第18話 装飾品は重い?
ぐすぐすと鼻をすする音。
震えながら泣く彼女の頭と背中を撫でた。
まるで子供のようで愛おしくて、そして胸が痛かった。
(……俺は本当に何も見ていなかった)
こんなに泣くほど彼女は何かを耐えていたのだ。
エリアスは彼女の好意に甘えるだけだった。
王都から領地に帰る道すがら、彼女のことをずっと考えていた。
――俺は彼女のおかげで卒業できたことにも、気づいていなかった。
馬車の中でぼそりと呟いた言葉に、ミケルが『あぁ』と頷いた。
――仕方ないですよ。あの頃の奥様はそれはもうツンケンされていましたから
――……今も変わらないと思うが
――そうですね
ミケルが苦笑いを浮かべた。
結局、彼女はあの頃も、今も変わらないのだ。
――商会も、おそらくエリアス様のためでしょうし
――え?
エリアスは、この期に及んでもそこまで思い至らなかった。
――う~ん。エリアス様は想像以上に鈍感ですね
――……どういうことだ?
――銀脈を持つステルンヴィーク侯爵家と、銀細工を取り扱う商会ですよ。繋がりを意識せずにはおられないでしょう。それに商会名は『モーネ・オ・ステルン商会』ですし
――……商会名がどう関わってくるんだ?
――ステルン
――ステルンは『銀』を表すだけだろう? 銀細工だからでは?
――……そういうところが、鈍感なんですよ。『ステルンヴィーク』侯爵様は
ミケルにため息を吐かれた。
(……本当にそうなのだろうか?)
だが、実際にアルヴァは新鉱脈のために力を貸してくれている。
商会が銀細工を扱っているからこそ、融資の話も進めやすい。
辻褄は合っている。
――……これは聞いた話なんですけどね
ミケルが窓の外を眺めながら、まるで独り言のように続ける。
――奥様は、『アル様』は、五年前ごろから領地に現れては、銀鉱山のことだけではなくて、領地のことを聞いたり、それから熱心に『ご領主様』について聞いたり、されていたようですよ
――は?
――それも、エリアス様が領地に戻って来るタイミングと、ほぼ同じで
唖然とするしかなかった。
――使用人たちの中にも『アル様』を知る者がいて、それもあって部屋に入れたがらないのだと、使用人たちは笑ってましたよ
使用人たちから熱烈に推されている理由を、ようやく知った。
教えてくれればいいのに、と思うが、アルヴァがそれを知られたいわけがない。
その気持ちを汲んだのだろう。
時間を戻したいと、切実に思った。
エリアスのために、侯爵領のために、一生懸命勉強していた彼女を捕まえて、抱きしめたかった。
ふたりで領地のことを考えて、笑い合いたかった。
(……過去は変えられない)
己の愚かさも、今さらどうしようもない。
だが、未来は違う。
エリアスは、今度こそ、本当の彼女と、ふたりで生きていきたいと思ったのだ。
「……ごめんなさい」
腕の中で小さな声がした。
泣き腫らした目がエリアスを見ている。
目尻に残る涙を、指でそっと拭う。
恥ずかしそうに頬を染める様子が愛おしい。
指を動かして、耳たぶへと触れる。
彼女の肩がびくりと震えた。
「お土産を買ってきたんだ」
「え?」
やわらかな耳たぶを、すりすりと弄ぶ。
彼女は固まったままで、栗色の瞳が困惑したようにエリアスを見上げていた。
ゾクリとする感覚を、なんとか押し込める。
今はまだ、そういう関係ではない。
たとえ彼女がエリアスを好意的に見ていようと、結婚していようと、本当の意味で気持ちは通じ合っていない。
「君に似合うといいんだが」
後ろに置いていた小さな箱を取り出して、彼女の掌へと乗せる。
「あ……あの?」
「指輪は情けないことに君の指のサイズが分からなくて」
「……指輪?」
「だから、仕事の邪魔になりにくい小さめの耳飾りにしたんだけど」
アルヴァの手が震えていた。
もどかしそうに箱の蓋を開けていく。
「……琥珀」
「嫌かな?」
じっとそれを見つめているだけのアルヴァ。
待てなくなったのは、エリアスの方だった。
箱の中の耳飾りを手に取り、彼女の耳につける。
左耳、右耳。
一瞬だけアルヴァは体を揺らしたが、その後は大人しくしていた。
息をひそめているようにも見えた。
「……重い?」
「え?」
何も言わない彼女が怖くなった。
自分の気持ちが彼女の重しになりつつあるのではないかと不安になる。
「勝手に自分の目の色の石を選んで、しかも君が何も言わないのにつけて」
「……」
「俺の気持ちは重い?」
エリアスが問い掛けると、アルヴァの瞳からまた涙が零れた。




