第4話 条件付き討伐
街道は、思っていたより静かだった。
夕暮れの名残が地平に沈みきらず、空はまだ薄紫を残している。道の両脇には背の低い草原が広がり、ところどころに警戒用の杭が立っていた。
「この辺り一帯が“魔法制限区域”よ」
リアは歩きながら言った。腰の鞄から例の水晶盤を取り出し、周囲にかざす。
「特定の属性魔法しか通らない。しかも、出力制限付き。神殿がよく使うやつね」
「……なんで、そんな場所に魔物が?」
「実験」
即答だった。
「魔法に頼らない戦闘ができるか。あるいは、制限下でどこまで対処できるか。管理側は、そういう“データ”が好きなの」
管理側。
最近、その言葉を聞く頻度が増えた気がする。
「つまり……」
「ええ。普通の冒険者なら、かなり不利」
リアはちらりと僕を見る。
「あなたにとっては、どうかしらね」
試されている。
それは分かった。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
神殿の鑑定室で感じた、あの息苦しさがない。
少なくとも――
ここでは、最初から「無能」と決めつけられていない。
「魔物の反応、来るわよ」
リアの声が低くなる。
次の瞬間、草むらが大きく揺れた。
飛び出してきたのは、牙を剥いた魔獣――ロックウルフだ。岩のように硬い毛皮を持つ、街道荒らしの常連。
一体、二体……三体。
「数は少ない。でも、普通なら苦戦する」
リアは下がり、僕の背後に回った。
「無理そうなら、すぐ言いなさい。撤退する」
撤退。
その言葉に、胸がちくりとした。
勇者パーティにいた頃、撤退の判断は常に他人のものだった。
僕は、従うだけ。
ロックウルフが低く唸り、地面を蹴った。
一体が突っ込んでくる。速い。
「……っ!」
身体が、勝手に動いた。
避けようとしたわけじゃない。
ただ、“当たる”未来が見えた瞬間、喉の奥が熱くなった。
「……ト」
音が、漏れた。
その瞬間、地面が盛り上がる。
土が壁のようにせり上がり、ロックウルフの突進を真正面から受け止めた。
鈍い衝撃音。
魔獣は悲鳴を上げ、跳ね返される。
「……え?」
自分でも、何が起きたのか分からなかった。
リアが、目を見開いている。
「今の……土属性?」
制限区域。
ここでは、土属性魔法は“発動不可”のはずだ。
残りの二体が動きを止めた。
警戒している。知能は低いが、学習はする。
でも、僕の中には、奇妙な確信があった。
――さっきと同じだ。
条件を考えていない。
属性も、制限も、意識していない。
ただ、“そうなれ”と思っただけ。
ロックウルフが左右から挟み込もうとする。
息が荒い。牙が近い。
「……来る!」
リアの声。
僕は、深く息を吸った。
喉の奥が、またほどける。
「……イル」
光が、走った。
眩い閃光が、一直線に地面を薙ぐ。
魔獣の影が焼き切れ、次の瞬間には、三体とも地面に伏していた。
静寂。
風が、草を揺らす音だけが残る。
僕は、その場に立ち尽くしていた。
膝が、笑っている。
「……終わり?」
リアが、ゆっくりと近づいてくる。
倒れた魔獣を確認し、水晶盤を操作する。
「……完全に沈黙。魔力反応、なし」
彼女は顔を上げ、僕を見た。
「やっぱりね」
「な、何が……」
「制限、全部無視してる」
淡々とした声。
でも、その目は、さっきまでとは違っていた。
「属性制限、出力制限、詠唱制限……全部。ここは“条件付き”の区域なのに、あなたには一切意味がない」
僕の背中を、冷たいものが走る。
「それって……」
「ええ」
リアは、はっきりと言った。
「あなたは、**条件そのものの外側**にいる」
世界が、一瞬遠のいた気がした。
無能。
ゼロ。
空欄。
それらが、頭の中で反転する。
「……怖くないの?」
思わず、口から出た。
「私が、こんなのだったら」
リアは少し考えてから、答えた。
「怖いわよ」
即答だった。
「でもね、アレン。怖いからって、見なかったことにはできない」
彼女は、水晶盤をしまう。
「あなたは、世界のバグかもしれない。エラーかもしれない。……でも、同時に」
真っ直ぐに、僕を見る。
「世界が“用意しなかった可能性”でもある」
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
勇者でもない。
英雄でもない。
管理された存在でもない。
それでも――
ここに、立っている。
「帰りましょう」
リアが言った。
「今日のデータは、十分すぎる」
僕は、倒れた魔獣から目を離し、空を見上げた。
いつの間にか、星が一つ、瞬いている。
神殿の鑑定では、何も分からなかった。
でも今は、はっきりと感じている。
僕は、空白じゃない。
ただ――
**書き込む場所が、世界の外にあるだけだ。**
その事実が、少しだけ誇らしくて、同時に、とても怖かった。
僕は、リアの後を追って歩き出した。
街道を戻りながら、足元の感触を確かめる。
土は、ちゃんとそこにある。
世界は、まだ壊れていない。
――でも。
このまま進めば、いずれ。
誰かが、この“仕様外”に気づく。
その時、僕は――
何を選ぶのだろうか。




