21 義母は今日も元気に迷惑を振り撒く
義父が私に「クビだ!」宣言をしたように、義母も「クビだ!」と使用人によく言っていた。
不機嫌な時の舌打ちくらいの重さで「クビだ!」と言うので、本当にクビにしていたら邸が回らない。
執事はいつも失態を冒した使用人をしばらく隠し、どうせ義母は使用人の顔を覚えていないので、ほとぼりが冷めたら元に戻していた。
執事も義母に「クビだ!」と言われることはあって、その時は義母の気が済むまでネチネチとした罵声を浴び、丁寧に詫びていた。
人に頭を下げさせることで溜飲を下げた義母は、結局執事を新しく雇う面倒くささよりも執事を赦すことを選んだ。
しかしあの日の執事は違った。「クビだ!」宣言の後
「力不足で申し訳ありません」と言うことはあっても「今後は改善し精進いたします」という前向きな言葉が一切なかった。
それでも義母は全く違和感を抱いていなかった。
執事であっても使用人を人として見ていなかった。クビだという、その人のキャリアや収入といった生活を左右する言葉を発している認識がなかった。
義母は典型的な激情型だ。
怒鳴る、投げる、叫ぶ、その全てを計算して行えない。
執事の前にも数日前から改善に触れない使用人が多数いたのだ。それでも分からなかった。
そのせいで長年勤めた執事を筆頭に多くの使用人が去り、仕事は勿論まともに回らず、今まで以上に義母は激昂の機会を増やした。
だが苛立って怒れば怒るほど、公爵家の使用人という平民から見れば高水準だった筈の給与やキャリアを捨てて、どんどん人が辞めて行った。
何かがおかしい。義母は苛立ちを募らせた。
警察に連行されて、一時的に警察署で厳重注意を受けるという、義母にとっては耐え難い侮辱を受けたというのに、社交界で義母に同情してくれる人はいなかった。
公僕の犯した罪を、共に糾弾してくれると思っていた友人や親しい貴族たちは、記事を鵜呑みにして義母から離れて行った、ように義母には見えていた。
元から、戦後ほとんど残っていない貴族の権威を、何十年も前の価値観で横暴に奮い続ける義母に、かなりの人数が辟易していたのだ。
それでもベルナール家の企業が大企業として在り続ける内は、義母の機嫌を取らざるを得なかったが、今やベルナール家の企業自体が傾いている。
距離を取った方が得策だ。
そうした周囲の状況に、義母は全然気づけなかった。そうした経済事情に振り回されず、旧くからの貴族家同士の結託を深めることが大事だと思い込んでいた。
「全てあのクソ嫁のせいよ!」
義母の怒りは行き先を見失ってあらぬ方向に飛んでいっていた。
◇◇◇
報道からしばらくして、義母が私の会社に辿り着いたらしい。
会社にずーっと電話が掛かって来ていた。暇なのだろうか。
業務妨害なので、警察を通して警告してもらったが止まない。
最近、次は留置所に入ることになると言われて止んだが、留置所というワードに過剰に反応していたそうだ。
「私を犯罪者呼ばわりするのかと、まあ凄く喚かれてましたね。以前から様子のおかしい人ですが、更におかしくなっている気がします。身辺に気をつけてください」
警察官がそう言うのだから余程なのだろう。
私は少々困っていた。かなり型破りである自覚はあるが、これでも一応令嬢なので、格闘技を習いたいという要望は通らなかった。
戦争後に出兵経験を嫌な方向に活かしている裏稼業の連中がいるというのはよく知られた話だ。
「オウムかインコでも飼いましょうか」
「どうしてですか?」
会議室で集まった社員を前に私は提案していた。まさかホワイトボードを使って義母対策をする羽目になるとは思っていなかった。
「『ノアちゃんを返しなさい!』
『妻なら夫を支えなさい!』
『会社を勝手に辞めるだなんて恥知らず!』
『あなたのせいでベルナール家が笑われている!』
って鳥が覚えたら、義母にプレゼントしてあげようかと思って。
第三者視点が足りないと思うのよね、他から同じセリフを言ってもらうのが良いんじゃないかしら」
「鳥が可哀想ですよ、ジャッド様」
「そうね」
結論は、警備員の研修を兼ねて、交代で私の警護をしてもらうことになった。
元執事さんが張り切っているのと対象的に、警備員の方々が背筋に物差しでも入れられているみたいに固まっているのが印象的だった。




