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16 退職と祝杯

 起業は順調だった。帰国してからずっと準備を進めていたし、予想より多くの人が味方になってくれた。


 社長の実の息子だというだけで出社すらしていないのに満額で給料を払う。


二日酔いで平然と昼過ぎに出社した日にはデスクでぐったりしながら

「資料が分かりにくいんだよ!」

と、彼が遅刻しているから短い時間で猿でも分かるようにと周りが善意で用意した資料すら理解出来ずに怒鳴るノアについての内部通報を揉み消す。


全てをフォローしてくれている妻を、女のくせに出しゃばるなと社員の前で叩き倒す暴力沙汰が日常茶飯事でも降格どころか社長の息子だからという理由で出世させる……等など、将来性に不安しかない会社にいた同僚たちは、ジャッドの会社に付いて来てくれた。


 あのクソが強引に押し進めて、なんとか周りが尤もらしい根拠づけをして、それなりに整えたおかげで少額のマイナスで済んでいる企画の尻拭いや、他部署から奴のセクハラや横暴な態度についての抗議の対応……その他。


もう本来の業務にない作業が多すぎて仕事の効率が悪すぎて理不尽すぎて、臍が沸かした熱々のお茶をアイツの無駄にキラキラしい顔面にぶっ掛けそうになる前にと、皆決断も行動も早かった。


 経営企画がごっそり抜けた会社ってどうなるのかしら。無能な女性な上によく頭を叩かれたせいか、私には難しすぎてぜーん然分からなかった。


 とりあえず皆が退職『届』を対面受け取り限定の郵送で辞めた日、平民向けの大衆居酒屋で、祝杯はあげた。


山芋をすりおろして焼くとあんなに美味しいとは。麦酒が進む進む。

一般庶民向けの安酒だったけれど、会食のお酒より確実に美味い酒だった。


 ちなみに退職届を受け取り、経営に近い部署の社員がかなりの人数出社していない状況を確認した義父は、ヤカンでお湯が沸いた時のような瞬間的な怒りを周囲に撒き散らしていたらしい。


 いやだって、出社しない息子を解雇どころか処罰すらせず、嫁に「夫を出社させて、どうにか今まで出社しなかった分を取り繕うよう」隠蔽指示しかしてなかったじゃないですか。


 今まで私達その息子さんの分まで過剰に働いたので、急に出社しなくなったって良いですよね。名ばかり役員で給料たっぷり貰ってる自慢の息子さんと同じですもの。


 ただおかしなことに義父から引越し前の家に山ほど電話があったらしい。

元の家にいる使用人伝手で聞くと「役立たずのクソ嫁!」と罵っていたらしいが、役立たずならいなくなっても良いですよね。あ、むしろいなくならないといけませんね、迷惑を掛けてすみませんでしたね。


 というわけで、私はもちもちレオのほっぺを撫でながら、緑の芝生に寝っ転がってピクニックをしたりして、物理的にも心理的にもあの家を距離を取って快適ライフを送ることに成功した。

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