第4話 装飾品は所有者を知る
アルヴァとエリアスの結婚証明書は、提出した一週間後には国王陛下からの『許可印』が押され受理された。
だが、結婚式の予定は全く立っていない。
――わたくし、豪華な結婚式を挙げたいですわ
そう微笑まれ、今は余裕がないと伝えると
――それなら結構ですわ
と返されてしまった。
結婚式を挙げるまでは寝室も別にすると彼女は言い、夫婦としての実態がないまま一か月が経過していた。
* * *
「今日は商会に顔を出すって言ってましたよ」
エリアスの執務室の窓から、アルヴァが侍女を伴い外に出て行くのが見えた。
ミケルは彼女の行動をきちんと把握していて、毎日、報告してくる。
最初は監視が目的だったのだが、今はとても楽しそうだ。
「そろそろ、デートぐらいしたらいかがです?」
「……お前たちは、なぜそこまで彼女を推す」
ミケルをはじめとして、使用人たちは彼女を警戒していたはずだった。
そして、彼女もどういうわけか、客室に侯爵家の使用人を入れようとしない。
身の回りの世話も、部屋の掃除さえも、連れてきた侍女がひとりでしている。
普通に考えれば、排他的な行動は歓迎されないはずなのだが、一か月も経った今、使用人たちは彼女に対して好意的である。
「なぜって、侯爵家のお金に手をつけないうえに、領地にいる。充分では?」
前妻アストリッドを引き合いに出されては、返す言葉もない。
「まぁ、もちろんそれだけではないんですけどね」
エリアスとしては『それだけではない』理由の方を知りたいのだが、ミケルは口を割らない。
他の使用人たちも、誰一人として、彼女を推す理由を教えてくれない。
(……俺は信用されていないのか?)
エリアスは当主としての自信を無くした。
* * *
「鉱山の視察をしたい?」
商会から帰ってきた彼女が、エリアスの執務室に現れた。
「ええ。商会の仕事の一環で、どうしても鉱山の様子を知りたくて」
「鉱山となんの関係が?」
エリアスが首を傾げると、彼女が一瞬だけ目を泳がせた。
言いたくないのは何となく察したが、鉱山は侯爵家の重要な産業だ。
結婚したとはいえ、そうやすやすと鉱山に入れる気はない。
前妻のこともある。好き勝手にされて、これ以上、侯爵領に損害を与えるわけにはいかないのだ。
「……わたくしの商会は、モーネ・オ・ステルン商会です」
「え?」
エリアスは驚いた。
モーネ・オ・ステルン商会の名は、知っている。
新鉱脈が発見された時に、銀の販路を広げようと、銀細工を扱っている商会の情報を調べた。
モーネ・オ・ステルン商会も取引先の候補として挙がっていたが、設立から数年ということで最終候補から外したのだ。
「貴女が商会長なのですか?」
「ええ。今は」
「……今は?」
「設立時は未成年でしたから、別の者に商会長を任せていましたわ。本当は成人と同時に引き継ぐつもりでしたのに、父に反対されて」
「……ダールベリ子爵が?」
「ええ。過保護ですので。昨年ようやく商会長に」
「……」
つまり、エリアスと婚約していた時には、既に商会を立ち上げていたということだ。
(……知らなかった)
自分は彼女の何を見ていたのか?
いや、見る気もなかった。
彼女に言われるがまま、装飾品としての役割を果たしていただけだった。
ただ、あの時のエリアスにそこまでの余裕がなかったのも事実。
「……分かりました」
「宜しいのですか?」
「ええ。ただし私も同行させていただきます」
「え?」
彼女が目を丸くした。
しばらく固まっていたが、やがてその視線が、壁際に控えていた侍女へと向く。
エリアスの後ろでは、ミケルがふっと息を吐き出した音がした。
「なにか問題でも?」
「い……いえ、お忙しいエリアス様にご足労いただくのは……」
「鉱山の視察は、商会長としての仕事ですよね?」
「もちろん、そうですわ」
「では、その鉱山の採掘権は?」
「……エリアス様。いえ、ステルンヴィーク侯爵家にあります」
「ということは、私が同行した方が都合が良いはずですが?」
「そ……そうですわね」
答える彼女の唇は何故かブルブルと震えていて、エリアスには不思議でしかなかった。
* * *
鉱山視察の当日。
侯爵邸の玄関でアルヴァを待っていたエリアスは、現れた彼女の姿に目を瞠った。
「……動きやすい格好ですわ」
アルヴァはそれだけ言うと、スタスタと馬車まで歩いていき、エリアスの手も借りずに一人で馬車に乗ってしまった。
「エリアス様、情けないですよ」
後ろでミケルが呆れたように呟いているが、まさか男装姿で現れるとは想像もしていなかったのだ。
濃紺のジャケットとスラックス、靴は革のロングブーツ。
栗色の長い髪はきっちりと一つに纏め、とても凛々しい姿だった。
(……なんだか、勝てる気がしない)
なんの勝負もしていないのだが、エリアスはそう思った。
* * *
馬車の中で、エリアスは銀鉱山について彼女に説明していた。
「新しい鉱脈については……現段階では、まだ設備が充分とは言えません」
「排水ポンプや巻き上げ機が足りませんの?」
「ええ、どちらも採掘をするには足りない状況です」
「排水ポンプは掘り進めるためには必要ですし……巻き上げ機も。掘っても運べなかったら意味がありませんもの。……困りましたわ」
ミケルとカリンの双方から冷たい視線を感じる。
色気がないと言われようと、他に会話の糸口はなかったのだから仕方がない。
ただ、説明を受けている彼女は真剣そのものだ。
しかも商会の運営をしているだけあって、銀についての知識が深いし、鉱山についても詳しい。
採掘方法や鉱石の選別、精錬に至るまで、エリアスの説明を理解できている。
(……遊びではないということか)
前妻とつい比べてしまったが、それ自体が失礼なのかもしれない。
エリアスの向かいで、鉱山の資料を読み込む彼女をじっと見つめた。




