第17話 装飾品は変わらない
エリアス様が王都に行かれた理由をアルヴァは知らなかった。
「君の父君から、これを預かってきたよ」
やたらと分厚い封筒を渡された。
「……お父様にお会いになったのですか?」
「ああ。いつもお世話になっているし、折角だから結婚の報告もしてきた」
「え?」
それではまるで本当に結婚するかのようだ。
……結婚証明書に許可が下りているので、既に結婚してはいるのだが。
エリアス様がアルヴァの隣に座る。
「君のお父様は本当に素晴らしいね」
「……」
アルヴァはその一言でぐっと胸が熱くなる。
初めてエリアス様に会った、その日のことを思い出した。
* * *
五歳のアルヴァは初めてのお茶会に緊張していた。
乳母は、ぎゅっと手を握って『怖くないですよ』と何度も手をさすってくれたけれど、父と兄からは『気を引き締めるように』って注意された。
『気を引き締める』の意味があの時はよく分からず、それでもいつものようにはいかないのだと幼いながらに感じていた。
父と兄の心配は的中し、アルヴァは『成り上がりの娘』として、貴族のご子息ご令嬢から冷たい目で見られた。いや、子供たちだけではない。母親たちから、より一層冷たい視線を向けられた。
泣きそうになるのを必死に堪え、ぎゅっとドレスを握りしめた。
――きみは、もうお菓子はもらったの?
唐突に声を掛けられ、顔を上げれば、同じ歳ぐらいの少年がいた。
きらきらと金色の髪は陽に透け、琥珀色の大きな瞳はアルヴァにまっすぐに向けられた。
この日、初めての、温かな眼差しだった。
――おかし?
――うん、あそこにおいてあるよ?
少年は会場の真ん中ではなく、隅にあるテントの方を示した。
――あの、あっちのおかしも、もらっていいの?
――いいらしいよ。僕もあっちからとってきたよ
少年と話していると、周りがざわざわし始めた。
この状況が良くないのだと、幼いながらにアルヴァは理解した。
――わ、わたくし
アルヴァは震える声で告げた。
――アルヴァ・ダールベリともうします
少年は首を傾けて、それからにこりと笑った。
――僕はエリアス・アフ・ステルンヴィーク
その頃のアルヴァには、彼がステルンヴィーク侯爵のご子息だと分からなかった。
ただ、高位貴族だろうと予想はついた。
――ダールベリというと……
あの温かな眼差しが失われるのかと思うと、怖かった。
――きみのおじいさまが商人としてすごくがんばったから、子爵になったんだよね
(……がんばった)
その通りだとアルヴァは思っていた。
でも、ここにいる貴族の人は誰もそんな風に、アルヴァの祖父を思ってはくれなかった。
それなのに。
少年の目はとてもまっすぐで嘘をついているようにも見えなかった。
――はい。そうです
――すごいね
少年はアルヴァの手を握って、お菓子があるというテントまで連れて行ってくれた。
その後は、ゆっくり話ができたわけではない。
高位貴族の少年と繋がりを持ちたい子供、親は多くて、少年はすぐにアルヴァから離れていった。
でも。それでも。
あの日の少年が、アルヴァの光だったのだ。
それからも、何度となくお茶会に参加した。
少年のおかげで蔑みの視線を受けても、前を向くことができた。
悔しさなんかなかった。
アルヴァの祖父は確かにすごい人なのだと、自分はその孫なのだと胸を張れた。
大きくなっても、彼の心が変わらないことは、遠くから見ていても分かった。
時折アルヴァに心無い言葉が向けられていると、諫める声も聞こえていた。
同じ学園に入学して、たまにすれ違う時、勝手に一人でドキドキしていた。
そんなアルヴァの淡くて、でも強い初恋は、唐突に終わりを告げた。
いや、自ら終わらせた。
彼は父親を亡くし、窮地に立たされた。
助けるためには、お金が必要だとアルヴァは悟った。
父に頼み込み、融資をさせ、彼が受け入れるためにと、強引に婚約を結んだ。
罪悪感など持たせたくなかったから、『嫌な女』を演じた。
あの日、彼から向けられた温かな眼差しを、自身で塗り潰したのだった。
それでも良かった。
それで良かったのに。
「……アルヴァ嬢?」
気づけば、アルヴァの頬には涙が流れていた。
エリアス様は全然変わらなくて。
祖父だけではなく、アルヴァの父も『素晴らしい』と言ってくれた。
変わらないこの人が好きで、大好きで。
傍にいてはいけないのに、傍にいたいと、ずっとずっと傍にいたいと願ってしまう。
必死に涙を我慢しようと思うのに、勝手に溢れて零れて、止まらない。
拭おうとした手はエリアス様に掴まれた。
目尻にはエリアス様の指が触れていた。
「……俺、なにか君を泣かせるようなことをしたか?」
ぶんぶんと頭を左右に振った。
エリアス様の手が今度は後頭部に触れて、ぎゅっと胸元にアルヴァの顔を押し付ける。
「……濡れます」
「別にいい。そんなことより、君に泣かれてどうしたらいいか分からない」
「……ごめんなさい」
「謝るな」
「……」
「泣きたいなら泣いていい。ただ、俺がどうしたらいいのか分からないだけなんだ」
優しい言葉に余計に涙が溢れていく。
ぎゅっと胸元に縋りつく。
離れるべきなのに離せない。離したくない。ずっとここにいたい。
「このままでいいのか?」
アルヴァは小さく頷いた。




