第34話 最後の案件
それは、公式な依頼ではなかった。
神殿の掲示板にも、ギルドの帳簿にも載らない。
ただ、セドリックから短く伝えられただけだ。
「管理優先でも、境界案件でもない」
「判断が分かれている」
つまり――
誰も、決めたくない。
現場は、小さな交易町だった。
中心広場の地下で、ゆっくりと歪みが広がっている。
急激ではない。
だが、確実に。
「封印すれば、広場は使えなくなる」
町長が言う。
「放置すれば、半年後に崩れる可能性」
半年。
短いようで、長い。
「移転も考えた」
町長は、疲れた目で続ける。
「だが、資金も、人手も足りない」
視線が、こちらに集まる。
以前なら、
ここで僕が前に出ていた。
境界で調停し、
最小被害で、
最も“納得できる”形に整えていた。
だが、今回は違う。
「……どうしたいですか」
問い返す。
町長が、困惑する。
「どう、とは」
「この町を、どう残したいですか」
広場を見る。
子どもが走り、商人が声を張り上げている。
「半年の安心か」
「今の賑わいか」
「それとも、別の形か」
リアが、静かに補足する。
「正解は、ありません」
ざわめきが広がる。
「……あなたが決めるんじゃないのか」
若い商人が言う。
「そういう人だろう」
噂は、もう広がっているらしい。
「決めません」
はっきり言う。
「決めるのは、ここに住んでいる人です」
空気が、重くなる。
「無責任だ」
誰かが呟く。
「かもしれません」
否定しない。
「でも」
「僕が決めれば、後悔も僕のものになる」
町長が、ゆっくりと目を閉じる。
「……それは、楽だな」
「はい」
正直に答える。
「でも」
「楽な決断は、次の誰かを“決めない側”にします」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて、町長が口を開く。
「……広場を、封じる」
声は、震えていない。
「半年後の崩壊より、今の不便を選ぶ」
「広場は移す」
商人たちが、息を呑む。
「売上は落ちる」
「祭りも縮小だ」
「分かっている」
町長は、頷く。
「だが、町を残す」
視線が、こちらに向く。
「これが、我々の決定だ」
胸の奥が、静かに温かくなる。
「分かりました」
前に出る。
境界としてではない。
支える者として。
封印式は、管理側が行う。
僕は、歪みの流れを補助する。
壊さない。
消さない。
ただ、滑らかにする。
広場の石畳が、淡く光る。
人々が見守る中、地下の歪みは固定された。
歓声はない。
拍手もない。
ただ、静かな安堵。
広場は、閉鎖された。
翌日から、仮設の市場が町外れに設けられる。
不便だ。
文句も出る。
だが。
誰も、「決めなかった」とは言わない。
帰り道、リアが隣を歩く。
「……前に出なかったわね」
「うん」
「怖くなかった?」
「怖かった」
素直に答える。
「でも」
一歩、空を見上げる。
「一人で決めるより、ずっと軽かった」
それが、境界の形だ。
中心に立たない。
答えを持たない。
だが、逃げない。
町の灯りが、背後で小さく揺れている。
救ったわけじゃない。
完璧でもない。
それでも――
誰か一人が、全部を背負う世界ではなかった。
それで、十分だと思えた。
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