第11話 装飾品に振り回される
エリアス様に融資の話をしてから一週間ほど。
まだ返事はない。
それはそれとして、今、アルヴァはとても気合を入れていた。
今宵は結婚してから初の夜会である。
本来はそんなものに出るつもりはなかったのだが、エリアス様からお願いされたのだ。
地域の貴族との交流の場である夜会に共に参加してほしいと。
アルヴァは躊躇った。
貴族にとってダールベリ子爵家は成り上がり者の一家だ。
アルヴァが一緒に行けば、エリアス様の足を引っ張ることになりかねない。
――夜会に興味はありませんわ
――だが、妻を連れて行かないのも体面が悪い
そう返されて、それもそうかと思う。
領民はエリアス様の再婚を知らないが、貴族は違う。
すでに社交界では、エリアス様が『成り上がり令嬢』と再婚したことが知られている。
アルヴァの耳にも商会の仕事を通して、社交界の噂は入る。
アルヴァとの再婚でエリアス様がなんと言われているかも。
(……そうよ。エリアス様は侯爵領のために、またあの成り上がり令嬢に振り回されているのよ)
それ自体もあまりいい評判とは言えないが、エリアス様が率先して『成り上がり令嬢』を選んだよりはいいのだ。……貴族にとっては。
そもそも、アルヴァとの再婚は離婚してすぐだった。
これも世間体が悪い。
エリアス様が前妻のアストリッドを捨てた印象が強くなる。
生粋の貴族令嬢を捨て、成り上がりの令嬢を娶った。
貴族という身分にだけ誇りを持っている者たちにすれば、信じがたい所業なのだ。
(……絶対に、絶対に、失敗をするわけにはいかない)
夜会ではエリアス様に対して傍若無人に振る舞う必要がある。
アルヴァが、離縁したエリアス様をすぐさま捕獲し、言うことを聞かせていると社交界に知らしめなくてはいけない。
(エリアス様は、わたくしの装飾品。装飾品)
アルヴァは何度も胸の内で繰り返した。
* * *
王都の大規模な夜会に比べれば、華やかさにやや欠けるものの、それでもこの地域では一番の交流の場なのだと納得させられた。
普段あまり夜会に出掛けないエリアス様が、自ら足を運ばれるのもそのせいだろう。
会場へと向かう馬車の中では、本日の心構えだけを考え、今はこの舞台の上で『嫌な女』を演じる女優に。
(……って思ってはいるんですけど、無理です。近い。無理)
夜会での久しぶりの距離に、アルヴァはたじろいでいた。
そもそも、馬車に乗る前からエリアス様の様子がとてもおかしかった。
今回アルヴァが着ているドレスは、カリン、商会の女性陣、それから実はアルヴァの事情を知っている幾人かの侯爵家の女性使用人たちと結託して、選んだ。
華やかで、いかにもお金と宝石が好きそうな雰囲気で、『エリアス様を振り回す女』にふさわしい物。
ただ、あまりやりすぎると侯爵家の品位を落としかねない。
そのギリギリを狙ったドレス。
それを着て、エリアス様の前に立ったのだが。
――ケープは?
――はい?
アルヴァが首を傾けると、エリアス様の視線がカリンへと行く。
するとカリンがいつの間に用意していたのか、ケープをエリアス様に手渡した。
――なぜ、私に?
――お嬢さまはケープなど不要とおおせでしたので
そんなこと一言も言っていない。
なにせ少し露出が多い。肩はむき出し、胸元はくっきりと谷間の線が見えるほど。
(正直……恥ずかしいのよ。あと寒い)
アルヴァはケープを羽織りたいと言ったのだ。
ところが、カリンをはじめ、支度を手伝ってくれた侍女たちはみな、首を横に振った。
なのになぜ、出立前になって唐突に裏切るのか。
ひとこと物申そうと一歩足を動かしたとき。
アルヴァに影が落ちた。
エリアス様が近づいてきたのだ。
ふわりと肩にケープが掛けられた。
ぎぎぎと音がしそうな硬さでエリアス様を見上げれば、その眉間には深い皺が寄っていた。
(……それでも、素敵ですわ)
美しい眉間に。美しい皺。
というか、久しぶりに見る正装姿のエリアス様は威力が高すぎた。
濃紺のテールコート。
それを彩る金糸の繊細な刺繍。
白いシャツの上には、アイボリーのベストとクラヴァット。
(上品!! エリアス様の良さが存分に生かされていますわ!!)
美しさに圧倒され、後ろへとふらつくアルヴァの体。
エリアス様の腕が背中へと回された。
――大丈夫か?
――だ、大丈夫ですわ
だが、ここでも裏切りが発生した。
――見栄を張って、いつもよりヒールの高い靴を履いておいでです
アルヴァはカリンを睨んだ。
しかし、カリンは柔らかに微笑むのみ。
――そうか
エリアス様の手がアルヴァの手に触れて、そのまま馬車までエスコートされたのだ。
(死ぬかと思いました。いえ、絶対に一度死んでますわ)
この場にいる自分は『蘇り』だとしか思えない。
それぐらいの衝撃だった。
アルヴァは馬車の中でなるべくエリアス様を感じないよう、必死に今宵の使命を思い出し『嫌な女』の芝居について考えていたのだ。
そして、いざ会場へと乗り込むと。
普通にエスコートしていたはずのエリアス様の、その手が、気付けばアルヴァの腰に。
添えるようだった手に、度々力が入る。
(ひぃぃぃ~)
アルヴァは鉄壁の『嫌な女』を演じつつ、心の中でずっと悲鳴を上げていた。




