第3話 仕様外
ギルド支部は、街外れにあった。
神殿の白い石造りとは違い、濃い茶色の木材と鉄骨で組まれた実用一点張りの建物だ。壁には無数の傷跡があり、ここが「仕事の場」であることを否応なく主張している。
「ここよ」
リアが扉を押し開けると、油と鉄と紙の匂いが混じった空気が流れ出してきた。
中は思ったより広く、掲示板、長机、簡易酒場が雑然と配置されている。
何人かの冒険者がこちらを見た。
視線は、僕に一瞬向けられて、すぐに逸れた。
――いつものことだ。
目立たない。覚えられない。いてもいなくても変わらない。
……少なくとも、今までは。
「リア、その子は?」
低く太い声が飛んできた。
カウンターの奥に、岩のような体格の男が立っている。白髪交じりの顎髭。片目に古傷。
「新人?」
「観測対象」
リアは即答した。
「……は?」
男――ギルドマスターらしき人物は、眉をひそめた。
「観測対象ってなんだ。人を物みたいに」
「物じゃないわ。現象」
リアは悪びれずに言う。
「しかも、かなりレア」
男はため息をつき、カウンターを叩いた。
「名前」
「アレンです」
「……年は?」
「十七」
「職業」
そこで、言葉に詰まった。
勇者パーティ雑用。
元、足手まとい。
無職。
「……不明です」
男は一瞬、こちらをじっと見た。
その視線には、軽蔑も同情もなかった。ただの確認。
「鑑定は?」
「神殿では“全属性ゼロ”でした」
周囲が、ざわりとした。
「ゼロ? そんなの――」
「また不良品か?」
「最近多いな……」
小声が刺さる。
胸の奥が、きしむ。
だが。
「違う」
リアが遮った。
「ゼロじゃない。**仕様外**よ」
その言葉で、場の空気が変わった。
意味が分からない、という困惑が広がる。
「説明しろ」
ギルドマスターが短く言う。
「この世界の魔法、スキル、職業は全部“条件”で動いてる。適性があって、魔力があって、詠唱して、初めて結果が出る」
リアは、テーブルの上に水晶盤を置いた。
淡い光が広がる。
「でも彼は違う。条件を満たしていないのに、結果だけ出る」
「……つまり?」
「**世界のルールが、彼にだけ適用されない**」
沈黙。
冗談として受け取るには、リアの声は真剣すぎた。
「さっき、森でゴブリン二体を一瞬で仕留めた。高位風魔法相当。無詠唱・無代償」
誰かが、息を呑む音がした。
「嘘だろ……」
「そんなの、英雄級じゃねえか」
英雄。
その言葉が、やけに遠く感じる。
「……本人は?」
ギルドマスターが、僕を見る。
「自覚は?」
「……ありません」
正直に答えた。
強い実感はない。ただ、怖かっただけだ。
ギルドマスターは、腕を組み、しばらく考え込んだ。
「リア」
「なに」
「責任取れるか」
リアは、少しだけ口角を上げた。
「取るわ。研究も、管理も」
「研究って言うな」
そう言いながらも、ギルドマスターは頷いた。
「分かった。仮登録だ。正式なランクは保留。監督付き」
彼は、僕に向かって言う。
「いいか、アレン。ここは神殿じゃない。無能かどうかは、結果で決まる」
胸の奥が、微かに熱くなった。
「だが同時に――」
彼の声が、低くなる。
「**結果を出せる奴ほど、狙われる**」
神殿の話だろう。
あるいは、もっと別の何か。
「当面は、リアの護衛兼調査対象だ。仕事も、彼女と一緒に受けろ」
「護衛?」
思わず声が出た。
「冗談じゃないわよ」
リアが肩をすくめる。
「あなた、無自覚で街を吹き飛ばしかねない」
笑えなかった。
「まずは、軽い依頼からね」
リアは掲示板から、一枚の依頼書を剥がした。
「街道の魔物掃討。小規模。ちょうどいい」
紙には、赤いスタンプでこう書かれている。
【注意:条件付き討伐】
条件付き。
その言葉を見た瞬間、胸がざわついた。
「……条件って?」
「魔法制限区域。特定属性以外、発動不可」
リアは、僕を見て、にやりと笑った。
「実験には、最適ね」
嫌な予感しかしない。
だが同時に――
逃げたい気持ちは、不思議と湧かなかった。
ギルドの扉を出る。
夕方の光が、街を赤く染めている。
僕は歩きながら、手のひらを見つめた。
空っぽだ。
何も刻まれていない。
それなのに。
「……仕様外、か」
呟くと、風が頬を撫でた。
ただの風だ。でも、さっきより近い。
鑑定の水晶は、僕を測れなかった。
世界の条件は、僕を定義できなかった。
だったら――
その外側で、生きるしかない。
それが、怖くても。
それが、危険でも。
僕は、初めて前を向いて歩いていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




