22 厭な予感
速報!義母が会社に来た。
朝っぱらから真っ赤なドレスで。
戦場に出る女将軍みたいな勢いで。
「ジャッドを出しなさい!!!」
受付嬢が怯えて半泣きになっていた。可哀想に。
まだ入社して半年の新人だ。
貴族夫人型怪獣への耐性などある訳がない。
私は急いで玄関へ向かった。
「ジャッド!!この恥知らず!!」
私を視界の端に見つけるや否や受付ロビーに響き渡る怒声。
通勤してきた社員たちが足を止めていた。元ベルナール家使用人たちから聞いて、社員たちはあれが例の夫人かと納得しているようだった。
「こりゃあ辞めるわ」
どこかで小さな声が聞こえた。
「お義母様、会社で大声は」
「黙りなさい!!この泥棒!!私の可愛いノアの人生を滅茶苦茶にして!我が家の会社に砂を掛けて辞めるだなんて許せないわ!!さっさと元通りにしなさいよ!」
「泥棒はそちらの息子さんでは?給料泥棒そのままじゃないですか、ニュースになってましたよね?」
「~~~~っ!!」
義母の顔が真っ赤になった。
あ、駄目だこれ。
血圧が危険域に達している。
ドレスが赤いものだからまさしく茹でダコそっくりだ。
「お義母様!落ち着いて!ご自身のお年を考えましょう!はい深呼吸を!吸ってー吐いてー!」
「年!?私が歳を取っていると言うの!?侯爵夫人に向かってなんて無礼な……!」
「え!?年を取ってないと思ってたんですか?息子が二十歳超えてるんですよ!?物理的に無理なんですが、やはり認知症が……」
「誰が認知症よ!あの警察官もお前も!そうよ警察!あいつらのせいでノアちゃんはも私も酷い目に遭ったのよ!お前が我が家を引っ掻き回したせいよ!!」
「そうですか!そんな嫁とは縁を切りましょう!」
「妻でしょう!?夫を立てなさい!」
「立ててましたよ!?知らないんですか?!でも立て続けた結果、調子に乗って女遊びと賭け事と酒と煙草と無断欠勤が悪化したんで、息子さんの将来のためにも距離を取ったんですよ!裁判所からお手紙が届いてますから、読んでください。これくらいの封筒でね、こう朱色のハンコが押してあって……」
「おばあちゃんに話し掛けるような言い方はやめなさいよ!」
「お義母様は自覚がないかと思うんですが!大声で話されてるんですよ!やっぱり一度お医者さんに掛かった方がいいと思いますよ!」
周囲の社員が肩を震わせていた。
義母はヒステリックに扇子を振り回しながら叫んだ。
「全部あの愛人が悪いのよ!!あの女が孫を攫って、ノアちゃん傷つけたんだわ!!」
私はピタリと笑顔を止めた。
ルイーズを悪く言われるのは許せない。
ルイーズは、貴族のノアに逆らえずに孕まされて、伴侶になれと外国に連れてこられたのだ。
本人は母国ではそういうものだったと言って、あまり悲劇的に捉えていないように見えるが、ノアが犯した罪は酷いものだ。
ノアはルイーズの同意なく乱暴した上、生涯を縛ろうとしたのだ。ルイーズがレオを愛しているからまだ救いがある。
もしそう思えなかったら。レオが難い男の子供だと虐げられるようなことがあったら。ルイーズが慣れない育児に愛することのできない子供との生活に心身を病んでしまったら。
もしかしたら二人はこの世にいなかったかもしれない。
私の大好きな二人が。
「……お義母様」
「何よ!」
「ルイーズは、ノアに逆らえない立場だったんです」
「だから何だって言うの!」
義母は鼻で笑った。
「所詮は平民でしょう?高貴なノアちゃんの子供を産めただけ有難いと思わなきゃいけないわ」
その瞬間。
後ろにいた男性社員が、ガタン、と音を立てた。
元執事だった。少なくとも私から見た彼は温厚で、怒鳴ったところなど見たことがない。
だが今、彼は明らかに怒っていた。
「……大奥様」
低い声だった。
「さすがに聞き捨てなりません」
空気が変わった。
義母も驚いたように目を見開く。
受付嬢も。
総務の女性社員も。
営業の男性社員たちも。
元使用人たちも皆、動けなくなっていた。
そうか、これが暴力行き交う中で生き延びてきた人が出せる威圧感なのか。
ジャッドは一歩も動けなかった。
警備員を多く雇用出来ている環境で良かったわ。
でももっと自分の身体も鍛えなきゃいけないわね。
「わ、私にそんな口を……」
義母が絞り出した声は蚊よりも小さな音だった。
「申し訳ありませんが、侯爵家の方であろうと、業務に支障を来たす人物にはご退去願っております。既に警察は呼んでおりますので、あちらの車でどうぞ警察官の方々に気の済むまでお話ください」
見れば、丁度パトカーが二台玄関前に到着し、物々しい装備の警察官が四人で義母を取り囲んだ。
初めて見たが、ロープのような何かで拘束された義母が担がれるようにして出て行った。
口にはクツワが嵌められ、完全にアブナイ人の逮捕風景だ。
首だけぐりんとこちらを見たその目玉が、見開かれた白眼部分の充血や、肉食動物のような瞳孔が、物凄く不気味だった。
義母に対してこのような恐怖を覚えたのは、相当子供の時以来だった。
何をしても敵わない何か想像できない恐ろしいことをされるのではないかという厭な予感だった。




