣ってくれる。
それだけで心臓が止まりそうになる。
「だ、大丈夫ですわ。次は精錬所ですわね?」
「無理なら一旦休憩を挟みますが? 調子が悪いまま馬車に乗ると、馬車酔いしやすくなります」
「……」
アルヴァはカリンを見る。
カリンはにこりと微笑んだので、彼女の体調も大丈夫なようだ。
「こちらは問題ありませんわ」
「そうか。ミケル」
「……休ませてください」
「お前は馬車に乗りたくないだけでは?」
「道が凸凹していて嫌なんです」
「……道の整備も急務だな」
「お願いします」
「ミケルが金を出すなら、すぐ手配する」
「給金をあげてください」
従者と軽口を叩くエリアス様に、アルヴァの胸はときめく。
(こんな一面もありましたのね)
真面目一辺倒だとばかり思っていたのに。
知らなかったエリアス様を知れて、アルヴァは嬉しかった。




