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全属性適性ゼロと鑑定された俺、〈空欄〉のまま世界の仕様外で生きることにした 〜スキル欄が空白の俺は、なぜか全ての魔法と職業を条件無視で使えるらしい〜  作者: 空白 シオン


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第2話 判定不能

 しばらくの間、僕はその場から動けなかった。


 倒れ伏したゴブリンは、もう動かない。血の匂いと、焦げたような風の残滓だけが、森の中に薄く漂っている。

 さっきまで確かにあったはずの恐怖が、急に現実味を失っていた。


「……俺が、やった……?」


 呟くと、声がやけに大きく聞こえた。

 胸の奥がざわつく。興奮と困惑が、うまく分離できない。


 勇者パーティでの戦闘を思い出す。

 魔法が飛び交い、剣がぶつかり、血と土が混じる中で、僕はいつも後ろにいた。

 回復薬を配るだけ。指示が来るまで待つだけ。

 前に出る資格なんて、ないと思っていた。


 なのに。


 僕はもう一度、慎重に息を吸った。

 喉の奥に、さっきと同じ“ほどける感覚”を探す。


「……」


 何も起きない。


 焦って、もう一度。


「……ラ……?」


 音は出た。でも、空気は震えない。

 さっきの暴風の気配は、どこにもなかった。


「……気のせい、だったのか?」


 そう思いかけたとき、背後から声がした。


「――違うわね」


 凛とした、よく通る声。


 僕は跳ねるように振り向いた。

 そこに立っていたのは、淡い緑色の髪を持つ女性だった。長い耳が、フードの隙間から覗いている。


 エルフ……いや、耳の形が少し違う。

 ハーフエルフだ。


 年は二十歳前後だろうか。落ち着いた瞳で、倒れたゴブリンと、周囲の木々を順に見渡している。

 腰には革の鞄。中から、銀縁の小さな水晶盤を取り出した。


「今の風の流れ、魔力の残滓、干渉範囲……」


 ぶつぶつと独り言を言いながら、水晶盤を操作する。

 僕は、ただ固まっていた。


「あなたがやったのよ」


 彼女は断言した。

 その口調には、疑いがなかった。


「え……?」


「ゴブリンの死因は圧殺。しかも一点集中型。自然現象じゃない。魔法でも、普通の風魔法とも違う」


 彼女は僕を見る。

 視線は鋭いけれど、敵意はない。むしろ、純粋な興味。


「名前は?」


「……アレン」


「そう。私はリア。鑑定士よ」


 鑑定士。

 その単語だけで、さっきの神殿の光景が脳裏をよぎる。

 水晶、空欄、ゼロ。


 思わず、一歩後ずさった。


「だ、大丈夫です。僕、もう鑑定は……」


「安心して。神殿の鑑定士じゃないわ」


 リアは小さく肩をすくめた。


「私はギルド所属。しかも、欠陥品」


「……欠陥?」


「正確には、欠陥“持ち”ね」


 彼女は水晶盤をくるりと回し、僕に見せた。

 そこには、細かな数式のような光が走っている。


「普通の鑑定は、“条件を満たしているか”しか見ない。でも私は、その条件そのものに歪みがあるかどうかを見る」


 言っている意味が、すぐには分からなかった。


「……で、あなた」


 リアは一歩近づいてくる。

 距離が詰まると、妙に緊張した。鑑定室で見下ろされたときとは、違う緊張だ。


「あなたの周囲だけ、条件式が成立してない」


「条件……式?」


「魔法、スキル、職業。全部、“もしAならB”って形で世界に組み込まれてる。でもあなたは――」


 彼女は、言葉を選ぶように一瞬黙った。


「AでもBでもない」


 胸が、どくんと鳴った。


「……それって」


「ええ。鑑定不能」


 リアは、どこか楽しそうに言った。


「全属性ゼロなんて、嘘よ。正確には、“測れない”。だから、ゼロとして処理された」


 神殿の水晶。

 空欄だったスキル欄。


 それが、頭の中で一本の線で繋がる。


「さっき、何をしたか覚えてる?」


「……声が、出た気がします」


「詠唱?」


「分かりません。ただ……喉が勝手に」


 リアは、満足そうに頷いた。


「やっぱりね。詠唱じゃない。魔力操作ですらない。条件を踏み倒して、結果だけ引き出してる」


 彼女は、少しだけ真剣な顔になった。


「ねえ、アレン。あなた、自分がどれだけ危険な存在か、分かってる?」


「……危険?」


「世界にとって、よ」


 その言葉に、背筋が冷えた。


 危険。

 無能じゃなくて?

 足手まといじゃなくて?


 世界にとって。


「あなたが無意識でやったことは、本来なら高位魔法でも難しい。しかも、代償なし。制限なし」


 リアは水晶盤をしまい、静かに言った。


「神殿が知ったら、放っておかない」


 神殿。

 さっきまで、そこにいた。


 心臓が早鐘を打つ。


「じゃ、じゃあ……僕は」


「選択肢は二つ」


 リアは指を二本立てた。


「一つ。神殿に戻って、管理される」

「もう一つ。ギルドで、私と一緒に“調べる”」


 調べる。

 自分が、何者なのかを。


 頭の中に、レオンの顔が浮かぶ。

 セリアの冷たい目。

 バルドの嘲笑。


 そして――

 森で感じた、あの熱。


「……逃げる、って選択肢は?」


 リアは少し考えてから、首を振った。


「無理ね。あなたはもう“起きた”。一度起きた異常は、必ず観測される」


 観測。

 管理。

 条件。


 難しい言葉が多い。

 でも、ひとつだけ分かることがあった。


 僕は、もう“元に戻れない”。


 それなら。


「……教えてください」


 声は、思ったより落ち着いていた。


「僕が、何なのか」


 リアは、ほんの少しだけ笑った。


「いいわ。代わりに約束して」


「約束?」


「勝手に世界を壊さないこと」


 冗談めかした口調。でも、目は真剣だった。


「……善処します」


「曖昧ね。でも、今はそれでいい」


 彼女は踵を返し、森の外へ歩き出す。


「来なさい、判定不能くん」


 その呼び名に、思わず苦笑した。


 僕は、もう一度だけ倒れたゴブリンを見てから、リアの後を追った。


 鑑定の水晶は、何も教えてくれなかった。

 でも、世界は――


 僕を、無視できなくなったらしい。


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