第13話 装飾品は渡さない
ざわざわとした喧騒は、人々が囁き合う声。
会場にいる誰もが、彼女を見ていた。
アストリッド・アフ・リンドシェルド
エリアス様の前妻。
エリアス様が愛した方。
淡い金髪に青い瞳。
清楚な美しさを纏う彼女は、まっすぐにこちらへと向かってくる。
会場中の視線に晒されても気にもせず、柔らかな笑みを浮かべて、当たり前のように歩く。
(……生粋の貴族のご令嬢)
リンドシェルド侯爵家のご令嬢なのだ。
身分だってエリアス様に引けを取らない。
本当にお似合いの二人だった。
そのはずだったのに。
「……どうして」
アルヴァは奥歯を噛んだ。
恵まれた環境にいて、これ以上ない相手と結ばれて、愛されて。
それなのにどうして、エリアス様を裏切るような真似をしたのか。
そして、何故今、ここに現れるのか。
(悪意しか感じませんわ!!)
パチンと扇子を閉じた。
そして扇子をエリアス様に渡した。
「え?……君?」
「持っていてくださらない?」
「……いや、それは構わないが」
アルヴァの大事な戦闘道具は、エリアス様と向き合うための物であって、今回の相手はエリアス様ではない。
素手で充分だ。
いつもの『高慢』な笑みを浮かべて、アルヴァはアストリッドへと歩みを進めた。
* * *
「あら? アルヴァ・ダールベリ子爵令嬢、はじめまして」
先に声を掛けてきたのは、アストリッドだった。
その笑顔に変化はない。
ふわりとやわらかなそれは、どこまでも清らかだ。
ただ、アルヴァを『ダールベリ子爵令嬢』と呼ぶところに棘がある。
(わたくしにエリアス様が取られたことが許せないのですわね)
すぐに分かった。
どうせそんなことだろうと思った。
エリアス様は手に入れる価値のある男性なのだ。
それなのに、裏切って手放したくせに、図々しくも、もう一度と手を伸ばそうとしているのだ。
(……わたくしも一緒ですけど)
でも、こんな女にエリアス様は渡さない。
エリアス様にはもっとお似合いになる方と一緒になっていただくのだ。
わたくしは、いつだってエリアス様の露払いであればいい。
「ええ、はじめまして。旦那様のかつての奥様にお会いできて嬉しいですわ」
こちらも微笑んでやった。
もちろん目は笑わない。威嚇である。
「ふふ。貴女、またエリアス様をお金で買われたのでしょう?」
「よくご存じですのね。誰もが羨む至宝を手に入れましたのよ」
「でも、一度手放した物でしょう? 貴女はまた飽きるのではなくて?」
「……ええ、そうかもしれませんわね」
(そんなこと、永遠にないわよ!!)
心の中では反論する。
「エリアス様もお気の毒ですわ。貴女に遊ばれて」
「そうですわね。 前の方にも遊ばれたようですし」
「……遊び? わたくしはお金で買ったりしませんわ」
「まぁ、そうでしたの。ごめんなさい。わたくしはお金だけはありますもの。欲しいものはお金で手に入れてますので、つい」
(貴女には絶対に渡さない)
エリアス様の大事なものを汚すような人には、絶対に。
「これだから成り上がりの方は困りますわ」
「成り上がりですから、物の価値には敏感ですのよ」
「……価値?」
「あら? お分かりではなくて? わたくしの至宝はとても忍耐強くて、領地のためでしたら、わたくしにも優しくしてくださいますのよ。素敵でしょう?」
(これくらいなら、エリアス様の悪評には繋がらないわよね?)
アルヴァが戦うことによって、エリアス様、ひいては侯爵家に損害を与えるわけにはいかない。
必死に頭を巡らせる。
「お優しく? 愛してもいない貴女を?」
ふふっと鼻先で笑われた。
ツキンと胸が痛む。
そんなこと言われなくても分かっている。
言い返そうとした、その時。
「いい加減、私の妻を侮辱するのはやめてくれないか」
エリアス様に後ろから抱きしめられた。
首筋に息がかかる。
背中には熱。
密着……としか言えない状況にアルヴァの思考は停止した。




