第6話 再び、失敗の報せ
ギルドに、嫌な空気が流れ始めたのは翌日の昼前だった。
掲示板の前に人が集まり、低い声が重なり合う。依頼書が一枚、赤い印も押されないまま貼り出されている。
未達成。
それだけで、内容は察せられた。
「……勇者パーティが、失敗したらしい」
誰かの囁きが、尾を引くように広がる。
「制限区域だろ? 神殿案件の」
「被害、出たって話だぞ」
「街道封鎖だとさ」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
リアはすでにその場にいて、依頼書を食い入るように見ていた。表情は硬い。
僕が近づくと、彼女は小さく息を吐いた。
「……やっぱり、来たわね」
「失敗、って……」
「制限区域での魔物掃討。勇者パーティが主導。結果は――」
言葉を切る。
「魔物の増殖。負傷者多数。撤退」
頭の中に、レオンの顔が浮かぶ。
真面目で、一直線で、正しい選択をしようとする人。
でも――
正しさは、いつも万能じゃない。
「神殿は?」
「表向きは沈黙。でも裏で動いてる」
リアは声を潜めた。
「失敗をギルドに流したくない。でも、被害は隠せない。だから――」
その続きを、ギルドマスターのドグラスが引き取った。
「代替要員を探してる」
背後からの低い声に、僕は振り向いた。
「正式な依頼じゃねぇ。神殿が頭を下げるのを嫌がってる」
ドグラスは、依頼書を指で叩く。
「だがな、放っておけば街が危ねぇ」
その視線が、僕に向いた。
空気が、一瞬止まる。
「……俺は、行けません」
気づけば、そう口にしていた。
リアが、驚いたように僕を見る。
「アレン?」
「僕は……隠すって、決めたから」
観測。
管理。
危険。
頭の中で、それらが絡み合う。
力を使えば、歪む。
存在するだけで、歪む。
だったら――
出ていかない方がいい。
「正論ね」
リアは、ゆっくりと頷いた。
「でも、現場では人が困ってる」
胸が、きしんだ。
「あなたが行かなくても、誰かは行く。条件に縛られたまま」
ドグラスが、腕を組む。
「勇者は強い。だが“正しく”戦うことしかできねぇ」
正しく。
条件どおりに。
世界のルールどおりに。
それで、失敗した。
「……行ったら」
声が、少し震えた。
「僕は、また――」
「使わなきゃいい」
リアが、きっぱりと言った。
「最低限でいい。目立たず、静かに」
「そんなの……」
「できるわ」
断言だった。
「あなたは、もう一度同じ魔法を再現しようとして、できなかった。つまり」
彼女は、真剣な目で言う。
「無意識なら、止められる。意識すれば、制御できる」
制御。
怖い言葉だ。
でも――逃げ続けるよりは、前を向いている気がした。
依頼書の端に、追記が貼られている。
【現地指揮:勇者レオン】
視線が、そこに吸い寄せられた。
「……レオンがいるなら」
自分でも、意外なほど素直に出た言葉だった。
「顔を合わせる必要はない」
リアは、すぐに言う。
「あなたは後方支援。あくまで鑑定補助」
鑑定補助。
雑用。
影。
慣れている役割だ。
でも――
あの時とは、違う。
「分かりました」
僕は、依頼書から目を離し、ドグラスを見る。
「行きます。ただし――」
「条件付き、だな」
ドグラスは、わずかに口角を上げた。
「いいだろう。俺が責任を取る」
決定だった。
ギルドを出ると、空は重い雲に覆われていた。
風が、街道の方から吹いてくる。
嫌な予感が、胸の奥でざわつく。
リアは隣を歩きながら、ぽつりと呟いた。
「ねえ、アレン」
「はい」
「もし……」
一瞬、言葉を探す間があった。
「もし、向こうで“選ばされる”ことがあっても」
足が止まりかける。
「あなたの答えを、私は否定しない」
それは、約束のようにも、覚悟のようにも聞こえた。
街道の先。
制限区域の向こう。
失敗の現場には、きっと――
“正しさ”の残骸が転がっている。
そして、そこに。
かつて僕を切り捨てた人たちがいる。
胸の奥で、何かが静かに熱を持ち始めた。
怒りじゃない。
復讐でもない。
ただ――
確かめなければならない。
僕が、そこに立つ意味を。
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