第3話 装飾品と再会する
アルヴァは婚約者扱いでステルンヴィーク侯爵邸に留まることになった。
家に戻るつもりはなかったので、宿泊先に悩まなくてすんだのはありがたいのだが。
「け……結婚」
唐突に降って湧いた展開についていけなくなっていた。
「良かったですね。お嬢さま。長年の恋が実って」
「そ……そんな!! っていうか、どうしましょう。こちらはそんなつもりで来ていないのよ」
「婚約を結ぶ気はあったのでしょう?」
「それだって前みたいに、形だけの婚約で……」
アルヴァはエリアス様が大好きである。
五歳のころに恋い焦がれてから、ずっと彼だけだ。
彼の父親が亡くなり、侯爵家が傾きかけたと知ると、父に懇願して婚約と融資の契約をお願いした。
夜会でアルヴァをエスコートしてくれるエリアス様は、本当に素敵だった。
それだけでも、彼の婚約者になった意味はあったと思う。
だが、いつまでも彼を縛り付けているわけにもいかない。
銀鉱山も軌道に乗りはじめ、ダールベリ子爵家の後ろ盾がなくても問題がないだろうと判断し、卒業を機にアルヴァは泣く泣く彼と婚約を解消した。
それなのに。
「どういうことですの!?」
五日前。
アルヴァはエリアス様が離縁したことを知った。
しかも侯爵家が銀行から融資を断られているということまで。
父に理由を訊けば、エリアス様と結婚したアストリッドが慈善活動費用として侯爵家名義で銀行から多額の融資を受け、その返済に侯爵家が困らされることになったのだと。
「本当に愚かな男だ」
父はエリアス様が気に入らないらしい。
アルヴァとさっさと婚約解消したことが今でも許せないと言っている。
だが、婚約の解消を申し入れたのはアルヴァの方だ。許すも許さないもない話だ。
「エリアス様は? 侯爵家は大丈夫ですの?」
「知るか!!」
父は冷たかった。
「分かりましたわ」
「……何が?」
「お父様は頼りませんわ」
「お前、何を!!」
エリアス様と婚約を結んだ当時は、アルヴァは成人しておらず、物事を自分で決めることができなかった。だが、今は違う。
「わたくしが、エリアス様をお救いしますわ!!」
父から貰ったお小遣いを元に、十五歳の時に商会を設立。
今では、そこそこの利益を上げている。
もちろん商会のお金を使う気はない。
個人資産と、アルヴァ自身の信用でエリアス様のお手伝いをする。
父のような多額な融資は無理でも、無力ではない。
「ではお父様、ごきげんよう」
「おい! 待て!」
慌てる父の声など無視し、アルヴァは家を飛び出した。
侍女のカリンを引き連れ、ステルンヴィーク侯爵領へと向かったのだ。
そうして久しぶりに見るエリアス様は、相変わらず美しかった。
アルヴァの心は悲鳴と歓声で大忙しだったが、もちろんそんな素振りは見せない。
扇子を開いて口元を隠し、鉄壁の『高慢な令嬢』を演じる。
(この演技も久しぶりですわ)
妙な高揚感さえあった。
そもそもアルヴァの顔立ちは父親に似ていて、柔和な印象を与える。
成り上がり令嬢として舐められないため、そして、エリアス様に『嫌な令嬢』と思ってもらうために、きつめの化粧を施し、完璧に振舞っていた。
それもあって、父はエリアス様が嫌いなのだ。
……アルヴァ自身が嫌われることを望んでいるというのに。
エリアス様との会話は、最初こそスムーズだった。
以前のように主導権を握れていたのだが。
『愛人』というフレーズがエリアス様から出てきて、アルヴァの勢いは失速した。
(あ……愛人!?)
生真面目なエリアス様から、まさかそんな言葉が出てくるなんて思いもよらなかったのだ。混乱している間にも、話は進み、気付けば結婚することになっていた。
(……え? 本当にいいの?)
アルヴァは嬉しい。
当たり前だ。
初恋が実ったのだ。いや、実ったというのとは違うのだが、大好きな人と一生を共にできるのだ。
けれど、エリアス様は?
「……わたくし、もしかして傷心のエリアス様に付け込んでます?」
「あ~、そう言えなくもないですが、どうでしょうね?」
カリンはトランクの中の荷物を取り出し、クローゼットへと仕舞いこんでいく。
「……本当に、ここにいていいのかしら?」
「エリアス様がそう仰ったのを私もこの耳で聞きましたから、大丈夫ですよ」
「で、でも?」
「お嬢さまは、めでたくエリアス様の奥様です」
「……まだ正式に結婚証明書は提出されていないのに?……というか、わたくしなんで署名をしてしまったのかしら?」
「完全に魂が抜けた状態でしたね」
「どうして止めてくれなかったの?」
アルヴァは泣きたくなった。それなのに、カリンはにこりと笑う。
「お嬢さまのお幸せを支えるのが侍女の仕事です」
とても素晴らしい心構えだと思うが、アルヴァは納得できない。
今からでもあの紙を奪いに行きたい。
いや、行くべきだ。
「撤回しましょう」
「……お嬢さま、下手に動くと侯爵家のお手伝いができなくなりますよ」
「え?」
「だって、そうでしょう? お嬢さまが未来の奥様だからお手伝いできるのであって、赤の他人で、しかも融資を笠に婚約を迫るようなお嬢さまに助けてください、なんていう方ですの?」
「……」
アルヴァは悩んだ。
婚約していた時から、エリアス様は子爵家に契約以上の融資をお願いすることはなかった。
カリンの言うことには一理ある。
どんな形であれ、『契約』が必要なのだ。
「こうなったら、一刻も早く侯爵家をお助けして、エリアス様を自由にしなくっちゃ」
アルヴァは気合を入れた。
カリンが呆れたようにアルヴァを見る。
「……どうしてそうなるんです?」
「だって……」
「何を気にすることがあるんですか?」
「エリアス様には幸せになっていただきたいのです」
アルヴァは毎晩眠る前に祈りを欠かさない。
五歳のあの時から、アルヴァの祈りはエリアス様の幸せだ。
「私はお嬢さまに幸せになってほしいんですけどね」
「カリン、わたくしは充分幸せですわ」
エリアス様に出会えたのだ。
出会って、婚約して、別れて、そしてまた……
「幸せすぎますわ」
アルヴァはふわりと微笑んだ。




